GWが近づく連休前の土曜日、今日は朝から早起きをして本駒込の方へ向かっている。何もなければ9時くらいまで寝ていることが多いため、少し眠気が残っている状態だ。一体何をするのかというと、嘉義家本邸にある道場にて鍛錬を行うのだ。そのため僕と、瑠璃乃、藍奈の3人は地下鉄に揺られながらそこを目指している。
「家でもトレーニングはするけど、相手と稽古するのは久しぶりだね」
「本当、アタシは受験だったから半年ぶり」
「兄さんに至っては受験だっていうのにそれでも通ってましたね」
「まぁ瑠璃乃や藍奈はまだ良いだろうけど、こっちは休み過ぎたら結構差が開くからね」
実際そうだった、大事な時期は休んだりすることはあったものの、その後調子に乗ってさぼりにさぼった結果、従兄弟達に大きく差をつけられてしまった時があった。そのため入試が終わってすぐに鍛錬を再開したのである。
「繁雄にもやられたときは正直驚いたよ。さぼったらあんなに弱くなるなんてってね。あれ以来極力サボらなくしているよ」
「シゲもいざというときはやってくれるからね。あんなおちゃらけた奴なのにさ」
そんな会話をしつつ駅から10分ほど歩いたところで大きめで和風の家の前に着いた。そう、ここが嘉義家本邸なのである。ここが僕たちの父、嘉義大輔の実家でもあり嘉義の総本山みたいなところなのだ。今は祖父母と叔父夫婦と従兄弟達が暮らしている。大企業の社長ほどの規模ではないものの、6人で暮らせるくらいの広さと敷地があり、邸宅と道場がともにあるのだ。
「「「御免下さい」」」
「あら、いらっしゃい。蒼輔さん、瑠璃乃さん、藍奈さん」
玄関で出迎えてくれたのは、叔父の奥さんである嘉義千春さんだ。この人は嘉義の現当主の奥様で元は料亭を経営する家の娘だったが結婚したので従兄弟の母親として暮らしている。
「今日もお早いですね、3人ならもう道場でお待ちですよ。あと、荷物はまた部屋に置いて頂いて大丈夫ですよ」」
「わかりました。そこに置かせていただきます」
「では今日も頑張ってくださいね」
そう千春さんは僕達にニッコリしながら会釈を交わして去っていった。僕たちは荷物を置き柔道着に着替えて道場に向かった。
「おはようございます、じいさん」
「おう来たか3人とも、藍奈はご無沙汰じゃな。はっはっはっ!」
「おじいちゃんお久しぶり、もう大変だったよー。塾も遅くまであってさ」
「まぁそれを乗り越えたんじゃ。その精神力は並のものじゃないぞ。胸を張って良いくらいだ!」
「おーす、やっと来たか。早く始めようぜ」
「おはよう瑠璃乃、藍奈、蒼輔。調子はどうだ?」
「おはよう繁雄、紅一。まぁぼちぼちだよ」
ここ道場で僕達を待っていたのは嘉義大善、嘉義繁緑、嘉義紅一、祖父と従兄弟にあたる。繁緑は瑠璃乃と同い年で僕と同じように機械が好きなやつ。ただ僕と違うのはコンピュータやインターネット関係に興味があり、ハードとソフトの点だ。紅一は嘉義の長男にあたる存在で現在、首都圏の国立大学に通っている。結構厳しい存在なのだが、強靭な肉体と精神は僕達にはないので心強い存在なのだ。チャラチャラした繁緑とは対照的な兄弟なのである。
「では全員そろったので始めましょうか」
あの和やかな雰囲気から一転して、道場の中は畳に体が打ち付けられる音や、祖父の厳しい声かけ、お互いの掛け合いが響き真剣な空気に包まれていた。
「藍奈、締めが甘いぞ!瑠璃乃みたいに自分より力がある相手なら返り討ちに遭うぞ!瑠璃乃、お前は今の隙で逆に拘束できたぞ!」
「「はい!!」」
「蒼輔は投げるときの体の軸が安定していない!!今のだと自分も怪我をする!!」
「わかりました!!」
「はぁはぁ……」
朝の10時から始まった3時間の練習はようやく終わりを迎えた。いくら幼い頃からこの修練を受けていたとはいえ、短い間に一気にやる形はとてもハードなものだ。最年長の紅一でさえ、息が上がっているのだから。
