ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線-   作:緑餅 +上新粉

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どうもお久しぶりです。緑餅(作者)です。
なんだか一か月以上空けないと更新できない身体になってしまったようです。惰性と煩悩に塗れた私をお許しください...
とりあえず、文字数は頑張って増やしていくので、それでプラマイゼロにしくれると嬉しいです(キリッ


36.混沌

 二体いるステージⅡ、Ⅲガストレアでの挟撃。例えそれが不意をついての一手だとしても、千番台の熟練民警を屠るには足りなさすぎる。せめてⅣクラスのガストレア一体を用意した上で、ようやくⅢ以下のガストレアが奇襲することに意味を見いだせる。しかし、この程度なら蓮太郎と延珠ペアでも十分捌くことが出来るはずだ。

 ―――――故に、俺は一つの仮説を打ち立てた。

 

 

「飛那。もし俺の読みが当たれば、そろそろもう一体のガストレアが出てくる」

 

「ええと、そのガストレアって今回のターゲットのですよね?」

 

「ああ。だが、きっと()()()()()()()()()()()()

 

「え...?」

 

 

 二階の駐車場へ続く坂を上がりきり、周囲を素早く見回す。...だが、気配を探知するまでも無く、それは視覚で受け取った情報のみで確認できた。

 まるで、俺たちの到着を待っていたかのように広い駐車場の真ん中へ鎮座していたガストレアは、球体に近いフォルムを持つ胴体をもそりと動かし、巨大な身体とは反する小さな頭部についた両目で侵入者の存在を察知した。その直後、全身装甲の内側に隠れていた足を緩慢な動作で延ばし、耳障りな高音の鳴き声を上げて立ち上がる。

 間違いない。コイツはモデルアルマジロのガストレア。そして、事前に言い渡されたターゲットの特徴と目前の化物の持つ特徴がほぼ一致する。

 

 

「飛那。バラニウム徹甲榴弾に換装しろ」

 

「はい。すぐに」

 

「俺がアイツを引きつける。準備が出来次第隙をみて順次発射だ。撃ちすぎるなよ」

 

「了解です」

 

 

 飛那が近場の柱まで駆けるのを見送ると、既に発現させている熊の因子に鷲と兎を混ぜながら、俺もガストレアへ向かって突貫を試みる。しかし流石のバレット・ナイフでも、あんな鉄の壁みたいなやつに即死攻撃(フェイタル)を叩き出すのは無理だ。切ってもナイフは毀れるし、射出しても刺さりはするだろうが、有効打とするために全く同じ部位へ撃ち続けるのは現実的に不可能。一応、分厚い装甲に覆われていない頭を攻撃するのも手ではあるが、相手は動く壁だ。的は小さいし、動くとあってはかなり狙い難い。

 と、俺の接近を認めたヤツは、それまで己の図体の後ろに隠していたものを振り上げた。

 

 

「なんだありゃ、尻尾か...ってか、なげぇ!デケェ!」

 

 

 悠に四、五メートルはあろうかという鈍器は、その外殻全てが逆立った装甲に覆われており、一種の拷問器具を連想させる。あれをモロに喰らえば、人間などあっという間に潰され、挽肉にされてしまうだろう。そんな物騒極まるものをゆらりと一廻しした後、風切り音を響かせて勢いよく横なぎに振るい、周りに建つ鉄筋コンクリート製の柱をなぎ倒しながら、俺に向かって派手な攻撃を見舞う。

 避けることはできなくもない。だが、それをすればこの階の柱の大部分が瓦礫に代わることとなる。つまり、今後予想される激しい戦闘により地面がまるごと抜け、俺たちは生き埋めになる可能性が極めて高い。そうなった場合、あのガストレアと俺はまず無事だろうが、飛那はただでは済まない。

 俺は空気を目一杯吸ってから腰を不自然なほど傾け、片足を限界まで引いて拳を作る。

 

 

「オッサン直伝・天の岩戸粉砕突き(アメノウズメ)ッ!!」

 

