ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線-   作:緑餅 +上新粉

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 影胤サンの章はこの話にて終了です。

 犠牲者がいないっていいですね。...え?モブキャラ?そんな奴等は知らないよ(すっとぼけ)


21.生者

 かなりの距離を吹き飛ばされたことで、夏世の戦うエリアとは大分距離を開けられた。

 再度体内組成を攻撃特化型へと変化させ、今まで真正面から受けていた大質量の攻撃を避け、オッサン直伝の無手で奴の尻尾を爆散させた。

 

 そこからは一方的な部位破壊を繰り返し、最終的には両前足を砕いて転倒させ、頭へ強烈な一撃を叩き込んだ所でステージⅣガストレアは絶命した。

 

 夏世の方も大方の敵は片付いたようですぐに合流したのだが、それとほぼ同時に天の梯子から強烈な光が迸り、凄まじい衝撃波によって吹き飛ばされる。

 

 しかし、すぐに体勢を立て直して俺は全力で駆けた。木々を抜け、ガストレアの死骸を飛び越え、只一つの目的地へ向けて突っ走る。

 

 蓮太郎は、今の一発で確実にステージⅤを仕留めただろう。

 ならば、その後に俺がすることは、

 

 ────待ってろよ。そのアホ面に絶対一発喰らわせてやる。オッサン...!

 

 

 

          ***

 

 

 

「で、駄目だったと」

 

「ぐ.....」

 

 

 そう呆れたように言った男は、俺が剥いてやったリンゴに左手を伸ばしてかじる。

 

 ────そう、オッサンには会えなかった。

 会議室にいた木更へ聞いたところ、ステージⅤガストレアの消滅が確認されたと同時に、一言も告げずさっさと出ていってしまったらしい。しかも、室内にいた全員に気付かれず、だ。

 

 

「ったく、俺のことはいいから自分を心配しろよ。伊熊将監」

 

「..........」

 

 

 リンゴを食べ終わると、男....将監は失われた右腕に目を落とす。かけられた薄布はその箇所だけ膨らみがなく、否応なしにその現実を突き付けられる。

 

 

「民警、辞めるんだって?」

 

「────ああ」

 

 

 ここへ来るときに、三ヶ島という男に出会った。

 彼は俺の顔を見かけると、病院の中にも拘わらず、うなじが見えんばかりの平身低頭ぶりでお礼を言ってきた。

 突然だったので焦ったが、将監の所属する会社の社長だと聞いたところで納得がいった。本人から聞いて、顔をある程度把握していたのだろう。

 

 そして、そんな三ヶ島の口から紡がれたのは、伊熊将監が民警を辞職するというものだったのだ。

 

 

「やっぱり、右腕か?」

 

 

 利き腕である事と、主力であるあの大剣を振るっていた右腕がなくなったとあれば、確かにその結論が出るのはおかしくない。

 しかし、いま俺の目の前にいる将監からは、それ以外の何かを感じさせた。

 

 

「夏世が、な」

 

「...あいつがどうかしたのか?」

 

 

 将監のイニシエーターである彼女は、まず己と彼の二人だけで話をしたいと俺に告げ、一足先に面会を済ませている。今は病室の前にいるだろう。

 冒頭を聞く分だと、どうやらその折に何か言われたらしい。

 

 

「『頑張れ』って、俺に言ったんだ」

 

「......」

 

「はは、おかしいよな?あんだけの事させときながら、励ましたんだぜ...この俺をよ」

 

「そうか」

 

「ああ、笑えるぜ」

 

 

 そう言いながらも、彼の瞳は真剣そのものだった。

 やがて瞳を閉じた将監は、意を決するように深い呼気を挟んだあと、首を傾けて瞼を開き、天井を睨む。そして、

 

 

「まだガキだった頃。俺の価値観はガストレアにぶち壊された」

 

 

 将監は、己の過去を口にし始めた。

 訥々(とつとつ)と語られるその内容は、思わず目を覆いたくなるようなものばかりだ。

 