「朝からご苦労だった。みんな大きなポカが無くて安心したわい。今日はここまでじゃ、掃除したあとは好きにするが良いぞ」
「「「「「ありがとうございました」」」」」
練習の終わりに僕たちは全員で祖父にお辞儀をして道場の掃除をしてここを去った。別に終わったからといって解散という訳でもなく、家でたむろっている。
「いやー、今日5人揃ったの久しぶりだからってじじぃ気合入れすぎなんだよ」
「そんなことを言うな、緩くし過ぎると練習にならん。それに繁雄が手を抜いていたことを見抜いていたようだな」
「ありゃー、ばれたか。だってしんどいからだよあんなハードなのを毎回食らっちゃ」
「その分ハードになるけどね」
「勘弁してくれ、紅一、藍奈」
居間でこんな風にグダグダ話すことが多いため修練が午後に終わっても帰るのは夕方になることが普通なのだ。時々近くの料理屋に5人で食べに行くこともある。
「今日どうする?谷中とかでどっか食べに行く?5人揃ったし」
「そうだな、でも今日はお金あんまり持っていないよ」
「私も持っていないです」
「アタシも」
「そうか、ならどうするか?」
あいにく手持ちが少なかったこともあり外食は無しになりそうだ。このままどうするか5人で考えていたところにちょうど千春さんの一声が
「なら蒼輔さん達も一緒にお昼ご飯どうですか?」
「本当ですか?ならお願いします」
「大丈夫ですよ、もうお腹も空かれているでしょうからここでゆっくり食べていってください」
「「「ありがとうございます」」」
僕達3人も紅一達と一緒に昼食をいただくことになり5人で居間にまたくつろぐことにした。しかし、昼食が出てくるまでずっと何もしないで話しているのも流石に悪いと感じ時々手伝いなど普段やっていることのようにやってしまった。
「本当に千春さんの料理美味しいです」
「こんな美味しいごはん食べられるなんてシゲ達が羨ましい」
「ありがとうございます、瑠璃乃さん、藍奈さん。それを言ったらみそらさんも私と同じように美味しい料理を作っているじゃないですか」
「それとはまた違っているんですよ。なんていうか、千春さんの味は食にうるさい人達を黙らせる感じで、母のはとても美味しいし万人に受けるって感じです」
「そうですか?私は特別なことはしていませんよ」
そんなことを普通に言っているが流石は元料亭の娘、普通の食材でもいかに最大限の美味しさを引き出し、組み合わせるかをわかっている。ここは母との差を埋められない理由にもなっている。
その後はまたくつろいでのんびり過ごしていたが、進級、進学した話題みたいな話が始まった。進級した時のクラスや教師への愚痴や環境の変化みたいなことを話していたのだが、繁緑が何かを考えているような目でこっちにも話を振って来た。
「そう言えば、藍奈と蒼は学校新しく始まったじゃないか。その辺はどうなんだ?」
「そうだな。進学したから何かしら新しいことでもあったんじゃないか?」
「そりゃ変化はあるよ。まだ大きなことがあったわけじゃないが」
「アタシも、友達は3人出来たって感じかな」
「蒼輔の大きなことって恋に落ちたか?」
「ば、馬鹿いえ!確かに素敵な人はいたが」
「マジで!?蒼にしちゃ珍しいじゃんか!」
「まぁ!蒼輔さんも瑠璃乃さん達から離れる時が」
「やめてくれ繁緑!千春さんもちゃちゃを入れないでください……」
どうして嘉義の人ってこうもからかうのが好きな人が多いのだ……母や妹たち、シゲや千春さんといい、それを言ったら大阪の兄弟も似たようなものではあるが。
「へぇー蒼輔ももうその領域まで来たか。それは羨ましいものだな、こっちは男っ気しかなかったからせめて大学くらいはそういうものを楽しみたいもんだ」
「紅一もか……」
「でも、どんな奴なんだ?今まで蒼を惚れさせる女なんて滅多にいなかったじゃないか?
