ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線-   作:緑餅 +上新粉

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時間ができたので、久しぶりに原本開いて最新話を書こうと思ったら、いつの間にか溜まっていた願望欲望が吐き散らされただけのナニかが出来上がってました。
原本の原本は自主規制な単語で埋め尽くされていたので、結果自己嫌悪に陥りながら添削を繰り返し、ようやく見栄えのよくなった、しかし要所幼女に個人的な願望の入る本話をお送りいたします。


37.家族

「...うし、準備オーケーだな。じゃあ、晴れて我が美ヶ月民間警備会社に入社した、ティナの歓迎会を始めるぞ!」

 

「ちょっと、ちょっと待って下さい。樹万」

 

「ん?どうした飛那。目が怖いぞ」

 

 

 声高らかに宣言した直後、頭に赤と緑の縞模様が入ったカラフルなコーンを乗せる飛那が、そんなコミカルな見た目にそぐわぬ真剣な声と視線を以て俺に詰め寄る。それに気圧された俺は、手に持ったパーティー用クラッカー三十個を全て机に置き、静止を求めた理由を態度で問うた。

 飛那は一度溜息を吐き、突き出した上半身を少し引っ込めてから、両目を瞑って額に出来た皺を指で押さえて低く唸ると、片目だけを開けて不機嫌そうに言う。

 

 

「ティナ・スプラウトさんの歓迎会というからには、彼女が今日この場において主役であることは間違いないでしょうね。ええ。──────で・す・が」

 

「は、はい」

 

「ですが!あすなろ抱きだけは!断じて!許容できません!」

 

「へぇ!足の間に座らせて後ろから抱きしめるのって、そういう名前がちゃんとあったのか。...博識だな、飛那」

 

「えへへ、ありがとうございます....って、ちっがーう!」

 

 

 一瞬表情が弛んだものの、すぐに飛那は憤慨しながら勢いよく腕をバンザイして、頭を撫でていた俺の手を弾いた。実のところ飛那が突っかかってくることは何となく予想していたが、一度やったのに今になって個人的な理由でティナを強引に降ろしてしまうのもよくない。

 すると、この状況下で黙っていた二名が口を開いた。

 

 

「────ティナさん。貴女がここに来てから今日で約二日経ちました。そしてその間、いつも樹万さんの傍にいた」

 

「.....何が言いたいのでしょう?夏世さん」

 

「私たち以上に傷つき、救いを求めた貴女のことを思い、私と飛那さんは理由を問うことなく自ら身を退いていました。...でも、それもここまででしょう」

 

 

 唐突に始まった夏世の独白に俺と飛那は言葉を詰まらせる。が、その雰囲気に当てられるうち、夏世が歓迎会前に妙な緊迫感を纏っていた理由が少しずつ分かってきた。どうやら、最初から『これ』をやるつもりだったらしい。とはいえ、『これ』が一体どういった問答なのか、問い返したティナと同じように俺も分からない。

 そんな風に思っていると、気がつけば夏世は俺のすぐ近くまで移動しており、足の間に座るティナを見下ろす構図となっていた。捉えようによっては諍いの前兆にも感じるのだが、こうやってティナと同じく見上げる立場側になってみると分かる。今の彼女には有無を言わせぬ、聞く者を閉口させるほどの只ならない覚悟と信念があった。

 

 

「いいですか、ティナ・スプラウト。信頼と依存は全く違うものです。本来ならば、私たちの年代にこういった棲み分けは必要ないのですが、残念ながら私と貴女は暖かい家庭の中で育てられた、世の穢れの知らない無知の子どもではありません。...故に、警告します」

 

「警告、ですか?」

 

 

 ティナはぐっと俺の服の裾を握り、表情を変えないまま淡々と言葉を吐き出し続ける夏世のプレッシャーに耐える。間違えないで欲しいのだが、このプレッシャーには糾弾の意が全く含まれていない。単純に表現するならば、責めるではなく諭す。それは『分かっていない』幼子に知恵を授けるように、厳しくも優しく。

 

 

「貴女の持つそれがただの依存なら、今ある一番大切な感情の昇華を全力で阻止してください。拒むというのならば、刺し違えてでも私が止めます」

 

「.....それは、本気ですか」

 

「無論、本気です。私よりもずっと、それを許さない人がいますから」

 

 

 夏世はチラリと飛那の方を見る。すると、さっきまでとは違い真剣な表情となった飛那が頷きを返し、そうですね、と短く答えた。その態度を見るに、どうやら夏世の言いたいことを完璧に理解した後のようだ。俺はまだ全く分からないのだが。と、そんな飛那を確認した夏世は、再びティナの顔へ視線を落とす。

