エルデの王は迷宮で夢を見るか? 作:一般通過あせんちゅ
怪しげな黒いフードを被ったままオラリオの路地裏を歩くミストは、現在モンスターの核である魔石を買い取ってくれそうな商人を探していた。当然、探している相手は正規の商売人ではない。狭間の地で殺し合いや裏切合いをしてきたミストにとって、なにかしでかさなければ命を狙ってくることのない闇商人など、危険な相手ですらない。
「……そこのお方。魔石をこれ見よがしに手の中で転がしてどうしました?」
「買い取ってもらえないかと思ってね」
「隠さない人ですね」
人気が一切なかった路地裏で、突然扉を開けて現れた人物に対して、ミストは動揺することなく魔石を見せた。ダンジョンの上層で相手したモンスターの魔石なため、大きさは小指ほどもないが、問題はそこではない。
「もっと大きな魔石ならギルドに隠れて買い取ってもいいんですけどねぇ……」
「大きな魔石か。それは深く潜ればいいのかな?」
「下に潜るほど、モンスターが強くなるかわりに魔石も大きくなる。知らないんですかい?」
「オラリオに来たばかりでね」
ギルドに通さずに魔石を売りたいということは、指名手配されているか以前にオラリオを永久追放されたような人物であると、商人は考えた。当然、そんな相手と取引をすればデメリットは遥かに大きいが、もし目の前の怪しい人物が深層クラスの魔石を持ってこられると言うのならば、デメリットを補うことができるメリットとなる。
「……いいでしょう。最低でも35層以降の魔石を持ってきていただけると約束してくださるのなら、ギルド取引価格の6割程度で買い取りますよ」
「それでいいよ」
ギルドを通せないが故に安めに買い叩こうと思って値段を提示したが、相手は交渉にも乗らずに即答で頷いた。それは相手がそれほど多くの金額を求めていないことの表れであり、ただ単に魔石を売りたいだけなのだと商人は無理矢理納得した。
「モンスターを倒すとドロップアイテムを低確率で落とす場合がありますが、そちらも売って頂いた時の市場価格6割で買い取りましょう」
「ドロップアイテム、そんなものも存在するのか。お願いするね」
予想通り即答で頷いた相手に、商人は笑みを抑えきれなかった。モンスターのドロップアイテムにはかなりの金額で売れる稀なアイテムも多い。そんなものが市場価格の六割で手に入れば、差し引いた残りの4割は商人の懐に全て入ることになる。裏で
「今日のところはその小さな魔石を適正価格で買い取りましょう」
「ありがとうね。君はいつもここにいるのかい?」
「いえ……ですが、ここら辺には私が雇った者が何人かいますから、この裏路地に貴方がその恰好で入れば私のもとへと案内させますよ」
闇派閥とも繋がっている商人は、居場所を特定されるわけにはいかないため、多くの仮拠点を街中に持っていた。ギルドが正確に把握している訳ではない地上の迷宮「ダイダロス通り」を中心として活動している闇商人だが、この日は闇派閥に属する冒険者と接触する為にギルドの近くまで来ていたのだ。そこにとんだ儲け話が転がり込んできたと、商人はほくそ笑んでいた。
「では、これから御贔屓にお願いしますね」
「親切にありがとうね」
商人と別れて裏路地を再び歩き始めたミストは、背後に現れたラニへと視線を向けた。
「その金で何を買う気だ」
「柔らかそうな毛布と壊れにくそうな椅子」
「……そうか」
武器収集家でもあるミストが、また新しい武器でも買うつもりなのかと思っていたラニは、予想とは違う物の名前を出されてほんの少し言い淀んだ。
「それなりに便利な家にしたら、本を買いたいな。この世界がどんな成り立ちでできているのかを知りたい」
「それがいいだろう。だが、確か35階層以降だけだったか?」
「ドロップアイテムとやらは上層のでも買ってくれるらしいよ」
「そう多くは落ちんだろう。だからこそ上層でも買い取ると言ったのだ」
ラニとしても、ギルドを通してしっかりと適正価格で売るべきとは全く考えていない。それでも、35階層以降へと潜るにはそれなりに時間がかかることもラニは予想していた。必然的に廃屋でゆったりと過ごす時間が減ってしまうのが、ラニの不満点である。
「ラニが作ってくれる祝福に移動すれば問題ないんじゃない?」
「……そう上手くいくといいがな」
ダンジョンそのものは、ラニとしても非常に興味深い存在ではあるのだが、自らの伴侶であるミストルテインと比べればたいしたものではない。自らをいい様に使おうとした大いなる意志も、大いなる意志の傀儡である二本指も存在しないオラリオで、人の届かない月と夜の律を持つラニにとって最も大切な存在である己の伴侶が無事なのであれば、それ以外がどうなろうが関係ない。
「ベル・クラネルも気になるし、やっぱりしばらくダンジョン探索がメインかな」
「好きにすればいい。もうお前を縛る黄金律は存在しない」
言いたいことだけ言ったラニは、その姿を光として空間に消えていった。伴侶の不器用ながら優しさを感じさせる言葉に、ミストは笑みを浮かべたまま路地裏から廃屋へと向かって歩いて行った。