例外じゃお前の母さんや瑠璃乃、藍奈くらいだろ?」
「惚れたは早いが、興味があるっていった方がいいか。実際、本当にきれいな人だったよ」
「イメージで言ったらどんな感じなん?」
「瑠璃乃が真っ白になったって言えば想像つく?」
「「あぁ……」」
あまり良い反応ではなかった。おそらく瑠璃乃や藍奈と距離が近くしかも2人が顔立ちも良いのでそれに慣れていることもあってか新鮮さがなかったのかもしれない。その反応のために瑠璃乃は不機嫌な顔をしている。
「紅一や繁雄は私では満足しないということですか?」
「い、いや……お前は元から良いから驚きはなかっただけだ」
「かわいい、美しい奴に見慣れると紅一と同じように感じちまうからな」
「ちょっとー、瑠璃はってことはさアタシは違うの?」
「お前もそうだよ!あーめんどくせぇこの二人!」
「しょうがないだろ、何せ蒼輔や親父さんの愛を受けてからこうなったんだ。そう考えるとお前は恵まれていると思うぞ」
「そうだけれども……」
「でもそこまで言うからそれほどの一品何だろうな」
「一品ってなんだよ……」
「これは楽しみになってきたな。姉妹とその人どっちが蒼輔を惚れさせるか、いい勝負になりそうだな」
「勘弁してよ……」
「でも、もしそれが成就したら蒼輔は守らなくてはならないものが増えるだろうな」
「そうか、妹たち以外にも恋人やその友人とかな。もっと強くならんと」
「そうだな……」
「もし危機に陥ったら俺達や秀治、千秋も頼れ。お前は一人だけで戦うわけじゃないんだ」
結局あの後もグダグダ過ごしたので今時刻は夕方の5時を回り、僕達3人は帰路についていた。あちら側が許せばこの時間までいてもあまり問題はないが、こちらは瑠璃乃が受験のため勉強の時間をつぶすわけにはいかない。流石に後半は気を付けなくてはならない。でも正直言うとあの時間は楽しいのだ、普段は真面目さが光るこの家だが何だかんだで和やかな感じなので居心地がいい。
「今日も楽しかったですね、鍛錬は大変でしたけど」
「あの人のことだからね、おかげで色々助かっているけどさ」
あの鍛錬だけは学年が上がって体力や精神力が上がったとしてもハードなものが、これのおかげであの時白露さんを救うことが出来たのだ。これを続ける理由はどんなに醜い人間がいたとしても、穏やかに過ごす人々に危害を加える者を返り討ちにするためのものなのだ。
「兄さん」
「どうした?」
「兄さんが私達やお母さん、新しい友人の方々を守ろうとするようにこちらももっと強くなります」
「それはアタシも同じだよ。あの時の兄さんの様子なんかもう見たくない」
瑠璃乃と藍奈の表情は先ほどまでの楽しかった時間を過ごした雰囲気が消え真剣なものだった。瑠璃乃や藍奈も僕と同じように苦しい過去を過ごしている。だからこそ苦しみや痛みが分かるのかもしれないし、そんな思いをしたくないという決意が感じ取られた。その表情を見た僕は2人に想いを告げる。
「僕も2人と同じだ、2人のあの苦しみをまた味わわせたくない。僕はさらに強くなるよ、もう大切な人が傷ついて、失うところを見たくないから」
紅一や瑠璃乃達の言葉によって僕は決意する。10年前のあの悲しみを繰り返させないためにも僕はまた一層強くなると。
今回は従兄弟との戯れだけを描こうと思ったのですが、この鍛錬がなんのためなのか、物語と関連づけるために後半は少しシリアス要素を加えました。
因みに、嘉義大善の解説を入れ忘れたのでここで説明します。
嘉義大善(よしぎだいぜん)元軍人で晩年は長官を務めた。現役時代は戦闘的で長年続く名門の人間とは思えないほどではあったがルールや倫理は厳守する方だった。今は退役し老後を過ごしているが戦闘力だけで見ればまだまだ通用する。
メインキャラではありませんが、鍛錬や蒼輔達が強くなることを望むときはこの人が絡んできます。
嘉義紅一《よしぎこういち》
19歳 嘉義家の長男坊。従兄弟や蒼輔達を含めても一番年長。首都圏の国立大学に通っている。結構厳しい存在で決まりや道理は遵守する性格の持ち主。体も2M近くある上に図体も大きいので体力も申し分なしで柔道にもそれが生きている。負けることがあまりないことから本多忠勝のようだと昔言われたことがある。大学では文系学部で勉強しているうえ柔道部に在籍し活躍している。顔は蒼輔よりも整っていてイケメンよりも男前
嘉義繁緑《よしぎしげのり》
14歳 紅一の弟で瑠璃乃とは同い年。見た目は若干の茶色が混じった黒の天然パーマをしていて体つきは蒼輔や紅一と比べると細め。コンピュータが好きでたまにそれを使って悪戯をしたりして紅一に怒られている。チャラチャラした感じで女子や思春期の男子が好みそうなものは大好きなのだが、人を大切にしなかったり体を売るような人間を許せない一面もありギャップさが大きい。
後キャラクターの名前の呼び方を一応こちらに残します
嘉義千春《よしぎちはる》
嘉義大善《よしぎだいぜん》
嘉義繁緑《よしぎしげのり》
嘉義紅一《よしぎこういち》