時は最終局面――。
ボクと芥川、そして中島の三人は誰かに己の証明を示す様に、戦いに身を投じていた。
「……な、なにが起こったの」
しかしボクが見ていたはずの芥川と中島の二人は、ボクだけを置いて神隠しの様にふと消えてしまった。
其処に残ったのは、廊下の床に出来た綺麗な円状の穴だけ。
推測するに恐らく、その落とし穴に二人は落ちてしまったのだろう。
「まさか……あの中島が芥川君と二人きりになりたいが為にボクから離れたの。でも、ボクは逃がさない。絶対絶対絶対絶対……」
その言いつけ通りボクは一切迷わず、その穴へ真っ先に飛び込んでみせる。
「此処は……」
そこは白鯨の内部そのものの様に、無機質な空間が広がっていた。
そして、その上に敷かれた金網橋にボクは運よく着地する。
「人虎……。貴様はいつも、誰かから生きる許可を貰う為に戦っているのか。未だ過去の悲劇に捕らわれているのか」
「……そう、かもしれない。でも、僕は気づいたんだ」
どうやら芥川と中島は、ボク抜きの二人きりで会話を始めている様だ。
「……やっぱり、泥棒猫じゃないか。中島」
しかも肝心の二人はイチャイチャに夢中か何か知らないけど、ボクの事に全く気付いていない。
「不幸な人生を歩んできた僕だけど、生きても良い許可を貰える機会を探偵社に貰った。そう……僕も同じことを誰かに言える様な人間になる為に。もう誰であろうと悲劇を起こさない様に……! それが例え、僕に敵意を剥き出してきても」
「……くだらぬな。結局、過去に捕らわれているだけでは無いか。結局、貴様は誰も見ていない、己の不幸しか見ていない、単なる愚か者だ……!」
「そ、そんな事は……」
「異能と運が良いだけで! 太宰さんに認め称えられていると言うのに!」
「だ、太宰さんって……何で其処に名前が……」
しかしそんな二人のやり取りを見て、ボクは笑わずにはいられなかった。
「ほら、ボク以外を太宰さん?だっけか、追いかけるから不幸になる。ボクなら、こんな事にならずに済むのに。芥川君」
ボクは二人だけで成立する会話に、無理やりにでも割って入ってやる。
「……貴様は後のデザートだ。後で相手してやる」
「嫌だ。ボクだけを見てくれないと……駄目じゃないか!」
――こうして改めて、三人での戦闘が開始。
ボクは好意や殺意が入り混じった感情を剥き出しにしながら、心で考えるより先に身を芥川にあえて無防備に預ける。
ボクの作戦はただ一つ。それは骨を切らせるどころか、狂犬に骨髄ごと貪り食われても肉を断つ捨て身の戦法。
なのでボスには悪いけど、中島に対しての目的を達成させる余裕なんて皆無だ。
――羅生門・獄門顎。
そして芥川はまさに骨を目の前にした犬の様に興奮した様子で、見るも巨大な顎を模した羅生門をボクに見せてくれる。
そしてボクの身体を丸呑みするかの様な勢いで、躊躇なく噛り付いてくれる。
だけど勿論その程度の甘噛みで、ボクは止まらない。
骨が断つ程、血まみれでも。
肉が切れる程、傷が裂けても。
「ああ……君のお陰で出来た痣が証明してくれるんだ。ボクへの愛を」
しかしその愛すべき光景に中島は耐えきれなかったのか、一気に全身を虎と化して芥川を獄門顎ごと殴り飛ばす。
「はあ、はあ……僕達は、似た者同士だ。だから……君を止める」
殴られた勢いで芥川はそのまま金網橋から落ちそうになるものの、触手を橋に上手く絡みついて事なきを得る。
「……まさか此処までの愚か者とは、人虎」
そして中島は相変わらず、ボクを騙す為か説得を行い続けていた。
「……黙れ黙れ黙れ。お願いだから……黙って!」
ボクは何度も何度も何度も、近寄って来る中島に針を投擲する。
それでも、彼はいくら刺されても歩みを止めない。
「き、君には異能なんて絶対使わない。ボクはお気に入りの人しか使わないから」
もはや中島の身体は今のボクと同じ様に、全身を針で刺し抜かれていた。
「……まさか、あいつに気付かされるなんて。そうだ……僕も君も、ずっと自分の悲劇に捕らわれ続けているだけなんだ。傍にある幸せに気付かないで、ずっと……」
もはやボクとは違う意味で、その姿は病的と言えるだろう。
「だ、だから……ボクの名前すら知らないのに、どうして……」
中島の行動に理解が出来ないボクは、思わず無意識に後退りしてしまう。
覚悟を決めたはずの腕は、僅かに歪む。
幸福を望んだはずの瞳は、僅かに潤む。
絶縁を誓ったはずの心は、僅かに緩む。
「どうして……こんなボクに、優しくするの」
この問いに彼は、また簡単な一言をボクに囁いてみせた。
「……当たり前じゃないか。だって……僕は君の友達……だから」
とうとう中島は、両手の爪で優しくボクの肩を掴んでしまう。
「また茶漬け……食べに行こう」
「うぐっ……。あ、あれ……おかしいな、ボクの身体が」
すると急激に、ボクの身体は全身に激痛が走り出す。
「異能の限界を迎えたのだろう。慣れない事はするもので無いな」
そう言い放ちながら芥川は、随分と器用に金網橋へ復帰する。
「はあ、はあ……。そんな……ボクは結局全部、失っただけじゃない……か」
全身を酷くガタガタ震わせながら、ボクはそのままあっけなく金網橋で倒れてしまう。
「ボクは、まだ幸せになってないのに……」
しかしボクが倒れたの同時に、金網橋から見える貨物エレベーターが此処へ到着する。
「さて、来るか。……最後の相手が」
エレベーターの扉がゆっくり開くと、芥川の言う通り彼は立っていた。
ボク達のボス、フランシス・スコット・キー・フィッツジェラルドが。
「ヘッセ君を倒した暁に、素敵な舞台を用意してやろう。どうせだ、このまま鯨の背である甲板搬入口、いや大気圏まで二人とも蹴り上げてやる」
その言葉を最後に、ボクの意識は――途絶えた。
「俺は君の事を才能があると思っている。だがそれは異能の強さでも銀細工の技術でも、暗殺術でも無い。……それは僅か数日で、芥川達と渡り合えるまでに磨き上げた努力の才能だ」
しかし遠い意識の中、僅かにボクの腕は、瞳は、心は、光を灯り始めていた。
次で最終話です。