孤高のグルメ ~ナリタブライアン健啖録〜   作:後出 書

10 / 13
時系列的には前回9話の前日譚になります。


盛岡レース場のジャンボ焼きとりとじゃじゃ麺

 この日、ナリタブライアンは生徒会役員としての仕事で単身盛岡まで来ていた。

 

 盛岡レース場が三度目の移設となり、本日がそのオープンセレモニー。トレセン学園側からは本来であれば副会長のエアグルーヴが出席する予定であったが急な発熱に見舞われたことにより急遽ブライアンに白羽の矢が立ったというわけだ。

 

 明日開催の桜花賞にも出れず、尊敬する生徒会長シンボリルドルフより託された大役を全うすることさえも叶わなくなってしまったエアグルーヴの無念を慮ったブライアンはしぶしぶ今回の代役を許諾。学園側も会長同様に三冠ウマ娘のナリタブライアンであれば適任だと太鼓判を押され今ここに至るというわけだ。

 

(チッ、着慣れん服だから落ち着かん)

 

 皇族の方々や英国大使ご夫妻、県知事などの錚々たる顔ぶれに並ぶということでセレモニースーツを着用。紺のレディースジャケットにパンツスタイルというブライアンにとって初めての格好。急な出席となったため母から借りてきたものだが実に様になっている。

 

 その姿はまるで男装の麗人のよう。記者や取材陣に混じりヨダレを垂れ流しながらサイリウムを振っているアグネスデジタルを徹底的に無視し、テープカットまでを無事に終えたブライアンはようやく仕事から解放され、レース場の出口でぐっと背伸びをする。

 

(ようやく解放された。やはり慣れないことはするもんじゃないな。駅までの送迎バスが来るまで時間がある。せっかくだ。少し辺りを散策でもしてみるか)

 

 歩き始めてすぐその建物はあった。

 

(なんだあそこは? 売店か? いや、テラス席が見える。それにこの匂いは……)

 

 なんとも言えぬ美味しそうな匂いに誘われてブライアンは離れに見えた建物へ入っていく。戸を開けると中はフードコートのようにいくつかの店が入っており、長テーブルと背もたれのない木製の椅子がいくつも並べられた大衆食堂のようになっていた。

 

 カレーにラーメン、醤油だれ。揚げ物油の香ばしい匂い。様々な食べ物の香りが鼻腔をくすぐる。その香りだけで起爆剤には充分過ぎた。ちょうど小腹が空いていたブライアンは隅から隅までメニューを見渡していく。無数のメニューの中で今自分が食べたいものは何か。

 

(フッ、迷わせてくるじゃないか。だが、迷った時にこそ直感に頼るべきだ。答えは必ず己の中にある)

 

 静かに目を閉じ、鼻に全神経を集中させる。無数の香りの中でダントツに強い香りを放つカレーに決めようとしたその刹那、まるで鋭い末脚の差し込みが如く別の香りがブライアンの食欲を刺激した。

 

 並ぶ店の一番奥。赤い提灯と赤い看板に記された焼きとりの文字。しかもジャンボ焼きとりという食いごたえがありそうなネーミングにすっかり虜になったブライアンは早速それを注文。もちろん一品料理だけで終わるはずはない。

 

 続いて目に入ったのは〝盛岡名物〟と記されたのぼり。

 

(じゃじゃ麺? 炸醤麺ではないのか?)

 

 せっかく盛岡に来たのだからとブライアンはじゃじゃ麺もオーダー。料理の乗ったお盆を抱えて適当な席へと着いた。

 

「本来なら伸びないように麺物から手をつけるが、どうやら汁無し麺のようだしここはやはり肉からいこう。いただきます」

 

 それは焼きとりと言うにはあまりにも大きすぎた。

 

 大きく、分厚く、重く、そして大雑把すぎた。

 

 それは正に肉塊だった。

 

 皮目がこんがり焼け、漂う脂とたれの混ざった香ばしい香り。焼きとり然り鰻然り、醤油ベースの甘辛いたれを焼いた香りとはなんと暴力的か。もはや焼きとりと言うより串に刺した鶏もも肉のチキンステーキ。相手にとって不足無し。ほかほかの湯気を顔面に浴びながら大口を開けてがぶりと一口喰らいつく。

 

(むぅっ、皮はパリパリ。噛むほど脂が溢れ出す。硬過ぎず柔らか過ぎない歯応えも良い。甘辛いたれがまた美味い。よし、ここは……)

 

 一口齧った串を一旦置き、店の主人から瓶入りの一味唐辛子を借り適量振り掛ける。甘辛いたれをピリッとした刺激で一気に引き締めることで食欲は更に加速する。

 

(やはり思った通り。たれだけでも充分美味かったが唐辛子をかけることで一気に化ける。これがこいつの真の姿か)

 

 一本食べ切るのに僅か四口。一味唐辛子の効果で食欲にブーストがかかったブライアンは次の料理に手を伸ばす。

 

(ジャージャー麺同様まぜそば系か。具は肉味噌、きゅうり、刻みネギに紅生姜。麺は割と太いな。うどんか? 皿の端に添えられているのはすりおろしニンニクか。店のカウンターに酢やラー油なんかの調味料があったからあれは味変用だろう。とりあえずまずは混ぜてそのまま食べてみるか)

 

 うどんのように白い麺全体に肉味噌が絡んだ頃合いを見計らい一気に啜る。

 

(うん、肉味噌の甘さと柔らかいうどんがよく馴染んでいる。讃岐うどんのようなコシは無いがその分きゅうりや紅生姜、ネギのシャキシャキ感が程良いアクセントになっている)

 

 二〜三口食べた辺りで調味料でカスタマイズ。紅生姜の酸味を考慮して酢は二滴ほど。先程借りてきた一味唐辛子を一振りした後にラー油を一滴らし。そこにテーブル胡椒をパッと一振り。酸っぱ過ぎず、辛過ぎず、あくまでじゃじゃ麺の要である肉味噌を引き立てるために考え出したブライアンなりの答えがこれだった。

 

(思った通り、さっきよりさっぱりしていて食べやすい。しかも甘さに辛みが加わってどんどん吸い込まれように腹へ入っていく。胃から体全体に熱が回っていくようだ)

 

 あっという間にじゃじゃ麺を完食したブライアンがふと時計に目をやるとそろそろ送迎バスがやってくる時刻。

 

 名残惜しそうに盛岡レース場を後にしたブライアンは盛岡駅に向かうバスの中で盛岡三大麺についてスマホで調べていると、じゃじゃ麺の食べ方には食べ終えた皿に肉味噌と生卵を混ぜて茹で汁を注いでスープにして飲む〝ちーたん〟というシメがあるという事実を知る。

 

(チッ、もっと早く知っておけば……。まだまだ喰えたが仕方ない。明日は桜花賞。観戦ついでに兵庫で何か美味いものに出会えるといいが)

 

 たまには魚でも喰いたい。

 そんなことを考えつつ、慣れない仕事でひどく気疲れしていたブライアンはバスに揺られながら盛岡駅に着くまでの間、静かに目を閉じた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。