ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線-   作:緑餅 +上新粉

54 / 61
今回の地の文は第三者視点でお送りします。


52.戦場

 我堂英彦はS&W M&Pを構え、眼前で蠢くガストレアを射撃。銃口から吐き出された三つの黒い銃弾は狙い通り、ステージⅠと思われる幼虫のような怪物の頭部に吸い込まれ、見事に即死させる。

 その最中に背後の天童木更が要救護者の応急処置を手早く終え、その身体を担いだ。

 

 

「我堂中隊長、これより移動します!申し訳ありませんが警護を!」

 

「了解ッ!」

 

 

 応えてから、森の中へと駆ける木更の背後を追いつつ、注意深く周囲を警戒する我堂。血みどろの戦場となった場からは獣の唸り声のような地響きが断続的に皮膚を震わせ、そして至るところからは異形どもの絶叫が大気を伝い、生きる者の耳朶を撃つ。

 我堂は未だ治まらぬ恐怖に身をすくませながらも、赤眼の尾を引きながら闇間から飛び込んで来る怪物──ガストレアの出現にだけは鋭敏に反応し、照準。トリガーを引いて対象を確実に撃滅する。

 我堂は不思議に思っていた。今まで碌に戦場に立たなかった自分が、何故こうまで過酷な場で戦えているのかを。が、答えは考える間もなく、最初から用意されていたかのように己の中から生じた。

 ──守りたいものが、あるからだ。そして恐らく。己と同じく彼女たちも───、

 

 

「塹壕....あれね!見つけたわ!」

 

(!これが、里見リーダーの言っていた塹壕。戦争までの短期間に、これほどの規模のものを作ったのか!?)

 

 

 前を往く木更が叫んだ、塹壕という言葉。これは里見蓮太郎から天童木更と行動を共にするよう言われ、彼から離れる前に聞いていたものだ。その言によると、塹壕は戦場を囲うように掘られているらしく、深い所で5mはあるという。ここに負傷した民警らを一時的に運び込み、戦場から離脱させるのだ。

 これだけでは周辺を闊歩するガストレアどもに餌を与えるだけになってしまうが、この塹壕の周りには非常に純度の高いバラニウムの刃が等間隔で設置されており、ステージⅡ、ステージⅢの初期段階のガストレアさえ忌避する磁場を発することから、まず彼等が襲われることは無いという。

 天から降りそそぐ銀の槍、そして前方から迫るガストレアの大群。敵の凄まじい攻勢によってこちらの戦力は大幅に削がれつつある。以降の戦闘を有利に進めるためにも、ここで悪戯に死者を増やすことは避けねばならない。とはいえ、見つけるたびに負傷者を本陣まで運んでいては消耗するし、戦線復帰までに時間がかかる。

 塹壕の存在は、これらの問題を一気に解決したのだ。故に、我堂はこれを作った美ヶ月樹万という人間に心から感心している。

 

 

「負傷者救護完了!我堂中隊長、戦場に戻ります!」

 

「ああ、分かった!───こちらD()()()、これより戦場に戻る!」

 

 

 我堂は木更と共に走って来た道を引き返しながら、他の小隊....里見蓮太郎と藍原延珠の『A小隊』、薙沢彰磨と布施翠の『B小隊』、片桐玉樹と片桐弓月の『C小隊』との通信が繋がった端末に向かって宣言する。間もなく各小隊から了解の旨を伝える声が響いてきた。

 

 里見蓮太郎によると、美ヶ月樹万とそのイニシエーターは、別動隊として派遣されたガストレアの殲滅のため、一時離脱しているらしい。

 本来なら我堂長正の軍規に触れる重大違反なのだが、彼は一度壇上にて長正と問答し、単独行動の了解を得ている。もしこうなることを予見していたのだとしたら、凄まじい先見の明といえる。

 

 そして、彼が抜けたあとはアジュバント内で各二名ずつチームを組み、小隊として行動することにしていたらしい。チーム構成は遠距離特化と近距離特化、そしてそれなりのチームワークができることを条件に設定されている。幸い、もとの民警ペア間で遠近の棲み分けは出来ていたので、ほぼ全員がそのままの構成で小隊を組むことができた。

 天童木更のペアであるティナ・スプラウトは別の役目があるらしく、彼女は本来なら里見蓮太郎の小隊に配属さる予定だったらしいのだが、我堂の参入により急遽『D小隊』を編成したという。