 

 引いていた片足で地面を思い切り蹴り、同時に前へ置いたもう一方の足を後方に滑らせて全身を回転させ、地から身体を離して摩擦抵抗をゼロにする。その拳は空気を破裂させるような音を響かせて飛び、地上全ての障害物を破壊しかねない槌と真正面から激突する。瞬間、俺は拳を『戸をスライドさせる』ように真横へ振りぬく。すると、衝突時以上の凄絶な衝撃が敵の尻尾を打ち抜き、俺から見て右側にあった駐車場の壁面が余波で円形状にくり抜かれた。そんな埒外な威力で弾かれた己の尻尾に振られたガストレアは、その巨体を宙に浮かせ、更に一回転しながら宙を舞った。

 

 

「飛那!腹に向かって掃射!」

 

「は、はい!」

 

 

 飛那はこの光景に唖然としながらも機会はちゃんと心得ていたようで、構えながら返事をすると、横倒しになったガストレアの腹へ榴弾を立て続けに打ち込む。一発撃つごとにマズルブレーキから漏れだした強い風圧と、榴弾が炸裂する爆風でアスファルトの粉塵が舞い上がり、周囲が白いカーテンに覆われる。

 装填した最後の榴弾を打ち終わり、何度目かの肉が弾ける音と爆音が轟いた。正直敵の状態を確認するのは気が進まないが、ちゃんと証拠をとっておかねば任務達成の報告ができない。そう自分に言い聞かせて腹をくくると、飛那が排莢した大量の空薬莢を蹴り飛ばしながら歩き、粉塵の向こう側にいる惨殺死体へ近づく。

 

 

「うへぇ、これは派手にいったな」

 

「樹万ー、敵の状態はどうですかー?」

 

「おう、見事なまでにスプラッタな光景を展開してご逝去なさってるぞ」

 

「そ、そうですか」

 

 

 ガストレアは腹に連続して爆撃を受けたためか、まるで猛獣の(アギト)が乱暴に食い漁ったかのような有様となっていた。これをみると、巻き上がったコンクリート片で視界は劣悪だったのにも関わらず、ほとんど同じ部位へ弾をめり込ませたことになる。流石は飛那。ガストレアの効果的な殺し方をよく分かってるな。

 さて、では証拠としてコイツの写真を取らせて貰おう。大規模な鑑定や処理は本職の方々に任せるとして、残った俺の仕事は侵入したガストレアを倒したのでもう安全ですよ、という知らせを行うまでだ。

 

 

「おーい、カメラプリーズ」

 

「はい。ちょっと待っててくださいね」

 

「おう。別にそんなに急がなくても――――――――――――、ッ?!」

 

 

 弛んだ警戒心の糸が締まる。この直後に腹を、四肢を貫かれ、または噛み千切られて死にかけた記憶が蘇り、条件反射に限りなく近い強制力で周辺一帯を全力で警戒する。

―――――――そして、やはり死はすぐそこにいた。

 

 

「飛那!下がれッ!」

 

「え?」

 

 

 かつてオッサンが『逃げるために』使えと一番最初に教えてくれた、基本的かつ効果的な回避技を迷いなく使う。それは、両足の踵を全力で地面へ叩き付け、ただ前方に己を射出するだけという、あまりの単純さに技と称するのも憚られるものだ。

 しかし、そう文面として捉えるだけでは難易度の推定が上手くできず、工程が単純であるが故に容易だと決めつけてしまうだろう。先に結論を言うと、実際常人がこれをやってみても、思い切りつんのめって地面に顔を強打するだけで終わる。跳ぶことなどもってのほかで、普通に立ち飛びしたほうがまだ距離を伸ばせるはずだ。それが当然の結果であるのだが、俺やオッサンがやると.....

