ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線-   作:緑餅 +上新粉

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き、共闘の描写難しい。


31.死線

「本当に、行くんですか?」

 

「.....」

 

 

 玄関に立つ俺を見る二人の少女は、まるで帰って来ない人間を引き留めるかのような表情をしていた。無論そのつもりは毛頭ないが、絶対と約束できるものでもない。

 俺が何と戦いに行くのかは二人とも知らない筈ではあるが、昨日血まみれで帰ってきたことから、その『何か』は俺の命を脅かすものだと察知していて然るべきだ。ならば、黙って行かせることなど誰ができようものか。

 

 

「この際だからはっきりさせておきますよ。聖天子様は確かに大切です。ですが、私たちにとって樹万は彼女よりずっと大切な人なんです」

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけどな、それはあまり口外するなよ」

 

 

 飛那はどこまでも真剣な瞳で言い切る。まるでそれが世の理であるかのように。いや、彼女の中ではそうなのだろう。

 俺は苦笑いしながら頬を掻き、隣の夏世に目を向ける。だが、彼女は飛那と違って、心配そうな顔をしながらも別種の雰囲気を纏っていた。

 

 

「私は、樹万さんが負けると思ってないですから。...でも、心配なものは心配です」

 

「...そうか」

 

「分かってますよ。私たちのことを巻き込まないように、敢えて敵の事を言わないんですよね?」

 

「むぐ」

 

「ちょっと樹万、なんですかその反応!私たちはそんな柔じゃないんですからね!」

 

 

 図星を指され、思わず喉に飴でも詰まらせたような声を上げてしまった。これを聞いた飛那は膨れっ面を作りながら、俺の腹をポカポカ殴ってくる。

 彼女たちは強い。腕っぷしだけじゃなく、精神面でも俺を軽く凌駕してくる。これじゃあフォローするんじゃなくてされる側に回らざるを得なくなるな。

 

 

「絶対とは言えないけど、頑張って無事に帰って来れるよう努力する」

 

「そこは誇張でもいいから百パーセントって言ってくださいよ、樹万」

 

「そりゃ無理な相談だ。んじゃ、明日の朝には戻ってくるよ。飛那を頼む、夏世」

 

「はい。朝食を用意して待ってますね」

 

「夏世は私のお母さんじゃないです!」

 

 

 何だかんだで、結局いつも通りの俺たちに戻っていた。

 

 

          ***

 

 

 深夜。

 俺と蓮太郎はティナとの決戦地へ赴くため、終電の列車に乗っていた。

 

 

「偽の警護資料を流させた?」

 

「ああ、先生の研究所で落ち合う前に保脇と会ってな。喧嘩売られたついでに拳銃突きつけながら言ってやった」

 

「お前...無茶するなぁ」

 

 

 保脇は仮にも聖室付き護衛隊隊長だ。この件を必要以上に恨まれて、後で何かしらの言いがかりをつけられなければいいのだが...

 とはいっても、これで聖天子様の狙撃に大幅なタイムラグを生み出せる上、ティナの潜伏場所をこちらで割り出せる。エイン・ランドが頼っている聖居内の情報流出元は、恐らく大金か何かで簡単に靡くような下位層の輩だろうし、事前にこれの虚偽を確かめる術はない。

 これで、全ての御膳立ては成った。後は、どのようにしてティナの持つ『シェンフィールド』を搔い潜るかだが.....

 

 

「蓮太郎、ティナの格闘術に対抗策はありそうか?」

 

「率直に言うと無理だ。あの強さに対抗するには、人間離れした動体視力と反射神経、足の腱を断裂させるくらいの素早さがないと真面に戦えない」

 

「笑う気すら起きないな」

 

 

 さて、どうする?形象崩壊を起こさない程度の複合因子を用い、音速に達する銃弾を寸分たがわぬ位置へ撃ち込め、卓越した戦闘能力を持つ相手に勝つには。

 まず一つ。厚さ五センチ以上の鉄の壁すらぶち抜く銃弾を回避する方法だが....強固な体表?いや、それでは外観が変わってしまうし、動きが愚鈍になってただの的になる。却下だ。