 ...さて、こうして無言で成り行きを見守っている俺だが、そろそろ何の問答をしているのかを明かして欲しいところである。しかし、このピアノ線が限界まで張りつめたような鋭い空気の中では、口を挟んだ瞬間に喉を掻き切られるような恐怖が湧きあがり、言葉を内心で練れるほどの余裕がない。

 夏世の眼差しを受けたティナは、暫く黙考した後に『なるほど、そう言うことですか』と呟くと、多少とはいえ笑みすら滲ませつつ返答を返す。

 

 

「本当に、好きなんですね。二人とも」

 

『.......(コクリ)』

 

「????」

 

 

 何だ?ついに俺以外の全員がこのお話の主題を分かってしまったようだが、ここまでの会話を脳内で辿ってみても全く何のことか判らない。そのことに頭を悩ませてはいるものの、何故か深く突っ込んではいけないような気がして思考が先に進まなくなった。と、内心唸っているうちにティナが俺の懐からゆっくりと抜け出し、それからすぐに腰を下ろした。位置は俺の隣だ。

 

 

「分かりました。お二人が信頼と取れるだけの『理由』をこの後お話します。私は絶対、逃げませんから」

 

『!...望むところです』

 

 

 ティナはそう毅然と言い放ち、それを見た飛那と夏世は好敵手と相対したかのように強気な笑みを浮かばせる。その光景はまるで、長い間仲たがいしていた仲間の一人が、自分の非を詫びてチームの一員へと戻っていくような、そんな胸が熱くなる一幕だった。しかし、それはあくまで事の全容が掴めている場合にのみ湧きあがる感情である。

 

 だ、だれか俺に説明を.....!

 

 

 

          ***

 

 

 コーヒーを淹れ、ベランダに出て夜の外気に全身を晒す。中身と同色の黒いカップから立ち昇る白い煙が吹き付ける強い風に煽られ、不規則にたなびいた後に掻き消えた。しかし、身を切るほどの寒さ、というものでもなく、休眠段階へと移行しつつある脳を明瞭にするくらいに留まるものだ。

 息を吹きかけて冷ます工程を無視し、砂糖を入れていないコーヒーを一口啜る。それでもう一歩分だけ睡眠欲を遠ざけ、咀嚼した苦みを己の嗜好の一つとして受け入れた。

 

 

「ここから見える夜景は...いいもんだ」

 

 

 最近の習慣は、ここからコーヒー片手に深夜の街並みを見渡すことだ。やはり東京エリアの中心地だということもあり、草木も寝静まる時間になっても結構明るく、視界いっぱいに広がった人間の築く繁栄を眺望するのは、中々どうして気分がよくなる。人工物だというのに、こればかりは内なる感性の問題だ。しかし、やはりというか、少しすると目を通して脳内に補完された『ある記憶』が顔を覗かせ、それは瞬く間に夜の街並みを赤い何かで侵食していく。

 

 ────俺が見て来た過去は、高台に昇っても煌びやかな景色などなく、赤い炎や転がる人の死体しか見えなかった。それは正真正銘の地獄。繁栄など影も形もなく、蹂躙されたものと蹂躙したものが残した秩序なき世界が何処までも広がっていた。無論それを悲しく思い、当時の俺はこんな凄惨な有様を作り上げたあの化物共が許せなかった。しかし、それ以上に自分がこの景色を変えることが出来るのか分からず、迷っていた。そのために今の今まで戦っているというのに、こんなものを何度も見せられてしまっては、己が何をしているのか、何をしたいのかが絶望のあまり手元から抜け落ちかけた。

 

 

「.........『早々に狂った奴は正解だ。こんな異常な世の中を正常な思考で理解しようとしたら、恐らく絶望に足を捕られながらゆっくりと狂気に喰われてくだろう』」

 

 

 コーヒーを口に含んでから、その景色を見て呆然としていた俺に向かい、オッサンが言った言葉をそのまま復唱する。あの時ばかりは、あの男もふざけた態度を自重していた。

 オッサンは生きることに貪欲にならなかったから、生に執着しなかったから、どんなむごたらしいヒトの死に様や、死屍累々という言葉をそっくり投影したような景色にも眉一つ動かさなかった。だから今思うと、人の生死に無頓着であったオッサンは、あの地獄を見てどんな思いを抱いたのか気になるのだ。恐怖?憤怒?悲哀?...それとも、やはり無感動?そんな風に予測を立てて見ても、異常だ気持ち悪いだと色々言ってはいたが、それは他人の意見を代弁するようなもので、己の心情を表す言葉は一切口にしなかったため、いずれにせよ判然としない。