 ────目前で実行される、度重なる凄惨な殺戮。立ち向かう勇気も力もなかった自分は、物陰に身を隠しながら、ただそれの終わりを待った。

 そして、己は幼き記憶へ、生ある者より死に逝く者の姿を濃く網膜に塗りつけられたが為か、生者の価値を見出だせなくなってしまった。

 

 

「俺は生きている人間が嫌いだったんだ。なんつーか、本来は『死んでいる』姿が『生きている』んだと。それが正常なんだと思ってた」

 

「.....治ったのか?」

 

「がむしゃらに刃物振り回していた時期よりは、な」

 

 

 将監は一旦そこで言葉を切り、上げていた視線を窓の外へ移してから続けた。

 

 

「民警になったのは、ガストレアを殺すことで殺人衝動を抑えるためだった。...だが、夏世と出会ってから悪化しちまったんだ」

 

「?なんでだ」

 

「簡単だ。アイツは、俺なんかよりずっと繊細で、敏感で、頭が良かったからさ」

 

 

 将監は左手でベッドの白いシーツを握りこんで皺を作りながら、それと同じくらい眉を顰めて苦々しい表情をする。

 

 

「気に入らなかった。俺のことを全部理解しているかのようなアイツの目が、表情が。だから、『コッチ』へ引き摺り込みたくなった。死が正常の、最悪な世界へとな」

 

「なるほどな。....それで夏世に人殺しをさせたのか」

 

「ああ、そうだ。今頃になってそれが異常だって分かってきたんだ....はは、馬鹿だよな」

 

 

 自嘲気味に嗤った将監は、少しの間を空けてから俺の方を向く。

 

 

「俺は夏世の幸せを奪った。...だが、テメェならそれを取り戻せるはずだ」

 

「俺が?」

 

「そうだ。どうやったのか知らねェが、アイツはテメェに全幅の信頼を寄せてる」

 

「ほう、何でそんなことが分かるんだ?」

 

「仮にも長い間パートナーやってたんだ。それくらいはな」

 

 

 未踏査領域で初めて会った時と同じ底意地悪い笑みを張り付かせるが、すぐにひっこめる。

 そして、突然俺へ頭を下げてきた。

 

 

「夏世を頼む。...テメェが民警じゃねぇ事は分かってて言う事だ」

 

「いいのか?俺で」

 

「ケッ、アイツはテメェにベタ惚れだっつの鈍感野郎。あの様子じゃあ、もう誰のプロモーターにも付けねぇよ」

 

 

 将監は、言わせんな馬鹿とでも吐き捨てそうな顔で俺を睨みながら、左手の甲へ顎を乗せる。

 一応夏世の好意には気付いていたので、彼が言うほど俺は鈍ちんではないはずだ。そうに決まってる。

 そうとなれば、少しだけ謂れの無い暴言に対する反撃をさせて貰おう。

 

 

「なら問題ないか。お前が了承くれねぇと駄目だからよかったわ」

 

「?なんの話だ」

 

「実はな...聖天子直々の頼みで、俺は民警へ復帰することになった。んで、特例なんだが、俺の一時的なパートナーとして夏世が立候補したんだ」

 

「はぁ?!なんだそりゃ聞いてねぇぞ!」

 

「見舞いに来る直前のとこで決まった事だからな。まだ聖天子と俺と、夏世ぐらいしかしらない事実だぜ。嬉しいだろ」

 

 

 手の甲へ乗せていた顎を滑らせるほど驚いた将監だったが、夏世の行き先は望み通りの形へ収まったも同然なので、不満げな顔ながらも、どこか安心した色を含んでいた。

 

 

「はぁ....ったく、好きにしろ。だがな、これだけは言っておく────夏世の事は幸せにしてやってくれ。俺が言える資格なんざねぇだろうが、それでもだ。頼む」

 

 

 随分と態度も雰囲気もコロコロ変える男だ。しかしまぁ、この伊熊将監の方が俺は好きだ。無論、変な意味ではなく。

 しかし、こんなしんみりした空気のままお別れはどうも締まらない。なので、再度頭を下げた将監が顔をあげるのを見計らって、俺は唐突に叫んだ。

 

 

「あぁ!あそこに素っ裸の夏世がッ!」

 

「何ィ?!」

 

「マジで引っかかる奴があるか!」

 

