ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線-   作:緑餅 +上新粉

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 結構続いたオリ主視点の話は、一旦この話で切ります。

 次回からはれんたろーが主役です。


15.謬錯

 敵が多い。多すぎる。

 がむしゃらにトリガーを引き、弾が無くなれば装弾、あとは前の行動に戻る。...そんな単純作業を続けていると、最早自分が何を撃っているのか分からなくなって来た。

 しかし、こんな状況下の私でも気づいてしまう異常が、突如舞い込んだ。

 

 

「っ、獣声?」

 

 

 そんな音が聞こえたと同時に、周りのガストレアたちが一斉に動きを止め、ぞろぞろと森の中へ引き返して行った。

 訝しみながら霞む視線を前方へ向けていると、横から何かに思い切り突き飛ばされた。私は地面に叩き付けられたその衝撃で、今まで茫洋としていた意識がある程度鮮明になり、目前の光景をはっきりと理解することぐらいは出来るようになる。

 

 

「ちっ、ボサっとしてんじゃ...ねぇよ」

 

「し、将監さん?」

 

 

 前方から響いたのは、己のプロモーターである伊熊将監の苦し気な声だった。

 明らかに様子のおかしい彼へ嫌な予感がした私は、軽く打って頭痛のする後頭部を押さえながら上体を起こす。

 ───すると、そこには、

 

 

「なっ!将監さん...う、腕が」

 

「ああ。右腕、やられた」

 

 

 右腕が根本から無くなってしまった将監さんが、痛みに顔を歪めながら残った左腕で大剣を持ち、立っていた。

 傷口へ目を向けると、鋭い何かに断ち切られたというより、強引に千切られたかのような状態だと感じる。それ故に痛々しいが、今は周りに注意を向けなければならない。彼の腕を切り落としたガストレアが、必ずどこかにいるはず───、

 

 

「ッ!夏世、後ろだ!」

 

「っ!」

 

 

 叫びに促され、背後へ顔を向けると....そこには、歪な化物がいた。少し離れているが、背丈はあまり大きくない。特筆すべきは、足がなく、まるでナマコかウミウシのように這ってこちらへ近づいて来ていることか。

 私はすぐに冷静になり、銃を持ち直してから戦闘態勢に入ろうと立ち上がりかけた。

 

 

「ぐっ?!」

 

 

 しかし、突如足首辺りに鋭い痛みが走り、踏ん張りが効かず再度地面へ膝を着いてしまう。どうやら、倒れたときに捻ってしまったらしい。

 それでも、片膝を立てた状態で引き金を引くことは出来る。私は前のめりとなった身体を立て直し、銃口を敵へ向けた。次に人差し指でトリガーを引き、

 

 バキャア!!

 

 

「───え?」

 

 

 銃声とは明らかに質の違う音が、己のすぐ隣から響いた。恐る恐る音源へ顔を向けると、ソコにあったはずG11が、グリップを残して綺麗に抉り取られており、破片となって地面に散乱しているのが目に映る。

 まさか、あの一瞬で?敵に目を向けていたはずなのに、何をしたのか全く分からなかった。

 

 

「夏世ッ!下がれ!」

 

 

 将監さんの怒声が聞こえたが、足を負傷している事もあり、素早い離脱は不可能だ。それに、少しでも逃げる素振りを見せれば、恐らく将監さんの腕と、この銃を吹き飛ばしたアレが飛んでくるだろう。

 ナマコのようなガストレアは、こちらを馬鹿にするような緩慢な動きで迫ってくる。しかし、それに対し敵の攻撃は瞬きより速い。

 どうするべきか思考を巡らす私の背後から、将監さんの急いた足音が聞こえるが、まず間に合わないだろう。

 ────ここまで、か。

 

 

「邪魔だなコノヤロー!」

 

 

 

 だが、そんな悲観的な空気は、ある男の怒声によってぶち壊される。

 

 ナマコのガストレアから急に白い棘のようなものが飛び出し、奴は胴体を貫かれた痛みで耳障りな断末魔を上げた。その後、推定数トンはあるだろう化物がゆっくりと持ち上げられ、すぐに振り回されて宙へ投げ出される。

 ガストレアは私たちのいる木々の開けた場所まで吹き飛び、呆然と固まる将監さんの傍らに凄まじい爆音を響かせて落下すると、そのままゴロゴロ転がって奥の樹木を四、五本薙ぎ倒してからやっと止まった。

 

 

「あら、今の結構大物だったなぁ...っと、お。二人とも大丈夫か?」

 

「み、美ヶ月さん。その、これ」

 

