彼は古龍である。しかしその身に染み付いていた慢心はとうに捨てている。
そして今現在──穏やかな空気の流れるはずのボルデの丘には、はちきれんばかりの殺気が満ち溢れていた。
“古龍だかなんだかしらねぇが、このレスケンザの前に立ったんだ……挨拶がわりに血ィ飲ませろ、おっさん!!”
そう大きく咆えたセルレギオスの《レスケンザ》は、ゴウ、と空気が爆発したかのような音とともに、一瞬で天彗龍の眼前に迫った。
『セルレギオス』という種は、通称『空の王者』と称されるほどの空中機動力を誇るリオレウスと同じ『空』という土俵にて、同格か、それ以上の立ち回りを見せるほど飛行能力が高い。
そして飛行能力が高い、ということは、その『翼』も強靭であるということ。レスケンザの強く発達した両翼は、強靭な筋肉により空気を弾丸のごとく押し出し、対象への凄まじい接近を可能としている。
そんな凄まじい勢いを持って、レスケンザは未だに血でぬらぬらと光る鉤爪を、速度に乗ったまま大きく振り下ろす。
対し、天彗龍はまるで波一つたたない水面のような冷静さでもって、もはや刀による斬撃と見紛うほどになったソレを、大きく後ろに飛び跳ねることで避ける。
無論、かすり傷一つ負っていない。
一方のレスケンザも、避けられることを見越していたのかさらに前進し、しつこく天彗龍に向けて連撃を喰らわせようとする。
振われる爪は、一撃一撃がまさに万物両断の如し。
もし柔らかい部位で斬撃を受けてしまえば───否、そうでなくとも、その異常なまでの切断力は侮れるものではない。
そんな一撃必殺の連撃を巧みに避け続けながら、天彗龍は チ、と舌打ちをする。
(巧い。…コイツ、雰囲気は縄張り争いに敗北した負け犬という風だったというのに…全く…コイツを負かした奴の顔が見てみたいわ)
彼が感じていたのは、静かな戦慄。
先ほどから相対しているこのセルレギオスは、むやみやたらに爪を振り回しているのではない。目ざとく天彗龍の肉質の柔らかい部位を見抜き、だからといってそこばかりを狙わず、あくまでそこを中心として狙うことで、防御や回避をやりづらくしている。これほどの芸当を、この若さで会得しているというのなら、彼はきっと《二つ名》を持つに値するほどの竜なのだろう。
──天彗龍の目は間違っていない。
このセルレギオス、巷のハンター達からは既に《二つ名》を付けられ、恐れられている。
その名も【血愛】。
その異常なまでの攻撃性と、彼と相対した者は誰であれ大量の血を流すことになる、という伝説から付けられたものらしい。
その《二つ名》に違わず、彼の前に立ったハンターは、全身を鮮血に染めて屍となって帰ってくる。
砂漠において、生態系の上位に君臨する個体だったのは間違いないだろう。
しかし、忘れてはいけないのは『彼は縄張り争いに負けてここにいる』ということ。これほどの実力を持つ彼が負けたというのならば、負かした相手は相当な強者ということになる。
思いの外、自分のいた世界に負けなさそうなほどカオスな匂いを漂わせてきたこの世界に、天彗龍は斬撃を避け損ねた脚に薄い赤い線を走らせながら、呆れたように嘆息した。
“どうしたよおっさん! 疲れが溜まってきちまったかァ〜!?”
段々と、しかし確実に切り傷を増やしていく天彗龍を見て、レスケンザは実に楽しげに声を上げる。
対して、天彗龍は フン、と鼻で笑ってから、口元に微笑を浮かべてみせる。
──やるではないか。なんならもっと強くなれるよう、この私が貴様に稽古をつけてやろうか? 貴様の『じゃれつき』の相手をするのも、だいぶ飽きてきたのでな
“…ッッ…言ってくれるじゃァねェかァーーッ!!!!”
ビキビキ、と血管が隆起する音をたてながら、レスケンザはさらにスピードを上げる。
右。左。上。下。斜め右。斜め左。斜め上、下。真正面。
180度、あらゆる方向から、さらに凄まじい速度で飛んでくる、一撃必殺の斬撃。
先ほどから必要最低限の動きで避けてきた天彗龍も、この怒涛の攻めはかなりキツい。
なんとか避け切ってきた天彗龍だったが、一瞬、ほんの一瞬、隙を晒してしまう。
それを見逃してくれるほど、目の前の相手は優しくはない。
“勝った! 死ねェーッ!!”
一層強く振われる鉤爪。空気を切り裂きながら迫るソレを前に、天彗龍がとった行動は──、
“……おいおい、正気かよおっさん”
呆然としながらも、嘲りを多分に含んだ声を上げながら、レスケンザは口角を歪ませる。
レスケンザがその爪を振り下ろしたその先には、特徴的な翼で防御していた天彗龍の姿。
そして──、
“確かに防御はできたようだ…が。…バカかよテメェは!? 俺の爪を防御したらどうなるかなんて、とっくにわかってただろうによォ! 現に…”
“そのご立派な銀メッキに俺の爪が、見事に食い込んでやがるぜ〜ッ!?”
