ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線-   作:緑餅 +上新粉

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 蓮太郎、延珠、飛那vs影胤、小比奈.....。

 戦闘シーンメチャクチャ荒れそうです。


16.決戦

「うーん、拍子抜けだな」

 

 

 正直、ここへ来るまでに十回以上の戦闘は覚悟していたのだが、現在はそれを大きく下回る三回にとどまっている。良いことであるのは間違いないのだが、何故か気分的に締まらない。

 

 

「何だか、ガストレアが極端に少ないですね....」

 

「妾もそう思うが、時々死体が転がっているのを見るに、先を行く仲間たちが倒してくれてるのだろうなぁ」

 

 

 延珠が言った通り、そこらへんにガストレアの死骸が時折転がっているため、いることにはいるのだろう。しかし、そうと見れば、俺たちの先を行く民警はかなり多いことになる。

 影胤の居場所は不明であるため、奇襲などでこちらの戦力を削いでいく可能性が....

 

 

「いや、それはないか」

 

 

 あの男は、そんな方法で俺たちと戦うほど弱くはない。

 先生から聞いた通りのスペックを持ち合わせているのなら、寧ろ真っ向からの殺しあいを望む....いや、能力が高いからではなく、奴の思想が闘争を望んでいるのだろう。

 

 ふと、俺はここから良く見える、天高くそびえた物々しい建造物へ視線を向ける。

 まるで天を突きささんばかりにその首を持ち上げているのは、『天の梯子』と呼ばれる兵器。またの名を線形超電磁投射装置。

 ガストレア戦争の末期に生まれた、奪われた世代たちが残した遺物。完成はしたが、ついに戦争の最後まで起動することは無かった。

 

 

「蓮太郎さん!森を抜けましたよ!」

 

「うーむ。街....みたいなのが見えるぞ?」

 

「!────ホントかっ?」

 

 

 先を進んでいた二人の相棒から声が掛かったので、俺は向けていた視線を天の梯子から外し、早足で近くに駆け寄ってその景色をみやる。...すると、眼下に広がっていたのは、確かに延珠が言っていた街のようなものだった。

 海が近いので、長い間潮風に晒された建物は酷く劣化しており、俺たちが立つ少し離れた高台から見ても、そこらじゅうが腐食だらけだと分かる。

 

 

「っ!蓮太郎さん、あの中で銃声や叫び声が聞こえます!」

 

「じゃあ...まさか」

 

 

 俺と飛那の緊迫した声で理解したか、延珠が隣で力を開放し、瞳が赤く変色する。

 とりあえず俺は街中をよく観察してみるが...やはりダメだ、この距離からでは事の細部を捉えられない。中央に建つ教会らしき場所のみに明かりが見えるので、それを足掛かりに探そう。

 俺はすぐに此方へ視線を向けてきた延珠と頷き合い、今度は飛那に顔を向けた。

 

 

「飛那、俺は延珠に抱えて運んで行って貰うが....ついてこれそうか?」

 

 

 延珠は兎の因子を持つイニシエーターであるため、脚力を生かした素早い移動はお手のものだ。今回は俺を背負うことで多少動きは鈍るが、複雑な陸路での運搬は、効率性で見るなら車より断然優れている。

 しかし、飛那は鷹と鷲のイニシエーターだ。足が早いとはあまり思えないのだが...

 

 

「ふふ、大丈夫ですよ。鷹も鷲も、体力ありますから」

 

 

 フッと笑った飛那は、力を解放してから迷うことなく目前の急斜面へ踏み込む。思わず手を伸ばしかけたが、彼女はステップを踏むように跳躍し、凄まじい身軽さで崖を駆け降りて行く。

 それを見て一先ず安心すると、隣で感心したように下方を覗き込む延珠に肩車をお願いして、俺たちも急ぎ戦場へ向かう。

 

 ────影胤がいるであろう、決戦の場に。

 

 

 

 

          ***

 

 

 

 むせかえるほどに漂う、濃厚な血臭。

 俺たちがたどり着いた場には、大勢の民警と、そのイニシエーターたちが屍の道を作っていた。

 この世のものとは思えない光景を既に焼き付けた俺の網膜でも、これには沸き上がるショックと脱力感を隠せない。

 

 

「酷い、ですね」

 

「───────」

 

 

 飛那と延珠も、赤色で染め上げられた最悪の景色に歯を食い縛り、生まれ出る絶望感へ必死に抗っていた。俺はそんな二人の頭を優しく撫で、波打つ心を鎮める為の呼気を挟み、鋭い視線を前方へ向ける。

 

 

「蛭子影胤...!俺はテメェを許さねぇ!」

 