 森を抜け、再び戦場に舞いもどる。それからすぐに木更は刀を抜刀、近場に居たガストレア二体を切り刻む。一方の我堂は銀の槍が降る頭上を警戒しながら、手元の通信端末を確認。GPSにより示された一個小隊を表す赤い点滅は白線で結ばれ、菱形に近い形状となっていた。

 それに一度頷いてから、我堂は傍らにいる木更を確認。そして、少し離れたところでガストレアと交戦している里見蓮太郎、片桐玉樹の両名を確認した。

 

 

「天童さん!ここが規定のポイントです!里見リーダーと片桐さんを目視で確認できました!」

 

「分かりました!もし移動の指令があったら言ってください!」

 

「ああ!了解!」

 

 

 これが、美ヶ月樹万の考案したもう一つの戦術。出来る限り互いが目の届く範囲内で交戦できるよう組んだ、常時相互援護型フォーメーションだ。この戦いにおいて遠距離戦を担う小隊メンバーがGPS内蔵の通信端末をそれぞれ所持し、他小隊の遠距離戦担当と連絡を取り合い、また互いが目視によって確認できるような位置取りを行う。同時に、遠距離戦担当は同小隊メンバーである近接戦担当を常に目視によって確認、援護できるような位置取りを行う。

 これにより、理論上はメンバーの誰しもが常に一人以上の目により安全確認がとられるようになるのだ。

 そして、もうひとつ────

 

 

「っ、天童さん!B小隊が負傷者発見、救護に入るそうです!移動しますよ!」

 

「分かったわ!ティナちゃん、お願い!」

 

 

 移動する薙沢彰磨の持つGPS端末を表わした赤点にそって、フォーメーションを極力崩さないように各メンバーともに移動を開始。と、それまで一つ所で動かずにいた()()()の赤い点が猛烈な速度で移動を始め、薙沢彰磨の現在地を示す点滅のほど近くで止まる。

 これこそが、ティナ・スプラウトという天童木更のペアであるイニシエーター。『目』を複数持ち、自身の身の安全と、周囲の警戒を同時にこなせる万能の戦士。....という事らしいが、詳細を聞いていない我堂は、何故そんなことができるのかは全く分からない。

 

 

『B小隊、これより要救護者の移送に移る。ティナ・スプラウト、不測の事態のみ援護を頼む』

 

『了解しました』

 

 

 両者の通信がこちらの耳に届く。そして、陣形から離れた薙沢彰磨の反応にそってティナ・スプラウトの反応も追随し、やがて止まる。塹壕に到達したのだろう。

 考案者である美ヶ月樹万によると、いかな常時相互援護型フォーメーションといえど、見通しの悪い森中にまで踏み込んだ小隊を追うのは危険だという。それに、そこまでガチガチの保身に走ってしまうと、相対的に戦果が落ち込む。

 ここで、遊撃役であるティナ・スプラウトの出番という訳だ。主な役目は、救護に回った小隊について移動し、広範囲の警戒をすることである。彼女は暗所でも視界の確保は為されるらしく、救護を行っているメンバー近傍という狭範囲しか目視できないハンデを背負った遠距離戦担当を援護するのだ。

 

 

『こちらB小隊、今しがた戦場に戻った』

 

『ティナ・スプラウト、これより状況の総合評価、不利と判断した小隊の援護に回ります』

 

 

 ───完璧だ、と我堂は確信する。これぞまさに無欠の策、死角などあるはずもない。

 我堂は頭上から飛来する銀の槍を警戒しながら、前方の木更に集うガストレア数匹へ援護射撃、勢力を削いだところを銀閃が駆け抜け、怪物たちは瞬く間に解体されていく。空から飛来し、奇襲せんと目論むガストレアも、ティナ・スプラウトの射撃により撃ち落とされた。

 周囲の戦況も概ねこちらと同様だ。敵は最低限の人員で為される最適な相互連携により、瞬く間に屍が積み上がっていく。他のアジュバントでも同じようなチーム編成が為されつつあり、優勢が少しずつ人間側へ傾きつつある....その時だった。

 

 

「────?」

 

「我堂中隊長、これは」

 

「ああ....銀の槍の砲撃が、止まっている」

 

 

 あれほど間断なく降り注いでいた銀の槍の放射が、唐突にパタリと止んだ。果たしてこれは好機か、それとも災厄の前触れか。

 と、判断しかねていた我堂の横で、唐突に地割れが発生。同じように空を見て呆けていた民警ペア二組四人が穴に呑みこまれた。その一部始終を見てぎょっとする彼と木更を尻目に、這い出て来たのは....熊。ただしその体長は悠に6mほどあり、爪は異常なほど鋭く、目が無いという有様ではあるが。

