ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線-   作:緑餅 +上新粉

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今回一万文字超えた...
何故だか、話数を重ねるごとに切り上げ時が後ろにズレて行ってるような気がします。

ともかく。年明け一発目の更新ですので、謝辞を。
読者の皆々様方、私がここまでやってこれたのは幾度にも渡る応援の声があったからです。ありがとうございました。
これからも皆様の言葉を糧に執筆を続けていきたいと思っていますので、今年も応援宜しくお願いします。


....こういうのは年明け前にやっといた方がよかったかもしれない。(汗)


46.予測

 モノリスは倒壊した。安寧の象徴はついに取り払われ、その向こう側から人類を食み貪る死の御使いが姿を現す。

 

 かつてモノリスが消失し、そこからガストレアが雪崩込んできた場合の都市、国の存亡は、記録上例外なく『滅亡』のみだ。只の一人すら生きること叶わず、漆黒の波濤に呑まれて消えた。

 

 それと全く同じ立場に、今まさに東京エリアは立たされている。

 

 戦闘要員、兵器数、都市の規模など、細かな相違点はあるものの、モノリスが失われた穴から溢れて来たガストレアを、背後の拠点を守護しながら迎撃するという根本的な構図は変わらない。そして、それこそが大絶滅を招く要因となる。

 成功という前例はない。生存の道は暗く閉ざされている。退路もない。

 

 ────────だが、

 

 

「さて、生き残るための戦いを始めるか」

 

 

 ────前例がないなら、初めての成功例として世に知らしめればいい。

 ────道が無いなら、光明を探して歩き回ればいい。

 ────退路がなければ、前に居座る者を退ければいい。

 

 これは生存を諦めた末の悪あがきじゃない。生き残り、種を存続させるための意義ある抵抗だ。

 

 俺は厚手のジャケットの襟を前に引っ張りながら立ち上がり、赤い点の並ぶ地平線を眺める。その背筋を粟立たせるまでの赤色は、全てガストレアの赤眼だ。

 周囲は闇に覆われており、点在する篝火が所々を明るく照らしているが、現在の時刻は十八時を回ったところだ。夏季であれば、未だ地に影が目視できるほどの明るさは保たれているはずだが、巨大建造物であるモノリスは、倒壊の衝撃で大量の白化したバラニウム片を巻き上げ、地球外からでも視認できるほどの黒煙を発生させた。

 モノリスの残骸は偏西風に乗って大規模な範囲にまで降灰などの異常気象をもたらし、太陽を長時間隠してしまうそうだ。

 そして、自衛隊や民警軍団はモノリス近くに布陣していたため、それらの影響を一身に受けてしまった。

 突如として空を覆った黒煙。吹き荒ぶモノリス片と壮絶な衝撃波。不意に起こったそれらで自衛隊は混乱し、隊は乱れ、従来の布陣を完成させられない。指揮系統はそれを正すために数時間を要してしまった。

 しかし、民警軍団はその中でも素早く立ち回り、厳格な訓練を受け続けている自衛隊とほぼ同時期に整列を完了させていた。それは偏に、我堂長正が執った苛烈ともいえる的確な指示のお蔭だろう。

 

 

「....なぁ、樹万。本当に自衛隊は負けるのか?」

 

「言っちゃなんだが、確実に負ける」

 

 

 怒号や怒声飛び交う整列から一息つき、俺と同じく地平線を眺めていた蓮太郎が問いかけて来る。雁首を揃えた現代の最新兵器の数々を目にし、ここへ布陣を完了した時点で俺が打ち明けた事実に対し疑問を抱いたのだろう。尤もだが、その確信はすでに確固たるものとなりつつある。

 俺はカールグスタフM4の砲身後部に取り付けられた蓋を上部にスライドし、中にHE441弾頭を詰め込みながら蓮太郎を見る。

 

 

「俺は大戦時代、ガストレアの大群を何度も見て来たからわかる。あれは()()()()()()

 

「揃う?いや、こんな距離があっちゃそんなの分からないだろ」

 

「全容を捉えなくてもいいんだ。『目』を見ればな」

 

「......!」

 

 