天彗龍の翼から、決して少なくない量の血が、ダラダラと流れ出ていた。
吾輩は戦闘中である。…さて。
「なぜあんな真似をしたのだ!?」
「慢心を捨てたというのは誤りか!?」
「この後どうなるのだ!?」
そんな声が聞こえてくるが…ひとまず落ち着いてもらって、ここでひとつ、話をさせてもらおう。
私は、あの『空のハンター』に敗北してから、ずっと考えていたことがある。
いつか、元の世界に戻った時…その時には必ず、また奴は私の目の前に現れると思うのだ。
……そうなった時、果たして私は…無様を晒さずにいられるのか?
そのことが、ずっと頭の中をグルグルと回っている。
現状、私は奴に根深い『トラウマ』を抱えている状態だ。
空を飛び、晴れやかな気分になったとしても、私の目に焼きついた奴の姿は薄れもしない。現状、目の前にはあの光景が幾度も繰り返し映っていて、その度にキズが疼く。
無論、時間がこの心の傷を癒してくれるであろうとは思っている。しかし、コレが癒えるまでに一体、どれほどの時間が掛かるのか。それを私は、待っていられない。
普通、古龍はこのようなことを考えない種である。
なにせ、普通の生命体たちよりも遥かに寿命が長いのだ。過ぎゆく『時間』を気にすることは、悠久の時を生きる古龍にとって、あまりにも無用な不安と言えるだろう。
しかし、私はこの不安を真剣に受け止め、思案する。『時間』によるトラウマ克服では、奴にはきっと勝てはしない。
ならばどうするのか。
自力で、『時間』に頼ることなく、この『トラウマ』を克服すれば良い。
とは言ったものの、無茶なことを言っている自覚はある。
先ほども言ったように、奴によって刻みつけられたトラウマは、深く、根深い。
何をするにも奴の姿がチラつく、こんな状態で、一体どうやって克服を果たすのだろう。
現に、今現在相対しているレスケンザというセルレギオスにも、一切攻撃ができないでいる。
このままではマズイ。何か、何か考えなければ……。
…幾度も思案するうちに、私は一つの正解へと辿り着いた。
奴の姿が焼き付いて消えないのなら、それはそれ、と受け入れてしまえばいい。
つまりは、逆転の発想だ。
そうだな、言わば──『いっそ利用してしまえ』作戦、とでも言ったものか。
「皆急げ! 少しでも被害を少なくするんだ!!」
「「「応!!」」」
ボルデの丘からほど近い場所にある村、【ハクム村】。
ボルデの丘での異常を受け、その村から数人のライダーが現場へと急行していた。
「ダン先輩! もうすぐ現場が見えてきます!」
「あぁ、わかっている!」
《ドスランポス》に乗った若いライダーが、目の前を走る壮年のライダーに向けて呼びかける。それに応えるように、壮年のライダー──クルペッコに乗ったダンという名のライダーは、さらに速度を上げる。
突然来襲した、砂漠から来たと思われるセルレギオス。
そのセルレギオスは、このボルデの丘において未曾有の災厄となり得ると判断され、こうしてライダーたちが駆り出されたのだ。
上級をも超える、言わば『G級』であると想定されたセルレギオス。現場に向かうライダーたちの胸中には、言いようのない不安が未だ渦巻いている。
しかし、彼らは止まらない。震える足を叩き、彼らは既に強大な相手と戦う覚悟を決めている。
「──見えたッ!」
そうして現着したライダー達。
彼らが見たのは、すでに凶暴極まりないセルレギオスによって狩り尽くされた無惨なアプトノスたちの死骸の山────ではなく。
「な…!?」
セルレギオスの攻撃を受け流し、銀色に輝く翼で斬りつける謎のモンスターの姿。
しかし、彼らが驚愕したのはそこではない。
「なんだ…あのモンスターは…?!」
「銀色の…翼?…爪…と、言うよりも──太刀か…?」
ダン達が驚愕しているその背後、背中に太刀を背負った壮年のライダーが、「ありえない」という表情をしながら目を瞬かせ、呆然と呟く。
「……『剣術』…?」
そう、彼らが驚愕したのは。
銀色の翼を振るう、謎のモンスターが──ハンターのように見事な剣術を持って、セルレギオスと戦っていたからだった。
“グオアアアァァァ…! テ、テメェ…なんだそりゃァ!?”
──…私も見様見真似だからな、そう偉そうなことは言えぬのだが…これは『剣術』というものらしいぞ?