 

 

「これは、厄介そうなのがでてきたわね。......恐らく、ステージⅢ」

 

 

 眉を顰めた天童木更の言に、我堂の身が強張る。現れた熊のような怪物は、ここまで戦ってきたガストレアたちが子どもと取れてしまうほどの威容さだ。我堂の中に在る人間の本能が、あれを見た途端に告げている。『逃げろ、お前が敵う相手じゃない』、と。

 そして、更に状況は悪化の一途を辿る。

 

 

『こちらA小隊ッ、ステージⅢと思われるガストレアが出現!ベースは土竜だ!クソ、蔓が背中から出てやがる、シダ系列の植物因子も取り込んでると推測!』

 

『こちらB小隊、同様にステージⅢの大型ガストレアを確認した。里見と同じく土竜だろう。地中を移動することで姿を隠していたな。接近に気付けなかった』

 

『あー、こちらC小隊!ヤベェのが出たぜ!周りにいた五人が、不意打ちとはいえ一瞬でやられちまった!』

 

 

 手中の通信端末から立て続けにステージⅢか、それ以上と思われるガストレア出現の報告が届く。一体だけでも十分な脅威だと言える怪物が、同時に四体も。銀の槍の放射が止まったとしても、これでは結局全滅必死だろう。

 我堂の思考が、極度の絶望から停止する。これまでの抗戦によって何とか勢力を盛り返しつつあった盤上の布陣が、敵の一手で簡単に崩されてしまった。最早、抵抗は無意味────

 

 

「我堂中隊長!....我堂さんッ!」

 

「ッ!?は、はい!」

 

「大丈夫です。この状況でもギリギリ私たちで対処はできます!」

 

「────、指示を!」

 

 

 天童木更の目は、本気であった。本気で、この状況を覆そうという意志の眼差しがあった。それに当てられた我堂は、気付いた時には『これからどうすればいいか』を問いかけていた。

 木更は我堂の言葉に一つ頷くと、通信端末を寄越すよう言ってくる。彼は寄ってくるガストレアに対し応戦しながら、端末を木更に向かって投げた。

 それをキャッチした木更は、交信のボタンを指で押し込みながら高らかに宣言する。

 

 

「これより、最上位の対ガストレア戦闘陣形を取ります!里見リーダー、指示をお願い!」

 

『────ああ、分かった!よしッ、各小隊!現れた大型ガストレアを一匹ずつ後方へ誘導!くれぐれも、他の民警ペアを巻き込まないよう注意してくれ!』 

 

 

 通信を終えた天童木更から端末が投げ返される。それを何とか受け取った我堂は、次の瞬間に己の味方が取った行動に目を剥いた。木更が周囲のガストレアを一瞬で斬り飛ばし、ステージⅢの大型ガストレアへ疾走を始めたのだ。

 死にたいのかッ?そう思ったところだったが、木更は二度ほど刀を振るって体表に浅い傷を穿ったあと、驚くほどあっさりとこちらへ撤退してきた。とはいえ、今の交錯で熊型ガストレアの顔は明らかに我堂たちの方へ向いている。

 

 

「ど、どういうつもりなんだ?!天童さん!」

 

「ここから少し後ろに下がったところへ、あのガストレアを誘導するわ!それ以降の動きは移動しながら説明します!」

 

「りょ、了解ッ!」

 

 

 我堂は駆ける木更を追って背後のガストレアを警戒しながら走り出す。と、それまで二足立ちだった熊はおもむろに前脚を地面について四足へ。次に一度肥大化した鼻を左右に振る。何だ?と訝しんだのもつかの間、熊は猛烈な速度で地面を蹴り、我堂らへ向かって飛び出してきた。

 

 

「て、天童さん!ヤツがッ」

 

「分かってるわ!」

 

 

 応えてすぐ、木更は爪先で地面を蹴り、身体を回転させて背後から追っていた我堂と対面する形になる。その中空に在る一瞬の間に目視不可能な三度の抜刀。それらは我堂の横をすり抜け、岩が露出した地面へ立て続けに衝突し、()()()()()()()()

 絶句する我堂を尻目に、目が見えないらしいガストレアは数瞬遅れてそれに激突し、凄まじい音を響かせた。

 

 

「ば、馬鹿な....」

 

 

 我堂のそんな気の抜けた言は、ガストレアの超常的な膂力に対してか、それとも天童木更の人間離れした絶技に対してか。いずれにせよ、これで大幅な時間稼ぎを可能にした両者は、余裕を持って目的地に到着することができた。

