即位時には乳児だったこの子も、少年へと成長し、幼年学校に入学した。
軍事の天才・ラインハルト帝の子息、その才能は確かに受け継いでいた。
だが、まだ未熟。
その軍才の前に、かつて銀河を二分した勢力の提督たちが立ちはだかる。
皇帝アレクサンデル・ジークフリード・フォン・ローエングラムは幼年学校を卒業しようとしている。
これは父であるラインハルト・フォン・ローエングラムと同じ道であった。
「皇帝は必ず先陣に立つ」
という遺訓から、乳児にして皇帝となった彼も軍人としての教育を施される。
結論から言って、皇帝アレクは両親の才能をふんだんに遺伝された優秀な少年であった。
同年代の少年少女たちの中で、その判断力、計算速度、洞察力はズバ抜けている。
ただ
「在校生は誰も彼に成績で敵わない」
というのは割り引いて考えた方が良い。
確かに優秀な少年なのだが、皇帝に対しコテンパンに叩きのめせる者は、1歳年上で「友人」という座を与えられたフェリックス・ミッターマイヤーしか存在しないのだから。
そのフェリックスが、ある情報デバイスを持ってアレクの元にやって来る。
「これです、我が皇帝」
「やめてよ。
二人の時くらい、アレクと呼んだらどうだ」
「そうですね…………、うん、周囲には誰もいないな。
よし、アレク。
父さんの引き出しから抜き出すのは大変だったんだぜ。
うちの父さん、隙が全く無いから……」
「ちなみにどうやって、あの疾風ウォルフの隙をついたんだ?
後学の為に教えてくれよ」
「母さんに頼んで、父さんを執務中に呼び出して貰ったんだ」
「なるほど、フェリックスは策士だな」
フェリックス・ミッターマイヤーの父親、ウォルフガング・ミッターマイヤーは「帝国軍の至宝」「疾風ウォルフ」と呼ばれる銀河帝国軍の重鎮中の重鎮である。
その艦隊運動の速さは、銀河系において並ぶ者無しとされる。
不正を嫌い、公明正大で兵士たちからの人気も高い。
実はウォルフガングはフェリックスの実父ではない。
フェリックスの実父は、ローエングラム朝建国の年に、新たに併合した旧自由惑星同盟領で叛乱を起こしたオスカー・フォン・ロイエンタール元帥である。
ミッターマイヤーとロイエンタールは親友であり、共に名将で「帝国の双璧」と謳われた程である。
ロイエンタールの叛乱を鎮圧したのはミッターマイヤーで、その後死亡したロイエンタールの子を、我が子として引き取って育てた訳である。
そんな経緯を、今のフェリックスは既に知らされていた。
だが尊敬出来る父親と、愛情たっぷりで育ててくれた母親によって、フェリックスは「謀反人の息子」という事を微塵も感じさせない明るい少年へと育った。
なお、フェリックスに対し「謀反人の子」等と罵った者は、ミッターマイヤー元帥、いやただの一父親であるウォルフガング・ミッターマイヤーによって袋叩きにされている。
「これが帝国軍の戦術シミュレーターか……」
アレクは軍事機密でもある、帝国軍戦術研究のコンピューターに不正アクセスをしていた。
彼は刺激を求めている。
幼年学校でも、その上の士官学校の生徒でも、彼に戦術シミュレーションで勝てる者は居なかった。
更に言えば、教官たちすら負ける事も多々ある。
この教官たちは媚びを売るような者を排除して任命されているから、アレクの戦術能力は確かに高いのかもしれない。
だが、それ故に少年皇帝は大いに物足りなくなり、未知なる強敵を求めて、高級将校用の戦術シミュレーターを勝手に使おうとしたのだった。
「こいつだ。
ヤン・ウェンリー。
亡き父上すら勝てなかった男。
こいつに俺が勝てれば、俺は父上に匹敵する男になれるかもしれない」
それは少年らしい稚気、あるいは客気と言えただろう。
恐れを知らぬ少年は、既に死亡した自由惑星同盟軍、及びその後の民主共和勢力残党を率いて戦った名将とコンピューター上で相対する。
「な……、どうしてだ?