 通常なら、ガストレアの行軍は乱雑なものだ。隊列という概念はなく、足の速い者が率先して先頭へ喰らいつき、後続がそれに続くという戦闘倫理。

 だが、この場にて立ちはだかったガストレアはどうだろう。先んじて押し寄せる白波が如く前列の赤い眼は横一線を作り、後ろに行くにつれてその密集具合は高まる。これは一見してありふれた進軍に見えるが、その実、ガストレアとして見れば多大なる進歩だ。

 

 何しろ、今までの戦いの中で欠片ほども見えなかった、『戦術』と言うものが存在しているのだ。

 

 これに気付ける人間は恐らく俺を除いてこの場にはいないはず。夥しい数のガストレアに幾度も囲まれておきながら、そのどれからも生還したと言うことになるのだから。

 

 

「俄かには信じがたいが、なるほど。言われてみれば、奴らの動きは些か妙だ」

 

「そ、そうですね。言葉では上手く表現できませんが、行動を律しているように思えます」

 

 

 俺と蓮太郎の背後に控えていた彰磨、翠ペアが賛同の意を漏らす。彰磨は既に戦闘用の手袋を嵌め、バイザーを深く落とし、俺の言う自衛隊の敗北を言外に信じたともとれる格好をしていた。

 二人のガストレアとの交戦回数はチーム内でも群を抜いているだろうが、やはり集団戦は経験に乏しいらしい。まぁ、先ほど説明した通り、経験している人間であれば、まずこの場に立ってはいないのだが。

 と、開戦間もなくして異常性を垣間見せるガストレアの様子を窺っていた時、突如前方で赤い火炎が断続的に瞬いた。

 

 

「ッ!始まりやがったか、自衛隊の砲火が!────っぬぉ!」

 

「ひゃ!爆風がここまで!」

 

 

 玉樹はサングラスを持ち上げながら、真紅の柱を何本も突き立て始めた戦地に向けて視線を飛ばす。それから少し遅れて爆破の衝撃が此方まで到達し、傍らで悲鳴を上げた弓月共々顔を伏せた。

 人類の持つあらゆる最新兵器の数々が吐き出した砲弾で、前衛のガストレアは次々と千切れ飛ぶ。その爆炎から飛び出してきたガストレアも同様に弾け、やがて上塗りされていく炎の柱で見えなくなる。

 瞬く間に戦場は血のような火炎一色となり、それは上空に上がるにつれてドス黒く変わってゆく。

 

 

「ふわぁぁ!蓮太郎、凄いバクハツだぞ!」

 

「っく....なんて砲撃だ!延珠、俺に掴まってろ!────おい樹万ッ、これでも駄目だってのか?!」

 

 

 蓮太郎の叫びに近い声を聴きながら、俺は黙って戦場を俯瞰する。

 一見すると、自衛隊の攻撃はガストレア側にとって為す術ないほど苛烈なものかと思われるが、実はそうでもない。あくまでも、敵対しているのが『従来のガストレア』だと思っていなければ、これの対抗策は向こう側で複数捻出できるのだ。

 

 ────そして、開戦の狼煙があがる間際に見せた奴らの行軍。これは、俺が打ちたてた新生ガストレアの取るであろう作戦の一部と合致する。

 

 そんな俺の考えも余所に砲火は続いたが、少しずつ吹きあがる火炎の数と爆音が減少していき、やがて火薬の切れた花火の如く自衛隊の攻撃は止んだ。また同時に、ガストレアの声も、足音も、一切が消え失せた。

 

 

「......これ、もしかして勝ったのかしら?静かになっちゃったもの」

 

「あれほど近代兵器の集中砲火を浴びれば、幾ら数千のガストレアといえどひとたまりもないと思うんですが。現に敵の攻勢も止みましたし....どうです?樹万」

 

「────────」

 

 

 確かに、この状況では木更と飛那の言った通りの結果が()の一番に脳内を占めるだろう。だが、俺はその答えを棄てている。

 初戦はお互いに手の内が明瞭ではないため、戦で取る手段は大きく二通りに分けられるはず。一つは、自分のとれる万全の方策を固め、全力で潰しに来る。二つ目は、敵の戦力や戦術を確認し、後に方策を組むため、最低限の人員を割く、だ。

