(注)これはライトノベル『All You Need Is Kill』のパロディーです。元ネタ知ってる必要はないです。
(一周目)2月25日 市川市某所
「はぁ……はぁ……」
汗が顔を伝う。俺はそれをぬぐうこともせず、目の前の敵に視線を向けていた。彼我の距離は20mほど。鉢植えの観葉植物を挟んでほぼ対称の位置に立っている。
しかし、互いの状況は、お世辞にも線対称とはいかなかった。敵――シンチンガー・エミ――は、傷一つなく、何ら呼吸を乱さずに立っている。女だというのに男である俺よりはるかに高い身長、大きな横幅。
だが、諦めるわけにはいかなかった。この敵を撃たなければ、俺は留年が確定する。いや、正しく言えば、再試験で六割の点数を取れなかった俺は、もう留年が確定している。だから俺はゾンビのようなものだ。「教授が死ねば単位が出る」という噂に縋って現実へと帰ろうと足掻く哀れなゾンビ――それが俺だ。
「素人ですねぇ……おとなしく来年も私の助手になれば良いものを……」
シンチンガーがしゃべる。
「では、アウフヴィーダーゼーン(さようなら)!」
シンチンガーが動く。早い。瞬間移動でもしたのかと思うスピード。突き出される右の鉄拳。俺は武器であったモップにメスを付けた薙刀で咄嗟に防ぐ。しかし、そんな柔い棒でシンチンガー・パンチが防げるはずもなく……。
「ぐっ!?」
自分の口から洩れた奇妙な声を聞きつつ、俺は意識を失った。
(二周目)2月25日 市川市某所
「はぁ……はぁ……」
汗が顔を伝う。俺はそれを無視して、目の前の敵に視線を向けていた。彼我の距離は20mほど。
シンチンガーの体には数か所の傷があった。呼吸こそ乱れてはいないが、わずかに驚いたような表情をしている。
「ゼアグー。動きを読むとはゼアグーです」
シンチンガーが言う。だが俺は素直に喜べなかった。
シンチンガーの動きを読み傷を与えたのは、単に『前』の記憶があったからだ。自分の特殊能力でも何でもない。俺からすれば、ここまでの、記憶がある範囲で仕留めなければならなかったはずなのだ。
しかし、一週間前の再試験の日の朝、自分が『前』の記憶を保持して目覚めたことに気づいた日から必死で考えた作戦は、悉くぎりぎりで回避され、致命傷には至らなかった。
「ですが、グーテナハト(さようなら)!」
シンチンガーが動く。それを見つつ、俺はその右腕の伸びる先を予測する。左胸、心臓の位置。それは覚えている。
右足を軸に回転。パンチを躱しつつ、シンチンガーの肉体に自作薙刀を突き立てようとする。
しかし、シンチンガーはパンチが躱されたとみるや強引に方向転換、その肉体と俺の肉体が接触し――。
「うげぁ!」
肉体が吹き飛ばされ、ガラスを突き破り、壁にめり込む感触。全身の骨が砕け、激痛が俺を襲う。薙刀は手から離れ、どこかへ行ってしまった。
だがそれにのたうち回る時間は与えられなかった。続いて向けられた拳が、俺を粉砕し、白い壁に赤い大きなシミを作ったからだ。遠のく意識の中で、俺は決意した。
――何度ループしようと、俺は単位を取ってみせる――
(三十五周目)2月25日 市川駅前
シンチンガーが動く。会社員の持つ紙袋が風圧で破け、商品が飛び散る。圧倒的なスピード。しかし、俺にとっては見慣れた光景に過ぎない。
「うぁあああ!」
近距離まで迫るシンチンガーに、俺はボトル両腕のボトルの硫酸をまき散らす。高濃度の硫酸でさえ、あの巨体を溶かし切るには数十日の歳月が必要だろうが、目つぶしくらいにはなる。
シンチンガーは、飛散した硫酸を回避すべく立ち止まり、俺の側面に回ろうとする。だが、その方向を変える一瞬に、俺は走る。側面へと回ろうとしたシンチンガーへ、包丁を向け、
「ぐぅ!」
包丁の一撃が左腕をえぐる。同時にシンチンガーの右腕が、俺へと突き出され、俺の頭部が吹き飛んだ。
首から頭が離れ、血を吹きあげつつある自分の体が見える。それを見つつ俺は妙な満足感に包まれていた。
今まで三十四周、俺はシンチンガーに何ら大きな傷を与えられなかった。武器を変え、場所を変えても、俺はこの巨人にかすり傷しか与えられなかった。だが今、確かに左腕を切断する寸前まで行ったのだ。シンチンガー・パンチを放つためにあえて犠牲にしたのは間違いない。しかし、確かに俺は、あの圧倒的な教師に、左腕を犠牲にさせたのだ。
勝てる。あと何十周、何百周すれば良いかは分からない。だが俺は確信できた、勝てる。間違いなく勝てる。江戸川を越えて、教養部を脱して二年生になれる。
意識が落ちる。固い地面に当たって痛みがあったような気がしたが、それは気にならなかった。
(六十六周目)2月25日 市川某所
その日は妙に寒かった。いや、客観的に見れば、そんなことはあり得ない。何周も何周もしている、いつもの再試験結果発表日。
だが、俺には予感があった。勝利の予感が。一週間前の再試験の日の朝から始まる、この忌々しいループを脱する予感が。
そしてそれは事実だった。今、目の前にある結果が、すべての予感の正しさを証明している。
何度殺されたか。何度頭が吹き飛んだか。何度心臓を破壊されか。何度骨折しか。
勝つためにやるべきことは何でもやった。弓で射た。身体操作法を使った。感電死を試みた。
そしてついに、俺は結果を作り出した。俺は留年を免れた。みんなと一緒に二年に上がる権利を得た。どこの絶海より厳しかった江戸川を渡ることができた。俺は――
再試験に合格した。
(完)