成り上がり魔法使いアーサー   作:恒例行事

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ペーネロープ・ディラハーナ②

 

 綺麗だった。

 降り注ぐ光の槍。

 個人の魔力から形成されたとは思えない美しさで、溢れる魔力一つすらない完璧な造形。

 

 ペーネロープはかつて、幻想に出会った。

 

 金色の髪を靡かせて、昏い光を宿した碧眼の持ち主。

 古めかしいローブに身を包んでいて、見た目から魔法使いだと一瞬でわかった。

 その実力が自分より圧倒的に上だともわかっていたし、勝てる可能性なんて無いに等しいと理解していた。

 

 それでもペーネロープは挑んだ。

 背負ったいろんな重圧に応えるため、一族に報いるため。

 そして何より、彼から逃げ出すなんてみっともないことをしたくなかったから。

 

 頑張った。

 剣を振る回数を倍に増やして、もっと早く動けるようにと身体を痛めつけて。

 両親が心配するほどに激しいトレーニングを課して、その成果は確実に出ていた。

 

 それでもなお、壁は高く。

 

 無造作に放たれた光の束。

 息を乱すことすらなく、淡々と降り注ぐ光の槍。

 呆然とそれらを受け止めて、最後に見た彼の瞳には────ペーネロープは、映っていなかった。

 

 そのことだけが、ずっと心に残り続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────……あれ…………」

 

 空が茜色に染まる夕暮れ時。

 ペーネロープは医務室のベッドで目を覚ました。

 

「…………夢?」

 

 先ほどまで見ていたのは、夢だったのか。

 あの降り注ぐ光の槍。

 子供の頃に味わって、それを乗り越えようと、振り払おうと、そして何より──彼に私自身をせめて見て欲しくて足掻き続けた十年間。

 

 それらがやっと、報われたような決着だった。

 

「…………いや、夢じゃない……」

 

 戦ったのは間違いない。

 鈍い痛みが身体に残っている。

 これには覚えがある。

 殺傷能力を極限まで減らして、模擬戦で十全に扱えるようにした彼の魔法。

 全身満遍なく貫かれた経験から、これは嘘じゃないと彼女は判断した。

 

「……そっか。負けたんだ」

 

 鍛え続けた十年間。

 敗北を知って、その辛さも悔しさも何もかも飲み込んで、いつの日にかあの男に自分を見せてやると、雪辱を果たすと誓ってからそれだけの年月が経過した。

 

 音沙汰なく消えた彼を追うこともせず、生きる理由を見失いそうになりながらも一族のことを考えることで感情に蓋をして生きてきた。

 

 そして先日。

 唐突に現れた【彼】は、すっかり別人になっていた。

 かつて垣間見た無機質さは鳴りを潜め、飄々と軽薄な言葉を言い続ける始末。

 

 ありえない。

 こんなはずじゃない。

 あんなに圧倒的な化け物が、こんな矮小な存在に成り下がっているわけがない。

 

 そう思いたくて決闘を叩きつけた。

 かつての彼ならなんの躊躇いもなく叩き潰して来るだろうし、何よりその魔法に対抗できると自分を奮い立たせるために。

 

 その結果は──……

 

「失礼、起きてるかな?」

 

 ペーネロープは身体をビクリと震わせた。

 声の主はちょうど考えていた彼。

 アーサー・エスペランサの、昔とは違って低めで優しく囁く声色だった。

 

「お……起きてるわ」

「お、そうかい。それじゃあ失礼」

 

 扉を開いて入ってきた。

 寝てたから少し暴れる髪の毛を手癖でババっと直して、ちゃんと淑女として相応しい身嗜みを整える。

 これは格式高い家に付き従い続けたディラハーナ家の教えだった。

 男は無精髭や眉は整えろ、髪型も前髪を大きく上げて。

 女は毛はこまめに剃って肌に気を配れ。

 爪は切りすぎるな。

 

 脳に教え込まれたことだ。

 

「ん゛、んんっ……ってあんたボロボロすぎない!?」

「やあペーネロープ、元気そうだね。大声は脳と傷に響くからやめてくれると嬉しいな」

「あ、ご、ごめん……」

 

 昔とは全く似つかない軽い笑みを浮かべながら入ってきたアーサーに動揺しつつ、その姿を見る。

 

 手は包帯でぐるぐる巻き、親指は厚く固定されている。

 左目を覆うように眼帯が付けてあって、そんな場所に外傷をつけた覚えのないペーネロープは疑問を抱いた。

 