 そして、今回のガストレアが俺たちに挑むに際して取った手段は、恐らく前者だ。ここまでのガストレアの動きを観察し、その結論に至った。

 正直、内心では激しく混乱している。これほど敵のアプローチの方法が変化しているのなら、最早一も二もないだろう。

 

 

「リーダー。俺が合図したら照明弾を打て」

 

「な───アレは我堂の合図があってからだろ!?独断専行したら重罰だ!」

 

「その前にこっちが半数はやられるぞ。....奴らはもう次手を打ってる」

 

「おい。何だよ、その次手ってのは」

 

「説明してる時間はない。いいか?やってくれ」

 

「......くそッ、どうなっても知らねぇぞ!」

 

 

 蓮太郎は半ば自棄気味に中折式の照明弾打ち上げ専用の銃を取り出し、チャンバーへ弾薬を押し込み、セットする。俺はそれを横目に見ながら暗闇を注視し、手元に置いておいたカールグスタフM4用の弾頭収納ケースを拡げる。

 だが、この一連の流れを黙って見ている訳にはいかなかったのだろう。玉樹や木更が制止の声を上げた。

 

 

「ちょっと待ってくれや、旦那。ここからどうなったら俺っちたち軍団(レギオン)が真っ二つになるってんだ?今回のガストレアどもは違うのかもしれないけどよ、ちっとばかし逸りすぎなんじゃねぇのか?」

 

「そうよ、美ヶ月さん。悪いことばかり考えず、少し落ち着きましょう?」

 

 

 俺は両者の勧告に耳を貸さず、緊張と不安を身に押し込む周囲の民警たちを眺めながら、代わりに別の答えを投げかけた。

 

 

「戦場では、誰がやられたかじゃなく、何人やられたかが士気を大きく左右する」

 

『えっ?』

 

「名のある人間が倒れたらその限りじゃないが、そういうヤツは不測の事態でも立ち回れるだけの実力と胆力が備わってる。だが、それ以外の連中はどうなる?対応できずに全滅だ」

 

 

 戦とは、強い人間のみが行うものではない。戦場に立つ間は、敵との戦闘行為と並行し恐怖と理性が鍔競り合っている者も多くいるのだ。そういう者達は、仲間の大多数が斃れると同時に死への恐怖が連鎖的にストップ高となり、潰走状態へと陥ってしまう。

 そうなってからでは遅い。なにもかもが取り返しのつかないところに至ってから最善の対策を打ちだすのではなく、あらゆる選択を残せる可能性がある『今』に最善を尽くすのだ。

 そのために何らかの犠牲を払うことになろうと、それらは全て次に生きる。その犠牲は無論のこと少ない方がいいが、例え多くとも、より多くの命が救えるのなら、俺は迷うことなくそれを選ぶ。

 

 

「泥ならどうにかして俺が全部引っ被ってやる。だからついて来てくれ、頼む」

 

「なに、ここに来て気負う必要などない。確信があるのだろう?」

 

「....ああ、ある」

 

「なら、確たる意見のない俺たちはそれを全霊で援護するまでだ。....里見」

 

「分かってる。彰磨兄ぃが覚悟決めたってんなら、俺も腹を括るぜ」

 

 

 良い義兄弟の信頼だ、と呟いて笑みを浮かべてから、改めて同チーム内に軽く確認を取る。とはいえ、先んじてリーダー含む主要なメンバーが賛同してくれたおかげで、それはすぐに済んだ。あとは....

 

 地面を蹴り、立っていた丘を滑り降りると、あらかじめ設定しておいたポイントへ素早く移動開始。

 目標の地点には数分とかからず到着し、同時に膝をつくと、カールグスタフのラッパ状の砲門を広がる平原へ向けながら、少しばかり上がった息を整えるために目を閉じる。それで脳裏に映ったのは、移動直前の我堂英彦中隊長の姿だ。

 

 彼は己のイニシエーターを腕に抱きながら、焔燻る自衛隊の戦地へ向けて何事かを必死に紡いでいた。

 きっと文言の内容は、自衛隊の勝利を祈り、自分が死線に立つことを回避しようとしている旨だろう。戦地へと赴く人間の行動とは到底思えないが、彼は本来、戦地に赴くような人間ではないのかもしれない。長正は何故....いや、栓なきことだ。

