ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線- 作:緑餅 +上新粉
他作品を集中的に執筆していたために期間がかなり空きました。
一応そちらの方は落ち着いたので、不測の事態が起きない限り、これからは万遍なく更新していきたいと思います。
手に下げたポリ袋のガサガサという騒音を聞きながら歩く。
中に入っているのはもやし一袋だけなのだが、俺...いや、俺たちにとっては貴重な食糧である。
「偶々安いのがあったのはラッキーだったぜ。これからは特売日以外も覗いとくかな」
ここ最近いいことがあまりなかったので、素直に嬉しい。この調子で諭吉が風に乗って飛んではこないだろうか?...来るわけがない。
金銭に貪欲な我が身に辟易しながら歩を進め、お馴染みの天童民間警備会社前に辿りつく。
一階がゲイバーで二回がキャバクラという相変わらずの出で立ちに、どこか諦観を滲ませた溜息を吐く。立地条件の悪質さを謳い文句に提訴すれば、自治体に勝てそうなくらいだと思うんだけどなぁ。
「なにをするにしても、まず金が必要ってか...」
人類が危機に瀕してる今でも、やはり金銭は人命より上の位置に存在しているのか。
金は天下の回り物、なんて言葉は、所詮金持ちが作った言葉でしかない身勝手な妄想なのかもしれない。
後ろ向き思考まっしぐらな状態のところ、気のせいには決してできない爆音が俺の耳を叩き、ハッとして顔を上げる。
「これは...ガトリング?!」
雷にも似た恐ろしい悲鳴と、鉄のようなものを噛み砕く破砕音が断続的に階上から響いて来る。もしかしなくとも、その音源は俺が帰ろうとしていた、天童民間警備会社の事務所内からだ。
一瞬にして口内が渇き、心臓が早鐘のように脈打つ。そんな、ウソだろッ!?
判断を誤った。恐らく襲撃者は、先日聖天子狙撃を行った犯人だろう。敵方が情報収集能力に長けていることは、会談後のリムジン送迎ルートを事前に手に入れていた時点で気付くべきだった。
階段を駆け上がりながら、木更さんの無事を何度も祈る。同時に、十中八九戦闘になると踏み、俺は腰に下げたXD拳銃の上部フレームをスライドさせ、初弾を装填させておく。
事務所の扉を開けて真っ先に俺の目へ入ったのは、弾痕だらけになった内装ではなく――――――
金髪の少女に首を絞められている、何にも代え難い人の姿だった。
「天童式戦闘術二の型十六番―――――ッ!」
俺は怒りに任せて飛び出し、散らばった破砕物を蹴り飛ばしながら少女へ肉薄する。
「『隠禅・黒天風』ッ!」
「ッ!」
一切の容赦なく放った回し蹴りを、見事なまでの体術で身を捻って回避され、更にはバック転を使った移動で距離を空けられる。
顔を上げた少女の目は赤く染まっており、否応なく『呪われた子どもたち』であると認識させられる。やはり、あんな芸当ができるのは彼女たち以外ありえない、か。
同時に、俺は目の前に佇む少女を利用する誰かへ激しい憤りを感じた。
「貴方は...里見蓮太郎、ですね」
「ああ、そうだ。...そういうお前は、何者だ」
「...ティナ・スプラウト」
俺の問いに若干の間を挟んで答えたあと、彼女は少し迷うような素振りを見せ、持っていたガトリングを降ろしてから厳しい表情を作り直す。
「私が受けた命令は、『天童木更を殺害せよ』という言葉のみです。...里見蓮太郎、殺されたくなければ、即刻この場を立ち去って下さい」
「ざけんなッ!そんなこと出来るはずがねぇだろうが!」
「そうですか....では」
ガシャリ、という重々しい音とともに、今一度取り付けられた六つの砲門が此方を向く。
悪夢を形にしたようなソレに構わず、身を低くして特攻を試みる。彼女がそれに合わせて引き金を引くタイミングを見極め、素早く横へ飛んだ。
壁に寄りかかっている木更さんを巻き込まないように、この狭空間で戦闘を行うのはかなり難しいが、やらなければどちらとも殺される。
いくらイニシエーターとしてのパワーを備えているとはいっても、大の大人すら数分で音をあげるほどの取り回しの劣悪さを誇るガトリングだ。場の制圧には圧倒的な有利さを発揮するが、個人に振るう武器としてはあまりにも適していない。
素早い動作で部屋を横っ飛びに移動し、十分距離を詰められたところで、木更さんの執務机を使って跳躍、次に壁を蹴って更に速度を上げた。
「天童式戦闘術二の型十六番――――――『隠禅・黒天風』!」
バランスが上手く取れていなかったが、何とか技を繰り出す。しかし、ティナはガトリングを盾にして俺の蹴りを防ぎ、更にその反動を利用して砲身を振り回すと、ハンマー投げの要領で俺を殴った。
インパクト寸前で身体との間に右手を割り込ませたので、ガトリングからの直接的な衝撃は受け止められたが、弾き飛ばされたあとに壁と衝突した威力は全く消せなかった。
「あがッ...!」
なんつー判断力と瞬発力だ。けど、不意を突ければ....!