 

 ───夜風を吸い込み、熱が回った思考を冷ます。やはり広い景色を見渡すと、それと比較できる何かを無意識に引っ張って来てしまい、間接的に過去を思い起こしてしまう。これ以上はマイナスに傾きそうだし、そろそろ引き上げるか───

 

 

「...ん?」

 

「あ」

 

「ティナ、か。どうした、こんな夜中に」

 

「.....ええと、私の因子は梟なので、基本的に夜行性なんです。確かこの話、最初の頃に話してましたね...。あ、あとすみません。覗き見るつもりはなかったんですが」

 

「その言い方だと、大分前から見てたのか。...さすが、気配の遮断も並外れてるな」

 

 

 正常な思考をサルベージした直後、後ろから僅かに空気の流れが変化したことを察知したものの、殺気が微塵も含まれていなかったため、別段焦ることはなかった。それでも、今までこの時間に他に誰かが話しかけて来ることなどなかったので、若干の驚きはある。しかし何故だろうか、どうも今のティナの顔は少し赤すぎる気がするのだが...

 

 

「....ここで、何を考えていたんですか?」

 

「ああ、ちょっと昔のことをな。ホントは何にも考えずに夜景を見てたいんだけどさ」

 

「昔...それって樹万さんの過去、ですよね?」

 

「まぁな」

 

 

 ティナは深呼吸をした後に無表情を作ると、俺の隣までゆっくりとした歩調で移動してくる。それから背をベランダの壁に預け、金髪を風に靡かせながらぽつぽつと質問をして来た。そんな小さい少女を見下ろしていると、今更ではあるが、彼女がいまここにいるという事実がとても嬉しく思えた。数日前までは銃を突きつけあい、ナイフをぶつけ合うほどに決裂したが、互いの関係が露見する前までは、仲の良い兄妹のような関係だったのだから。俺とティナは恐らく、いや絶対にあの関係に戻れる。そう、確信めいた何かが敵として邂逅したあの日から既にあった。

 再び夜景へと視線を戻して、感慨深い気持ちに耽りながらティナの言葉を暫く待っていたが、なかなか次の質問が飛んでこない。気になって隣へと目を動かしてみると、うんうんと頭を押さえながら唸り、激しい葛藤をしている最中のティナがいた。

 

 

「どうした急に。別に言いたくないことなら無理しなくてもいいんだぞ?」

 

「い、いえ!これは大事なことで...あああでも、もしかしたら嫌われるんじゃ...」

 

「嫌われる?」

 

「う......はい」

 

 

 俺は縮こまるティナの前で一旦立ち、手に持っていたカップの中で波打つコーヒーを一気に煽り、空になったカップをベランダの地面へ置くと、彼女の頭を優しく撫で、それから抱きしめた。突然のことで大分パニックになっているのか、彼女の顎が乗る肩の耳からは『あうあう』という声が聞こえてくる。

 

 

「大丈夫だ。何されても何言われても嫌いになんてならない。だから言ってみてくれ、な?」

 

「......(コクリ)」

 

 

 語り出したティナの口から零れ落ちたものは、俺の過去の話だった。それに内心驚きはしたが、当然ティナを嫌いになんてなる筈がない。だが、彼女自身はドクターから無理言って聞き出したことなので、その内容も相まって果てしないほどの罪悪感を感じてしまったらしい。なので、嫌われることを覚悟した上で打ち明けることを当時は決意したというのだが、やはり嫌われるのはイヤだとストッパーが働き、この時までずっと口にできなかったという。

 涙声になりつつも必死に絞り出して言ってくれたことだが、ここまで真剣になってしまったティナが可愛すぎて寧ろ高感度が急上昇すること請け合いだった。取りあえず感情の波が落ち着くまで背中をさすり、髪を優しく梳いた。そして、数分経って元に戻って来たのを見計らい、俺は選んだ言葉を声に出す。

 

 

「俺の過去なんて、別にどうということでもない。ただ、こんな理不尽な世の中はおかしいと思って我武者羅にガストレアと戦ったから、他人より少し多く血を見て来ただけだ。俺と同じようなことを思った人は五万といるはずだし、特別だなんて言わないでくれ」

 

「え?でも、嫌じゃないんですか...?大勢の人たちは、あの大戦を間違いなく人生最大の苦痛としてるはずです。それをわざわざこうやって掘り起こしているんですから.....大抵の人は嫌な気分になるはずです」

