ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線- 作:緑餅 +上新粉
待望の.............?
取り敢えずは聖居前から離れ、少女を連れて近場の公園まで移動した。
彼女は歩いている最中もぼんやりとしていて、ここへ来るまでに何度も転けそうになり、危ない事この上ないので手を繋ぐ事にした。
何とか公園内にある川沿いの歩道まで歩き、沈む夕陽の赤色に染められたベンチへ座らせる。
「ほれ、ここに一端座ってくれ」
「ふぁい」
あまりにも頼りない返事をされたため、このまま質問へ会話を持っていくのは危険だと悟り、俺は近くにあった水道でハンカチを濡らすと、目覚ましがわりに少女の顔を拭くことにした。
「っと、どうだ。少しは眠気マシになったか?」
「ん...私が眠そうにしている事に、よく気が付きましたね」
「そりゃあんだけ転けてりゃな」
多少覚醒したらしく、以前よりは発言が流暢になった少女は、ペコリと俺へ向かって頭を下げてきた。
「あらためて。助けて頂き、ありがとう御座いました」
「あぁ、気にすんな。......ん、一応自己紹介しとくか。俺は美ヶ月樹万だ、樹万でいい」
「私は.................ティナです。ティナ・スプラウト」
「じゃ、ティナ。どこから来たか言えるか?」
俺のした決して難しくはない問いに十秒以上唸り続け、やっとこさ出した答えは――――――
「自宅のマンションからです」
「ふむ、それで...?」
「................」
「................」
「..........?」
「終わりかよ!」
具体的な場所の説明が全くないじゃないか!せめて何区にあるかぐらいは知っててくれよ!
そんな心の声を押し込め、俺は溜め息を一つついてから別の質問を飛ばす。
「じゃあ、何のためにあんなトコヘきたんだ?」
「...............」
「.....ティナ?おーい」
「..................(ウトウト)」
「寝るなっ!」
「ふあっ?」
金髪が跳ね放大のティナの頭をぺちんと叩き、夢の世界から帰還させる。軽くだったので痛くはなかったはずだが、彼女は唇を尖らせながら俺を上目遣いで睨んできた。.....あれ、全く怖くない。寧ろ庇護欲がそそられてくる。
「私は、樹万さんに傷物にされました。責任、とって下さい...」
「ちょっと軽くツッコミ入れただけじゃねぇか...てか、またうつらうつらしてきたぞ?」
「んぅー...」
ティナは俺の指摘を受けると、瞼を擦りながらパジャマのポケットからプラスチックのカップを取り出した。
パコッ、という軽快な音を響かせて蓋を取り外してから、中を探って白い錠剤みたいなものを四粒ほど手のひらへ乗せる。ちなみに、持ったカップには『カフェイン』と英語で明記されていた。...眠気覚ましか。
それを一気に口内へ放り込むと、慣れたようにバリバリ噛み砕いて飲み下す。
「カフェイン錠剤とは...寝不足常習化してんのか?」
「ん...私は極度の夜型なので」
「えらく面倒な体質だなぁ」
...実に困った。こんな意識が散漫とした少女を此処へ一人にしたまま置いて行くことなど出来ない。
だからといって一緒に家を探していては、いずれ聖居前の噴水広場へ来る夏世と行き違いになる。こちらにもそれなりの事情があるので、安請け合いの代償は大きいだろう。
「.....スミマセン、樹万さん」
「え?何だ急に」
起死回生の案はないものかと首を捻っていたら、ティナに行きなり頭を下げられた。
顔をあげた彼女の表情は、嬉しそうで、でもどこか申し訳なさそうだった。
「私、自分の家の場所、知ってます」
「ゑゑ」
「すごく真剣に考えてましたので、罪悪感が湧きました。...樹万さんはいい人ですね」
どうやら遊ばれていたらしい。だが、不思議と悪い気分ではなかった。
ティナが素直に謝ってくれたのもそうだが、今までろくに表情を表さなかった彼女の笑顔を見たからだろうか。
「ま、ならいいさ。俺は女の子の味方だからな」
「それは、暗に小さい女の子が好きだと公言しているのですか?」
「ふむ、聞き手の解釈によってそれぞれだろうが、確かにそうかもな!好きに受け取ってくれて構わんぞ?」
ティナの頭をポムポム撫でながら笑ってやると、彼女も肩を震わせて微笑んでいた。寝不足さえなければ、百%の笑顔だったんだけどなぁ。