 俺はカールグスタフに取り付けられているスコープを覗き、そして意識を集中させる。オッサンと共に渡り歩き、死地で培った感覚を呼び覚ますのだ。

 

 

「........ここか」

 

 

 他の動物因子を使うまでも無い。いくら息を殺し足音を殺し、眼光すらも消そうと、俺の中に在る獣性が微かな痕跡も逃さない。俺も同類みたいで嫌気が差すが、今は得をしたとだけ思っておこう。

 俺はトリガーに指を掛けた状態で携帯電話を取り出し、スコープを覗きながら片手で蓮太郎の番号を入力する。そして、コールが掛かったと同時に迷うことなく引き金を引き、発射確認後はすぐさまその場を離脱した。

 カールグスタフにより発射されたHE441弾頭は初速が240m/s。時速で表わすと864km/h。当然、信号弾が発射されるより早く着弾し、俺の判断が間違っていたか否かが白日の下に晒される。

 

 

『あ────当たりだ!樹万ッ!アイツら目を閉じてここまで移動してきやがったのか!』

 

 

 携帯電話のマイクから響く蓮太郎の声につられ、移動途中に後方を流し見る。そこには、やはり予想通りの光景が広がっていた。

 

 酸素を貪欲に貪る爆炎が蜷局を巻き、弾頭後部に収容されたバラニウム鉄球と破片が飛び散り、隠密移動のために密集していたはずのガストレア数体を絶命させる。撃たれるなど夢にも思っていなかったのか、混乱しているとおぼしき叫喚が立て続けに響き、爆破地点で赤眼が複数瞬く。

 

 直後に上空で照明弾が発光し、闇に潜んで奇襲を掛けようとしたガストレアの前衛部隊が、今度こそ完全に照らし出された。

 その一部始終を見た俺はしたり顔のまま丘を駆け上がると、メンバー全員からの称賛を受けながら定位置に戻り、カールグスタフへの次弾装填を開始する。並行して、改めて戦場を俯瞰してみた矢先、この結果が現実になったのであれば、必ず戦場に姿を現すだろう存在が視界に映った。

 

 

「おいおい....あの迷彩服、まさか」

 

「本当に、美ヶ月の予想通りとなってしまったな」

 

 

 己の愛銃であるマテバの初弾を装填しようとした玉樹は、若干裏返った声で前方を指さす。彼の隣にいた彰磨はその正体にすぐ気づいたらしく、苦々しい表情をしながら厳しい視線を向けた。

 平原の横手に広がる草木の間を抜けて来た人型は、自衛隊の隊員だった者たちだ。彼らは一様に身体の至るところを激しく損傷しており、夥しい量の血液をこぼしながら近づいてくる。

 人から大きく逸脱した姿は、その実、既に人の身体構造から離れつつあるのだろう。それを証明するかのように隊員の身体が矢継ぎ早に内側から弾け、異形のモノが産声を上げる。

 性質の悪いホラー映画のような光景に痛々しいものを感じる暇もなく、策を破られたガストレアたちの怒号が木霊し、地鳴りを響かせながら突進してくる。それに混じる形で、左方からは我堂英彦中隊長の怒りの声が轟いた。

 

 

「き、君たちッ!末端のアジュバントは中隊長の指示後に行動するものと事前に教わっただろう?!」

 

「....見て分からないのか?我堂中隊長。俺たちが先んじて動かなかったら、どうしようもない距離にまでガストレアの軍勢を接近させていたことになる」

 

「く、だが規則違反は規則違反だろう!」

 

「自衛隊が敗北したという事実を受け入れられないのは分かるが、そろそろ戦闘準備の号令をくれ中隊長。貴方が指揮を執ってくれなきゃ、あいつらと戦うのは俺たちだけになる」

 

「っ....クソッ!総員、戦闘準備!」

 

 

 我堂中隊長は苛立ち紛れに叫ぶと、それに一歩遅れて各アジュバントのリーダーがメンバーに同様の指示を下す。

 以降の民警らの動きは、俺たちの不意打ちで前衛のガストレアが吹き飛んだ光景を見たことと、十分な距離を確保できたこともあり、精神的な余裕が幾ばくか捻出できたか、訓練で予習した配置を短時間でやってのけた。