 

 

 ティナは俺の服を背中に回した手でぎゅっと掴み、泣き顔を見られまいと強めにしがみついてきた。そんな小さい体躯を抱き止めながら思う。こんな些細なことでここまで強烈な不安を感じてしまうのは、今まで人との強固な結びつきを知らなかったからだ。本来ならば親と子がそのカテゴリーに含まれるのだが、呪われた子どもたちという存在が作られてしまったこの時世では、それも不確定なものとなってしまった。ティナの場合は両親を失ったそれ以降も互いに信頼関係を築ける境遇の者と出会う機会にすら恵まれず、今日この時まで『マスター』と呼ばれるエイン・ランドとの主従の繋がり以外、人との関係を知る事が出来なかったのだ。

 俺はこれを鑑みた上で一つの妙案を思い付いたのだが、俺の言うこと全部を二つ返事で飲み込んでしまうのだとしたら、彼女を自分の好みに仕立て上げることが───と考えかけたが、すぐに止めて真面目な思考回路へ戻る。

 

 

「そりゃまぁ、赤の他人から自分の過去を喋られたらいい気分はしない。でも、ティナは別だ」

 

「え...私は、別?」

 

「ああ。あと飛那と夏世もな」

 

「.......(私だけじゃないんですか)」

 

「ん、何か言ったか?」

 

「い、いえ。何も」

 

 

 俺が向けた視線から逃げるように顔を肩へ押し付けてくるティナ。耳まで赤くなってるのを見るに、何か恥ずかしいことでも口走ったのだろうか。まぁ、これから俺も大概恥ずかしいことを言うんだが。

 

 

「理由はな、三人とも皆、俺の家族だからだ」

 

「家族、ですか?.....でも、それって血縁関係がある集団にのみ言える言葉じゃ」

 

「いんや、誰が何と言おうと俺たちは家族なんだ。証明も承認も必要ない。だから、全員切っても切れない絆で雁字搦め、嫌と拒もうが俺が代表してお前らを守る」

 

「う...で、でも、私は...」

 

 

 ティナは尚も辞書通りの言葉を口にし、先ほどの罪悪感も手伝って自ら距離を置こうとする。傍目には嫌がっているように見えるが、これは違う。彼女は俺たちと家族になるのを嫌がっている訳ではなく、家族という近しい存在になることで俺たちに迷惑をかけてしまうことを恐れているのだ。これ以上嫌われたり裏切られたりしたくないからこその自己防衛手段ではあるが、これではティナが永遠に一人ぼっちになってしまう。それが分かっているからこそ、俺はさらに彼女の下へ踏み込んでいく。

 

 

「さっき言ったろ?証明も承認も必要ないって。要はティナが認めるかどうかだ。俺の一方通行じゃ全く意味はないけど、ティナがそれに応えてくれればいいんだ。勿論、嫌なら嫌でいい」

 

「嫌だなんて有り得ません!...でも、樹万さんに救って貰っただけで十分幸せだったのに、その上これから迷惑までかけるなんてこと、あっていいはずが」

 

 

 また涙が混じった声が聞こえ始め、俺はこの後に及んでまだ遠慮するティナの両肩を掴み、ゆっくりと引き離して目の前まで顔を持ってくる。彼女は泣き顔が見られてしまうと多少身を捩ったが、暫くすると抵抗を諦め、赤い顔のまま俺の顔を見上げて来た。それを見た俺は『よろしい』、とだけ笑顔で呟くと、彼女の頬を手で包みながら言葉を続ける。

 

 

「一切の我儘も願望も、今まで無理矢理押し込まれてきたんだろ?なら、いいんだ。一緒に東京の色んなところを回ったあのときみたいにさ。笑って、遊んで、楽しんで、それ以上にもっともっとお前は幸せになっていいんだ。だから、言ってくれればこれからだってどこにでも連れ出してやる。好きなものを好きなだけ見て触れて、ここにある綺麗なものも俺が沢山教えるよ。その途中途中で新しいものを知る度にはしゃぐティナを見れれば、俺は十分満足だ。迷惑なんて、もう対戦車ライフルの鉛玉とダンスさせられる以上のことなんてないだろ?...ま、仮にそれ以上をさせられても嫌いになんてならないけどな。愛しいと思うからこその家族宣言だし、何があってもこれを曲げるつもりはない」

 

 

「──────」

 

「?...どうした、ティ──────」

 

 

