「うーん、明日の体力測定はやりたくないな……」
とある平日の夜、僕は自室で一人頭を悩ませていた。その理由は明日の午前中に行われる体力測定だ。別に体力がない、運動が苦手だからという理由でやりたくないのではないのだ。寧ろその逆で、並みの人間の平均を余裕で超えてしまう数値を出してしまうのでこんなのをあんまり人に見せたくないからやりたくないのだ。どうしてそんな数値が出るかというと、祖父が軍人であったことや叔父が警察官僚という公安系の要職についていることが関係しており、心身共に幼い頃から強化?トレーニングを行っていたのでそれがとても影響しているのだ。
「ずる休みでもしようかな……」
「兄さん、それはダメですよ」
「瑠璃乃……」
「私だって測定は受けているのですから兄さんも受けないと」
「だってあんなの見せたくないし」
「別に漫画のような無敵で無双するほどではないのですし、気にしなければよいのではないでしょうか?」
「そうなのか?中学1年の時にうっかり素でやってしまったときは先生驚いていたな。あれ以来受けるのが嫌になった」
「先ほども言いましたが、そんなの気にしなければよいのです。この年代からならアスリートを目指す人もいますから変な目では見られませんよ」
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「最初は握力から測るか」
結局何事もないように学校に来てそのまま測定を受ける段階にまで来てしまった。瑠璃乃が言っていた、この年代なら違和感は持たれないから気にしないでやれば良いのだろうか?
「よう嘉義、お前も握力からか?」
「おう長田か、そうだよ。でもみんな最初握力じゃないか?」
「さぁどうだか、まぁサクッと終わるから先に受けようって感じじゃないか?」
「じゃあ握って」
「はい」
「……え?76㎏?」
測定員の人が驚いた顔をしていた。確かに並の人間よりは高めとはわかっていたけど露骨にその顔をされると、何かおかしいのか疑問と心配が生まれてしまうのでやめてほしい。
「何かおかしいですか?」
「いや、大丈夫。左測って」
「80㎏だって……」
やはり自分が少し違うということを皆に見せてしまった。隣で測っていた長田も驚いて顔がぽかんとしている。確かにゴリゴリのマッチョでもないし運動部に入っていたわけでもない、ただ叔父たちのトレーニングでここまでなったのでこうなったのも無理はない。
「お前さん、やばいな。高校生で80出すのってまぁまぁすごいぞ」
「そう?アスリート目指す人は普通とか聞いたことはあったけど、握力だけだし他はダメかもしれないからね」
「そんなこと言って、実際すべて高い数値出したらこっちがたまげるよ」
「長田はどうだったの?」
「俺は右54で左は55だったな。そんなバラつきはなかったぞ」
「大体そんなものなんだな」
その後も反復横跳びや立ち幅跳び、上体起こし、50m走と続けて測定したが、やはり普通の人間の数値よりも高い結果となっていた。
「お前さん、何かスポーツのプロ目指すのか?」
「そんなこと考えた記憶は一回もないが……」
「なら何でこんな高いんだ……羨ましい訳ではないけど、これは驚くよ」
「こうなるからやりたくないんだよ……」
「あっ、嘉義君」
「あれ、白露さんじゃない」
一通り終えた僕達が次の体育の時間まで空いていたのでどこかで時間をつぶそうかと考えていたその時、偶然にも白露さんに出会った。
「嘉義君も長田君ももう終わったの?」
「あぁ、すべて終わったから時間が余ってさ」
「だから適当に話でもしようと思ってさ、白露さんはどうだった?」
「うーん……私はあんまり良くなかったの」
そんなことを言うので、失礼を承知で見せてもらったら特別悪いようには見えない。女子の基準がよくわかっていないのもあるのだが、そういうところで親御さんの厳しさがあるのだろうか?