これ、インチキ(チート)しているだろう!」
アレクは完全に叩きのめされ、頭を抱える。
「魔術師ヤン」と呼ばれた敵の名将は、味方の提督たちの心理を完全に読んでいた、それは帝国軍の戦術分析によってほぼ一致した見解となっている。
一つには戦場や戦闘時の状況を特定する事で、思考の幅を狭めている。
例えばライガール・トリプラ星域間会戦において、彼はブラックホールを背に「背水の陣」を敷いた。
これにより、対戦した亡きシュタインメッツ提督は、ブラックホールに向かって正面から押すか、両翼を延ばして包囲して叩くかと、選択肢を狭められてしまった。
安全な包囲戦を行った途端、中央突破を許し、逆包囲の挙句ブラックホールに艦隊を落とされるという大敗を喫したのである。
こういう風に選択肢を狭めて、自分の手のひらで相手を躍らせる戦いの他に、ヤンは相手の僅かな隙を見逃さない。
中央突破の為に陣形を再編したり、回頭の為に足が止まったり、両翼包囲の為に牽制の砲撃をしたりすると、瞬間的に意図を見抜いてしまう。
この見抜く能力について、帝国軍ではついに「どうしてこんなに迅速に反応し、的確な行動を取れるのか」を分析出来なかった。
そこでシミュレーターでは、アレクが言うように「チート」を使ってヤンの戦闘機動を再現している。
つまり、こうしろというコマンドを打ち込んだ瞬間に、それに対する最適な行動に移行させる。
ヤンに対するには、相手の意表をつく行動は無意味、ヤンに見抜かれても相手の反応速度よりも迅速に行動に移せ、というのが「疾風ウォルフ」の判断であった。
よって、このコンピューター上のヤンの反応速度と艦隊運用速度は、実戦時のヤンの速度を忠実に再現しており、幼年学校首席のアレクとフェリックス程度が勝てる相手では無かったのである。
同数の兵力で勝てるとしたら、ヤンを上回る速度のミッターマイヤーか、罠を仕掛けられてもその罠を食い破る勢いで突撃するビッテンフェルト元帥くらいではないだろうか?
なお、ビッテンフェルト提督はついにヤン・ウェンリーに勝つ事は出来なかった。
深刻な打撃を与えたりはしたが……。
「こんなチートに勝てるか!
魔術師とは良く言ったものだ。
ヤン・ウェンリー、確かに父上が特別視した相手だ。
いつかは勝ってみせる。
じゃあ次の相手と対戦しよう。
うん、このロイエンタール元帥が良いな」
アレクの発言に、フェリックスの表情が微妙に曇る。
コンピューター上とはいえ、実父と戦う事になるのだ。
それでもアレクとフェリックスは、シミュレーターのロイエンタールと対決する。
「左翼部隊再編。
うわ、先手を打たれた。
なんでこの少数の兵力に翻弄されなければならない?」
「被害甚大でも、その兵力は無視して下さい。
正面から主力が来ます」
「分かった。
正面の敵に当たれ」
しばらくすると
「あの少数の兵力が完全に後ろに回り込んで暴れまくっている!
無視しては駄目じゃないか」
「それ以上、完全に包囲されています」
「敵は少数の兵力に分散している。
一個を突き崩そう」
「それしか無いですが……」
押せば退く、退けば押して来る。
どちらを攻撃しても、どれもが主力となり、或いは囮ともなる。
まるで蜘蛛の網に囚われた蝶のように、もがく程に状況が悪化していった。
ロイエンタール元帥は「攻守のバランスが取れた名将」「知勇の均衡が取れている」「奇策と正攻法が両立する」とされる艦隊運用巧者だ。
これに戦略眼まで加わっている為、ミッターマイヤーはずっと彼を「俺より上だ」と言っている。
戦術シミュレーターのロイエンタールは、彼の能力のごく一部を再現したに過ぎないが、そのごく一部に少年たちは弄ばれたのである。
ヤンの時のように叩きのめされたのではない。
遊ばれたのだ。
戦闘不能になるまで虚空のダンスを踊らされ、物資が尽きた頃に総攻撃を食らい壊滅。
少年たちは完敗を悟った。
「ま、まあ、ロイエンタール元帥は我が軍の名将だった人物。
勝てなくても仕方ない。
叛乱も、陰謀によって仕方なくだったようだし、本来敵になる事は無かった人だ。
ちゃんと帝国の敵を相手に腕を試すぞ。
よし、これが良いな」
「ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ提督。
リップシュタット貴族連合軍総司令官を務め、その後はヤン・ウェンリーの客将として活躍」
「貴族連合は寄せ集めの烏合の衆だったと母上に聞いた。
そんな軍の司令官なら、さぞ先を見る目が無いだろうさ」
アレクの驕りは叩きのめされる。
いくら相手の突出を図っても、決して乗って来ない。
では、と攻撃を仕掛けようとすると、陣形を僅かに変えて対処される。
斜線陣で受け流し、逆に側面から近接攻撃をされて、したたかに損害を被る。
これの繰り返しであった。
どうやっても崩れない陣形に、動くとしても必要最低限で、最大の効果を狙って来る。
陣形は、既に戦ったヤン・ウェンリーやロイエンタールと違って、基本に忠実で教科書通りのもの。
しかし、その基礎に忠実な陣形と、的確な判断は、付け入る隙を全く与えない。
派手に動く方がエネルギーを消費していく。
「やむを得ない。
一旦後退」
「敵艦隊急速接近!」
「戦闘艇射出」
「間に合わない!