 ならば、受けるではなく避ける。それへ特化するには、並外れた動体視力が必要だ。

 

 

(飛那の持つ鷹、鷲の類だな)

 

 

 彼らにとってパラパラ漫画は処理落ちしてカクカク動く動画のように見え、蛍光灯の光すら点滅して見えるらしい。その能力をステージⅢぐらいにまで高めれば、きっと飛来する銃弾を目視することは可能なはず。そして、それはティナの体術にも当てはまる。

 あとは、それを避けられるだけの運動能力が必要だ。いくら見えていても、脳から発せられる電気信号へ肉体がついていけなければ意味を為さないのだから。

 

 

「樹万。俺の右腕と右足にある超バラニウム製の義手義足なら、恐らくティナの狙撃を防げる。キツイとは思うが、お前を庇いながらティナのところへ走れるぜ」

 

「いや、俺は.....ああ、そうか」

 

「?何がそうかなんだ」

 

 

 蓮太郎には超バラニウム、そして義眼に埋め込まれた脳の思考回数を極限まで高められる高性能CPUがある。しかし、常人の脳を持つ彼では飛来する銃弾を長時間コマ送りのようにさせることは難しいだろう。何故なら、そんなことを何度も試みれば脳が処理できる情報量を超えて疲弊し、最悪の場合脳死に至る危険性があるからだ。

 だが、その弱点を俺の目で補えば....あれ?

 

 

(いや、待て。着弾場所の弾道が割り出せても、それを口にする頃には.....)

 

 

 そう。蓮太郎に言葉で伝えるには時間が掛かり過ぎる。着弾場所を口頭で伝え、そのために彼が身体を移動させるまで...早く見積もっても、おおおそ三、四秒。弾丸の速度と渡り合う為には、コンマ数秒単位に抑えなければ話にならない。

 これでは、俺からのバックアップは不可能に等しい。意思疎通を計る余裕がないのだから、他に出来ることもかなり限られてしまう。

 残る手は...蓮太郎自身の可能性のみ、か?

 

 

「お前はティナの銃弾を躱せるか?」

 

「短期決戦で済むんなら、未織の作戦と合わせて義眼を解放すれば行ける...と思う」

 

「やっぱそうか.....よし、じゃあ一射目は来たら自力で回避してくれ。その後は俺が先頭走って敵の注意を引き付ける。流した偽の会議場所がこの地形なら、確実にティナはどこかのビルの屋上から狙撃してくるはずだ。なら、そのビルの中に入っちまえば、少なくとも狙撃される可能性は限りなくゼロになる。俺が狙われてるうちに全力で翔べ」

 

「樹万は...大丈夫なのか?」

 

「なに、対策がちゃんと取れてるから言えるんだ。撃たれる事が最初から分かってれば、スナイパーライフル一丁の前で踊るくらいワケはないさ」

 

 

 明るい声で笑って見せ、沈痛な面持ちをする蓮太郎の肩を叩く。楽観視するのは危険だが、極度の緊張で肩に力を入れ過ぎるのもよくはない。コイツは後者寄りの思考をしているようだ。

 

 戦闘方針の確認やお互いの鼓舞をしているうちに、目的地の三十九区へ辿り着いた。

 外周区のため、周囲は捨てられた車や自転車、劣化などで瓦解している家屋が見受けられる。以前人が住んでいた場所とは思えない有様だ。

 蓮太郎と共にそんな光景を目にしながら注意深く歩いていると、突然俺のポケットの中にあった携帯が震えた。...なるほど、こういった時に不意打ちとかはしない派か。

 

 

「よう。ティナ。元気だったか」

 

 

 開口一番に飛び出した俺の言葉を聞いて目を剥く蓮太郎。それに構わず、俺は歩きながらの通話を続けた。

 

 

『何故...!どうしてこんな事をしてまで私の邪魔をするんですか!戦うのは無意味だって、あの時に分かってくれたんじゃなかったんですか....!?』

 

「無意味じゃない。聖天子様を殺させないために戦うんだからな」

 

『っ.....腕と足はどうしたんですか。あれは確実に数日で何とかなるものではなかった筈です』

 

「心配いらないって。こっちには日本の頭脳がついてるからな」

 