バッサリと斬られた腹部の傷口を庇いながら怒りに震えるレスケンザに、左目にナナメのキズが付いた天彗龍はフン、と鼻で笑いながら自慢げに目を細める。
そうして、この状況を作り出したモノ──自らの翼を、まるで吟味するかのようにじっくりと見つめ始めた。
『剣術』──読んで字のごとく、刀剣類を用いて行われる武術の総称。そして、今やって見せたのはいわゆる『居合い』と呼ばれるモノ。
人の叡智と長年の積み重ねによって生み出されたこの技術は、あくまでも人間が使うためのもの。普通、モンスターが使えるはずはないのだが、この天彗龍はそんな道理はないと言わんばかりに使えてしまった。
彼がやったのは、ごくごく簡単なこと。
瞳に焼きつく《空のハンター》の一挙手一投足を、自分の動きに調整して再現した。
たったこれだけ。
「ありえない」というかも知れない。それも仕方ない。しかし、事実として天彗龍はやってのけた。そこに、なんの偽りもありはしない。
“おもしれェ…
狂気的な笑みを浮かべながら、レスケンザはその強靭な翼をまたもや羽ばたかせる。
──ただし、今度は空へ。
(奴の『剣術』は確かに脅威だ)
先程の狂気的な笑みとは対照的に、レスケンザの脳内は冴えきっている。
こうして、真正面から突っ込まなかったのも、彼の頭に浮かんだ『策』のため。
こちらを静かに見上げる天彗龍を眼下に、レスケンザはじっくりと作戦を練っていく。
(『剣術』…俺に殺された
…人によっては『策』とは言い難い考えを、およそ0.5秒で終わらせたレスケンザは、その恐ろしい鉤爪を突き出しながら天彗龍に向けて突入していく。
“血ィ噴き出して死にやがれェェッ!!”
──………。
対する天彗龍は、動かない。
目の前の──正確には、眼中の《空のハンター》をじっくりと観察し、その動きに沿うように、もはや太刀となった翼脚を、体の前で十字に交差させた。
迫るレスケンザ。 動かぬ天彗龍。
血で輝く千烈爪。 動かぬ天彗龍。
残り10メートル。 動かない。
残り7メートル。 …動かな──
残り────
ザン、と。
風も止み、草むらに潜む虫たちですら見入っていた戦いは、その音を最後に決着が着く。
両者は──、
“う、ぎやぁぁぁぁ…!?”
──……。
悲鳴を上げながら、胸に開いた十字の傷から鮮血を迸らせるレスケンザ。
振り抜いた翼脚を、刀を鞘に収めるかのように背中へ戻す天彗龍。
…勝者は、天彗龍だった。
(そ…うか、そういう…ことか)
敗北し、地に堕ちたレスケンザは、迸る鮮血をよそに理解する。
(『ブラフ』か……あの野郎…さっき爪を受けて血を出して見せたのは、わざとだ…ああすることで、俺を誘導してたってことかよ……)
「翼脚の数少ない柔らかい部分で攻撃を受け、血を流せば、相手は必ず突撃してくる」
天彗龍の作戦に、まんまとひっかかってしまった自分を嘲笑いながら、レスケンザは口を開く。
“…デメ゛ェッ…名前は…なんだ…!?”
──……名前?
名前を問われ、天彗龍はしばし黙考する。
天彗龍は、自分自身の名前を考えたことはなかった。
普通、モンスターは『名前』の存在を親に教えてもらい、肝心の名前そのものは自分で考えるというのが、彼らの常識である。
しかし、天彗龍の一族は、その特殊な繁殖方法もあって、そういったことを親からは教わらない。故に、今までは天彗龍の一族である、という認識で過ごしてきていた。
天彗龍は考える。
そうしてふと、頭に浮かんだのは、《空のハンター》と戦ったあの時の風景。
『アランの旦ニャ! 行くニャよ!』
『あぁ、一狩り行くぜっ!』
──私の名は、アラン。…アランが、私の名前だ
アランは、《空のハンター》の名前。
その名を自分の名前として呼ぶことで、彼は更なる高みへと昇る。
これは彼の──誓いだった。
“…『アラン』…ぞうが、ア゛ランかァ…ゴボッ…いいぜ…ア゛ラ゛ン゛!! い゛づか…デメ゛ェの血ィ…飲んでや゛るがらな゛ア゛ァッ!?
バサリとはばたき、レスケンザは血を撒き散らしながら飛んでいく。
【血愛】レスケンザは、こうして敗北した。
しかし、まだ彼は諦めていない。いつか、いつかアランの血を飲むことを心に誓いながら…レスケンザは、暗くなり始めた空へと消えていった。
彼が、復讐鬼となってアランの目の前に現れるのは…また、別の話。
そしてこうして、ボルデの丘で繰り広げられた戦いは、幕を閉じた。
レスケンザ「アラン殺すッ!アイツも殺すッ!両方殺す、絶対に殺してやるッ!」
アラン「本当は殺すつもりだったのだが…翼、研いでみるか」
ちなみに、アランの元ネタは『アラン・リゴー彗星』から。天彗龍の名前は実在する彗星の名前から採りたいと思っていたので、満足です♪( ´▽`)
追記:アンケートは終了しました。ご協力ありがとうございます。
次回…アラン、人間に姿を見られていることにようやく気づく
アランはこれから、ライダー達やハンター達とも関わっていきます。その際、モンスターたちが人間体になることを許諾しますか?どちらにせよ、その際の方法は考えてあります。
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人間体OK!バッチコーイ
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許可しないィィィィィーーーッ!!