背中を強打したお蔭で呼吸が乱れ、盛大に咳をしながら喘ぐ。星が散らばった視界では、ゆっくりと此方へ歩いて来るティナの姿が見て取れた。
俺は咄嗟に腰へ手を伸ばしてXDを構える。が、彼女はそうすることが端から分かっていたかのようにガトリングを捨てて地を蹴り、握っていた銃を手で弾くと、宙を舞ったところをキャッチし、数秒前と構図が逆になる。
ヤバいヤバい!こりゃ到底敵う相手じゃない!クロスコンバットの実力においては俺より断然上だ!
「.......」
ティナは手に取ったXDをそのまま俺に向け、引き金に指を掛ける。...くそ、このまま俺は死ぬのかよ!?
俺がここで殺されれば、今度は木更さんの番だ。自分だけでなく、守ると誓った少女まで巻き込むのか?
悔しさのあまり奥歯を噛み砕きそうになったが、視界の中で気になる光景があった。
(震えて、る?)
ふと見上げたティナの顔は今にも泣きそうなほど歪んでおり、何かを堪えるかのように、何かと
そうだ、彼女の顔は、まるで―――――――――――
その時、轟音と共に事務所の扉が蹴り飛ばされた。
***
着いて早々乱暴な体で事務所へ乗り込んでみたが、そこには驚愕の光景が幾つも展開されていた。
一つは、弾痕でメチャクチャになった部屋だ。見てくれは戦争圏内の廃墟みたいな様相である。
そして、もう一つは―――――――――――――――――
「ティナ、なのか.....?」
「うそ...樹万、さん」
先日あったばかりの寝坊助少女が、蓮太郎へ拳銃を構えている。しかし、俺の姿をその赤い目で認めると、この世の終わりのような表情をして銃を取り落してしまった。
このタイミングで武器を持ち、天童民間警備会社を襲撃している...となれば、もうティナをアレの犯人だと断定せざるを得ない。しかしまぁ、数奇な運命もあったもんだ。
さて、どうする?....そんなのは、もう決まってる。
俺はティナへ向かって歩きながら、腰に差してあるバレット・ナイフを抜いて構えた。
「ま、待って下さい樹万さん!私は」
「銃を取るか無手で構えるかしろ。でないと、死ぬぞ」
「ッ」
忠告の後に地を蹴って黒い刃を振るう。それを避けながら後退するティナには、もう戦闘意欲が皆無に等しかった。ただ、絶望した表情で回避のために無理矢理身体を動かすのみだ。
彼女の涙でぬれた頬を拭ってやりたかったが、今は駄目だ。俺には、敵を味方にするなんて特殊能力はないのだから。
無力な自分を呪い、再びの突貫。俺が本気であることを悟った彼女は、遂に悲痛な叫び声をあげながら持っていたナイフを閃かせる。その刃が交錯した瞬間、彼女にのみ聞こえる声で伝えた。
「逃げてくれ」
懇願への返答は行動で示された。
俺は三度目の交錯をした瞬間、致命的にならないほどの微小な隙を敢えて露呈する。ティナはそこを突き、瞬時に身を捻り俺の腹を蹴った。
明らか加減されていたような気がしたが、それでもイニシエーターの力だ。俺の身体を壁際まで吹き飛ばすには十分なくらいの威力があった。
彼女はその間に事務所の扉を抜け、逃走した。否、してくれた。
「げほごほっ、いやー強烈」
「ぐ...強烈、じゃないだろ樹万。聖天子狙撃の犯人と顔見知りたぁ...どういうことか説明してくれるよな?」
「なに、日常生活でちっと顔合わせただけだ。お互いなんの探りもいれてない、一般人の皮を被った状態で、な。それより、身体は大丈夫か?」
「ああ、俺はなんとか平気だ。それより木更さんを優先して見てやってくれ」
予想通りの返答に苦笑いしながらも立ち上がって移動し、蓮太郎の進言通り壁にもたれかかったままの天童木更を看る。しかし、俺が目前に立っても彼女はピクリとも動かない。
....?反応が全くない?一体どういう――――――――――ッ!