「ああ、これ? ちょっと魔力回しすぎてね、今見えないんだ」

「──……は!?」

「三日くらいで治ると思うよ」

「あ、そ、そう……」

 

 なんだかうまく会話できないと思った。

 理由はわからない。

 でも、なんでか、こう。

 最後の最後、ついさっき光の槍を振り下ろされる瞬間。

 アーサーの瞳に自分の姿が、いや、顔までもがしっかりと写り込んでいたような気がして。

 

 なんだか直視できなかった。

 

「……ペーネロープ、痛むところはない?」

「なっ、ないけどっ!」

「ふーむ……なんか調子が悪そうに見えるけど」

「気のせい! それよりもさ、その……」

 

 こんなことは初めてだった。

 確かに憧れじみた感情は持っていた。

 絶対に手が届かない領域に座する本当の天才。

 この国最強の魔法使いで、そんな相手と対戦できたことは光栄で。

 それでもその瞳に自分が映ってすらいなくて、戦ったとすら思われてないのが悔しくてしょうがなくて。

 

 もう頑張らなくてもいいと宥める両親の制止も振り切って入団した第二師団で鍛えた己が通じなかったことに、どうしてか、悔しさよりも清々しい爽やかな気持ちが湧くなんて。

 

(……おかしい! 絶対になんかおかしい!)

 

 ニコニコ薄っぺらい笑顔を浮かべているその顔を直視できない。

 

 まるで初めて恋を知った生娘。

 そんな甘酸っぱい人生は全く過ごしてこなかった。

 この手にあったのは異性のゴツゴツした掌ではなく、己の手をゴツゴツしたものに変えてしまう鉄の剣のみ。

 

「どう、だった? 私」

「うーん、そうだね。昔のボクなら瞬殺できたと思う」

「あんたねぇ……」

 

 思わず青筋が浮かんだが、拳を出すのは堪えた。

 我ながら偉い。

 私は我慢ができる女。

 必死に己に言い聞かせながら、ペーネロープは言葉を待った。

 

 少し悩む仕草を見せながら口を開いたり閉じたりするアーサーの一挙一動をチラチラ伺いつつ、なんでかわからないけど落ち着いていられない心を疼かせたまま。

 

「……うん、そうだ。それでもボクは君と戦えてよかった」

 

 戦えてよかった。

 君と戦えてよかった。

 アーサー・エスペランサは、ペーネロープ・ディラハーナと戦って、良かったと言った。

 

「昔戦った時は全然覚えてなかったけどね、思い出したよ。どっかの決勝だったよね?」

「っ! そ、そうよ。予選の決勝、勝ち抜けば本戦に出れる大事な戦いであんたに負けたの」

「そうだそうだ、それだ。なんか周りが少しうるさい時期だった」

 

 周りがうるさいで済むのか。

 こっちは一族総出で祝ってもらったのに惨敗してお通夜みたいな空気感になったのに……! 

 

 憤るペーネロープとは裏腹に、アーサーはいつもの軽薄な笑みではなく、自然と口角が上がった笑みを浮かべていた。

 

「あの時とは比べ物にならない魔法だったけど、でも、おかげで少し思い出せたんだ。昔のボクは確かにあんなことをしていたなって」

「────…………そう」

「うん。だからありがとう、ペーネロープ。ボクと戦ってくれて」

 

 真っ直ぐな感謝を告げられ、思わず彼女は目を逸らした。

 

 負けたくなかった。

 勝ちたかった。

 自分の努力を証明したかった。

 無駄じゃない時間を過ごしたと思いたかった。

 己の才能がないと思いたくなかった。

 周りの人を肯定したかった。

 こんな自分を肯定してくれたみんなを、勝つことで、間違ってないと胸を貼りたかった。

 なんとしてでも、勝ちたかった。

 

 それなのに。

 負けたはずなのに。

 ただ戦って良かったと面と向かって言われることが、どうしてこんなにも嬉しいのか。

 

 ペーネロープはそれに対して答えを出せなかった。

 

「……それじゃ、ボクはこの辺で。残念なことに姉上から呼び出しを食らっていてね」

「あ…………」

「君も帰りなよ。また明日」

「ま、また明日」

 

 扉を開いて出ていく姿に、少しだけ手を伸ばして。

 その手は届くことはなくペーネロープの胸元へと戻された。

 

 外は夕暮れだ。

 鳥が巣へと戻るために空を駆け、人々の営みも終わろうとしている。

 

「…………なんなの、一体」

 

 あっさり帰ったアーサーへの問いかけか、それとも。

 己への問いかけなのかは、ペーネロープにもわからなかった。

 

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