名残惜しくはあるが、このままでは夏世との合流時間に遅れる。彼女はああ見えて結構根に持つので、またキスでも要求されたらたまったもんじゃない。
「じゃ、ティナ。俺はそろそろ行くよ」
「ぁ...待ってくださいっ」
「ん、どうした?」
「よかったら、連絡先を教えてくれませんか...?」
予想外の要望に少したじろいでしまったが、悪用する気はまず無さそうだし、寧ろ今回のような何か困ったときがあれば助けに行ける。
以上の理由で、俺は持ち歩いている名刺入れを開き、その一枚をティナへ渡した。
「っ!.....ありがとう、ございます」
「ああ、何かあったら連絡していいからな」
深々と頭を下げるティナだが、やはり眠気が強いのか、かなり挙動不審なお辞儀になっていた。
そんな危なっかしさ溢れる金髪碧眼の寝坊助少女は、夕日の照らす赤い公園を三輪車片手に去って行った。
***
「全く、何で定刻に聖居前にいなかったんですか。探したんですよ?」
「ゴメンゴメン」
夏世は待ち合わせ時刻より少し早く着いたようだった。なので、最初からいるはずだった俺の姿が見当たらないことで酷く心配させてしまったらしい。
已むに已まれぬ事情があったとはいえ、俺はその可能性を考慮しながらも首を突っ込んだ。ならば、弁解は全て言い訳にしかならないだろう。
「今度好きなもの買ってきてやるから、まずは荷物を家に置こう」
「そうですね」
乗っていたエレベーターが目的の階で電子音を鳴らし、扉がゆっくりと開く。
俺たちがこれから生活の拠点とする場所は、聖居近くのマンションだった。
近場とはいえ、一般人が住める範囲のマンションの中での話だ。VIP待遇など決してされていない。...別に不満を漏らしている訳ではないぞ?
それでも良質な間取り、トイレ付きのバスルームなど、人によっては当たり前でも俺にとっては嬉しい設備が満載だった。
しかし、ここが事務所って...直接訪ねてくる依頼者はもういないだろうな。いや、元々いなかったか。
3階の通路を渡り、自分の部屋を探す。
その途中で、夏世が疑問の声をあげた。
「?....人、でしょうか?」
「え?人―――――――ッ!!?」
このマンションは筒状に建てられており、廊下の通路はその形をなぞるようにせりだしている。
そのため、およそ数メートル先は、湾曲する道なりのお陰で壁が視界を遮ってしまう。なので、人が立っていても遠くからでは視認が出来ない。
「飛、那......?」
目前に立っていたのは、廊下へ射し込む朱い斜光を反射し、本来は銀色に輝く髪を血のような紅色へ染めた少女。顔は俯いている状態のため、表情が確認出来ない。
しかし、今目の前にいるのは、間違いなく―――――――
「..........」
飛那は俺の問に答えず無言で腰に手を回し、何か黒く光る物を取り出した。...まて、それは.....!
―――――――俺は、こうなることを事前に予想できていたかもしれない。そして、あの時聖居で下した、夏世をイニシエーターにする決断は迂闊でもあった。
要するに、これまでの己の行いを鑑みるに飛那は....
「この、裏切り者ぉー!!」
無茶苦茶怒っている!
「ヤベ....夏世、壁側に避難しろ!」
背後にいる夏世へそう言った直後、消音機をつけたコルト・ガバメントが火を吹く。
俺は一旦後ろへ下がり、乱射される銃弾の射程距離から脱出を試みる...が、その前に頬を鈍色の殺意が掠めて行き、俺は冷汗を流した。
何とか説得したいが、完全に激情で周りが見えなくなっている。
だが、飛那の目は黒いままだ。どうやら本気で殺しに掛かってきた訳ではないらしい。
「でも、やっぱり避けねぇと当たるな....っうぉ!」
少し踏み込もうと足に体重をかけた瞬間、爪先から数ミリずれた所へ弾が着弾。慌てて再び後方へ下がる。
これは完全に怒らせちまってるなぁ....
「飛那!まずは話し合おう!?ちゃんとした事情があ―――――――」
「どんな事情があろうと、私がいるのに無許可で他のイニシエーターと登録なんて許せません!蓮太郎さんが私をイニシエーターとして復帰できるよう聖天子さまにへ掛け合ってくれた時に聞いた言葉は、『美ヶ月さんは先日、千寿夏世さんというイニシエーターとパートナーになりましたよ?』ですからね?!その時どれだけ私が傷ついたか分かりますかッ!?」
「なんもいえねぇっ!」
ヤバい。幾ら消音機をつけているからといえ、これだけドンパチやってたら人が来る…!