「クク、許さないから何だい?ココに転がる能無し共は、死ぬ覚悟も無しに私を殺そうと銃や剣を向けたのかね?」

 

 

 影胤は隣で血溜りに沈む民警を指さし、心底馬鹿にしたような声調で俺へ問う。...確かに奴の言っている事は一理ある。ならば、

 

 

「じゃあ影胤、ステージⅤガストレアの召喚を止めろ。お前は戦う意思のない人間たちも皆殺しにするのか?」

 

「ハハハ!君は知っているだろう、蓮太郎くん?....私は、世界を滅ぼす者だと」

 

「テメェ....っ!」

 

 

 仮面を押さえて嗤う影胤に頭が沸騰しかけるが、飛那と延珠の両隣から袖を引っ張られる。

 

 

「挑発に乗っては駄目です。蓮太郎さん」

 

「うむ。アイツは戦ってぶっ飛ばさなきゃならん!」

 

「────はは、何だよ。俺より断然冷静じゃねぇか」

 

『当然!』

 

 

 息の合った二人の返答に微笑みながら、俺は拳を強く握りしめる。

 そう、こいつとは絶対に分かりあえない。止めたければ、力づくで捩じ伏せるしかないのだ!

 

 

「延珠、飛那は影胤のイニシエーターを頼む!」

 

「分かりました!」「うむっ!」

 

 

 

 

          ***

 

 

 

 会議室のモニターにリアルタイムで映し出されている、蛭子影胤と一組の民警ペアが対峙した光景。

 手元の資料にある顔写真と見比べると、右端に居るのが藍原延珠だと分かるが、左端にスナイパーライフルを持って立つ銀髪の少女は未だ正体が掴めない。そして、彼女らに挟まれるようにして中央に佇んでいるのが...あの時会議室にいた社長や、他の民警らより早期に蛭子影胤と接触していた少年、里見蓮太郎だ。

 

 私が聖天子の位として座る席の目前には長机がある。そこに同じく腰掛けていた内閣官房長官や防衛大臣は、先程から落ち着きがない様子で此方へ視線を投げているが...それも無理はない。何故なら、今さっき何十人もの民警らが影胤に挑んで、しかし傷一つ付けられずに虐殺されたばかりだからだ。

 たった一組の民警が今更出てきても、時間稼ぎにすらならないと苛立っているのだろう。

 

 

「付近に他の民警はいますか?」

 

「いえ、最も近くにいるペアでも、到着に一時間はかかります」

 

「............」

 

 

 この場において副議長を担う天童菊之丞は私の目線にうなずきで返答し、それを確認してから一つ深呼吸をする。

 

 

「では────」

 

 

 それから言葉を続けようとしたが、会議室内の静かな対話とは対照的な荒々しい怒声が耳に飛び込んできた。そして、私が扉の方へ顔を向けた瞬間に、勢いよく戸が開かれ、黒髪の少女...天童木更を先頭に数人の人だかりが雪崩込んでくる。

 私はあまりの不測の事態に思考が追い付かなくなりかけたが、なんとかこの場面で最も適した発言をすることができた。

 

 

「何事ですッ?」

 

 

 私だけではなく、席に着いていた全員が動揺しながら天童木更を黙視する中、彼女は一枚の紙を取り出しながら長机に歩み寄ってくる。やがて私たちの見える位置まで紙を持ってくると、それを広げて見せた。

 紙には一つのサークルがあり、その外側に直筆とみられる名前と判が押してある。と、ここまで視界に入れた私は驚愕した。

 傘連判(からかされんばん)。古の昔、百姓一揆の固い団結を約束すると同時、その首謀者を隠す為に円上にしたもの。

 天童木更は、紙に書かれた名前のひとり、防衛大臣へ視線を向ける。勿論、この場にいる他の人間の目も、彼に集中した。

 

 

「さて、轡田防衛大臣」

 

「っ!これはどう言うことだ」

 

「それは此方が貴方に聞くことですよ?」

 

「ぐ────」

 

 

 大臣は目を白黒させながら明らかな動揺を露呈する。彼の回りにいた高官も後退りしてしまっていた。

 

 

「これは貴方の部下が持っていたモノです。連判状に書かれている通り、貴方が蛭子影胤の背後で暗躍した依頼人ということよ。そして、七星の遺産を盗み出させ、その事実をマスコミ各社に補足させようとした.....これも全て、貴方の仕業ですね?」

 

「ち、違う!こんなモノ、私は知らんっ!」

 

 

 大臣は必死に取り繕おうとするが、想定外の事態に激しく取り乱していた。

 しかし、これ以上は場を取り締まる此方も、天童木更の暴挙には黙っていられない。

 

