「結局、君も嘘吐きだった。中島もボクから、芥川君を奪うクズだってね……!」
中島視点では、今起こっている出来事について理解するのは難しいであろう。
だがそんな彼を意に反さず、ボクは針仕込みの飛び蹴りを食らわせる。
中島は丁重にお帰り頂くが如く、無残にも部屋の扉を破ってその先の廊下まで倒れ込む。
廊下は豪華な装飾が目立つボスの部屋と異なり、薄暗さしか無い不気味な空間であった。
「……い、痛い。これは……針?」
そしてボクが仕込んでいた針も、中島の腕部分に上手くクリティカルヒットしていた。
「これで、目的達成かな。こういう時だけ上手く行くって言うのも……なんか嫌なんだけど。でもまだ……君に能力は使ってあげない。だってボク、お気に入り以外にあんまり針刺したくないから」
ボクはわざわざ廊下へ倒れている中島の顔を覗き込んで、余裕そうな笑みを浮かべる。
「……なにが、どうなって。まさか、あいつに洗脳されたんじゃ……!」
しかし未だに彼は状況が理解出来ていないのか、まだ苦々しい顔でボクの思い出にしがみ付いている。
それに反する様に今まで一番楽しげな表情を見せるボスは、ボクに拍手を送る。
「俺は中島君に感謝しないといけないな。ヘッセ君の能力は、君のお陰で覚醒したんだから。いや……正確には欲しい物を手に入れる為なら、何だって犠牲にすると言う覚悟を決めた、と言うべきか。今の俺と同じ様に」
「でもこれだけで夢が叶った気になってたら、駄目だ。どうせ、醜く足掻くだろうから。きっちり、手足を針で刺して動けない様にしておかないと……!」
ボクはすっかり語気を強めながら、さらに服に隠していた針を手元へちらつかせる。
「……ボクは、逢わないといけないんだ。その為なら、どんな手だって」
そうボクはボスの指示も待たず、自分の胸へ捩る様に針を突き刺す。
「……また、性懲りもせず自爆戦法でも繰り出すつもりか。まさか餓鬼だとは思っていたが、馬鹿でも有ったとはな」
「その声は……」
それは廊下からこの部屋に向かう一つの影、芥川だった。
ボクはまるでヒーローが現れた様な高ぶりを、即座に彼へ感じる。
「だが、貴様の様な脳髄が朽ち果てた馬鹿に用は無い。僕のメインは人虎だ」
「……へえ、そうなんだ」
しかしこれまたボスの予想通り、芥川はボクの事よりも中島にご熱心の様だ。
「流石に君達の関係性だけは……当たってほしくなかったな」
そう言ってボクは中島と同等の手段で芥川へ刺すべく、彼の元へ針のおまけ付き飛び蹴りを仕掛ける。
「打ち捨てられた人虎と、同等の手段を持ちいるとは。あまりに不快」
「……」
芥川は、既に顔馴染みと言える羅生門を生成。大した攻撃だと思っていないからか、ノールックのまま、カウンターとして触手をボクの心臓へ一気に突こうとする。
そしてそれをボクはあえて――受ける。
「……刺したい標本にしたい愛でたい好かれたい読み聞かせたい刺したい抱きたい幸せになりたい」
羅生門に身体を刺し貫かれたままのボクは、心の底から芥川の幸せを願う。
さらにその触手を即座に身体から引き抜いた後、持ち前の暗殺術で素早く走り込みを再開。
胸部からは包帯から染み出る程に、大量の出血が見られる。
だがそんな事などどうでも良くなるくらいにボクは今、気分が高揚していた。
理由は簡単。
「ようやく、ボクの願いが通じるかな……!」
そしてボクの放つ針の生えた飛び蹴りは、芥川のガードする腕部分へ突き刺さる。
「き、貴様……これは」
すると一瞬で、芥川の意識がスイッチを切った様に飛んでしまう。
「成功したのに……寝ちゃったらボクの勇姿が見られないね。でも今は、起きれるでしょ。芥川君」
ボクの言葉の通り、芥川は悪夢から飛び起きる様にすぐさま起き上がっては態勢を整える。
「……貴様の異能は、干渉の指定までは不可能だったはずだ。それが何故……」
「それは、俺が代わりに応えてやろう。何せ、俺は優しいからな」
