ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線-   作:緑餅 +上新粉

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彰磨くんは強い。マスターガンダム並みに強い。


42.信頼

 貴重な戦力を無事に入手できた俺と蓮太郎は、ひとまず安堵の気持ちを湛えたままテントへ帰還する。結果的に、彰磨は蓮太郎と顔見知りで、同じ天童式戦闘術の使い手であるため技もある程度把握できており、延珠の生来の気質故か、引っ込み思案で主の背中に隠れてばかりの翠にも、めげずに笑顔と共に会話を試み、早くも固い態度を氷解させつつあることで、二人は実力面も、協調性も当初の条件を軽々合格できる逸材となりそうだ。

 

 

「薙沢彰磨だ。よろしく頼む」

 

「ふ、布施翠です」

 

 

 少し野暮用を済ませた後にテントに戻ると、蓮太郎と延珠が中心になり、同じチームの仲間たちに二人を紹介していた。その反応は様々で、玉樹はもっとマッチョなクールガイの方がいいんじゃねぇの?といいつつも、人手不足である点はしっかりと分かっていたようで、己の偏見一つで突っぱねることはせず、歓迎の意を示していた。

 弓月や飛那、夏世たちイニシエーターは、一足先に仲良くなっていた延珠が上手く立ち回り、彼女たちが翠に抱く第一印象をより良いものとできるよう、彼女の良い所を舌鋒鋭く語っていた。といっても、延珠の持つ語彙力では必然限界があり、挙げていた良い所はだんだんと抽象的な表現になっていっていたが、その頃には既に三者から十分な信頼を得ていた。

 俺は携帯の液晶へ落としていた視線を上げ、一頻り雑談を終え、皆の緊張感がある程度弛み始めていることを確認してから、流れをこちら側に持っていくため、蓮太郎に向かって今後の方針が定まっているのかを問うことにした。

 

 

「さて、蓮太郎。人員に関して目下の問題は解決したが、これで戦術組むか?」

 

「......いや」

 

 

 突然振られた現実的な話題に多少息を詰まらせた蓮太郎だが、すぐに思考回路を切り替え、顎に手を当てて思案を始める。その目はテント内のメンバーを順繰りに眺めていき、一周したあとに再び俺へ視線を投げた。

 

 

「俺は、できれば五組十人は欲しいと思ってる」

 

「....ふむ。里見、なぜその人数なのか理由を聞かせて貰いたい」

 

「それは、俺がまとめ切れる人数で、かつ戦闘において死角をより多くつぶせる人数が、恐らくそこまでだと思ってるからだ」

 

 

 胡坐をかいた状態で両手の親指同士を擦りあわせながら、彰磨のした疑問に答える蓮太郎。その顔には、妥協を許すべきではないという厳しい表情と、完璧に近い形で成りつつある仲間の環を、異分子の介入で崩したくないと煩悶する表情が同居していた。

 ともあれ、理想は五組十人。現時点での里見蓮太郎率いるアジュバントは四組八人。あと一組入れば、リーダーの不安を限りなく除いた状態で戦に臨める。だが、望まれるのは実力的に問題がなく、チーム内に不和をもたらさない人物だ。決戦まで日がない今、そんな集められれば真っ先に集めていく者を今更募れるとは思えない。....そう、誰もが思うだろう。

 

 

「了解したぜ、リーダーさんよ」

 

「?了解って、どういうことだ樹万」

 

「言葉の通り、お前の要望に応えようって話だよ。....おーい!待たせて悪かった!入ってくれ!」

 

 

 突然、テントの外に向かって呼びかけた俺に訝し気な視線が集中する。が、それから間もなくテントの幕が動き、夜の風とともに黒を纏った一人の少女が姿を見せ、あっという間に俺へ向いていた視線は闖入者の方へ移動する。

 しかし、当の少女....天童木更は、少し唇を尖らせながら俺の方を見ると、

 

 

「女の子を長く外で待たせるのはよくないですよ?美ヶ月さん」

 

「いや、それは本当にすまなかった。和気藹々とした空気が固まるまで待ってたんだ。チームの結束には必要不可欠だからな」

 

「お、おい待てよ!まさか樹万テメェ、木更さんを参加させようってんじゃねぇだろうな!?」

 

 

 俺と木更の会話に割って入って来た蓮太郎は、今まさに飛び掛かからんとばかりに犬歯を剥き出しにして睨んで来る。踏みとどまっているのは、彼が危惧しているそれが憶測の域を出ないからだ。