 ここで、本当に木更の言っていた作戦が効果を発揮するのだろうか、と我堂は訝しんだ。

 

 

『こちらA小隊、目的地に到着した!』

 

『B小隊、同じく目的地到着だ』

 

『C小隊、到着したぜッ』

 

 

 立て続けに仲間から通信が入る。周囲を見回すと、目視でも周囲にいるメンバーを全て確認できた。これで、位置取りも完璧に近い。

 

 我堂はごくりと唾を呑む。あの化物と、ここで決着をつけるのだ。

 

 明らかな怒気をまとまわせつつ、のそりのそりとこちらに近づいてくるのは、先ほどの大型熊ガストレア。数えるほどの戦場しか経験していない我堂だが、それでも、これが通常のガストレアとは一線を画す手合いの者だという事は、肌で感じ取ることが出来た。

 

 

「....いいですか、我堂中隊長。周囲の敵は一切気にしないで下さい。私たちが注視するのは『アレ』だけです」

 

「ああ....けど、本当に?」

 

「ええ。美ヶ月さんが言うには、大型のガストレアと戦う際の鉄則は、遠距離、近距離両方の戦闘要員を備えること、必ず複数ではなく一体ずつ相手にすること、敵の取り込んだ生物因子をいち早く察知すること、だといいます」

 

 

 逃走する最中に天童木更と言葉を交わし、我堂が結論した敵のガストレアの主因子は、土竜。それを補佐する形で発現しているのが、恐らく熊。根拠の出所としては、ガストレアが現れた時は地中からであったこと、そして、平坦な道での運動能力が極めて高かったことなどが挙げられる。

 この情報を元に、戦うしかない。そう覚悟を決めたときだった。

 

 

「■■■■■■────!!」

 

 

 身の毛もよだつ咆哮を上げて、熊のガストレアが飛び出してくる。狙いは前方にいる近接戦担当の天童木更。援護をする我堂は────だが、動けない。敵の放った暴力的なまでの圧力に、身体が知らず固まってしまっていた。

 そんな混乱の渦中で、彼は()()と思い出す。塹壕に置いてきた、不安そうな表情をする傷ついた己のイニシエーターの顔を、思い出す。それだけで、自身の中にある全ての覚悟を手繰るには十分だった。

 

 

「お、おおおおオオオッ!!」

 

 

 咆哮し────縛を、解く。

 我堂は横に移動しながら銃を構え、ガストレアへ速射。顔面に見事複数ヒットするが、肉が厚く脳髄まで弾丸が届いていない。それでも、ガストレアは突然の痛撃に進行を忘れ、上体を起こして痛みに悶絶する。

 そこを、天童木更の太刀筋が複数通過。肉を断つ不快な音を立てて腹部に連続の斬痕を穿つ。

 

 

「天童さん!敵が動きます!」

 

「ッ!」

 

 

 我堂の宣言により、踏み込んだ木更がすぐさま後退。その直後に鋭い爪を蓄えた剛腕が振るわれ、地面に放射状の罅を発生させる。直後に轟音。そして憤怒の咆哮。

 

 

「く────」

 

 

 怖い。怖い怖い。けど、戦える。戦えている。

 かつては奪われるだけで何もできなかった己の惨めさを、ただ力が無かったからと言い訳し、ある筈の怒りを絶望により押し込めて来た。それが出来たのだ。でも、いざこうして再び自分の抱えた掛けがえのないものに魔手を伸ばされると、そんな『建前』は容易く粉微塵にされてしまった。

 どうしようもないと、我堂は思っていた。歴然とした力の差の前には、たとえ目前で大切なものを壊されようと、戦う意志など起こらないと思っていたのだ。

 だが、我堂英彦の中には、意地があった。

 

 

「もう、あんな思いは沢山だッ!」

 

 

 抗う気すら起きなくなるほどの凄惨な生命の凌辱。穢れた化物の爪で身体を千切られ、唾液にまみれた牙ではらわたを貪られ、人である身を崩されていく非道の行為。死ぬほどに痛いだろう。殺して欲しいほどに苦しいだろう。そんなことを....『彼女』に赦してなるものか!