『!室戸、菫医師...!なんで、そんな余計な事を』

 

 

 ティナの問いかけに返答をしながら、俺は思考の片隅で通話の内容を吟味し始めた。

 ...電話をかけてくるタイミングが良すぎる。それに、会話から消し飛ばしたはずの俺の手と足が存在することに気付いている事も合わせて、俺たちの様子をどこかで見ているのは確実だ。

 携帯に耳を傾けながら、この辺りで最も周囲の観察に優れている建物...夜空より黒い巨大なモノリスを背に立っている複数のビルへ目を向けた。間違いない、あそこだ。

 俺は蓮太郎に小声で合図し、ビルの屋上から目を離さないよう言っておく。彼は会話相手がティナ自身であること、やたら親しげに話していることに訝しげな表情をしていたが、言葉を飲み込んで言う通りにしてくれた。

 

 

「さぁ、もう後戻りはできないぞ。戦う準備はいいか?」

 

『それはこちらの台詞です。もう私は、あの時のように貴方を見逃すことはできません。邪魔をするのなら、隣にいる里見蓮太郎も殺します』

 

「ああ、それでいい」

 

 

 その言葉を最後に通話は切れ、耳に届くのは一定の間隔で鳴る電子音のみとなった。

 俺は携帯を仕舞うと、すぐに体内組成の変換を試みる。こっちの場所が特定されている以上、シェンフィールドで既に補足済みだろう。いつ鉄の装甲を食い破る悪夢のような弾丸が飛んできてもおかしくはない。

 

 

開始(スタート)。ステージⅢ、形象崩壊を抑制し発現。適正因子からの情報共有、完了。複合因子、モデル・ホーク、ラビット』

 

 

 主となる二つの因子の他に、猫を含めた瞬発力の高いものを『混ぜた』。お蔭で身体の中全部が引っくり返るような感覚をいつもより長く感じられたが、何とか平静を保つ。

 人知れず目を白黒させ荒い息を吐く俺に向かい、蓮太郎は視線をこちらへ移動させずに問いかける。

 

 

「樹万。ティナはもう俺たちを補足してるか?」

 

「ふぅー。ああ、電話の口振りからすると確実にそうだ。いつ来てもおかしくない」

 

 

 神経を研ぎ澄まし、ひたすらに摩天楼を見上げ続ける。

 銃撃での応戦を考えなかった俺は、予備の弾薬やバラニウムナイフを大量にセットできるコートを羽織っていない。そのため上着は薄いジャケットくらいで、吹き抜ける冷たい夜風を強く感じていた。

 

 と、その風が不意に止んだ。そして―――――――それとまったく時を同じくして銃口炎(マズルフラッシュ)がきらめく。

 その弾道は......蓮太郎!

 

 

「轆轤鹿伏鬼ッ!」

 

 

 凄まじい金属音が響き、蓮太郎の正面に突き出した右腕が対戦車ライフルの弾丸を弾く。超バラニウムの拳に打ち負けた徹甲弾は大きく弾道を逸らされ、見当違いな場所へ穴を穿った。よし!これなら突破は行ける!

 蓮太郎と頷き合い、俺が先頭になって駆け出す。これで一度でもティナとシェンフィールドの目が俺に向けば、それだけ蓮太郎の進む距離が稼げる。

 何故なら――――次弾発射のために距離、風速、対象の移動速度、諸々を再計算するにはそれなりの時間がかかるからだ。

 

 

「ッ、喰い付いた!蓮太郎、前だけを見て全力で走れ!お前を狙う弾は俺が何とかする!」

 

 

 言う間にも、俺は片目を閉じて正面から光の尾を引くように飛来してくる弾丸を目視する。何故両目で見ないかというと、脳にかかる負担を少しでも減らすためだ。これによって多少予測地点はズレるが、それを考慮した回避をすれば問題は無い。