 

 

「――――――――ふッ!」

 

 

 プラスチック爆弾の炸裂が如き轟音を足元から叩き出し、影さえ置き去りにするほどの速度で固まった飛那の前へ瞬間移動する。直後、その場で急停止するために振り下ろした杭のような踵落としで、前方へ向かってコンクリートの破砕物が散弾のようにばら撒かれた。...その速度は、凡そ400km/h超。防弾チョッキを着こんでいても衝撃が伝わるくらいの威力はある。

 

 

「飛那、退避しててくれ」

 

 

 時間が圧倒的に足りないので、背後にいる相棒へそう呟いた後は返答を待たずに次手の準備へと入る。だが、かすかに頷いた気配と、砂利を踏む靴の音が聞こえた気がした。

 さて、即興の初手にしては十分殺傷力のある攻撃だ。ステージⅠくらいのガストレアなら、これだけで長時間行動を制限することができるはず。当然、生身の人間が喰らえばどうなるかは想像に難くない。

 ...では問おう、俺の前方に立って不気味に笑う相手は果たして普通の人間なのだろうか?

 

 

「ヒヒッ!本当に君は、いつも私の予想を覆すね」

 

 

 バチィ!という電気の迸る音によく似た快音が耳朶を打った瞬間、俺は直ぐ様その場から離脱し、コンクリートを爪先で蹴りながら後退すると、短い呼吸を挟んでから腰に手を伸ばす。それから一歩遅れて、さっきまで立っていた場所で衝突音が断続的に響き、白い粉塵が立ち昇る。だが、俺はその光景を気にせず腰の愛銃兼愛刀を抜き、真横から飛び込んで来た黒い小太刀を真上に弾いてから柄を持ち替え、ほぼ間断なく別の方向から跳んだ同色の刃も、一撃目で挙げた腕を振り下ろすことで弾く。

 

 

「あれ??気付いてた?」

 

「残念ながらな」

 

 

 腕を下ろした態勢で大きな目を更に見開く、懐かしき仇敵である蛭子小比奈。しかし、そんな驚きからすぐに一転。真下へ弾かれた小太刀の切っ先を此方へ戻さずに地面へ突き立て、それを軸に上半身を捻転させると、疾風のような蹴りを見舞って来た。俺はそれを仰け反って回避し、更にもう一方の小太刀も合わせて繰り出される多彩で俊敏な蹴り技を、ナイフや腕、足などで全て受けながら食い下がる。そして、何度かの交錯の後に両手を軸として放つ回転蹴りの予備動作を機とみた俺は、それまでとは打って変わって一息に踏み込むと、腕を振るって彼女の靴へバレット・ナイフの柄頭をぶつける。すると、乾いた打撃音を響かせ回転していた矮躯が完全に静止した。それからすぐに驚愕の真っ最中である小比奈の足を構えていた腕で掴...もうとしたが、体勢を変えバック転で後ろに下がる。

 

 

「チィッ、君は後ろに目でも付けてるのかい!?」

 

 

 影胤の銃撃を躱してから、両手を着いて更に高く跳び上がった時を狙い、ホルスターから抜いたバラニウムナイフを三本投擲した。が、無論即時展開した斥力フィールドに阻まれ、容易く弾かれてしまった。

 それを確認してから間もなく、影胤の持つ二挺のベレッタが再び連続して吼える。銃口から吐き出された弾丸は全部で8。うち己に被弾する軌道線上を飛ぶのは4。それら全てを猛禽の目で以て把握し、回避行動を行う上で最も安全な経路を導き出すと、すぐに『前』へ向かって跳ぶ。そして、その経路を通る上で唯一自身の身体を通過する弾丸のみをバレット・ナイフで弾き、疾風の如く駆け抜ける。

 

 

「っな?!」

 

「よお」

 

 

 弾幕を通過して肉薄してきた俺を見た影胤は驚愕の声を上げる。そのままナイフを奔らせ、咄嗟に防御のために挙げた影胤のベレッタを打つ。しかし、反応しきれなかったためか、彼の腕はみるみる内側へと押し込まれていく。それを認めた俺は更に踏み込もうと腹に力を入れかけるが、すぐに片手を動かして腰のホルスターからバラニウムナイフを抜き、真横から稲妻のように割り込んで来た小比奈の黒い凶刃を受け止める。と思いきや、それから1秒も経たないうちに拮抗させる力を緩め、バランスを大きく崩させる。そして、前のめりとなった彼女の小太刀を横に弾き、続けて後頭部へナイフの峰を叩き込んで地面へ転がす。