 

「この会議室内は、国防を担うべく置かれた超法規的な場所ですよ。なんの許しもなく踏み込むのは、此方としても看過できません」

 

「そ、その通りだ。貴様は所詮薄汚い民警の飼い主に過ぎない!その紙を持ってとっとと失せろ阿呆が!」

 

 

 私の言に水を得た魚の如く息を吹き返した大臣は、天童木更に罵詈雑言を浴びせかける。しかし、当の彼女は冷めた表情で流し、私の方へ視線を向けた。

 

 

「聖天子様の仰る事は、まことに我が意を得た思いです。ですが────」

 

 

 彼女の言葉が続かなかったのは、目前で轡田防衛大臣が横から勢いよく突きだされた足に吹き飛ばされたからだ。

 そのまま机と椅子を派手に巻き込みながら会議室の端まで転がっていった大臣は、当然の如く意識を失って起き上がってこない。

 

 

 

「あァースッキリした。やっぱ何処の国でも、小うるさい蛆虫共を蹴飛ばすのは痛快だな」

 

 

『!?』

 

 

 驚いた。何よりも、いくら一言も発してはいないと言え、私のすぐそばに来るまで天童菊之丞が全く気配に気付けなかったことに一番驚いた。

 闖入者は足を引っ込めると、茶色がかった髪をガシガシ掻く。そして、場違いも甚だしい修道服を着込んだ男は、胸に下げた金色の十字架を揺らしながら溜め息を吐いた。一体、何者────?

 

 

「ちょっと貴方!ココへ案内してもらってる最中に言いましたよね!?手は出さないって!」

 

「えぇー、だって木更ちゃん程の美人がアホとか言われたんだぜ?んなこたァ俺が黙ってるはずねぇだろ」

 

「も、もう!大事な交渉だったんですよ!?」

 

『.......』

 

 

 呆気に取られて固まる全員。しかし、この場で唯一明確な行動を現した人物がいた。

 

 

「っと....おいおい、無理すんなよ爺さん。もう歳だろ?」

 

「!馬鹿な、この無手を止めるだと?」

 

 

 菊之丞の手首を掴んだ男はニマリと笑い、そのまま彼へ向かって言った。

 

 

「あそこで寝てる馬鹿を連れてけ、木更ちゃんの言っている事は本当だ」

 

「侵入者の汚名を着る貴様の世迷言を聞く通りはない」

 

「ったく、相変わらず頭固ェなぁ爺さん」

 

 

 このままでは話がますますずれる。ここは早急に事態を動かさなければ、ステージⅤガストレアへの対策にまで遅れが出てしまう。

 

 

「聖天子様。今は蛭子影胤と内通していた防衛大臣を連行してくれませんか?事態は一刻を争うのでしょう?」

 

「ええ、そうですね......分かりました」

 

 

 丁度己の思っていた事を天童木更に催促され、踏み切る覚悟がより固まった。

 ついで私の向けた視線に観念したか、菊之丞は気絶している轡田防衛大臣を見ながら冷たく言いはなった。

 

 

「連れて行け」

 

 

 彼は室内の護衛官に抱えられ、身動ぎ一つせぬまま外へ運び出された。その一部始終を見た神父のような男は、口笛を吹きながら私に向かって拍手する。

 

 

「流石聖天子様。理解が早くて助かるぜ」

 

「貴様!」

 

「私から言わせてください」

 

 

 眉を顰めた菊之丞を手で制し、入れ替わるようにして男と対峙する。

 ...聖天子の名を得るまでに何人もの人種を見てきたつもりだが、彼は全くの未知数だ。何を考えているかが、全く分からない。

 私は脳内で慎重に言葉を選びながら、この場にきた理由を探ろうと躍起になる。すると、そんな私の額に何かが軽くコツンと当たった。

 

 

「ハハハ!俺ァお前の命を取りに来たわけじゃねぇよ、だから少し肩の力を抜きな」

 

「え......?」

 

 

 己の額に伝わった衝撃が、凸ピンだと理解するには数秒の間を要した。再び彼の背後から菊之丞が迫るが、同じように手首を捕まれてしまう。

 

 

「貴様.....それ以上聖天子様に無礼をしてみろ。この場で刀を抜かせて貰うぞ!」

 

「あぁー、そう熱くなるなって。とにかく今は」

 

 

 修道服の男は怒れる菊之丞を適当にいなし、モニターに映る一人の少年───里見蓮太郎へ視線を移動させた。

 

 

「あの坊主が何処までグリューネワルトのアホンダラが創った作品と渡り合えるか、見てみようぜ」

 

 

 




 オッサン、襲来。

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