「親御さんは運動も厳しいの?」
「いや、そうではないけど……勉強が出来ることもあって運動もって期待を持たれやすいから」
「あー、それはわかるかも。俺も白露みたいな人見て勉強できるって聞いたら運動も?て思うわ」
「だからちょっとこの結果を見せたくないなって思っているの」
確かにそう言われると、良い点が多くあるともしかしたらと期待してしまうときが。しかし、完璧な人間はそうそういないものなので何かしらの弱点や欠点はあり、そういうものは他人が勝手に作った幻想みたいなものなのかもしれない。その幻想を勝手に見てそれが無かったと知り失望するのは、あまりに無責任な行為だとも言える。
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E組の全員が体力測定を終わらせ、3限目の体育で持久走を測るそうだ。最後の壁みたいで辛さはあるものの、今日中に終わらせられることを考えるとどうしてなのか奮い立つ自分がいる。
「女子からやるとはねー。まぁ休めるからいいか」
「そうだね。けど、俺ら早く終わったから他の奴らよりは休んでいるだろ」
「でもさ、俺達男は別の意味で休めるからいいもんだよ」
「何を言っているんだ?」
「嘉義、わからないか?走っているときや激しい運動をしている時の女の体の魔力が」
「はぁ?」
「じゃあ見てみろよ、ほら、あの赤毛のショートカット。赤沢だっけ?」
そう長田が指を指した先には確かに赤毛のショートカット、いや赤沢さんがいた。見た感じは、ただ走っているだけにしか見えない。長田は一体何を言っているのかさっぱり理解できない。
「分からないか?ならジッと見てみろ、段々分かるから」
「そうなのか?」
そう言うので、彼女のことをジッと見てみることにしてみた。一体何が……
「お前!あんなもので喜んでいるのか!!」
「やっとわかったか、そうだよ。女子だけにあるあの揺れだよ。それが俺にとっては癒しになるんだよ」
長田の奴、まさか女子の胸が揺れるところを見て喜んでいたとは……確かにこうやって見ると、赤沢さん、大きいのかとわかるくらい揺れている。
「いや、そんなもので癒されるな!恥と思わないのか!」
「嘉義、お前はわからないのか!男の多くはあれで興奮するものなんだ!」
「分かってたまるか!というより、女子も近くにいる場所でそんな話をするなよ!」
長田の気持ちが分からないことはない、僕だって一人の男子だ。しかも今の年頃もあって異性の体のことやいやらしいことを考えることはあるが、こういった学校でそんなものを考えるのはどうなのか?
長田があんなことを教えたせいであの後からただ持久走を見ていただけなのに、色んな事が気になってしまい落ち着くことが出来ない。女子の体が気になってしまうようになる。赤沢さんのことだって、そういった目で見たことは妹たち以外ではなかったはずなのに。やはり思春期や成長期に入ると本能を抑えることが難しくなるものなのだろうか。
「(無理だ、あんなことを言われた後にこの時間を過ごすのは……)」
とにかくこの時間が早く終わってほしい。その気持ちがこの時間ずっと頭の中を支配していた。そう思っているのに神様はその気持ちを拒むかの如く、僕に試練を与え続ける。
「(白露さんまであんななのか……)」
制服ではあまりわからなかったが、白露さんもある程度の大きさの胸を持っていたため、揺れが目に入ってしまった。しかも程よくボディラインも現れているので赤沢さん程ではないにせよ良い体つきだと思われる。以前の事故で白露さんのお尻を触ってしまったが、その時に揉みがいのある感触が忘れられなかった。これだけでもほとんどの男は見ただけで堕ちるのは間違いないだろう。
あの後女子が完走して男子の番になり、しばらく走り続けてもう500mは走ったがペースは安定している。一方長田は群の中にまぎれているようで、僕とは少し離れている。表情を見る限りまだペースを落とさなくても走れそうだ。僕の隣にいるのは光波でかなり足が速く、まだまだ余裕の表情だ。
「やぁ嘉義君、君も結構足が速いね」
「こっちは全然余裕だ。光波は何かスポーツやっているのか?」
「あぁ、サッカー部でね。だから体力には自信がある」
「そうかい、なら1500mなんて余裕でしょ」
「まさか、ずっと走り続けるのはキツイものだよ」
爽やか系の男子だ。結構早いペースで走っているのに何事も無いように話せるから、運動部で鍛え上げられた体は伊達ではないようだ。ただ、こちらも小さい頃からしごかれて育った体を甘く見ては困る。少しペースを上げるとしよう。
「(8割は走ったな。もう少しで終わりだ、この調子でいこう)」