 

 

「フ、油断したね樹万くん!マキシマム・ペ―――――ッ?!」

 

「おっと、油断してると思ったか?」

 

「!馬鹿な、グゥッ!」

 

 

 横腹に当てられた影胤の腕に肘を落とし、離れた腕を片手で掴んで引っ張ると、腹に八卦を叩き込んでから顎に拳を撃ち込む。胚の空気を全て吐き出し悶絶する影胤の足を払い、先ほどの小比奈と同じように地面へ転倒させた。そして、奴と入れ替わるように俺の足を斬り飛ばそうと迫った刃をバレット・ナイフで受ける。

 

 

「まだまだ元気そうだなぁ、小比奈」

 

「パパの仇を取るまで、負けれないから」

 

「ふむ、それでは私は死んだことになるね。ゲホッ」

 

 

 どこかとぼけたような口調でそう言う影胤を無視し、俺はバレット・ナイフのロックを外して小比奈に向け、引き金を引く。銃の発射音とはかけ離れた爆音を響かせて飛んだバラニウムナイフは、しかし漆黒の一太刀により甲高い断末魔を残して消える。

 

 

「へぇ!そのナイフ飛ぶんだ」

 

「まぁな。でも、やっぱ体積と重量があると弾丸より遅くなるから、お前には見えちまうか」

 

「うん。で、終わり?降参?」

 

 

 臨戦態勢のまま首を傾げ、答えの分かり切った質問を飛ばす小比奈。なので、俺はバレット・ナイフの銃口へ新しいナイフを取りつけ、ロックをかけながら彼女の望む返答をすることにした。

 

 

「いや...まだまだ斬り足りないだろ?」

 

「あは。―――――――――じゃあ、全力でキルよ」

 

 

 逆手に持った小太刀を構え、放送自粛ギリギリの笑顔を炸裂させてから疾走を開始する小比奈。ある種純粋な感情のもとに悦んでいるようではあるが、まっとうな人間全員が知る『喜び』から生まれたものならば、こんな壊れた笑みが普通であるはずはない。よくもここまで弄りまわしたものだと、親の仮面を被った狂人に対し称賛の言葉がでそうになる。

 

 

「...フゥーゥ」

 

 

 俺はオッサンから教えて貰った独特の呼吸法で、普段体感している時間の流れを遅延させる。小比奈と真正面から殺り合うには、ガストレアの力とこれを加えねば多少危ないからだ。さきほどの小手先も二度目は通じないだろう。

バレット・ナイフを手のひらで一度回してから強く握り込み、上段より振り下ろされる黒い刃を受け止める。受け止めるとは言っても正面からぶつかるのではなく、斜めに軌道をずらし、押すようにして流しきったあとで横へ落ちて来た太刀の刀身を蹴った。それで出来れば小太刀一本を奪ってしまいたかったのだが、中途半端な一手だったのもあり、小比奈はバランスを崩しながらも持ちこたえた。

 

 

「む、やるな」

 

「くっ、まだマダァ!」

 

 

 二度目の交錯。俺は小比奈の型など何もない下段からの斬撃を飛んで躱す。そんな一振りでも振るわれた速度、威力は大の大人を真っ二つに斬り伏せる程のものだろう。防御特化していない身で受ければ、流石の俺でも致命傷だ。そんな刃の持ち主は、空いた空間へ瞬時に足を滑らせて再び己の間合いへ入り、もう片方に持った小太刀を(サイ)の角の如く突き出してきた。それを下方から打ち上げた膝と上から落とした肘で挟み込んで止め、素早く片手で小比奈の腕を打つ。

 

 

「ッあ!?」

 