「これは不味い!蓮太郎、今すぐ病院へ搬送しないと手遅れになる!」
「なに...まさか?!」
木更は珠のような汗を掻き、呼吸が目に見えて浅くなっていた。
誰の目から見てもこれは異常だ。外傷がない状態でここまで衰弱しているとすれば、確実に中...臓器の問題だ。
俺はすぐさま救急の電話番号を入力し、携帯を耳に当てた。
***
「腎不全....だって?」
「そうだ。木更さんの腎臓はほぼ機能を停止してる。だから定期的に人工透析をしなきゃなんねぇ」
病室の外で改めて蓮太郎と向き合った俺は、彼女の容体を詳しく聞いてみたところ、予想外の重病で驚いた。
彼女が民警となって最前線で刀を振るわない理由はこれか。戦場で倒れたら一貫の終わりだもんな。
見上げた蓮太郎の顔は沈み切った色をしており、木更の病室から出て来てからずっとこうだ。扉の向こうでは、今しがたやって来た延珠と話す声が聞こえて来る。
俺たちは深夜で静まり返った病院内を移動しながら、会話を続けた。
「樹万、木更さんが治療を拒む理由....分かるか?」
「治療?ああ、そういえばドナーって手があるよな」
言われてみれば、なぜドナーを受け入れずにあのような措置を取っているのか甚だ疑問だ。妥当な予測としては、他人の臓器を移植するという治療法に嫌悪感を抱いている、ということだろうが...。蓮太郎の厳しい表情を見るに、それはないはず。
その後も少し思考を巡らせたが、結局尤もらしい理由に見当はつけられなかった。
「木更さんはな...復讐の心を忘れないために、治療をしてないんだ」
「.....ッ。まさか、あの時の」
天童。かつて彼女へその名を言い放ったときに、濃厚な憎悪の念を漏らしていたことを思い出す。それが元凶なのかと蓮太郎へ聞くと、忌々しそうな表情をしながらも首肯した。
つくづく、人とは恐ろしい生き物だ。自分の命を危険に晒してまで憎しみの鮮度を保つとは、悪趣味を通り越して狂気すら感じる。
何故、それほどまで復讐に憑かれてしまったのか?その疑問に、蓮太郎は感情を押し殺した声で答えた。
天童の家を襲ったガストレア。
そのガストレアに両親を喰われ、蓮太郎自身も右腕と右足、左目をもっていかれた。その光景をまざまざと見せつけられた天童木更は、絶望のあまり腎臓の機能が停止へと追い込まれてしまった。
その後、事件は天童の家の誰かが謀ったものだという情報を掴み、以降は剣術の鍛錬へ狂ったように打ち込んだという。
「天童式抜刀術は、天童の一族を殺し尽くすために身に着けたのか」
「...そうだ」
「で、実際木更は、下手すりゃ機械化兵士であるお前より強いと」
「ああ」
....現代ではあらゆる治療法が確立され、
しかし、道は確かに存在する。木更ほどのものでは難しいだろうが、彼女のことを真っ直ぐ見れるこの少年なら、あるいは。
「...蓮太郎。お前が木更を救ってやれ」
「!俺が....救うだって?」
「そうだ。これはお前にしかできないことだ」
息を呑む蓮太郎だが、すぐに拳を握りしめてリノリウム製の白い地面へ顔を向ける。
「どうやって....どうやって救えばいいんだよ!分からねぇんだ、全然分からねぇんだよ、木更さんの考えてることが!....俺のこと、どんな目で見てるのかが...っ!」
「どうやって、か。そんなの簡単なことじゃねぇか」
「か、んたん...だって?」
あんぐりと口を半開きにしてしてしまった蓮太郎へ、俺は苦笑いしながら説明する。
理論は至って単純。天童木更の中に存在する優先順位を置き換えればいいだけの事。
現在、彼女が人生で第一としているのは勿論天童への復讐。しかし、そこへ里見蓮太郎という人物が割り込めば。
「オとせ、蓮太郎。復讐の闇へ呑まれちまう前に、木更を自分の色で染め上げちまうんだ」
「なっ、ななな!染め上げるなんて馬鹿な....!」
「俺はからかってるわけでもふざけてるわけでもねぇ、本気で言ってんだよ。人を変えられるのは恋だって昔から決まってんだ。なら、お前がそれを成せ」