 

 明らかに嘘だと分かる文字通りの嘘に、見事な反応で引っ掛かってくれた将監の頬へ張り手を喰らわす。

 あべしっ!という謎の呻き声を上げた彼は、暫しそのままの状態で固まると、虚言に踊らされた羞恥、そして理不尽な暴力を受けた事実を解し、怒りのボルテージを急激に引き上げる。

 

 

「テメ───!」

 

「早く元気になって戻って来い!お前はこれくらいでへこたれる奴じゃないはずだ!」

 

 

 ここで励ましの言葉は予想外だったのだろう。目を見開いたまま固まる将監へ手をヒラヒラと振ってから、制止を叫ぶ声に取り合わず俺は病室を出た。

 

 

「全く、ここは病院ですよ?非常識です」

 

 

 そして、さっそく扉の前に立っていた夏世からお叱りを貰う。本気ではないようだが、顔を赤くしているので恥ずかしかったらしい。やっぱ聞こえたよな、さっきのアレ。

 無論冗談とはいえ、俺も負い目がある訳で素直に謝る。

 

 

「すまん。やっぱアイツ元気なさそうだったからな。つい」

 

「そう、ですか」

 

「ん、あれでも心の整理はまだついていないんだろうから、肩の力抜かせるためにもな。折角療養してるってのに暗いまんまじゃ、治るものも治らんだろ」

 

 

 最後に「病は気からって言うしな」と付け加えたところで、夏世は嬉しそうな表情で顔を綻ばせた。

 

 

「樹万さんは優しいです」

 

「そうでもないぜ?だって────」

 

 

 俺はポケットを漁り、先ほど将監から徴収してきた『あの』シャツの弁償代を見せる。以外にも律儀なもので、言ったら『ほらよ』という言葉とともに投げ渡してくれた。

 その額800円。服を買うには少しばかり厳しい数字だ。

 それを見ると、夏世は何故かさらに嬉しそうな顔をした。

 

 

「ふふ、そういうお茶目な所も含めて、です」

 

「お、おう....」

 

 

 すっかり毒気を抜かれてしまい、悪人となりきれなかった己に気恥ずかしさを覚え、代金をすぐに仕舞うと頭を掻く。

 そんな俺を見た夏世は、一目を憚らず抱きついてきた。

 

 結局、注意されるのはお互い様だったかな。

 

 

 

          ***

 

 

 

 正直に言うと、民警へ復帰することはあまり乗り気ではなかったりする。

 

 確かに聖天子から新しい貸家を賜ったり、蛭子影胤追撃作戦へ不正規参加をしたというのに、高額な報酬を手渡されたりと....得るものは沢山あった。

 しかし、それらを枯れ葉のように軽く吹き飛ばしてしまう、『リスク』という名の大嵐がある。

 

 

「だからといって、いつまでもドクターのトコに居座る訳にゃいかんよなぁ」

 

 

 作戦終了後に彼女のいる研究室へ帰ったのだが、男の死体へ突っ伏して爆睡していた。勿論起こしたが、寝起きが悪くメスが飛んで来たのだ。

 改めて話を聞くとやはり心配していたようで、蓮太郎の分とあわせると、その心労は馬鹿にならないだろう。

 ただでさえ不健康な生活習慣が根づいているのに、そこへ心の病気まで舞い込めば百%倒れる。

 生活拠点の移動は後々報告しておこう。その時に世話になった分の謝礼も持って行くとしようか。

 

 

「あーだこーだ言いながらも、ちゃんと気遣ってくれてた.....。なら、これ以上はただの甘えだな」

 

 

 どちらにせよ、あの作戦が終われば研究室を出ようと密かに決めていたのだ。もし家が無ければ野宿でもするか、とまで決心をして。

 しかし、気づいてみれば収入源を得て、住むべき場所も手に入っている。....何とかなるどころか、今までより良質な生活を送れるはずだ。

 

 

「おっし、そうとなればさっさと帰るか!夏世を迎えに────ん?」

 

 

夏世は一旦自宅へ戻り、自分の荷物をまとめてから俺と合流することになっている。で、その合流場所が聖居前の噴水広場なのだが...