 だが、残念ながらそれは事実だ。実に察しが良いと褒めてやりたいが、銃口を向けられたくはないので言葉は選ばねばならない。そうして正念場の交渉に踏み込もうと口を開きかけたとき、俺の前に黒い影が割り込んで来た。

 

 

「そのまさかよ。私はこの戦争に参加するわ」

 

「ふざけないでくれッ!樹万に唆されたってんだったら今すぐ降りろ!生粋の武人だった自分が、何で事務室の椅子に座って書類仕事してるか分かってるはずだろうが!」

 

「勿論分かってるわ。でもね、だからといって私が安穏と皆の帰りを待つ理由にはならない。危険を顧みずに戦うおバカな里見くんを守るっていう理由がある。それができる力もあるって信じてる」

 

「っ....それは、嬉しい。嬉しいけど......でもッ、イニシエーターはどうすんだ!」

 

 

 彼女の覚悟に心を揺さぶられて尚、蓮太郎は戦線への参加を認めたくはないようで、握り拳を作りながら反論を絞り出す。

 それに対し、木更は涼しい顔で首を巡らすと、俺の隣に座るドレスを着た金髪の少女に視線を止め、微笑む。少女....ティナはそれに笑顔で返してから立ち上がり、木更の隣まで歩いて移動したあと、皆に軽く会釈する。

 

 

「美ヶ月さんの許可を借りて、ティナちゃんと私の一時的なペア結成を聖天子様に直接打診してきたの。戦力が足りない今なら、あの事件に関わったティナちゃんでも可能なんじゃないかって」

 

「はい。結果、通りました。一時的ということなのでライセンスの発行や序列の付与などはされませんが、今回の戦争への参加権は無事得ました」

 

「お、お前ら....勝手に、話を進めて......!」

 

「里見くん。勘違いしないで欲しいんだけれど、このことは全部私の独断よ。二人に当たるのは止めなさい」

 

 

 踏み出しかける蓮太郎に向かい、木更の鋭い言葉が突き刺さる。彼女にめっぽう弱い彼は、それで機先を制されてしまい、二の句が継げなくなった。

 それに、心のどこかでは木更の参戦を受け容れつつあるのだろう。なにせ、今の東京エリアには絶対と言える安全な場所などないのだ。戦う力が、意志があり、逃げる場がないのならば、状況の好転を少しでも己が手で作れる可能性が望める分、戦争への参加を考えるはずだ。ましてや、戦場に赴く者の中に大切な人が混じっている。こんな条件下での遁走など考えられない。それを蓮太郎も分かっている。

 

 

「戦うべきときに戦わないのは恥ずべきこと。私はあの時戦えるだけの力も気概もなかったから、ただ見てることしかできなかったわ。でも、今は違う。せめて刀を取って抗えるくらいの武力も意志も身に着けたつもりよ」

 

「....戦うってのか。木更さん」

 

「そうよ。....だから里見くん、お願いだから一人で抱え込もうとしないで。少しは頼るって言うことを覚えなさい。――――私たち、仲間でしょ?」

 

 

 木更のその言葉で、俺や延珠を始め、全員が蓮太郎に向かって声を掛ける。頼られることを許し、受け容れ、誇るように。

 そんな木更と俺たちを見た蓮太郎は、一瞬仕方なさそうな、しかし嬉しそうな笑顔を覗かせ、すぐにもとの不機嫌そうな顔になると、今まで対峙していた上司の前まで歩みより、拳を差し出す。

 

 

「頼りにさせて貰う....が、ちゃんと身体は労わってくれ」

 

「うん。折を見て透析にはちゃんと行ってくるから」

 

 

 それを見た木更も拳を前に出し、仲直りをするように蓮太郎と突き合わせた。

 

 

 

          ****

 

 

 

 ここに里見蓮太郎率いる完全無欠のチームが完成し、ほぼほぼ問題もなく全員が自己紹介を終えた。皆アクの強い性質を持ってはいるが、連携面では特段障害になることはないだろう。

 ただ........