「俺が....」
俺の言葉で顔を上げた蓮太郎の瞳へは光が戻っていた。どうやら、腹は決まったらしい。
全く、世話のかかる同僚だ。....そんな事を思いながら彼の肩を叩き、横を通り過ぎる。少し歩いたところで、蓮太郎の声が響いた。
「分かったぜ、樹万!俺が木更さんを救う、絶対に救って見せる!」
「....ああ、頑張ってくれよ」
片手を挙げてキザったく返事をしてから、歩みを再開...させようとして、一つのことに思い至った。
「蓮太郎。例の依頼はどうするんだ」
「......続ける。一回受けたからには、最後まで責任を持つに決まってんだろ」
「そう、か」
一瞬、俺も手伝う。という言葉が浮かんだが、すぐに横へ押しやる。代わりに、東京のトップを頼むという当たり障りのない発言に留め、その場を去った。
蓮太郎はあくまで聖天子の護衛だ。ティナと戦う訳じゃない。―――――なら。
(アイツとのケリは、俺がつけるべき、か)
夜風の冷たさに目を細めながら、俺は明るい街並みに足を向ける。
***
(あ、れ...?私は)
気付いたら、一時的に住処としているマンションの一室に立っていた。
そうだ。私は天童民間警備会社を襲撃して、樹万さんに出会って、それから....
その先を考えようとすると、途端に足が震え、立っていられなくなる。呆然と見上げた質素な天井には、自分の望む答えなど書いていない。
しかし、上を向いていないと、涙がこぼれてしまいそうだった。
「私...あの人に、刃を向けた」
そう呟いた瞬間、己の努力を嘲笑うかのごとく、溢れた雫が手の甲へ落ちる。一度決壊した感情は止めようがなく、私は後悔と自責の濁流に呑まれた。
―――――本当は戦いたくなかった。だけど、彼と自分は敵同士。あの場所で笑いあえたのは、お互いがお互いの素性を一切明かしていなかったからに過ぎない。いや、彼は民警であることを私に教えてはいたか。
「戻りたい。あの関係に...!」
それは無理だ。彼は私が里見蓮太郎を殺そうとしているところを見てしまった。
あの場に顔を出せたということは、彼と天童民間警備会社には何らかの接点があるのだろう。ならば、以前聖天子を狙撃したという情報も抑えているはず。
なにもかも、手が付けられない程に手遅れだ。
(なら...せめて、せめて私とはこれ以上関わらないように)
ふと気になって調べたのだが、美ヶ月樹万という青年のIP序列は千番台にも上がってきていない民警ペアだった。そんな彼が
幸い、今の所マスターに不審がられてはいない。だが、これ以上は特定される恐れがある。やはり遠ざけるのが一番だ。
きっと、彼も私の事を調べて経歴を知るはず。そうなれば、もう関わって来る事なんてしない。
―――――それが最善の選択なのに、何故私はいつまでも泣いているんだろう?
認めろ。私は、彼ともう一度会いたいと願っている。声を掛けて、手を握って、抱きしめて欲しいと願っている。
ふざけるな。私は殺し屋だ。マスターの命令に従って対象を殺し、任務を完遂する。ただの道具に過ぎない。
違う、違う違う違う!私は―――――――――――――――!
「ッ!」
混沌とした思考から引き上げた張本人は、携帯の無機質なコール音だった。
ベッドへ無造作に投げられたソレを取ろうと立ち上がったところで、何か白いものが地面にハラリと落ちる。
涙を拭いながら急いでそれを拾い上げてみると、ソレは何度も眺めた彼の名刺だった。
「ッ!これ、だけは...!」
私はそれを胸に抱き、さっき拭ったばかりの瞳から涙が流れるのも構わず、彼の遺した唯一のものへ想いを馳せた。
これで、美ヶ月樹万と共にいた時が嘘ではないと証明できる。...これを持っていれば、あの人とずっと繋がっていられる。
――――――――――もう、私は殺し屋の仮面を被ることができる。
携帯は数十コールに後に、その音を途絶えさせた。
ティナの願いとは裏腹に動き出すオリ主。今回は空気読んだ行動ですね。