「あ?あぁなんだ、もしかして倒しちゃ不味かったか?」

 

 

 私が不業の死を遂げたガストレアへ指を向けると、美ヶ月さんは額に手を当てて片目を瞑る。いや、そういうことじゃないんです...。

 と、困る私の隣へ歩いてきた将監さんが、私の言いたい事を代弁してくれた。

 

 

「いやな、俺たちが苦戦してた相手をこうも一瞬で倒されると───って、テメェその腕は何だ?!」

 

「あー、これには深い事情が....っておい!お前が一番ヤバいぞ将監!」

 

「!ッチ、忘れてたぜ。にしても、確かに血を流し過ぎたな。頭がグラグラしやがる。つか、さっきから痛みが全然治まらねぇ」

 

 

 将監さんは歯を噛み締めながら、かなり苦しそうにうめく。腕がもげた痛みは筆舌に尽くしがたいだろう。だが、彼の表情からはまたの何かを感じさせる。

 私はそれが気になったので、先ほど美ヶ月さんによって倒されたガストレアの下へ足を引き摺りながら近づきよく観察してみる。すると、案外その原因は早期に発覚した。

 

 

「美ヶ月さんっ、ミズクラゲです!」

 

「は?」

 

「将監さんの右腕を切り離したのは、ミズクラゲの触手です!」

 

「また触手かよ。...いや、まてよ?ミズクラゲは確か」

 

 

 私はガストレアの死体から移動して、気づいた美ヶ月さんへ確認の言葉を口にする。

 

 

「はい、微量の神経毒を持つ棘を触手に持っています」

 

「不味いな、普通なら刺されても痛いぐらいで済むが、ガストレア化した後なら話は別だ!」

 

 

 美ヶ月さんが血相を変えて叫んだあと、その時を見計らうかのように将監さんの身体が大きく傾いだ。すぐに抱きとめられるが、揺すられても起き上がる気配はない。

 彼はすぐに懐から携帯電話を取り出し、私へ救護の要請をする旨を伝える。あまりの必死さに思わず頷いてしまったが、よくよく考えるとこの場へ救護など来れるはずがない。...未踏査領域の最中、しかも野生ガストレアがそこらに蔓延る場所へ、など。

 

 

「怪我人が出た!今すぐに治療すれば助かる傷だから、ヘリを飛ばしてくれ!ああ、後は───」

 

 

 会話を続ける美ヶ月さんを尻目に、私は将監さんの腕を自分の服から裂いて調達した布で被せ、切断面を隠す応急処置をする。

 俄には信じがたいが、彼は既に細かな場所などの確認をしているようで、救護のヘリは来るらしい。

 

 

「え、俺の名前?......美ヶ月、美ヶ月樹万だ」

 

 

 多少の逡巡を含ませた顔で己の名を口にした後、美ヶ月さんは一言のお礼とともに通話を終了させた。溜息を吐きながら携帯を仕舞う彼へ、私は一番気になる事を確認する。

 

 

「救助は来るのですか?」

 

「あぁ。大丈夫、ちゃんとくるぞ」

 

「そう、ですか。でも、この場所へ要請するなど不可能だと思うのですが」

 

 

 否、不可能でなければならない。未踏査領域はモノリスの加護を失った怪物の生息域、跳梁跋扈の無法地帯なのだ。

 そんな場所へ一人の人間のために救援隊を送ったところで、襲撃を受けて犠牲者が増えるだけの話だ。

 それは美ヶ月さんもよく分かっていたようで、私の言葉を否定する事なく首肯してみせた。

 

 

「確かに、ここは未踏査領域っていう、人間にとっちゃ絶対の死地だ。いくら目の前に傷を負った人間がいようと、大抵の輩は『こんな場所に救援など来るはずない』って諦めるだろうさ」

 

「そうです。だって来るはずがないんですから」

 

「でも、それだって場合による。特に今回は未踏査領域の中でも比較的浅い地点であること、事前に大量のガストレアを排除済みであること。この要素から()()()()()()()と俺は判断した」

 

「────それは」

 

 

 確かに、その通りではある。しかし、安全性が必ずしも確立されているわけではない。

 こんな場所へ複数の人間を派遣するのだ。かもしれない、で判断していいことではないだろう。

 

 

「でも結局は『賭け』です。誰かのために、他の誰かを危険に晒すことが罷り通っていいはずがありません」

 

「それはそうだろうな。でも俺は、そんな()()()理由を盾に誰かを救える可能性を捨てたくはない」

 

 

 彼の言いたいことは分かる。....だが、それでも。

 私はバッグを枕にして荒い息を吐いている将監さんへ視線を向けながら口を開く。

 