 俺は蓮太郎の号令とともに遠距離部隊に混じって前へ踏み出ると、今一度カールグスタフM4のスコープを覗き、前衛に照準を合わせる。他のアジュバントの民警はライフル銃などで敵を照準している為、俺の武装は大層浮くことだろう。

 

 

「お兄さん、リロードアシストは私がやりましょうか?」

 

「いや、一人でも効率の良いやり方知ってるから大丈夫だ。今は一人でも戦闘要員が欲しいから、要になるティナは攻撃に回ってくれ」

 

「了解です。助けが必要なときはいつでも言ってくださいね」

 

 

 ティナは撫でられた頭を嬉しそうに両手で押さえると、笑顔のまま配置に戻る。本当は二人一組の方が良いのだが、致命的なほど遅れる訳ではないので問題はない。それよりも、射手が一人減ることのほうが大問題だ。

 俺は照準に戻り、トリガーに指を掛ける。それに際して湧きあがるものは、過去に渡り歩いた数々の戦地だ。

 

 慣れた戦場の空気は、手の震えも冷汗も生じさせない。最初は躊躇っていた殺戮兵器の使用も、人類存亡の危機という大義名分により、とうの昔に塗りつぶされている。それは何度も死地に立つ俺にとって喜ばしいことであったが、同時に何も知らずにいたあの時の俺にはどうやっても戻れないことを確信し、いつかの日に涙を流した。

 あの時の俺が、今の俺と歩んだ過去をその眼で見たとき、果たして何と言うだろうか。

 

 ───そして、ついに我堂団長の攻撃命令が下る。直後に横一線に並んだ砲門が激しく火を噴き、ガストレアにとって極めて致死性の高いバラニウム金属の弾丸がばら撒かれる。

 だが、そんな死の雨に等しき砲火を受けたはずの前衛のガストレアは、血飛沫を上げながらも侵攻を止めず、寧ろ咆哮を轟かせながらスピードを上げてくる。

 

 

「なるほど。そういうことか」

 

 

 理解の声を呟いたあと、俺は我堂の号令で引かずにいたトリガーを動かし、弾丸の雨を搔い潜ってきたガストレア数体をあっさりと爆散させる。それで倒れない敵の不可解さに息を呑んでいた民警らの混乱を大分落ち着けることができた。

 俺はリロードをしながらさきほどの現象を顧みる。....大方アルデバランの仕業だろうが、ガストレア一体一体の耐久力が向上しているのは明白だ。特徴的なのが、それが回復力によるものではなく、過剰な脳内麻薬による痛覚の快楽変換、端的にいうと戦闘高揚状態によるものなのだ。

 ならば、再生不可能である脳か心臓を真っ先に撃ち抜いてしまうのが最適解だろう。ステージⅤ(ゾディアック)は例外だが、それ以外のガストレアならば、そこを突かれた時点でもれなく昇天だ。

 至った結論を周囲の民警とイニシエーターに伝えようと息を吸い込み、しかしそれを途中でやめる。

 

 空中を飛行するガストレアが、闇に紛れて民警軍団の交戦地を抜け、後方へ向け別動隊を運搬するところを見てしまったからだ。

 

 

「お兄さん、見ましたか?」

 

「流石はティナだな。やっぱ気付いたか」

 

「はい。....でもどうしましょうか。アレを捨ておくと背後を突かれるので、混乱を防ぐためにも早急に対処すべきですが、ここを離れれば重大な命令違反になります。既に私たちは一度独断専行をしているので、我堂長正からのペナルティは相当なものになりますよ」

 

 

 確かに、先ほど頭上を通過したガストレアは無視できない行軍だが、ティナの忠告も決して無碍にはできない。ここもいずれ激しい交戦が始まるだろうし、人員は少しでも多く確保しておきたいはずだ。そこを無許可に抜けたとあっては、正当な理由があっても糾弾は避けられまい。

 

 とはいっても、だ。軍規違反を起こしたところで、人員が足りない中で科されるペナルティなどたかが知れていると思えるだろう。

 

 だが、我堂は何よりも和が乱されることを恐れている。それを保つためであったら、違反者の首を刎ねることもいとわないほどに。

 ────とまぁ、こんなジレンマに陥る予想が何となくあったから、俺は事前にあんなことをしておいたのである。

 

