澄んだ青空を、機械仕掛けの白鯨が優雅に泳ぐ。
この白鯨は、ボクが所属しているギルドの組員の一人が発動した空中要塞。
そして、最終決戦の舞台でもある――。
そんな白鯨内部においてスイートルームと言えるほど豪華な一室にて、ボクとボスは話をしていた。
「もう既に、他の皆は避難した頃か。ヘッセ君は何か、大切な人に連絡とかしなくても良いのか? 俺はもう済ませておいたが」
「わざと、煽ってるつもりなの。ボクに、そんな人がいないって」
しかし豪華に浮かれる白鯨と反比例するように、ボクとボスの空気感は沈み切っていた。
相変わらず偉そうなボスは、部屋の中心に配置された椅子に座る。
相変わらず傷だらけのボクは、見下す様な目でその前に立つ。
「確かに、いつも一緒に居るポオ君がどこにも見当たらない。……振られたのか? しかしいきなり俺に楯突くとはな。余程、図星だったらしい」
「……」
しかしボクは怯むことなく、そのまま無言と言う返答で応戦してみせる。
「……しばらく顔を合わせない内に、良い面構えになったな。たまにはプラン通りに動かすよりも、部下を自由気ままに行動させると言うのも大事か」
どうやらボクが勝手に横浜に行くと言う言動を見せても全く怒らなかったのは、それが理由らしい。
新人の育成を放棄しただけの良い訳にしか聞こえないけど。
「それじゃあ、ボクがボスのプランから逸れても良いの……? 例えば、今からでもボクがこの白鯨から避難するって事も」
ボクは彼のプランによって、この一室に待機していた。一部を除く他の組員は、既に避難したと言うのに。
「それは……非常に困るな。今回のプランは前の緊急プランと違って、既にヘッセ君も入れて念入りに話を進めていたはずだが」
「……うん」
今回のプランは至って単純。
この宙に浮いている白鯨を、横浜の地に落とすと言う芸当だ。
そして、ボクの役割はこうだ。
白鯨が横浜の地に落ちたその時、重要な情報を持つ【あれ】だけでも生き残れる様に細工させる事。
「ボクの針なら……何十回か刺せば、衝撃に干渉出来なくさせるのも可能だけど……。でも、本当に来るの。……中島君は」
プランに在る【あれ】とは中島の事。ボクはこの作戦を聞いた時、かなり耳を疑った。
しかしこんなプランなんて、やはりボクにとってはどうでも良い。
それよりボクはもっと、耳を疑う事を聞いていた。
そしてそれこそ、ボクがこの場に立つ本当の理由でもある。
「芥川君が中島君を追って……此処に来るって本当?」
「ふむ……それなら先程、散々説明したはずだが」
「良いから……! ボクはまだ信じられないよ。あの中島君が芥川君と関係を持っていただなんて」
そうか細い声で呟きながらも、ボクの瞳は完全に瞳孔が開き切っていた。
今のボクは中島君、いや中島に裏切られた気分に陥っていた。
ボクがあれだけ手に入れられないと苦しんでいたのに、あいつは芥川に言い寄られているらしいから。
それが憎しみだろうが何だろうが、別に関係ない。
「あの芥川君の感情を中島君、いや【あれ】は拒否してるなんて……ボクを馬鹿にしてるのか。ボクは彼から何も貰ってないのに……! あいつはボクを……騙したの?」
一度は安らぎを得たボクの精神は、ぐちゃぐちゃに潰れてはもう一気に溢れて止まらなくなる。
苦い。苦い。苦い。苦い。苦い。苦い。苦い。苦い。
そしてそんなボクに反して、ボスは冷静にボクの求める理由を答える。
「彼なら絶対、来る。俺が探偵社の立場なら、それも単独であの少年を寄こす。一番、生存率が高いからな」
「……そして芥川君は中島と因縁があって、彼を殺す為だけに……この白鯨に潜入するって」
「俺はこれでも君の為に、色々調べて来たからな。ミスターアーグラーの行動は、簡単に予想出来る」
さも満足気にボスは頷きながら、そしてボクの瞳を見る。
「さて色々言いたい事はあるだろう。しかし、今の君はギルドの所有物だ。きっちり働いて貰うぞ」
「……ボクは、もう道具じゃないよ」
しかし噂をすればと言う奴か、あの中島が客人としてこの部屋を訪れる。
「君は……茶漬けの少年じゃないか。どうして此処へ……?」
彼はボクの姿をじっくり見ては、面食らった様な顔をしている。
「ねえ……さっき芥川と会ってきた?」
しかしボクはそんな事情を介さず、単刀直入で中島に聞き込む。
「な、なんでそれを……」
哀しいかな。反応を見る限り、恐らくボスの予想は当たってしまっているのだろう。
嗚呼、苦いよ。とっても苦い。
ボクの心は不穏、拒絶、排除、不幸、苦痛、現実で一杯だ。
ボクはたった一人しかいないのに。
『でも今日、こう言うほろ苦いのもありだなと思った』
『だけど、それはボクがずっと欲しかった簡単な一言』
『羅生門の彼に出会う、運命の合図』
「いっそ、あの幸せなんて感じない方がよかった……!」
苦味を感じる暇は、ボクには一秒たりとも無い。
ボクの目標は第一に、もう一度芥川に逢う事。
だってこのチャンスを逃すと、彼に二度と会えないかもしれないから。
そして中島の反応で、もう迷わないと絶対的に確信した。
こいつは紛れも無く、泥棒猫だと。
「ボクはもう……一人なのは嫌なんだ。君なら、分かってくれると思ったのに。何で、裏切ったの」
「……い、一体何の話を――
「もういいや。……ボクの幸せを邪魔する奴は、全員犬の餌になるまでミンチにしちゃえば良いんだ。ははっ、君の偽善染みた持論よりボクの持論の方が簡単に解決できちゃった」
だから、芥川君やポオさんには一言もあげない。
全部今まで通り、標本にしてあげればそれで良い。
これが、唯一ボクが幸せになれる方法なんだから。
「そうだ、全部標本にすれば解決する話だったじゃないか。ああ、ちょっとでも苦味を許そうとすると直ぐこれだ。やっぱり、ボクにはコーヒーは合わないよね……!」
ボクは今までの欲望に似た感情を、まんま剥き出しにして叫ぶ。
「まさに可愛い子には投資をさせろ、だな。……ん、ちょっと違ったか。まあ良い。さあ、見せてくれ。少年の日の思い出を」
しかしボスの言葉を無視するレベルでボクの狂気は、頂点を遥かに超えていた。
「……行くぞ、中島ぁぁぁぁ!」
決死の叫びでボクは、全力で中島の元へ駆け込む――。