先程ペースを上げたことで光波君を多少引き離し、残り僅かのところまで走破した。それでも彼はまだ食らい付いてくる。サッカー部としても無所属の野郎には負けたくないのだろう。
「嘉義君は、一体誰の体が気に入った?」
「えっ?」
いきなり何を言い出すのかと思ったが、その一言が原因で走ることだけに集中していたため抑圧していた先程の記憶が、まるで放たれるように蘇ってきた。
「(赤沢さん?それとも意外と良い白露さん?)」
光波の奴、一体何を考えているかは分からないが、今思い出したくない。これでは集中できなくなる。
「(もうひたすら走るしかない!)」
もう今は何も考えてたくない、ただそれだけが自分を動かしていた。欲求や理性はなくただただ走ることに徹するのみであった。そのため蒼輔自身は目の前のことだけに集中していたために周りの声や様子が分かっていない。
「嘉義君ってあんなに早く走れるの?」
「運動部どこに入っているのかな?」
「入ってなくてあれならすごいよねー」
待っていた女子達は驚くのも無理はない、スポーツをやっているイメージが無い男子があんな速さで走っていたらあのような反応はするだろう。
「はぁ、はぁ、何とか乗り越えた……」
あの後からもう何も考えたくない一心で無我夢中で走り抜いた。あれからペースを一回も落とすことなくしかもさらにペースを上げに上げたこともあり、終わってない人間が多いにも関わらず、自分はトップでゴールした。因みに光波君は数十秒ほど遅れてゴールした。そのため僕はしばらくして光波君に先程の話の真意について尋ねた。
「何であんなことを聞いてきたんだ?」
「特に理由は無いよ。君、白露さんと親しいじゃないか。だからそういったのにも興味があると思ってね」
何だその理由は、確かに興味はない訳ではないけどそんなことを聞いて何になるというのだろうか?彼が得するものでもあるのかは分からないが今この場面で聞くことでもないだろう。
「まぁ、年頃のこともあるしそういうのは気になる」
「そうか、これは僕個人が思ったことだから誰かに言いふらすことはしないよ。それは約束する」
「光波君はどうだ?」
「僕も君と同じかな」
全く、彼は一体何を考えているのだろうか?正直自分でもさっぱりわからなかった。弱みでも握って何かさせる気なのだろうか?
「白露さんも罪だな、あんなものを」
「あんなものとは、何かしら?」
聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。その声は怒りか何かを込めたようなものでもあった。まさかと思い後ろを向くと
「し、白露さん?」
「あんなものって言ってしかも罪だなんて。とんだ言いがかりね。一体どういうことなのかしら?」
「それは……魅了してくるものってだけで」
「それは一体何を指しているのかしら?」
もうこの時で逃げることはできないと悟った。表情が笑っているけど目がそうでない。正直に言えばどうなるか?嘘でごまかそうにも何かはわかっていそうなので無駄な気がした。
「白露さんの体です……」
「ふーん、嘉義君もそういうこと考えることがあるのね」
呆れた様子で全くとつぶやく白露さん。結構不機嫌であるのが分かるほどだ。
「仕方のないことだとはわかっているわ。でもね、これだけは言っておくわ」
この一言を言われた瞬間、妙な寒気が体を一瞬で包んだ
「当たり前だけど、体にコンプレックスを抱いてないしほめても嬉しくない。もしそれをネタに距離を縮めようものなら全力で拒絶するわ……分かったわね?」
「す、すいませんでしたー!」
今日の彼女が初めて雪女としての怖さを持っていることを思い知った(怖い面が無いとは思っていない)。それ以降、体に関してはより気を付けるようになった。
女はそういったところもしっかり見ている。男子諸君、体には十分気を付けて
やはりこういう性欲を揺さぶるものや本能を刺激するものに抗うのは難しいのでしょうか?
ちなみに、今日の新キャラについて紹介します。
光波祐樹(みつなみゆうき)
蒼輔と同じクラスメートでサッカー部に所属しているため、蒼輔を除いた中ではかなり運動が出来る。しかも難関大学を目指していることから勉強にも精を入れているためかなり忙しい学生生活を送っている。妙にからかうのが好き。結構爽やか系なのでクラスの女子達からの目線もあるようだ。外見は茶髪で目が緑色をしている。
最後になりますが、蒼輔の体力テストの結果を出しておきます。
握力 右:80㎏ 左:83㎏(共に2回目)
立幅飛び:3M
上体起こし:60回
反復横跳び:74回
長座体前屈:74cm
50m走:5秒55
ハンドボール:40m
持久走:4分29秒
アスリート候補よりは劣っていますが並みの高校生よりは上の認識で大丈夫です。