 

「なに、こういう時のために俺は単独行動の許可を我堂から貰っておいたんだ」

 

「単独って....まさか、あの一群を一人で相手にするつもりですか?!無謀すぎます!」

 

「飛那もいるから大丈夫だ。んじゃ、ちゃちゃっと片して戻ってくるから!ああそれと、俺のグスタフ使ってもいいからな!」

 

「お、お兄さん!」

 

 

 ティナの制止の声を振り切り、遠距離部隊から外れる。そこから次に向かった先は、緊張で顔を強張らせている蓮太郎のところだ。

 彼は視界に映った俺を認めると、驚きの後に何故か若干安心したような顔を浮かばせてから、此方へ小走りで駆けてくる。

 

 

「どうした樹万。何かあったのか?」

 

「ああ、無視できない問題がな。だから、スマンが暫くの単独行動を許してくれ。....戦場を大きく迂回して、後方に奇襲部隊を抱えた飛行型ガストレアの群れが飛んで行った。これを一掃してくる」

 

「....ッ、お前と飛那だけで、大丈夫なのか?」

 

「問題ない。こっちは頼んだぞ、リーダー」

 

「────分かった。そっちこそ頼んだぜ、樹万」

 

 

 頷く蓮太郎の肩を叩いてから、部隊入れ替えの号令が掛かかった蓮太郎を見送る。

 その後はメンバーの皆に軽く説明をしてから、飛那を呼んで前線から抜け、基地の方へ繋がる森の中へ入る。光源がない森中は一寸先も見通せないほど闇に沈んでいるため、猫のステージⅠを混ぜておいた。

 それでも、足元には時折うねる樹木の根や太い木の枝などが見られ、視えていても転びそうなものが散らばっている。

 

 

「飛那、足元気を付けろよ」

 

「鷹も鷲も夜目は利きますから大丈夫ですって。寧ろ樹万の方が心配です」

 

「俺は()()を使って猫の因子混ぜてるから平気」

 

「む....あまりその力は使い過ぎないでくださいよ?ずっとその状態でいられる保証なんてどこにもないんですから」

 

 

 飛那は不機嫌そうに言いながらついて来る。彼女にとって人生最大に忌避すべきことは、ガストレア化した俺をその手で殺すという結末なのだから、その原因を利用し続けるなど気が気ではないだろう。

 しかし、俺はガストレアウイルスがなければ今日まで確実に生きてこれなかった。人類の敵を生み出し続ける諸悪の根源が、俺にとって力の源泉であるなど訳が分からないが、過去数百数千考えても答えなど出なかったのだ。今更考えても仕方ない。

 

 

「────よし、ここらで上に上がってくれるか?」

 

「了解です」

 

 

 俺の言葉に頷いた飛那は、二本の樹木の幹を交互に蹴って上昇し、中腹辺りに陣取ると、銃口を森の闇間へと向ける。それを確認した俺は、視線を飛那と同じ場所へ移した。

 ここまで奥にくれば、森の中に放たれたガストレアも俺たちの存在を察知する。伏兵として潜んでいたはずの己を気取られて困惑したかもしれないが、大方それが鼠二匹だと知るや否や、餌にしか見えなくなったことだろう。

 

 ────残念だが、お前らの前に立ってるのは鼠じゃなく、獅子の類だ。

 

 

「チチチチチチキキキキキキキッ!!」

「オオオオオオガガアアアアアア!!」

 

 

 赤い眼光の尾を引きながら吶喊してきた一匹目のガストレアを避け、その後ろから突っ込んで来た二匹目の顔面を蹴り上げる。更に衝撃で浮き上がったところを二度目の蹴りで吹き飛ばし、肉と骨の散弾で後続の一匹を文字通り削り取った。

 

 

「そうら、よっと!」

 

 

 俺はその場を動かず、続けて後ろへ回し蹴りをすると、先ほど吶喊を流した一匹目のガストレアが頭部を丸ごと左手の樹木に叩き付けられて絶命する。最中に右から鎌のようなものを振り上げて来た一匹は頭部に飛那の銃撃を受けて倒れ、前方の木々の間に潜んでいた三匹も同様に頭をバラニウム弾で抉られ事切れた。