 

 

「うっす!姐さん、メロンパン買ってきました!お望み通り外はカリッと中はふんわりです!」

 

「あら、ありがとう」

 

 

 どうやら玉樹は、先ほど蓮太郎に見せた木更の超然的な雰囲気に惚れ込んでしまったようで、自ら下っ端のような役割を買って出て得点稼ぎのようなことをしている。傍目からみるとかなりアレなのだが、木更自身もこのような扱いをされることに満更でもなさそうなので、現状維持となっている。

 それはともかく、戦場においての主要な戦い方をそれぞれ把握するためにも、メンバー全員で腕前披露と相成った。

 

 玉樹や弓月、延珠と順々に技を披露していく中、俺は蓮太郎の隣でそれを眺めていく。そして、改めて個々の戦闘力の高さをまざまざと知らされた。中でも突出していたのは彰磨だ。

 

 

「....まさか、俺とオッサンが踏み込んでる領域の近くまで来れる人間が、他にいるとはな」

 

「?どうした樹万」

 

「いや―――――」

 

 

 蓮太郎の疑問を曖昧に流してから、少し思案する。そもそも、オッサンが教えてくれたあの技は何なのかを。

 彰磨が行ったのは、細い木の幹を素手で叩き折るという離れ業だ。アレは自分の身体から訳の分からない力を放ち、対象を問答無用で爆裂させるものに似ている。だが、彼の取った身体の動きはオッサンや俺のものと近くはあるが、根本の性質が大きくかけ離れており、由来が分からない俺には回答の糸口が見えてこない。

 それでも、何故だろうか。どうも、彰磨の力は....

 

 

「おい、樹万?」

 

「っと、すまん。どうした?」

 

「今度はお前の番だぞ。何だかんだで、皆結構気にしてんだ」

 

 

 蓮太郎にそう言われて広場を見渡してみると、確かに全員からどこか期待の眼差しに近いものを向けられている気がした。

 少し、いやかなり居心地が悪い。この状況から早めに脱するためにも、無難な形で信頼を得て終わりたい所だ。戦闘スタイルは多々あるが、一番使うやつでいくか。

 俺は腰からバレットナイフを抜き、少し悩んでから名刺入れを取り出すと、一枚だけ引き抜いて、近くに立っていた夏世に質問する。

 

 

「俺の名前、上と下どっちがいい?」

 

「えっ?....そ、そうですね。たったた樹万さんが好きです」

 

「了解」

 

 

 俺は何故か噛みまくって恥ずかしがる夏世の頭を軽く撫でてから、皆にも分かるように説明する。

 

 ――――まず、このバレットナイフで名刺を姓と名に切断し、その後に名が書かれた方の紙片のみを撃ち抜く、と。

 

 これでも実力の示す方法を譲歩したつもりなのだが、周囲からはどよめきの声が漏れる。それを努めて聞かぬようにし、俺は片手の人差し指と中指で挟んだ名刺を宙空に放った。

 

 

「――――――!」

 

 

 下段からの一閃。不規則に舞う名刺を姓、名に別つ。――――成功。

 分断された紙片を横目に見ながら、振り上げた腕の中でバラニウムナイフのロックを外す。

 そして、多少は予想していたより風に流されたものの、しっかりと己の名が書かれた紙片の視界に入れ、迷いなく発砲。

 ナイフは紙片をざっくりと抉っていき、そのまま星の煌めく夜空に消えた。

 

 

「ほい。これでどうだ」

 

 

 俺はバレットナイフを軽やかに回してから、『美ヶ月』と『樹万』の間が綺麗に分かたれた紙片を持ち、皆に見せる。名である『樹万』の方はバラニウムナイフで撃ち抜かれて万の字が欠損していたが。

 ともあれ、確かに宣言通りの状態となっている名刺の有様を目に映した飛那、夏世、ティナ、延珠、そして翠は黄色い声を上げて感嘆の意を全身で現してくれたが、弓月を含む大人たちは、何処か感触が悪いようだった。

 

 

「ええと、実際に見ると、少し」

 

「だな」

 

「うむ」

 

「兄貴よりはマシだけど」

 

「おい弓月?」

 

 

 木更、蓮太郎、彰磨、弓月、玉樹はそろって顔を顔を見合わせると、声を合わせ―――――

 

 

『地味』

 

 

 オーディエンスからの評価は辛辣なものだった。

 マジックなどでも、実はかなりの高等技術が使われているにもかかわらず、見た目の地味さで観衆からウケないものがあるように、彰磨のやった木の破壊、木更のやった剣圧を飛ばしての岩の粉砕みたく、相手の五感を直接揺さぶる、分かりやすい見世物の方が効果はあったかもしれない。

 俺は微妙な笑みを浮かばせながら、こんなもんさと肩を竦めてから、純真無垢な目で賛辞を送ってくれた少女たちの頭を撫でる。その途中、翠の三角帽越しに頭へ触れたとき、覚えのある感触に襲われた。

 その感触に大方の見当は直ぐついたが、こういったものを指摘されることに嫌悪感を持つ子がいることは、これまでの経験で知っている。ちなみにその件で仲たがいしてしまった少女とは既に和解し、一方的に結婚の約束をされるほどの間柄になっているので、安心してほしい。