 おおよその着弾部位を割り出した瞬間、俺は人知を超えた速度で身を捻り、見事に俺の右腿を撃ち抜かんとした徹甲弾を回避する。...なるほど、要領は掴んだぞ。

 それより少し早くに、蓮太郎は足から空薬莢を幾つも吐き出させながら飛び、あっという間にビルとの距離を詰める。だが、ティナはこのまま辿りつかせてくれないだろう。

 俺は兎の脚力で地面を抉り、時速数百キロはくだらないスピードで前を進む蓮太郎の後を追う。続けて腰に手を伸ばすとバレット・ナイフを抜き、初弾装填後に構えた。

 直後、チカッとビル屋上で発射光が瞬き、足を止めてから片目を瞑り再度弾道予測を試みる。結果は、蓮太郎の頭を間違いなく撃ち抜くコースだった。

 俺は改めてその正確無比な射撃に舌を巻く。しかし――――

 

 

(正確過ぎるのも考え物だな)

 

 

 俺は構えたバレット・ナイフの引き金を引いた。瞬間、その弾丸は空中で激しく火花をまき散らし、その身を砕きながらも飛来してきた徹甲弾の弾道を僅かに逸らす。

 蓮太郎の命を確実に奪うはずだった弾丸は、予想外の妨害を受けたことで当初の目的を果たせず、地面へと着地して砂礫を巻き上げるにとどまった。

 ――――弾丸と弾丸を衝突させ、自身に迫るそれを回避する離れ技。凡そ銃を扱う人間が意図して起こせる現象ではなく、あまりにも成功確率が低いことから実用性皆無で、練習して身に着けようとする者はまずいない。

 ティナは今さっき何が起こったか全く分からなかっただろう。いや、分かってはいるが、その事実を認めたくないはず。何故なら、ソレはあまりにも非常識だから。

 蓮太郎はその間に足を撃発させて一層加速し、無事にビルへの潜入を果たした。

 

 

「....よし、俺も急ぐか」

 

 

 ティナは蓮太郎を迎え撃つためにシェンフィールドを連れて屋上を移動したのだろう。俺への狙撃は無くなり、蓮太郎が入ったものとは別のビルへ楽々侵入出来た。

 ボロボロに朽ちた正面玄関を通り、ホールへとたどり着く。ここで、俺は鷲の因子を外してフクロウの因子を導入する。理由は―――――

 

 

「....地雷がわんさか置かれてるな」

 

 

 見本市の如く並べられていたのは、指向性対人地雷。

 設置者がこの場にいないことから推測するに、ざっと見渡して二十ほどある地雷の数々は、起爆方式が圧力に依存しているものだろう。クレイモアに匹敵する威力ではないにせよ、足を挽肉にするぐらいはあるはず。

 そんなスプラッター映像をお届けするわけにはいかないので、夜目が利くフクロウの視界を利用し、はっきりと見える地雷(物理)の数々を搔い潜って歩く。流石にこれだけのものを他のビルへ設置するだけの物量はないはずだから、恐らく蓮太郎の入っていったビルは蛻の空だろう。

 と、ホールの大体半分以上を渡り切ったところで、懐の携帯電話が震えた。ディスプレイには里見蓮太郎の文字。

 

 

「どうした蓮太郎、何かあったか?」

 

『樹万、絶対にシェンフィールドに補足されるな』

 

「?どういうことだ」

 

 

 息を潜めながらの会話。蓮太郎もそうだが、通話中でも周りを警戒し続けなければ危険極まりない。いつ、どのようにしてティナが攻撃を仕掛けて来るかわからないのだから。

 それでも、俺は携帯から響く彼の重苦しい言葉が気になった。

 

 

『未織から聞いたんだが、延珠を撃った機関銃を解析したら遠隔操作モジュールが見つかったらしい。...それで、今俺がいるフロアだけでも確認したら機関銃がいくつか設置されてあった。コイツらにもそれがついてると見ていい』

 

「遠隔操作...?待て、まさか」

 

 

 蓮太郎の言った言葉を反芻するうちに恐ろしい憶測へ辿り着いた。もう、彼が何を言わんとしているか大方見当がついてくる。

 

 

『ティナはシェンフィールドと一緒に、機関銃までBMIで動かしてる。...俺のビルだけじゃなく樹万のいるビルにも、恐らく機関銃は設置されてるはずだ。だとしたら、シェンフィールドに補足されたら瞬間、俺たちは穴だらけにされる』

 

 

 ――――間違いだった。ビルの中なら安全だと思い込んでいたが、むしろ逃げ場をある程度限定させられる分こちらが不利となる。ビルの一室で機関銃の掃射など避けられるはずがない。

 急ごしらえの戦場とは言え、まさかここまで嵌めた側を好き放題蹂躙するとは...