「そら、今度こそ一本貰い!」

 

 

 俺の肘と膝の間から横に逸れた小太刀の鍔にバレット・ナイフの刃を引っ掛け、手首の動作のみで後方へ引っこ抜く。すると、小太刀はいとも容易く手からすっぽ抜け、金属がコンクリートを叩く独特な音を響かせ路面を滑っていった。

 剣道には『巻き上げ』と言う、相手の手から竹刀を奪う技がある。しかし、あれほど強烈な一撃を打ち込むのだから、相手は常時竹刀を強く握ってるのは当然。であれば、巻き上げなどそうそう決まる技ではない。...そう思われるが、実のところ剣の振り方を知れば知るほど、その者の剣の握りは緩くなる。力を込めるのは一瞬。打突の瞬間を除いて他にはない。

 小比奈の剣に特殊な技はないが、だからといって知識を得ることに無頓着なことはあり得ない。そんな技術も興味もない人間は、そもそも剣を持つことなどしない。どうやらこの少女は、相手を上手く自分好みの形に斬ろうとするうちに剣の扱い方を洗練させていたようだ。

 

 

「くッ!武器とるなんてズルい!」

 

 

 逆ギレした小比奈から、文字通り風を切る速さで黒い小太刀が振るわれる。それを斜に突き出したバレット・ナイフの刃に相手の刃を乗せ、当たらない位置へずらす。今までの二刀流であれば、この捌き方は先方の放つ手数が多くて不可能だったのだが、一本のみならば間に合う。俺は続けて飛ぶ神速の剣をいなし、その時を待つ。

 

 

「なるほど、これは一本とられたねぇ。我が娘よ」

 

 

 火花が何度も飛び、鉄と鉄が打ち合う音に混じって妙な異音が聞こえ始める。それを確認した俺は、腹を裂く小比奈の一太刀を受けたあと、その刃を前方へ滑らせ、鍔に勢いよく打ち付けた。その衝撃に怯んだ隙を狙い、ナイフの峰で彼女の小太刀を外側へ一度弾き、続いて小太刀の刀身を強く叩いた。小比奈はそれに驚き、その場で地面を蹴って後方へ飛ぶと、俺と距離をとった。

 

 

「?今のはなに、タツマ」

 

「んー、自分が左手に持ってるものをよく見てみたらどうだ」

 

「え?左手って、持ってるのは折れた私の武器...って、折れてる?!」

 

 

 そう。小比奈の持っていた唯一の武器は、半ばからぽっきりと折れてしまっていた。無論、原因はさっき俺が叩いた衝撃だ。...しかし、本元の原因はそれではない。

 俺が小比奈との開戦の狼煙みたく撃った、初回のバラニウムナイフでの一撃。彼女はそれを避けるではなく刀で受け止めてしまっていた。アレは蓮太郎の超バラニウム程では無いにせよ、実はかなり純度の高いバラニウムで出来ているのだ。そんな超硬の物体が時速数百キロでヒットすれば、並の金属などガラス細工のように砕かれる。それは、純度の低いバラニウム製の武具も例外ではない。

 

 

「うぅ、また壊された...」

 

「それならすぐに用意できる。安心するといい、我が娘よ」

 

「うん.....」

 

 

 さて、向こうも戦意喪失してくれたみたいだし、そろそろ本題に行くか。

 あ、やべ。飛那を連れてこないと。

 

 

          ****

 

 

 

「ここに来た民警を殺した理由?」

 

「ああ、そうだ。今更やったのは自分じゃないなんて馬鹿なこと抜かすなよ?」

 

「ククク、ここで道化を演じるほど、私は落ちぶれてはいないさ。それなりに立場を弁えた発言を心がけようじゃないか」

 

 

 シルクハットの鍔を指ではじき、立場を弁えた人間がするものとはとても思えない声調で言葉を吐く影胤。隣で飛那がへカートⅡに弾を装填する剣呑な音が聞こえた。まぁ、らしといえばらしいが、殺された民警がもし知り合いだったとしたら、俺も間違いなくここでブチ切れていただろう。恐らく蓮太郎だったらもう殴ってる。