 しかし、このまま一匹ずつ丁寧に相手をすると時間がかかる。向こうで何かあってからでは遅いので、さっさと片づけてしまった方がいいかもしれない。

 

 

「人目もないし、ちょっと派手めなの使っても大丈夫だろ」

 

 

 あっという間に仲間の数匹が肉塊になったのを見たガストレアは、ジリジリと一定の距離をおいて隙を伺っている。危機感を感じてくれて大層結構。

 俺は右拳を上方へ垂直に立てたあと、片膝をついて地面にその拳を落とす。そして、力を込め反時計回りに腕を回しながら叫ぶ。

 

 

「オッサン直伝!『嵐が来れば大火は収まる(スサノオノカミ)』!」

 

 

 瞬間、地面に打ち付けた右拳から前方へ向かって舐めるような突風が駆け抜け、それから一歩遅れて轟音が断続的に響き、地面から大量の砂礫が吹きあがる。宙には細切れになった木々とガストレアも飛び、さながら無差別爆撃を受けているような光景だ。

 砂のカーテンが晴れた後に残ったのは、乱切り状態になったガストレア数十体と、このまま材木店に並べても平気なくらい綺麗にカッティングされた樹木だ。

 

 

「よし、全部片づいたな。....にしても、これで本家の威力の千分の一か。オッサンがやると街一個が滅ぶな」

 

 

 この技は、自分の拳を打ち付けた地点から扇状に攻撃範囲が展開し、二十センチメートルほどの間隔を空けて大気の断層が連続的に発生するものだ。

 断層では気圧が急激に上昇しており、一瞬ではあるが数千メートル級の深海を悠に越すほどの気圧となっている。何故そんなことができるのかは使っている俺にも全く分からない。

 ともあれ、ガストレア群は局所的な超高圧により十センチ刻みで裁断された。目視で確認し、ある程度の見切りを事前につけて置いた奇襲部隊の数と、ここに転がる数は大体合っているので、掃討したと考えてよいだろう。

 樹木の上に昇ったまま、念のために周囲を警戒していた飛那も、これ以上の援軍はないと見たらしく、長髪を翻しながらwa2000を抱えたまま降り立つと、微妙な顔を浮かばせて此方にやってくる。

 

 

「ま、なんとなく言いたいことは分かるが、出来れば腹の中に収めておいてくれると助かる」

 

「....ええ、いいですけど。ただ、絶っ対に危ないことにだけは関わったり、手を出したりしないで下さいよ?私からはそれだけです」

 

「────ああ。ホントにお前は、俺なんかにゃ勿体ない相棒だよ」

 

「何とんちんかんなこと言ってんですか。私と樹万は世界一相性の良い民警ペアです」

 

 

 憮然とした顔でそう言い放った飛那は、愛銃を持ち直してから歩き出し、この森に来たときの道を逆方向に辿り始める。俺はそんな彼女の態度に後ろ髪を掻くが、それから少しして失言だったことをようやく悟った。

 

 かつて世の全てを信じられないと言った少女は、今まで信ずるべきものに向けることができなかった、そしてこれから出会うかもしれないものに対する信頼と情愛の全てを俺にささげると、『あの日』に誓った。であればこそ、世界中の何よりも信じるべき存在に己がこの場にいることを『否定』されることは、どのような暴言よりも堪えることだろう。

 

 俺は銀髪を揺らしながら歩く飛那の背を眺めたあと、思わず両手で顔を覆って天を仰ぐ。湧きあがるのは後悔と、あまりにも慮外な己に対する怒りだ。

 

 

(ったく、らしくない。こんなこと、考えるまでもなく分かってたつもりなんだけどな)

 

 

 内心で奥歯を割るほど噛み締め、渦巻く自責の念を鎮める。だが、考えれば考えるほどにそれは増し、あっという間に溢れて感情の波に呑まれた。

 飛那が当時、どのような思いで俺にこの言葉を伝えたか分かるからこそ、その期待を裏切ったに等しき先の発言が悔やまれた。気付けば現実でも歯を噛み締めていたようで、鈍い音とともに口の中に細かい物体が散らばる。奥歯を砕いてしまったらしい。