 我堂は有る限りの力を以て引き金を引き、天童木更に狙いを向けたガストレアの右脚部を狙う。一発目、二発目、三発目、四発目───で、身体が傾ぎ、前脚をついて四足へ。今度は狙いが我堂へ移る。が、それを機と見た木更が鋭敏に察知。中距離から風のような速度で踏み込み、抜刀。

 

 

「天童式抜刀術二の型六番────『雲散豁然』」

 

 

 一刀で描く筈の剣閃が、X字に奔る。ガストレアの胴を舐めるように沿ったそれは、一時の間をおいて烈風となって翔け、肉を断った。血液が噴水のように上方へ吹き出し、半身を別たれたガストレアは絶叫しながら腕を我武者羅に振るう。木更はその生命力に驚愕し、撤退の足運びが僅かに遅れた。

 不味い!そう思って銃口をガストレアに向けた我堂だったが、遅い。人外の暴力が、木更の矮躯を叩き潰す────

 

 

「ッ!?」

 

 

 寸前、二発の重い銃声。一発が極端に細くなっていた腕の肘関節に当たって千切れ飛び、木更を救う。二発目が熊型ガストレアの頭部に深々と弾痕を穿ち、絶命させた。

 辛うじて上体を起こしていた片腕も、やがて力尽きたように折れ、崩れ落ちる。そしてついに、ズシン、という重量を感じさせる音を響かせ、先ほどまで暴虐の限りを尽くしていたガストレアは、ただの物言わぬ肉塊となった。

 一部始終を見届け、放心状態となっている我堂のところへ、肩に差してあった通信端末から声が届く。

 

 

『こちらティナ・スプラウト。D小隊、我堂英彦中隊長。天童さんともにお怪我はありませんか?』

 

「あ、ああ。これは君が?」

 

『はい。危険な状況下にあると判断し、援護を致しました』

 

「ありがとう。お蔭で天童さんを助けられたよ」

 

『いえ、これが私の役目ですから。では、以後D小隊のお二人は、他小隊付近に現れた敵性ガストレアの駆逐をお願いいたします』

 

 

 その声に応答してから通信を切り、周囲を見回す。ステージⅢガストレアとの戦闘はまだ各小隊で続いているが、戦況は優勢といえる。やはりこの作戦は非常に有効だったのだろう。

 

 天童木更が言うところによれば、『敵の狙いを分散させる』。それこそが、大型ガストレアとの戦いで何よりも優先する戦術だという。

 

 先ずは近接戦役のメンバーが攻撃範囲ギリギリの場でダメージを与え、敵の攻撃対象となったあと、戦闘を続けず安全圏まで撤退。その直後に遠距離戦役が敵に即時攻撃。初手はなるべく急所にほど近い場所か、運動能力の大部分を依存する足部等を狙う。それにより今度は攻撃対象を遠距離戦役へと移させ、もしくは一時的に動きを封じることで、中距離付近にいる近接戦役が再度斬り込み、致命打を与える。それで戦闘不能にできなかった場合は、再び遠距離戦役に攻撃対象を移させ、以降このサイクルを繰り返す。

 

 この戦い方の一番の問題は、周囲に全く気が回らないため、他の敵性生物による奇襲はほぼ対応不可能、という点だ。特に今回のような一つところに複数の敵を集めてしまった場合、遠距離の攻撃手段を持つガストレアが、唐突に目標を変更する可能性も否めない。

 

 この欠点は、ティナ・スプラウトが補完する。彼女は複数の目を持つため、各所で行われる戦闘を総合的に俯瞰、評価できる。先ほど披露してみせた通り、遠距離からの狙撃技術も卓越しており、不意の奇襲の動向を抜け目なく察知し、防止できる。

 故に、結果は────、

 

 

『こちらA小隊、戦闘完了したぜ』

 

『こちらB小隊、目標撃破だ』

 

『うし!C小隊、デカブツぶっ潰したぜ!』

 

 

 我堂は、この時に気付いた。この戦争は、自分一人で戦っていると思い込んではいけないのだと。

 

 誰もが等しく必死で、決死だ。自分の命を守るため、誰かの命を守るため。多少の差異はあれど、いずれもこの場でおめおめと死ぬことを認めはしない。

 

 我堂英彦とて、そうだ。だからこそ、こうして『共に戦うと』決めた。ひとりでは碌に持つことさえできなかった金属の塊も、こうして志を共にしてくれる誰かの声に押され、初めて真面な武器として振るえることができた気がした。

 

 笑顔の木更に肩を叩かれた我堂は、確かな達成感とともに、暫し遅れた勝利宣言をする。

 

 

「────こちらD小隊、戦闘終了です」

 

 




我堂英彦は基本的に身体を動かすのは苦手ですが、射撃はかなり上手い....という本作オリジナル設定です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。