エルデの王は迷宮で夢を見るか? 作:一般通過あせんちゅ
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お気に入りも1000人を超えましたし、正直圧倒されていますが、これからもご期待に沿えるような小説を書いていけるように努力してまいります
「別に逃げる必要はなかったんじゃない?」
「神と会話を重ねるなど不快だ」
濃霧で姿を消したラニとミストは、建物の上からアイズ・ヴァレンシュタインと狡知の神ロキを見下ろしていた。過去の出来事によって極端な神嫌いとなっているラニの言葉に苦笑いを浮かべながら、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインを見つめていた。
「……強いね」
「私の王ほどではない」
冒険者としての実力を冷静に判断するミストの言葉に対して、即答するラニに困ったような表情を浮かべた。エルデの王として狭間の地を平定した彼女の実力は確かに突出しているが、目の前の冒険者アイズの実力がミストを相手に手も足も出ない程とは考えられない。
「なんでラニが私の腕を誇ってるのかわからないけど……私も無傷じゃすまないかもよ?」
「それはないな」
「なんで?」
ラニの余りにも身内贔屓な評価に、ミストは依然として困った表情のままだったが、伴侶としてはそれほど誇ってもらえるのは少し嬉しかった。それでも、戦士としてのミストはラニの評価基準を知らなければ納得できない。
「腐敗の女神、星砕きの将軍、冒涜の君主、暗黒の落とし子、狭間の竜王、血の君主、火の巨人、忌み王、満月の女王、黒き剣、最初の王。なにより、黄金律そのものを打ち砕いたお前が、あんな小娘に負けるものか」
「そっか……なんか嬉しい」
普段からあまり心の内を言葉にすることのないラニから向けられた、信頼という名の愛を聞いて、ミストは笑みを浮かべた。一方、伴侶が小娘と比べられること自体が不快であったラニは、勢いに任せて自分の王をべた褒めしていることに気が付き、咳払いを一つしてから光の粒子となって消えた。
「照れなくていいのに」
照れ隠しに姿を消したラニに微笑みながら、彼女の言葉によって思い出されたのは狭間の地で戦ったかつての強敵たちの姿である。腐敗に侵され、星に砕かれ、雷に身を裂かれ、火に身を焼かれ、死そのものに貫かれ、忌み呪いに蝕まれ、黄金律の圧倒的な光に消し飛ばされた。幾度となく訪れた死は、未だに褪せ人の中に記憶として刻み込まれている。
「死に物狂いで戦え、若き冒険者たち……『死』を超えた先にしか、答えはないぞ」
幾多もの死を超えた先に答えを見つけた先達は、眼下で走る冒険者たちを見て目を細めた。既に彼女の冒険は終わっているが、だからこそオラリオの地で未知へと立ち向かう冒険者が少し羨ましく思えてしまった。
ミストにとっての秩序とは、黄金律が消え去った今となってはラニの考える夜の律である。彼女とてオラリオを動かしているのが生を尊び、死を忌み呪う黄金の律でも、ラニの求める星と月、冷たい夜の律でもないことは知っている。神が下界に降り立ち人と生を共にする世界が、果たして正しいのかどうかは、律の破壊者でしかない褪せ人にはわからない。故に、ミストにとってオラリオはラニが否定していないというだけである。
ミストはオラリオがどうなろうが知ったことではない。だからこそ怪しさしかない商人に対して平然と魔石を渡し、ドロップアイテムも安い値段で買い取らせる。そこにラニが介在することがないからである。
「私の王、そろそろ私は一時の間眠る。この世界ではなにがあるかわからんからな」
「そっか……寂しくなるなぁ」
「ふ……眠っていようともお前の傍にいるさ」
街中での戦闘が収まっていない中、それを無視して廃屋へと戻ってきたミストはラニの言葉に寂しさを感じていた。人形に無理矢理自らの魂を入れているからなのか、ラニは力を制限されているうえに、こうして一定期間眠っていなければ満足に動くこともままならない。エルデンリングを消し、律の力を手に入れた今でもオラリオでは上手く動けなさそうにしていたのは、ミストも気が付いていた。
「急ぐ旅でもない……このオラリオでゆっくりとしているといい」
「そうだなぁ……じゃあちょっと冒険者の真似事やってみようかな」
「好きにしろ。私の王は、戦っている姿こそ相応しい」
珍しく楽しそうな笑みを浮かべたまま目を閉じたラニへ、ミストは微笑んだ。狭間の地で冒険を終えたミストにとって、このオラリオへとやってきたのはラニの旅に付き合っていたからに過ぎない。しかし、その旅も少しの休憩期間に入った。
「ラニには気付かれてたのかな、やっぱり」
伴侶たるラニと共に月へと向かう無限の様な旅路は、決して退屈などではない。しかし、ミストにとっては戦いこそが生きることなのだ。エルデの王とは強さ故である。
神話の怪物共と真正面から戦うことができるミストと、まともに打ち合える冒険者はオラリオには多くいないだろう。だが、オラリオに立つ冒険者は、その程度で折れるほど弱くもない。たった数日間しか過ごしていない都市ではあるが、ミストは確信していた。
「私はまだまだ満足できなさそうだ。いっそ私が育てるのもありか?」
魔術の師たる女性を思い出して笑みを浮かべたミストは、私服からオルドビスの鎧へと着替えて立ち上がった。目指す場所は迷宮都市オラリオの中心地であるダンジョン。神の伴侶たる王としての役目を一時置いたミストは、ただ人として未知への探求を求めダンジョンへと向かって歩きだした。