 

 俺は溜息とともに散在する歯の破片を口内の裂傷も気にせず掻き集め、一度に吐き捨てる。こんな心境では、戦場には到底戻れたものでは無い。

 飛那は望まないだろうが、謝らなければ俺の気が済まない。そして、謝ったときにもう二度と同じバカはしないと心に刻もう。

 

 俺はそう決め、胸に下げた飛那お手製のバラニウム弾ペンダントを握りしめながら、先を行く彼女の名を呼び、そして言葉を───続けようと、した。

 

 

「────────」

 

 

 星の数ほどの戦闘を経験して、分かったことがある。

 それは、人間に第六感(シックスセンス)というものは本当に備わっているということだ。

 

 俺は、俺の命を削り取るに足る攻撃の接近を無意識下で察知し、体感時間を引き伸ばすオッサンの技を使っていたのだろう。故にこそ、『それ』は恐ろしいほど鮮明に、そしてどうしようもないほどの絶望を以て、俺の視界に映る。

 上空から猛烈な速度で注がれるのは、金属質の液体。およそ自然の落下物として有り得ない様相の『それ』は、言うまでも無くガストレア()の攻撃手段なのだろう。直下に居る飛那に接触した場合、質量、体積、速度の観点から、まず助からない。

 

 俺の呼び声に応じ、此方を向いた状態の飛那と目が合う。能力の影響でゆっくりとした挙動を見せる彼女は、まだ俺の姿をしっかりと映していないだろう。かくいう俺も、湧きあがる凄絶な無力感、寂寥感、悲壮感を持て余し、視界が早くも滲み始めている。

 

 

(飛、那────────)

 

 

 助けられない。救けられない。もう、手遅れだ。

 

 『向こう』まで行くことはできる。だが、そこまでだ。飛那を突き飛ばすまでの時間は残されておらず、二人もろとも押しつぶされる。

 飛那がこの世にいる僅かなこの時間。それをこうして無為に過ごすことしかできないのか。いっそ彼女の元へ飛び込み、共に果ててしまった方が良いのかもしれない。

 手の中にある、俺と飛那の名が刻まれたバラニウム弾を握りしめ、俺は────俺は。

 

 

 ─────────バラニウム、弾?

 

 

 俺は目を限界まで見開く。

 そして、考えるよりも前に握ったペンダントの結合部を握力で破壊し、ステージⅠの猫の因子で強化された瞬発力をオーバーヒート寸前まで引き絞ると、バラニウム弾の握られた右腕の肘を後方へ引く。

 

 ───────そして。

 

 

「オッサン直伝・『五月蠅けりゃ幸運の青い鳥も撃たれる(アメノワカヒコノカミ)』」

 

 

 物理法則の一切を無視した運動エネルギーにより射出されたバラニウム弾が、ただの火器から放たれるよりも迅く空を翔ける。上空より迫る金属塊をも凌ぎ、そして────音すら悠に越えた。

 

 届け。届け、届け届け届いてくれ──────ッ!!

 

 

 直後、大質量の物体が着弾した衝撃が地面を揺るがし、俺の視界は黒に塗りつぶされた。




いきなり急展開で申し訳ないです。

とまぁ、急展開ついでに一つ。現状の三人娘が樹万に抱く好意の度合いについてです。気になる方もおられるのではないでしょうか?
大まかな形では...

ティナ>飛那>夏世

となっています。予想通りですかね?

具体的には、
夏世:仮に樹万がいなくなっても生きてはいけるレベル。しかし、喪失感から少なくとも一~三年ほどは荒れる模様。一緒にいる時間が増えるごとに依存度も増す傾向あり。

飛那:仮に樹万がいなくなったら生きる理由を見失うレベル。しかし、作中でも垣間見せている通り、蓮太郎の元にいれば希望を見いだせる可能性がある。但し、どんな状況に陥ろうと、蓮太郎に対し一定以上の好意は抱かない。

ティナ:仮に樹万がいなくなったらこの世の全てを憎むレベル。簡単に表わすと、ティナが望む全て=樹万。彼女が樹万に対して抱く感情は信奉心にも等しいので、失うと同時に心が壊れる。以降は誰にもその心は治せない。

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