 

「私は預言者じゃない。それで何もかも解決する保障なんてないんですよ。最善と思った選択肢を選び取っても、最低の悪手に転じることだってある」

 

 

 気が付けば下唇を思い切り噛み締めていた。しかし、何故かと己に問うても分からない。

 ....もしかしたら、望まずに他者の命を奪って来た自分を、正当化したかったのかもしれない。

 選択肢が与えられつつも『命令だから』という逃げ道を作って、己の保身に走った愚かな自分自身を、身勝手にも正当化したかったのかも、しれない。

 

 

「夏世。100%ってのは、この世に無いんだよ」

 

「...どういう、ことです?」

 

「絶対に助かる、絶対に助からない。そのどっちも、結果が分からない俺たちには判断のしようがないんだ」

 

 

 理屈は分かる。でもそんな舌先三寸で先の綺麗な言葉を誤魔化して欲しくは無かった。

 私は美ヶ月樹万の本心を聞きたいがため、意地の悪い疑問を浴びせかける。

 

 

「じゃあ貴方はこれまで、助かるかもわからない方法に頼って誰かの命を救って来た、とでも言うんですか?」

 

「ああ、そうだな」

 

「な────」

 

 

 だというのに、美ヶ月さんはあっさりと肯定してみせた。

 人を救うという行為は、正しく正義であるはずだ。否、そう評価されなければならない。

 にもかかわらず、彼は己の行使してきた正義が浅はかなものであると認めてしまったのだ。

 

 しかし、私はその考えを糾弾する気は起きなかった。

 彼の瞳を、見てしまったからだ。

 

 

 

「万全の対策を取ったのに、誰一人として救えなかったことがある」

 

 

 それは、あまりにも理不尽だ。

 

 

「万全の対策を取れなかったのに、誰一人として失わなかったことがある」

 

 

 そんなことが、あるのか。

 

 

「だから結局。その場でできることをできるだけやって、自分の中にある分かり切った失敗ってやつよりも良い結果を運否天賦で望むしかないんだ」

 

「───美ヶ月さん。貴方は、一体」

 

 

 ───一体、どれほどの人間の生き死にに関わってきたのか。

 彼の目は、形容しがたい灰色を湛えていた。普通に生きてきた人間ができる目とは到底思えない色だ。

 絶望とは何か、地獄とは何か。その答えを、彼ならば誰よりも正確に表現できるのではないか。そうとさえ、思ってしまう。

 呼気すら忘れて言葉を失う私の隣で、美ヶ月さんは座ったまま首を傾け、無数の星が輝く夜空を眺める。

 

 

「でも、最悪を見たからこそ、最善に繋がるものを見いだせるんだ。実現不可能な『絶対』ってやつに、少しでも近づくことができる」

 

「『絶対』に、近づく」

 

 

 絶対は、有り得ない。だが、()()()()()ことはできる。と彼は謂う。それは紛れもなく、絶望に潰されてしまった者の抱く望みでは無かった。

 美ヶ月樹万の中にある正義は、決して浅はかなものではなく。極限まで理想や願望を削ぎ落した結果、残った回答の形であったのだ。

 その上で彼は、救助される将監さんが救われ、救助する人間も救われる最善を選択した。 

 

 

 

「確かに、この状況。未踏査領域においては『絶対』に限りなく近い形で、将監さんを救出できるかもしれませんね」 

 

「そうだ。地獄なんて尤もらしい言葉で、誰も救われないことを正当化なんてしちゃいけないからな」

 

 

 ああ、凄い。自分が間違っていたことをこうも素直に受け入れた試しが、今まであっただろうか。

 私は人を救う上では誤ったことばかりを選択してきた。救いようのない結末ばかりを眺めてきた。

 でも、それでよかった。私の誤りが、目を背けたいほどに汚く、どこまでも愚かしいものであってよかった。

 

 ───己がずっと望んでいたものは、ここまで綺麗な在り方だったのだから───。

 

 

 私が初めて見た『正義の担い手』。

 それは、地獄に墜ちた人間すら諦めずに救い上げる、そんなひとであった。

 

 

 

 

          ****

 

 

 

 将監を乗せたヘリを見送り、俺はこの場に残った夏世を眺める。上空を見詰めるその横顔は、いつも通りの無表情だった。

 それにしても、てっきり彼へついていくものだと思っていたので、どんな意図があるのか気になる。

 

 

「それにしても、どうやってここにヘリを寄越せたんですか?常人なら、まず了解は出さないはずだと思いますよ」

 

「っ、あー。それはだな」

 

 