もう敵の戦闘艇が迫っている」
粘られ、耐えられ、その結果補給の為に一旦後退しようとした瞬間、近接攻撃でトドメを刺されてしまう。
少年たちは3敗目を喫した。
「いや、メルカッツ提督も元は帝国軍だったし、状況次第では敵じゃなかったさ。
やはりここは、純然たる自由惑星同盟軍と戦ってみよう」
「ヤンにはボロ負けだったけど」
「あれはチート過ぎ。
そうだな、この『自由惑星同盟軍最後の宇宙艦隊司令長官』、アレクサンドル・ビュコックにしてみよう」
「うー--ん、老人だね。
その年まで軍歴を重ねたって、危険なのでは?」
「我が帝国軍に完敗しているじゃないか。
第一次ランテマリオ会戦、マル・アデッタ会戦、どれも負け。
同盟軍なんて大した事無いさ」
こんな発言、亡きフェリックスの実父ロイエンタール元帥が聞いたら
「若造が!
白髪の老人に手玉に取られるが良い!
貴様らの数十倍の軍歴を持つ男を侮った報いを味わえ!」
等と怒鳴られた事だろう。
「なんだと、これでも崩れないのか……」
アレクの攻撃は何度も弾き返されている。
メルカッツ以上にしぶとい。
ほとんど負けない為の戦いをして来る為、いなされ、受け止められ、時にはカウンターを入れられ、と打つ手がほとんど無い。
効果的に機雷を撒かれたり、デブリの中に伏兵を置かれたりと、嫌な戦い方をして来る。
「さっきのメルカッツ提督の時もそうだったけど、迂闊に動き回るとエネルギーや物資を消耗してしまう。
ここは正攻法、遠距離砲戦で消耗を強いたらどうだ?」
フェリックスの助言により、アレクも前と同じ轍を踏む事を避けて慎重な戦いぶりを示す。
短気な若者なら焦燥に駆られるような長時間戦に切り替えた。
(この辺、流石に先代の皇帝陛下譲りなのかな?
戦闘に対して集中力が凄いし、変に依怙地にもならず、柔軟に対応する。
同年代では一番の戦術眼だって話も本当だ。
まあ、俺は先代皇帝陛下の記憶なんてほとんど無いのだが……)
1歳の時に会っているのだが、覚えている筈もない。
「よし、敵の方が焦れて来た。
一部の部隊を突出させて、陣形に穴を開けようとしているな」
「で、どうします?」
「穴はこちらで開けよう。
そこに突出して来た敵をはめ込んで、全周から砲撃して殲滅する。
そして相手の手薄になった部分に砲撃を加えて突き崩そう」
「そうだな。
俺もそれが良いと思う。
思うのだが……」
フェリックスには何かが引っ掛かる。
幼年学校を卒業し、一足先に入った士官学校で習ったような……。
自由惑星同盟軍にはある戦術を有効に活用すると……。
「拙い!
その突出部隊を近づけてはならない!」
「どうしてだ?」
「自由惑星同盟軍には無人艦隊戦術っていうのがあって……」
その説明を終える前に、帝国軍の懐に入った無人艦が自爆をした。
そして混乱に陥るアレクの艦隊。
そこへ整然とした同盟艦隊が攻撃を仕掛けて来る。
戦いながら態勢を立て直すのは至難の業と言える。
それでもアレクは、コンピューター上とは言え陣形の再編を成せた。
陣形が整うと見るや、同盟軍は距離を置いて再度長距離戦に戻る。
そして損害を出した帝国軍艦隊の攻撃力は、同じ長距離砲撃でも低下していた。
「撤退……だ。
損害を考えると、このままだとジリ貧になる……」
「そうだね。
確か自由惑星同盟軍は、勝つ事よりも負けない、帝国軍を撤退に追い込む戦術を採るって習った。
徹底的に勝つ事よりも、より多くの損害を与えて、撤退に追い込む。
特に老提督はそういう戦い方に秀でていると」
この対戦はアレクの判定負けと言って良いだろう。
だが、判定負けにせずに戦い続けたなら、消耗の度合いが帝国軍の方が激しい為、メルカッツ戦同様に物資が尽きる瞬間に猛攻を掛けられて大敗となった。
そういう意味で、アレクはこの短時間に成長したと言える。
「そこまでです、陛下、それにフェリックス!」
戦術シミュレーションに熱中していた2人を多数の近衛兵が囲んでいる。
その中心に居たのは
「父さん!」
ウォルフガング・ミッターマイヤー元帥であった。
「陛下。
陛下であろうとも、勝手に軍務省の端末にアクセスし、高級将校の研究用シミュレーターを使うのは規律違反です。
こういう言い方をしましょう。
十年早い、と!」
「ミッターマイヤー元帥……」
「陛下とて幼年学校の生徒。
軍の規律を破ってただでは済みませんぞ」
「ごめんなさい……」
「フェリックスも、この馬鹿息子が!