 俺はホールの壁に背中を預けると、再確認するような口調で蓮太郎に問いかける。

 

 

「....それでも、やるのか蓮太郎」

 

『ああ。尚更樹万をひとりでは戦わせられない』

 

「....わかった」

 

 

 本当によくわからない奴だ。

 一端に死にたくないとかほざいてる癖に、一番死にやすい道ばかり選んで通っている。常人が寝物語か何かで聞けば、言ってることとやってることがちぐはぐ過ぎて笑われるだろう。

 しかし、彼の行いは、考えは間違いではない。

 時には、天秤に乗ったものを重さだけで判断していけない場面がある。...里見蓮太郎という人間は、重さ以外の『大切な何か』を見抜ける人間だ。

 

 俺は最後に死ぬなよ、とだけ言い残し、蓮太郎との通話を切った。それとほぼ同時に、聞き覚えのある異音が鼓膜を震わせる。

 

 

「シェンフィールドか」

 

 

 あの虫の羽音のような異音を確認すると、壁に張り付いたまま階段へと続く通路の先を伺う。そこには、レーザーで周囲を監視しながら飛行する球体がいた。

 蓮太郎の言った通りならば、あのレーザーを浴びたものは、温度、形状などが解析されるのだろう。そして、それらの要素が人としての規格に当てはまった場合のみ、辺りに設置された機関銃がターゲットの位置に銃口を向け、一斉掃射するようにティナへ伝える。...強力な無人迎撃システムの完成だ。

 

 ――――――――だが、攻略法はある。

 

 その内容は至って単純。ビットの装甲はおそらく堅強な素材でできているだろうが、レーザーを吐き出すカメラアイは別だ。そこに鉛玉ないしナイフを撃ち込めば破壊できるはず。

 そのためには、一度シェンフィールドに此方を向いて貰い、自身が解析され、ビットからティナへ情報が発信される前に機能を停止させる必要がある。恐ろしい銃の速射技術と命中率を誇る腕前でないと、次の瞬間にはレンコンへ変身する羽目になるが...どちらにせよ、やらないとこちらがやられる。

 

 

「ッ!」

 

 

 通路から出て来たシェンフィールドとばっちり目が合い、解析が終わるより先に腰へ伸ばしていたバラニウムナイフを素早く投合する。それは決まったかのように綺麗な直線を飛び、軽い破砕音を響かせて円形のカメラを貫くと、地面へと落下させた。

 暫くノイズのような音を漏らしていたが、やがて完全に沈黙し、辺りへ再び静寂が戻る。

 俺は多少警戒しながらもビットに深々と刺さったバラニウムナイフを抜くと、それを腰に下げているホルスターへと戻した。節約節約っと。

 立ち上がって只の残骸と化したシェンフィールドを眺めてから、蓮太郎が消えて行った隣接するビルの一階へ視線を向ける。...司馬未織と逐次連絡をして情報交換しているとはいえ、蓮太郎はこれの相手を一人でしてるんだよな...大丈夫か?

 

 

「この調子でシェンフィールド全部こっちに.....いや、流石に辛いか」

 

 

 一機ずつなら何とか捌けるが、これが二機同時に来たら確実に補足される。設置されている機関銃の量はかなりあるし、レンコン化は避けられないだろう。

 俺は資料や倒れた手摺を避けながら階段を昇り、一階昇るごとに耳を澄ませる。だが、どの階も人の気配はなく、シェンフィールドの飛行音もしない。屋上の一つ下から移動するか。

 極力音を立てないように通路を移動し、ティナがいる隣のビルに近い部屋へ潜入する。中は倒れたデスクや朽ちた大量の電源コード、なんらかの企画資料が辺りへ散らばっていた。

 そのなかにトラップでも紛れてるんじゃないかと疑心暗鬼になっていた時、甲高い発砲音が上から聞こえて来た。

 