 こちらから質問を飛ばす前に問いかけられ、喉元までせりあがった言葉を無理矢理変換する。多少声がひきつってしまったが、悟られまいと続けた。

 

 

「聖天子に直接掛け合って救護の要請をしたんだ。...予想通り、二つ返事だったよ」

 

「せ、聖天子様にですかっ?一体どうやって」

 

「一度聖居の方へ問い合わせて、コッチの事情を粗方話してから繋いでくれって頼んだら繋がったよ。流石に逆探知は出来ないようにしてあるだろうがな」

 

 

 どうやら、周辺のガストレアが異常に少ない事は、他の民警によって既に報告されていたようで、電話口で大量のガストレアを予め始末しておいた旨を伝えると、対応していた職員は急いた様子で聖天子に繋ぐ事を告げてから、代わった聖天子に詳しい説明を求められた。

 ここで嘘を吐いても良い事はないし、救助要請の件で引き合いに出す話題であったことも合わせ、俺は出来る限りありのままを語る事とし、光源を利用し敵を誘致したガストレアの存在、大方のガストレア討伐数、犠牲者の有無を彼女へ報告した。

 討伐数は恐らく二百は行きそうだが、百ぐらいと偽っておいた。それでも十分驚かれたが。しかし、名前を聞かれるのは盲点だった。俺は秘密裏の介入にて戦闘を行っているため、正規の民警ではない。一応元ではあるが、もうIISOからは完璧に除名されているだろう。

 この作戦が終わった後、面倒な事にならなければよいのだが...。

 

 

「そう考えると、少し不用心ですね。聖天子直通の電話番号は逐一変わってはいるんでしょうが、何があるか分かりませんから」

 

「だよな。っと、そうだ。なんで夏世はここに残ったんだ?」

 

「!...ええと、そうです、ね」

 

 

 夏世は何故か仄かに顔を赤らめ、視線を下方へさ迷わせ始めた。彼女なりに深いわけがあるのだろうか?

 多少の逡巡のあと、意を決したのか、空いた間を埋めるように詰め寄ってきた夏世は、俺の腹に額を当ててきた。

 

 

「樹万さんを、一人で戦わせられないからですっ」

 

「なんでまた」

 

「貴方は、私と違って強い人です。...でも、だからこそ分かることがあるんですよ」

 

 

 夏世はそのまま両手をゆっくりと俺の腰に回し、顔全体を密着させてきた。

 熱い呼吸が薄いシャツの布地を通り抜け、染み込むようにして肌を焼く。

 

 

「樹万さんは、自分の犯した罪を背負うことに慣れ過ぎています」

 

「......」

 

「それでも潰されないことは、先の会話の中で痛いほど理解できましたが...やっぱり駄目です、これ以上は人間じゃなくなってしまう」

 

 

 ───夏世の発言に、少しばかり心臓が跳ねる。

 身体はとうに人間とは程遠いものとなってしまったが、心までもが人ではなくなるというのは避けたいことだった。

 ただでさえ、この身体と長い間付き合ってきた弊害で、人間的な思考が希薄になってきているというのに。

 脳裏を嫌な記憶が掠めていくが、それを努めて顔に出さぬよう繕い、ここまで自分のことを理解してくれた少女に感謝を込めた言葉を送る。

 

 

「ん──じゃあ夏世は、俺をフォローする為に残ったんだな?」

 

「はい」

 

 

 さらさらの髪を撫でながら笑ってやると、顔を上げた夏世の表情が綻ぶ。同時に、心なしか回された腕の力が増したように思えた。同時に己の中の感情の波も幾分か落ち着いてくる。

 ───さて、あまり和やかな空気を垂れ流してはいられない。ヘリのローター音を聞きつけたガストレアが、ここに集まるだろうから。

 

 

「夏世。足は大丈夫か?」

 

「はい、軽度のものだったので。戦闘に支障ないほどには回復しています」

 

 

 彼女は腕をゆっくり解くと、腿に差してあったワルサ―P99ハンドガンに手を掛け、目つきを戦闘のそれに切り替える。

 

 それを見た俺は、直後に疾走。繁る木々の間を駆け、発見したカメムシのようなガストレアを撃ち抜く。一方、将監のいる小規模の広場に留まる夏世は、いつでもガストレアを迎撃できるよう周囲を警戒していた。

 

 

「さて、この俺が望んだ『最善』だ。お前らの『最善』は通らねぇぞ」

 

 

 

 俺は地に落ちた空薬莢を蹴飛ばし、バレット・ナイフの先を暗闇に潜む敵へ向けた。

 

 




 オリ主、後に修羅場展開発生決定。

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