俺は歯を食い縛り、引いた右足へ力を込めた。
...これ以上、飛那と不毛な争いはしたくない。あの時飛那へ辛い思いをさせておきながら、今も彼女を傷付けている。
「ならっ、俺がここで取るべき行動は一つ!」
「!?」
右足の力をバネに、弾切れ一歩手前で駆け出す。飛那の弾薬装填速度はかなりのものなので、それを見越したタイミングだ。
動きを直線へ変えたため左腕に放たれた銃弾が一発ヒットし、その衝撃で腕が変な方向へ曲がる。が、気にせず飛那の下へ全力で駆け、驚愕で目を見開く彼女をそのまま抱き締めた。
「たつ、ま。腕.....」
「そんな掠り傷、お前が負ったものと比べたらどうってことねぇよ」
脳内で叩きつけられる痛みなど無視し、俺は飛那へ何度も謝る。
一人にさせたこと、探さなかったこと、突き放してしまったこと。...途中で彼女の懐かしい温もりに当てられたか、鼻の奥がツンとしてきた。
「樹万...私、犯罪者になっちゃったんです。約束、破ってしまいました」
「犯罪者...?どういうことだ」
本人から詳しく聞いてみると、とんでもない内容が耳へ飛び込んできた。
プロモーターを無差別に襲うイニシエーターなど、かなりの重大事件だ。何故ドクターは教えてくれなかったんだ...?
(いや、あの人のことだ…恐らく意図的に隠したんだろう。確かにあのときの俺は、正常な心持ちじゃなかった)
そこへ飛那が犯罪者になったなどという火薬が投下されれば、俺は間違いなく巡航ミサイルが如く研究室を飛び出していただろう。
エリア上層部の何者かから目をつけられている中、不用意に己の姿を衆目へ晒すのは不味い。そこまで考えての黙秘か...流石はドクターだな。
今となっては正式に民警へ復帰し、聖天子にまで一目置かれる存在になった。もう簡単に手は出せまい。
「飛那....そこまで絶望させちまったか。ごめん、ごめんな?くそっ、俺は相棒失格だ」
「違います!貴方は...樹万は私とした一番の約束を守ってくれましたっ」
「え...?」
飛那は手に持っていた銃と弾倉を投げ捨て、俺の背中へ手を回してきた。
顔を首下へ埋めた彼女は、くぐもった声でその『約束』を口にした。
「ガストレアにならず....ちゃんと生きていてくれたことです」
「あぁ..........そうだったな」
あのとき貰ったバラニウム弾は、ネックレスにして首にかけている。今ではお守りみたいなものだ。
とりあえず和解には成功したらしい。代償は結構でかかったような気がしないでもないが。
「樹万さんっ、左腕は大丈夫ですか?」
「どうってことねぇよ。バラニウム弾だったらやばかったけどな」
銃弾は体内に留まっていないので、内部の蘇生が終わればそれで解決だ。親指と人差し指の神経の修復がまだなので、少しの間ちょっと不便ではあるが...
心配そうに腕を掴む夏世の頭を右手で撫でてから、上手いこと銃弾がヒットしていなかった荷物を持ち上げる。
「じゃ、いい加減家に入ろうぜ。飛那もいいだろ?」
「はいっ」
「うし。夏世、壁際の荷物頼む」
「了解しました」
あとで空薬莢と地面に落ちた大量の血を何とかしないとな。...確実に殺人事件が起きたと勘違いされる光景だ。
俺はため息を吐いてから、飛那が開けてくれたドアを潜る。
「ただいまー...ってあれ、新居の場合はこういう時.....何て言うんだ?」
「別にどっちだっていいだろうがよ。細けェこと気にすんな」
「まぁ、それもそうだなオッサン........................オッサン!?」
「ふあっ?こんな怖そうな人と、し、知り合いなんですか?」
「よいしょ.....え?樹万さん、この人は…?」
腰に手を当ててタバコを吹かしながら目前に立つのは....見慣れた神父服の男。
そうだ、忘れていた。コイツは極自然に、何の違和感なく、狙った神出鬼没を遂行できる規格外な存在であったことを。
―――――――神父を装っていながら、行うのは残虐非道な殺戮。
天上に住まう神ではなく、獄下に占住する死神の加護を受けし羅刹の申し子。
しかし、その者が刈り取るのは人ではなく、異形の魂。
ガストレア戦争時、前線で武を振るっていたとある者は、無窮に迫る悪鬼を退けながら血に濡れた手で弱者を救う彼の姿を見て、こう呟いた。
『死生の神職者』と―――――――。
「邪魔してるぜ、樹万」
オリ主、死亡フラグ神☆回避!左腕は犠牲になりました(但し再生する)
ともあれ、物語の序盤で登場しておきながら今まで碌な出番がなかったオッサンが、やっと真面に出場です。
さて、恐らく次話は主人公の能力を詳細に語る回になると思います。
「いや、それはないだろ」と思う箇所が多々あるかもしれませんが、よろしくお願いしますm(__)m