成り上がり魔法使いアーサー   作:恒例行事

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過去の栄光に追い縋る

 

 姉上の執務室から去って五分程度。

 アンスエーロ隊長がガチャガチャ鎧を鳴らす隣で、ボクは少しだけ思考に集中していた。

 

「うーむ……」

 

 正直な事を言えば、一週間でペーネロープを完膚なきまでに倒すのは難しい。

 でもやると言ったらやらないといけない。

 姉上がボクに期待してると言うのなら、ちょっと嫌だけど少しは頑張らねばならないのだ。

 

 でも困ったことにボク、ペーネロープの事を何も覚えてないんだよね。

 

 なんか因縁があったっぽいけど本当にわからない。

 個性的で強かった人くらいは覚えてるけど……

 

「……おい」

「うん? なんだい、アンスエーロ隊長」

「一週間で一体何をするつもりだ」

「そうだねぇ……」

 

 もしもボクが超ド級の天才で、リハビリせずに彼女を打倒できるぐらいに強ければこんな風に期間設ける必要すら無かった。

 

 今のボクは情けなくなる程に弱い。

 子供の頃のボクが今のボクを見たらその余りの弱さに嘆く事すら出来ない。

 ていうか多分、昔のボクなら興味すら持たないで瞬殺だと思う。

 そういうタイプの人間だった。

 嫌な子供だ。

 

 でも強かった。

 今の時代に必要なのはその強さだ。

 ボクのような口先だけの男は、第四師団でのんびりぬくぬく腐敗に塗れているのが一番だろう。

 やっぱり就職先間違ったかな……

 姉上、コンテストに受からないと完全に理解してたっぽいし。

 もしかしたらあの人が手を回していたのかもしれない。

 今のあの人ならそういう事を出来ると思う。

 大人の世界……いや。

 貴族社会で生きる人だから。

 ボクのような没落貴族とは違う。

 

 っと、違う違う。

 思考が逸れた。

 

「んー……まあ、少しは昔を思い出そうかと」

「なんだそれは……」

「ま、こう見えて昔のボクはかなりやる気と探究心に溢れた子供だったのさ。それ以外に対する興味がほとんど無かったからペーネロープのことは覚えてないけど」

「かなり最悪な情報が出てきたな」

「それもこれも最後にボクを踏み潰していったあの子が悪い」

 

 星と見間違うくらいの炎を降らしてきた彼女。

 もしもあれが戦場で堕ちてきたらどう足掻いても勝ち目はない。

 その技術を帝国内で共有されてたらもっと勝ち目がない。

 ふふ、どん詰まりだね。

 

 でも大丈夫。

 少なくともボクから見れば、まだまだ絶望するには早い盤面だ。

 魔法ってのは奥が深い。

 一世代二世代で全てを知れるほど簡単な世界じゃない。

 血を繋ぎ知識を継ぎ世界で協力しあって、やっと辿り着ける領域にボクら人類はいかなくちゃいけない。

 

 それが当代で一番だと言われたボクが、一人で魔法を探り続けて出した結論だった。

 

「まあ大丈夫さ。こう見えて強かったんだぜ、ボク」

「……俄には信じられんよ」

 

 そりゃそうだ。

 今のボクを見て信じるのはあり得ない。

 そうだろう、姉上。

 

 

 

 

 

 夜。

 隊長の慈悲で毛布を与えてもらった物置でぬくぬく包まりながら、昔の事を想起している。

 

 戦いの感覚は忘れていない。

 あの緊張感と初めてを知れるかもしれないという高揚感、そして互いに人を傷つけるための魔法を撃ち合いどちらが優れているか決める絶対的な仕組み。

 

 物理で優れているだけの中途半端な奴はみんな打ちのめしてきた。

 

 多分ペーネロープはボクが踏み潰した内の一人だ。

 

 覚えてないってことは大したこと無かったんだろう。子供の頃の記憶なんて殆ど研究に費やした日々だった。

 ボクは魔法が好きなんだ。

 なぜなら、この分野だけは己が優れてるんじゃないかと思えるから。

 あの気丈で逞しい姉上すらボクには敵わなかった。

 この国で一番と言われるくらいには、ボクは強かったんだ。

 それくらいの努力はしたし新しい発見を積み重ねる毎日は楽しかった。

 

 でも結局、ボクは天才でもなんでもなく、ただの早熟な人間だった。

 本当に天才ならば、彼女に勝つことができたと思う。

 思考の渦に嵌って、そこから抜け出せなくて、もぬけの殻になってやっと一人の人間として動き出せそうになってるのが今のボクだ。

 

「……ああ、でもなぁ」

 

 十分な食事に十分な魔力。

 身体は上手く動かせないけど思考は変わらない。

 魔法のことを考えるのは楽しいんだ。

 あの数年間でひたすら考えて考えて考え続けた成果が、まさか日の目を見る日が来るなんて想像すらしてなかった。

 

「姉上、やっぱりボクは貴女のことが結構好きだぜ」

 

 もちろん家族として。

 どうしてそこまでボクのことを信用するのか。

 浮浪者で責任から逃げ出して没落貴族として決定的なものにしてしまったボクを、恨むならまだしも、どうしてこんな立場として呼びつけたのか。

 貴女はボクの事が嫌いだって言った。

 でもボクは貴女のことが好きだ。

 こんな使えないゴミカス同然のボクにすら家族の愛を向ける貴女をどうして嫌いになれようか。

 

 照明代わりに炎魔法を発動する。

 魔力を持つものなら誰でも使えるような基礎の基礎。

 最も簡単であり最も普遍的であり最も実力差が出る魔法。

 

 ボクを完膚なきまでに折った原初の魔法。

 

「だからやっぱり、頑張ってみるしかないよなぁ」

 

 指先に灯る炎は小さい。

 これが今のボク。

 魔力量は問題ない。

 技術の問題はなんとかするしかない。

 一週間で急拵えだ。

 

 でも、やれるはずだ。

 あの時の彼女ならまだしも、この腐敗の進んだセイクリッド王国でボクに勝てる人間はそう多くはない。

 

 ペーネロープは真っ直ぐな人だと思う。

 それでもロクな協力体制を取れないこの状況では、知りたくても知れないだろう。

 たった一週間で元通りとはいかないが、それでも最低ラインに持っていくことくらいは出来る筈だ。

 

 ボクはボクのためじゃなく。

 こんな無能なボクの事を見捨てなかった姉上のために頑張る。

 それならまだ少しは溜飲が下がるというものだ。

 

「……自分以外を理由にして頑張るのは、初めてだなぁ」

 

 案外緊張するもんだね。

 そして何より、怖い。

 

 そんなことすら知らずに生きて来たボクが情けなくてしょうがない。

 

 揺らぐが消えない魔法の火を眺めながら、夜が更けていくのをただ待っていた。

 

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