我輩は天彗龍である。
名前はまだない。ないったらない。
『バルファルク』なんていう、人間たちの付けたナンセンスな名前など、悪いが知ったことではない。
なんというか、響きが嫌いなのだ。だからない。
私は、ただの『天彗龍』である。
我輩は古龍である。
いにしえより生きる、強大な力を持った、最強の龍の一族だ。
故に、どんな生命体にも負けるつもりはない。
当然、敵前逃亡などあるはずもない。
それが古龍であり、天彗龍たる、穢れなき誇りである。
…私は、そのどちらも失ってしまったが。
つい、先日ほどの話である。
自らの居城たる【遺群嶺】を飛び立ち、いつもの気まぐれな遊覧飛行を満喫していた時のこと。
ふと眼下を見た際に、沼地にてちょうど一人のハンターが、グラビモスというモンスターを討伐したところだった。
その時、私にほんの少しの魔が差したのだ。
勝利の絶頂にある、今のあのハンターの前に、遥かに強大な私が眼前に現れたなら。
きっと驚いて腰を抜かし、一目散に逃げ出すことだろう。
逃げるならば逃がしてやろう。追ってまで殺すつもりはない。
もし向かってくるのならそれも良し。その狂いきった闘争心ごと、肉を掻っ捌いて食ってやる。
…誇りを失った、今だから言うが。
一見誇り高く、下衆な考えなどこれっぽっちも頭になさそうな古龍だが…意外と頭の中は庶民的なのだ。
腹減った〜とか、罠効かねーよばーかとか。
そんなことを考えているので、私がこの企みを考えついたのは全くおかしいことではない。
ないったらない。
…話を戻そう。
早速、ハンターの眼前に降り立った私は、勝利に酔っているであろうハンターと交戦を開始した。
思えば、この時に上から堕ちて奇襲しなかったのも、やはりどこか『遊び』だったのだろう。
だがしかし、無理もない。
古龍が人間と戦い、結果どうなるかなど、双方共に理解していることだ。
だが。
しかし、奴は。
目の前のハンター…《空のハンター》とでも呼ぼうか?
奴は…あぁ、なんということか。奴は、私に『実力』という観点で、見事に追い縋って見せたのだ。
私はとんでもなく動揺した。人生ならぬ『龍生』で、一番動揺したと言っても過言ではない。
それほど、奴が私に刻一刻と傷を増やしていくあの状況に、まるで理解ができなかった。
無論、奴とて無傷ではない。今にも死にそうだ。
しかし、それでも私と奴の間にあった『古龍と人間』という高い壁は、まるで幻のように消えてしまったのだ。
私は慄いた。
──このままではマズい。負ける、死んでしまう。
…今冷静になって考えれば、どう考えても奴の方が先に限界が来ていたはずだったのだが、そんなことが動揺し切った私の頭にあるはずがなかった。
…古龍に、敵前逃亡などありえない。だが、死んでしまっていいのか?自らの生涯に、幕を下ろして本当にいいのか?
そして奴の振るう太刀が、私の左目を縦に切り裂いた、その瞬間…
私は『恐れ』から、尻尾を巻いて逃げたのだ。
そのせいで、もう私は戦えない。
左目に受けた斬撃のせいで失明したから? …違う。
左目に付けられたキズは、幸いにも失明に繋がることはなかった。戦えないのは、単に——私が恐怖を覚えてしまっているから。
この銀翼を振るおうとすれば、古傷となった左目のキズが疼き、目の前に奴の姿がチラつくようになってしまった。
……私は、すっかり『臆病な龍』になってしまった。
…さて、私自身、こうした恥ずべき過去は話したくない。故に、この話はここまでだ。
話を変える。というよりも、これこそ私が、心中にて語りたいメインの議題なのだが。
…眼下に広がるのは、広大な草原。
そこを、アプトノスという草食竜が闊歩している。
…うむ。それで、だ。
──先ほど、その草原をモンスターに乗ったハンターが通り過ぎた気がするのだが…私の気のせいか?
【悲報】吾輩、ショックのあまり幻覚を見てしまう