 言ってる途中で猛烈に照れくさくなり、それでも言葉が次から次へと湧き出て来たため、俺は自然と目線を星の見える夜空へと移していた。...そして、それが災いしてティナのとった突然の行動を完璧に許してしまった。

 返答がないことに訝しんだ俺だが、上げていた顔を正面に戻した瞬間、後頭部に両手を素早く回されガッシリと固定される。その直後に蕩けきった表情をしたティナが覆いかぶさってきて、あっという間に唇を押し付けられた。無論、いきなり視界一杯広がった白磁のように白い端正な顔で俺は何が何だか分からなくなり、そういえば夏世にもされたなぁ、あの時も凄いパニックになってたなぁ、なんて現実逃避までし始める始末。と、その時。辛うじて引き上げた俺の五感が、とある囁きを傍受した。

 

 

「...好き、です」

 

「む、────!?」

 

「大好き、です。ちゅ...樹万さん....好き」

 

 

 頭を金鎚で思い切り殴られたような衝撃を覚えた。それは当然だろう。ティナは俺の唇や舌をついばみながら、何度も何度も好意を訴えて来ているのだから。いや、待て、待つんだ俺。これはきっとLove ではなくLikeだ。だから絶対に流されるな。こんな可愛くて純粋な少女に邪な想いを向けるなんて許される事じゃない。せめてもうちょっと成長してからだな...いいや違う待てそうじゃない落ち着け。

 ぐるぐる、ぐるぐると訳の分からない自問自答が繰り返される。そんな風に心の制御で精一杯な状態をいいことに、ティナは顔を傾けて一層深く唇を押し付けてくると、舌まで差し入れて来た。

 これは...不味い。いよいよ本気で押し退けようかと考えたが、それから直ぐにティナの顔は離れ、ちゅぱ、という淫靡な水音が響く。長らく空気を吸い込んでいなかったからか、お互いに呼吸は荒く、顔が近いこともあり熱い吐息が口内へ吹き付けられる。

 

 

「...い、いきなり、どうしたんだ?」

 

「........から」

 

「え?」

 

「幸せになっていいって、言いましたからっ」

 

 

 ティナは絞り出すようにそう言うと、口元を拭いながら視線を逸らし、しかしチラチラと真っ赤な顔のまま時折こちらを伺ってくる。その表情は不安と期待がない交ぜになり、俺の返答を早く早くと急かしているように思えた。

 俺は熱が回りきった脳みそを冷ますために夜の外気を思い切り吸い込み、それから刺激された情欲も一緒に全て吐き出した。

 

 

「ティナ、俺は見た目と年齢的に親にはなれないが、兄妹にならなれると思うんだ」

 

「兄妹...ですか?」

 

「ああ。家族なんだし、そういう関係から始めたっていいだろ?」

 

「兄妹...大好きな樹万さんがお兄さん。お兄さん...ふふふふ」

 

 

 赤くなった両頬に手を当てて嬉しそうにもじもじするティナ。これはどこをどう見ても受け入れ体勢ばっちりだろう。とまぁ、兄妹関係の提案は元々考えていたことだったのだが、先ほどの暴走事件のことを考えて、一つ予防線を張って置こう。

 

 

「ティナ。兄弟になったらキスは禁止な」

 

「えええ!何故ですかッ」

 

「兄妹がキスしちゃあかんでしょ」

 

「むむむ、じゃあ兄妹止めます!」

 

 

 腕を組んで顔をプイと背けるティナが可愛くて思わず頭を撫でてしまったが、流されないように撫でながらも用意していた釘を撃ち込む。

 

 

「ティナが兄妹になるの断ったらキスを拒むようにする」

 

「ええ!それって結局どっちも出来ないってことじゃないですかぁ!お兄さんのイジワル!」

 

 

 うーうーいいながら俺の胸元に飛び込み、ぽかぽかと全く威力のない拳を撃ち込むティナ。どうやら本気では無かったようで安心はしたが、あまりにもワガママになられては困るので、要所要所でちゃんと注意喚起をせねば...。いや、もう精神的に成熟した彼女なら問題はないか。飛那は本当に一時期『本当』に酷かったからなぁ。

 

 今日のところは折衷案として一緒の布団で眠ることをティナに提案したところ、一瞬で首肯して飛び付いてきた愛らしい少女を優しく抱き止め、ベランダを出て窓を閉める間際、この家に住む無垢な少女たち全員が良い夢をみられるよう祈りながら、星空に別れを告げた。




タツマ「あ、やべ。コーヒーカップ忘れた」


次回から新しい章に入ります。

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