いきなり少しも優しくない声でボクと芥川の会話を邪魔したのは、今まで静観を貫いていたはずのボス。
だが彼は唐突に何故か、中島の元へ歩いてしまう。
「……何を、言ってるんだ? 早くあの子を、白鯨を、止めないといけないのに……!」
するとその動きに応じる様に、中島は刺された腕を虎の形状に変更してボスを睨む。
しかしそんな猫の威嚇など、まるで気にしないでボスは話を続ける。
「それは中島君が声をかけた夜の日まで、ヘッセ君はひたすら努力を重ねたから。その努力の末……ヘッセ君が針に直接触れ続ける事を条件に、干渉しない力の指定を実現したんだ」
「し、知ってたの……。ボス」
「無論だ。君が芥川君に失望されない様に、必死に異能を磨いていた事もな。……つまり、これは愛の力の結晶と言う訳だ。泣けるだろ?」
あの夜、ボクは芥川君の過激なアドバイスを元に、横浜の地で夜まで鍛錬を続けていた。
その結果、ずっと針に触れてボクのエネルギーを送り込む事によって、干渉しない力の指定が出来るようになっていた。
ちなみに先程ボクの胸に突き刺ししたのは、ダメージを干渉させない針だ。
この針のお陰でボクの胸にぽっかり穴が開いていようと、大量の血が流れていようと、涼しい顔で動けるという訳だ。
「こんな針を自分に刺すなんて、痛い事しなくても……幸せになれる方法があると思ってたんだけどね」
だからこそ中島君の一言で、ボクは救われた。はずだった。
「でも、これも芥川君と一緒に造り上げた愛だと考えると……この傷達も愛おしく感じるよ」
ボクは今すぐにでも、芥川を針で埋め尽くしたい衝動に駆られる。
それはさぞかし、甘いんだろうな。
甘い。甘い。甘い。アマイ。アマイ――。
しかし一方のボスは中島の傍に立ちながら、あえて攻撃を仕掛ける真似は行わなかった。
「俺はあえて、様子見させてもらう。何故か? これも俺が応えてやろう。それは俺の可愛い所有物が……完全に才能開花の時を迎えたからだ。そんな時、俺が暴れるなんて無粋な真似出来ないだろ?」
「うん、ボクも……この二人は自分の手で戦りたい」
ボクは挑発の意図として、笑いながら数本の針を横にして口に咥える。
「さて、今日は横浜消滅と君の才能を記念して盛大に祝杯を挙げよう」
「……才能、か」
ボクはため息混じりで呟いて、鉤爪を模す様に指の隙間に口に咥えた針を器用に詰めていく。
それから、ボクを長らく包んでいた包帯を丁寧に剥がす。
「まあ、何でも良いや。君等さえどうにかすれば良いし」
包帯を外すとボクの身体中には傷を隠す様に、真白に輝く魔法陣が彫られていた。
「……どうやら、本物の馬鹿の様だな。貴様は」
本格的に戦闘へ本腰を構える芥川に対して、中島はまだこの状況でボクの説得を試みる。
「……まずは、ちゃんと何があったか教えて――。
「うるさい、泥棒猫」
「言ったであろう、人虎。奴は本物の馬鹿だと」
――羅生門・連門顎。
中島との会話を黒き触手が食い破る様に、狭い廊下で幾つも口を開けてはボク達に襲い掛かる。
「また……ボクを騙すの」
するとボクを守る様に手を開いて立ち塞がるのは、中島だった。
だがそんな偽善に、ボクは左手で持つ針で脳天目掛けて天誅を下そうと企む。
しかし無理に動いた結果か、ボクも顎付きの触手に噛まれてしまう。
だが痛みは皆無。逆にその触手を鉤爪チックな針で刺しては、ボクの方へ芥川ごと力強く引き寄せる。
そして彼が態勢を崩した途端、ボクは素早く身を乗り出して針付きの裏拳を披露。
「ボクは必ず、君を標本にする……!」
しかし芥川はその攻撃を後方に下がる事で、余裕そうに身をかわす。
「成程、理解した」
「うん、ボクも理解した。やっぱり、君はボクが幸せにするって……!」
「……ど、どうしたら。このままじゃ、何もかもが手遅れになるのに」
それはまるで、運命の様に。
奇しくもギルド、武装探偵社、ポートマフィア、それぞれ所属が異なりながらも因縁を持つボク達は顔を突き合わせる。
でも、もう運命の汽笛は二度と鳴らない――。