 その経験をもとに、俺は敢えて追及することなく、触れたことでずれた翠の帽子をさりげなく直してから離れる....はずだった。

 その直前で翠にコートの裾を掴まれ、暗に制止を求められたのだ。気付かれたかと自分の迂闊さを呪いかけたが、三角帽の鍔から覗く瞳には、嫌悪とは真逆の光を湛えていた。

 

 

「美ヶ月さんは、優しいですね」

 

「....こうなっちゃ、その優しさも形無しだけどな」

 

「いえ....私は、向けられた優しさには、気付きたいですから。......だって」

 

 

 『気付けば、それに応えられます』と、そう言った翠は、帽子のつばに手をかけて頭上から胸の前に移動させる。そうして彼女の頭部には何も乗っていない状態となるはずだったのだが、黒い帽子と入れ替わるようにして姿を現したものがある。

 

 ――――それは、今まで帽子の中に隠れていた一対の獣耳だ。

 

 蓮太郎たちもこれには驚きを隠せずにいるようで、翠の頭の上で小刻みに動く、あまりにも人間とは逸脱した身体的特徴の一つに視線を注ぐ。プロモーターである彰磨も驚いているようだが、これは彼女が己の意志で自分の秘を打ち明けたことに対してのものだろう。

 

 

「里見くん、翠ちゃんのこれって」

 

「恐らく、ベースの動物である猫の因子が強く作用して、骨格の作りを変えたんだ。前例は少ないが、実在はする」

 

 

 木更の疑問に答えた蓮太郎の言う通り、発現した生物の身体的特徴を恒常的に維持してしまう症例はいくつか確認されている。こういったことが起こる原因として、ウイルスに対する抵抗性が低い、発現経路や機序が他と異なったなど研究結果が挙げられているが、詳しい部分の解明はされていない。

 向けられた奇異の視線を浴びた翠は、湯気が出そうなほど顔を赤く上気させながら帽子をかぶり直し、その場で縮こまってしまうが、延珠や飛那たちが彼女の前に集まり、羨望の眼差しと声をかける。

 

 

「恥ずかしがることないぞ!妾だってウサギの耳欲しいくらいだからな!なんたって蓮太郎が悦ぶ!」

 

「そうですね。私も羽が欲しかったです。樹万が喜びそうなので」

 

「....なんでだかオレっちにゃ分からねぇが、二人の『よろこぶ』が意味的に違うような気がするんだが?」

 

「やっぱり里見蓮太郎は変態のロリコンね....最低」

 

「俺はロリコンじゃねぇ!木更さんの前で変なこと言うな!」

 

 

 一定のペースで弓月の株を大暴落させていく蓮太郎。基本的に彼女たちからの信頼を勝ち得るに足る性格と立ち回りをしているのだが、どうも片桐妹は相当に手ごわいらしい。

 そんな風にてんやわんややっていた時、外部の人間の気配を察知し、暗闇に意識を向ける。緩く構えていたが、暫くして現れた細身の自衛官の一挙手一投足を見て改めて戦闘意識を手放し、彼が用のあるであろう人物に当たりをつけ、その当人である蓮太郎を呼んだ。

 予想通り自衛官は蓮太郎を指名すると、少し離れたところで二、三口頭でのやり取りをし、互いに一礼してから別れ、此方に戻って来た。

 

 

「団長である我堂長正(がどうながまさ)が決起集会やるらしい。作戦に参加する民警全員だってよ」

 

 

 蓮太郎のその言葉で、抜けていた緊張が僅かに戻り、空気が引き締まった。

 我堂長正。それは列強揃いの民警の中で知勇兼備の英傑とまで言われる傑物だ。一体どのような男なのか気になるところだが....

 

 俺は三十二号モノリスのある方向へ目を向け、身体を駆けまわる妙な焦燥感に抗う。自分に似た、自分ではない何かが俺の耳元で囁きかけてくる言葉に、抗う。

 

 ―――ハヤク、ハヤクコロセ。クワレルゾ。ナニモカモ、クワレルゾ。

 

 拳を握り、眉間を揉んで得体の知れない衝動を抑え込むが、まるで用意していたかのように、代わりに永く在った戦場の勘が告げてくる。

 

 此処は間違いなく地獄になる、と。

 

 




ょぅι゛ょ爆殺はやらせねぇ....絶対にだ。(迫真)

どうやって回避するかはお楽しみに!



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