 影胤は俺の内心に構わず片手を挙げて上を指さすと、仮面をつけていても笑みを浮かべていると確信できる、実に愉快そうな声でこうのたまった。

 

 

「私と小比奈が殺した民警どもなら、三階駐車場のワンボックスカーにまとめて放り込んであるよ。ま、私としてはそこらに放置していてもよかったんだが、そうすると住み着いてるガストレア二匹が食い荒らすからねぇ。二、三人の身体は半分くらい欠損してるけど、別にいいだろう?」

 

「なッ!」

 

「.....そうか」

 

「ふむ?てっきり、怒髪天を突いて斬りかかってくるものだと思っていたのだが」

 

「そうですよ!樹万、まさかこの殺人鬼を見過ごす気ですか?!」

 

 

 俺はへカートⅡを構えて叫ぶ飛那を下がらせてから一つ息を吐き、それから影胤を見る。

 この場において奴に聞きたいことは二つ。何故このタイミングで表舞台へ出張って来たのか。何故ここに派遣された民警を殺す必要があったのか。前回のスコーピオン出現の渦中にいた輩なのだから、これら二つの疑問ははっきりと回答を貰っておきたいところだ。

 

 

「さて、民警を殺した理由...だったかな?」

 

「ああ。...まさか、お前があのガストレア二体をエリア内に進入させたのか?」

 

「いいや。下とあそこに転がるガストレアは全くの偶然さ。でも、お蔭で目的を果たしやすかったから好都合だったね」

 

「目的?貴方、またあの時みたいに変な悪だくみをしているんじゃ!」

 

 

 飛那が食って掛かるが、影胤はどこ吹く風でその怒りを受け流し、薄く嗤うのみだった。それに彼女は増々眉を顰めていくお蔭で、周囲の空気は急速に澱んできている。何となく感づいてはいたが、この二人とんでもなく相性悪いな。

 

 

「パパはタツマを殺さないよ。仲間にするから」

 

「そんなのこっちから願い下げです!」

 

「...ねぇパパ。あのうるさいの刻んでいい?」

 

 

 小比奈は今さっき拾って来た小太刀一本を片手で構え、飛那に向けながら影胤に問う。しかし彼女のご主人様は首を縦には振るわなかった。小比奈は拗ねた。

 

 

「私の目的というのはね、『君たち東京エリアに住む人間たちへの警告』。といったところかな」

 

「警告?どういうことだ」

 

「まぁ、半分くらいは己の傷の快復を確かめる名目もあるのだがね。ヒヒヒ」

 

 

 ここでいらん軽口が入り、あまりの緊張感のなさに一瞬バレット・ナイフを抜きかけたが、寸でのところで踏みとどまって先を促す。

 

 

「具体的なことは何ともいえないがね。私から言えることはこれだけだ。.....混沌と破滅が近づいている。平穏と日常を餌と貪る化物と戦う準備をしたまえ」

 

「混沌、破滅...化物だって?」

 

 

 問いには応えず、奴は小比奈の名を呼ぶと俺たちに背を向けた。

 

 

「私は闘争を望む。私は絶望を喰らう。だからこそ、君たち人間の明日を願おう。弛まぬ努力を繰り返し、私によって浪費される命を絶えず燃やし続けるがいい。―――――――――樹万くん。君は喰らう側の人間だ。精々、絶望に呑まれないでいてくれよ。...クククク」

 

 

 唄うようにそうつぶやきながら、彼はアスファルトから巻き上がった白い煙の向こうに消えて行った




影胤サンとオリ主が戦うのは二度目ですね。今回は二人とも本気に限りなく近い戦闘でした。
ちなみに、飛那ちゃんを戦闘に参加させなかった理由は、ターゲットを移されたらすぐに対応できないからです。多対一ですし、一方を止めようとしても一方に邪魔されますから。そうなると不味いと樹万くんは予測しました。

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