 

 

「オラ!イシャリョー出せやガキ!」

 

「あー!折れたよこれ、絶対折れちゃったよ!イタイイタイ!」

 

「...............」

 

 

 噴水のある方でチャラチャラした兄ちゃん二人と、三輪車を持ったパジャマ少女の三人で三文芝居が行われていた。三輪車(アレ)でぶつかってしまったのだろうか?

 てか、あんな小さい女の子に慰謝料て、アイツらは馬鹿か?...と思ったが、俺はすぐに思い直す。

 

 

(あぁーなるほど)

 

 

 男らはどうやら少女の親に金をたかるつもりらしく、逃げ道を塞ぐような位置へ立ってギャアギャアと喚いている。

 一方の責められている少女は、意味も解らずボケッと二人の顔を眺めながら眉を潜めていた。多分うるさいんだろうな。

 周囲には(まば)らながらも人はいるのだが、面倒だと言わんばかりに避けて通っている。

 まぁ、当然の態度だと思う。が、外周区の『こどもたち』を何人も見てきた俺には、年端もいかない少女が目前で暴力に屈する光景など耐えられるはずもない。

 つまり、これからこちらがとる行動など決まっている。

 

 

「お兄さん方、ちといいか?」

 

「ああ?んだよボケ」

 

「邪魔すんじゃねぇよタコ」

 

「────んふッ」

 

 

 予想の上を行く底レベルな発言に、思わず変な笑い声が喉から漏れてしまった。

 面倒ごとへ発展させたくはなかったので空咳をして誤魔化そうとしたが、しっかりとご拝聴頂いていたようで、不良お馴染みの常套句を喚きながら拳を振り上げてきた。

 欠伸が出るほどの稚拙な攻撃だったが、俺は敢えて避けずに喰らう。

 

 

「ハッハァ!オラ!これで懲りた.....ろ...」

 

 

 ────オッサン曰く、俺は上目遣いをすると壊滅的に目付きが悪くなるらしい。

 一度やってみたところ、「こりゃ殺る気マンマンじゃねェか」と、奴には珍しく本気で引いていた。

 今回はそれに加え、微量の殺気も乗せてみたのだが。

 

 

『あ...う....』

 

 

 効果覿面のようで、さっきから二人とも俺に呑まれてしまっていた。

 とはいえ、いつまでもこんな馬鹿みたいな状況は続けられない。さっさとお引き取り願おうと、上目遣いのみを止めてから微笑みかける。

 

 

「分かってるよな?(殺気増量)」

 

 

 それを聞いた二人は首がちぎれんばかりの頷きを残し、一目散に退散していった。

 最近の若いもんは気合いが足らないなぁと、世の行く末を憂う老人みたいなことを思っていると、コートの裾が引っ張られた。

 

 

「正義の、ヒーロー...生まれて、初めて見ました」

 

 

 半開きの目でこちらを眺めるのは、ついさっきまで喧騒の渦中にいた少女だった。

 ボサボサの金髪に乱れた上下のパジャマ、足にはフクロウ(?)の可愛らしいデフォルメが描かれたスリッパを履いている。なんというか、朝起きてからそのままのような身なりだな。

 

 

「あー、と...大丈夫だったか?」

 

「はい。貴方が助けてくれたので、私はまだ傷物じゃありませんよ」

 

「そうだろうな」

 

 

 何やらひっかかる言い回しだったが、暴力は振るわれていないらしい。証拠として噴水の近くでひっくり返っていた三輪車を自力で起こせていた。

 ならば、もう大丈夫だろう。これ以上関わっても逆に迷惑なはずだ。

 

 

「じゃ、俺はこれで────」

 

「待ってください」

 

「おおっ?」

 

 

 再びコートの裾を掴まれて、たたらを踏みながらも立ち止まる。まだ用事があるのだろうか?

 

 

「道に迷いました.....ここ、何処ですか?」

 

「えっ」

 

 

 直後に強い風が吹き抜け、呆けた俺の顔を噴水の水飛沫が濡らした。

 




 ――――――――またょぅι゛ょか。


 お前ら、丁重にご案内しろ。

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