お前は今日は飯抜きだ!
明日、士官学校の方に反省文を提出しろ!」
「待った、父さん、話が違……」
違うと言いかけ、ミッターマイヤーに睨まれて、何も言えなくなったフェリックス。
こうして皇帝アレクとフェリックス・ミッターマイヤーによる不正アクセスでの、かつての強力だった敵将との対戦は全敗で終わった。
皇帝アレクは、一ヶ月間の幼年学校トイレ掃除が命じられる事になる。
「父さん、酷いじゃないか。
罰しないって言ってたよね」
「フェリックス……、お前は演技ってやつを覚えろ」
「嘘はいけないって、父さんが教えただろ?」
「それはそうだ。
嘘はいかん。
それは謝る。
だが、あの場はああ言っておかないと、お前だけ処罰されないと陛下が不満に思うだろう」
父子はそう言い合いながら、宮殿に向かっていた。
「ミッターマイヤー元帥、それにフェリックス。
ご苦労様でした」
そう労ったのは皇妃摂政・ヒルデガルドであった。
彼女は上手く息子に
「貴方より強い提督なんて過去に幾らでもいましたよ」
と言って刺激し、フェリックスを使って
「軍務省には過去の敵将たちのデータを基にしたシミュレーターがある」
と教え、皇帝が彼等偉大な敵将と対戦したがるよう仕向けていたのだ。
そうでなくては、ミッターマイヤーともあろう者が、息子にアクセス情報の入ったデバイスを持ち出されるなんて失態を犯す筈がない。
何の事はない、皇帝アレクは母親の手のひらの上で踊らされていたのだ。
「あの子には、確かに才能があります。
しかし、それでいい気になってしまっては困ります。
あの子は皇帝、皆が気を使っている部分もあります。
そして、現実にはもう、強力な敵将は存在していません。
そうなると、偉大な敵を知らないあの子は、軍事的な冒険をしたがるようになるでしょう。
才能があるだけに、余計に」
「御意」
「そうなる前に、バーチャルな存在とは言え、偉大な敵将に叩きのめさせて貰いました。
どうでした? フェリックス。
アレクは打ちのめされいましたか?」
「はい、皇妃陛下。
アレク陛下は、余りにも強い敵将に負け惜しみを言ってはいましたが、心の中では完敗を認めているような感じでした」
「そうですか。
今、コンピューターに幾ら負けても、誰も死にません。
幾ら負けても問題ありません。
後は、この負けに心折られない事と、自分よりも遥か高みの存在が居た事を知って貰えれば、臆病でもなく、かと言って好戦的でも無い軍人に育つでしょう。
皇帝は政治が第一ですが、だからといって統帥の最高責任者としての責務も果たさねばなりません」
ミッターマイヤー父子は宮殿を辞した。
その帰り道、フェリックスは父に尋ねる。
「あのシミュレーター、現役の帝国軍の将帥のデータは無かったね」
「そりゃ、まだ生きているからな。
死んだ人間とはああやって戦わないとダメだが、生きている人間なら直接対戦すれば良いし」
「実際のところ、どうなの?
あのヤン・ウェンリーと父さんは戦ったんだよね?
とても勝てるとは思えなかったんだけど」
フェリックスはそう言った事を後悔する。
ミッターマイヤーは怒ってはいない。
しかし、その眼光は鋭かった。
「試してみるか?
確かにヤン・ウェンリーは俺より強いかもしれん。
だが、士官学校に入りたてのお前に評価される程、俺も安っぽくはないぞ!
それにあれはシミュレーターだ。
実際の人間はまた一味違う。
どれ、家に帰ったら対戦だ。
叩きのめして、父親の偉大さを思い知らせてやるぞ!」
その晩、フェリックス・ミッターマイヤーは「疾風ウォルフ」と二十度に渡って戦い、その都度9割もの損害を出す大敗北を喫するのであった。