 

「!シェンフィールドの迎撃、か。機関銃が火を噴いてないことを見るに、成功したらしいな。.....これで、あと一つか」

 

 

 実は、ドクターの研究所に訪問した日の深夜、電話で『言い忘れた事がある』と前置きされて、彼女からシェンフィールドについての情報が補足されていたのだ。

 

 

『シェンフィールドを同時に操れるのは三つまでだ。それ以上飛ばせば脳がもたない』

 

 

 蓮太郎もこの事実を知っている。なので、俺がティナとの戦いを請け負うと言った手前、彼はシェンフィールドの撃滅に徹するだろう。こちらから一機破壊したことを伝えた方がいいか...いや、ティナとの戦闘中かもしれない。止めておくか。

 

 そう決めてから思考を放棄し、下げていた視線を隣のビルへ移すと...丁度割れた窓を潜ってきたシェンフィールドと完璧に目が合った。

 

 

 

「やばいッ!!」

 

 

 俺は兎の跳躍力を発揮し、浮遊する白い球体へ向かって全力で跳んだ。

 急速に迫りくる俺を最後に映しただろうシェンフィールドを片手で引っ掴み、ビルから飛び出す。これで機関銃の弾を全て避けられるかと思ったが、尚も背後から追って来た弾丸が足や背中を少し掠め、特に足は肉が大きく抉れる感覚がした。

 痛みを堪えながら硝子を割って飛び込み、地面へ足を着ける前に掴んでいたビットを思い切り『投げた』。

 兎の跳躍で得た慣性力と、鷲の筋力から得られる投擲力の全てをカメラアイが受け止め、シェンフィールドは分厚い鉄筋コンクリートの壁を大きく穿った後に爆散した。

 その後の着地は足の激痛によりあえなく失敗。埃だらけの地面を転がりながら速度を殺した。

 

 

「ごほごほ!痛っつぅ.....ぐ、右足のふくらはぎが半分無くなってやがる」

 

 

 問題の箇所は化物に齧られたかのようにバックリと肉が無くなっており、断面から血と一緒に出てはいけないものが零れてしまっている。パッとみた分だと、完全な再生には少し時間がかかるな。

 そう判断すると、ジャケットの裏からプラスチックケースを取り出し、その中にある赤い液体を含んだ注射器を取り出す。針にかぶせられたキャップを外し、それを傷口に突き立てた。

 すると、血流の中にいるガストレアウイルスの働きが活性化し、傷の再生が瞬く間に為されていく。

 

 

「っく....やっぱ天才だよ、ドクター」

 

 

 体内に溶存するガストレアウイルスの数が急激に変動したため、軽い眩暈を覚える。しかし、それも数秒の後に収まり、全快した俺は注射器を捨てると立ち上がった。

 しかし、こういう場所で負った傷ならいいが、一刻を争うような場面では注射器を悠長にケースから取り出してキャップを外す行程など時間の無駄だ。即時使用が出来るよう場所を移動させておいた方が無難か。

 俺はケースから三本ほど注射器を抜き取り、キャップを外してからジャケットへ仕舞う。

 

 

「これでよしっと.....ん?さっき流れで壊したシェンフィールドで三機目だったっけか」

 

 

 あの時は機関銃の弾から逃れることで頭が一杯だったが、不意打ち紛いのことをしたシェンフィールドへの怒りが無意識のうちに表へ出てしまっていたらしい。

 ともかく、これでティナの『目』は全て落とした。あとは――――――――

 

 

「ッ!?この音....上か!」

 

 

 階上から響いてきた大きな破砕音。間違いなく蓮太郎とティナの交戦で起きた音だ。銃撃や格闘技で出せる類のものでは無い事から、何らかの道具を使ったか、蓮太郎が機械化兵士の力を解放したかのどちらかになる。

 彼がティナに負けるとは思いたくない。だが、彼がティナに勝つのは想像出来ない。だから、せめて....

 

 

「生きていてくれよ、蓮太郎!」

 




銃弾撃ち(ビリヤード)の元ネタは、皆さんご存じ『緋弾のアリア』です。

次回はれんたろーさん視点でお送り...するかも。

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