エリートボクサーと叩き上げのボクサー、ありそうな対決構造だけども、見て感動するのは何故だろう?そんな気持ちで書いた短編。

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ちょっと書いて見たくなったので書きました。バトルものは難しい。


叩き上げとエリート‐有りそうで中々無い統一戦‐

戸髙政夫、28歳、拳王ボクシングジム所属のプロボクサー。ボクシングを始めたのは高校卒業後、それから僅か2年でプロテスト合格を果たし、24歳でスーパーライト級日本王者となった。世界戦に挑戦したのは26歳、見事にチャンピオンとなった。2000年代にこのクラスで世界チャンプになるのは中々に難しい。と言うのも、日本人の体格は圧倒的に軽量級寄りであり、ライト級以上の階級でチャンピオンとなるのは難しい。スーパーウェルター級やミドル級と言った重量級でも過去にチャンピオンになっている日本人はいるが、フライ級やバンタム級等と比べると圧倒的に少ない。スーパーライト級は日本人以外、特に中南米や中東辺りの選手にマッチし、更に欧米の選手も多く、選手層が厚い。そんな中で翁長はチャンピオンになり、現在5度の防衛に成功している。

 

戦績は21勝2敗17KOと言う堂々たるもので、チャンピオンになってからの防衛戦は全てKO決着で制していた。身長173cm、リーチ177cmと、この階級でさして特筆すべき体格ではない彼だが、高校時代陸上部で鍛えた驚異的な心肺機能、人の数倍とも言われる並々ならぬ練習量を黙々とこなす真面目さ、何より家庭環境が不幸に見舞われたハングリー精神の塊と言う要素が噛み合い、日本人離れした強さを体現する事が可能となった。

 

彼の生まれは宮崎県の漁村の生まれである。父は漁師で、太平洋沖に出て鮪を求めて走り回る生活、その間母はパートやバイトをして、父不在の家の切り盛りをしている家庭だった。一番上の兄弟である姉はバイトをしながら自分達の面倒を見ていた。彼自身も、高校からバイトに務め、生活の不安定な漁師の家の支えをしながら学生生活を続けた。高校卒業後は、地元の水産加工業に就職、仕事→寝る→仕事の繰り返しで、何も考えられない日々が続いた。

 

そんな彼に転機が訪れたのは、水産加工業の同僚から、趣味のボクシングをしていると言う話を聞いて、ジムに行った時だった。当時そのジムには、日本王座が在籍していたが、彼の生い立ちが自分と似ていた事、何よりボクシングをしている彼の表情が充実していた事で、ボクサーになる事を決意した。元々真面目で人を殴ったりした事の無かった彼がプロを目指すと言った時、ジムの会長は良い顔をしなかったのだが、近年の若者に無いハングリーさを垣間見せた彼の様子を見て、会長は指導出来る限りの事を叩き込んだ。基本となるジャブは、プロテストにあがるまで一日数千発、日本王座相手のスパーリングも体力が続く限り、ロードワークに至ってはバックボーンもあり人以上にこなした。

 

努力が身を結ぶのはほんの一握りな厳しい勝負の世界に、彼の練習は見事に身を結んだ。ボクシング経験の無い人間が瞬く間に上がって行くが、アマチュアで名前を知られぬボクサーが有名になり、ボクシングだけで飯を食うには、世界チャンピオン、しかも防衛を重ねてやっとなのだ。余程名の売れた人間でない限り、例えチャンピオンと言えども満足なファイトマネーは出ない。だからこそ彼はハングリーさを失わずに5回もの防衛に成功した。

 

そんな彼に挑戦するボクサーがいた。白井慎二、24歳。小学生からボクシングをはじめ、中学生の時には既に天才ボクサーとして名を知られていた。高校総体、国体、全国アマチュアボクシング選手権で優勝、17歳でプロテストB級に合格し、鳴り物入りでデビューした彼は、6戦目でWBCスーパーフェザー級のベルトを獲得。当時19歳になったばかりだった。階級を上げたライト級でも勝利を上げ、21歳でWBAライト級王座になった。WBCとの統一戦も制した後、階級をスーパーライト級に引き上げる。その時彼が言ったとされる言葉が物議を醸す。

 

『ハングリー精神が取り柄の馬鹿がチャンピオンを伸してやりますよ。』

 

名前を出さなかったものの、それは明らかに戸髙の事を言っているようにしか聞こえなかった。当時スーパーライト級の王座は統一されておらず、該当者は五名(WBAには正規王座とスーパー王座がいた)いたので戸髙の事を言ったと宣っているのはマスコミの勇み足だったが、尾ヒレ端ヒレがつくのは世の常、スポーツ紙をはじめ、メディアはこぞって話題を広げた。WBC王座たる戸髙はと言えば、別に何とも思っていなかった。ファイトマネーは漸く300万の大台を越えたばかり、中継もネット配信だったので戸髙自身あまり注目されていなかったのもあり、地味な自分の事などエリートボクサーが相手する訳が無いと思っていた。今はひたすら強さを求め、スーパーライト級の統一戦に力を入れたかった。王座が乱立する今の時代、数階級制覇よりも、単一階級主要四団体制覇の方が価値があるし、戸髙は生活の為と言うよりも、自らの人生の楽しみを続けられる喜びが勝っていた。

 

そんな戸髙をよそに、白井は驚異的なスピードでスーパーライト級の試合を制していた。IBF王座を5Rでノックアウト勝利し、その時にまたビッグマウスを披露したのだ。

 

『タイの貧乏チャンピオン、そして日本の貧乏チャンピオン、その首洗って待ってろ!』

 

戸髙は、キレた。まだ名前を呼ばれただけなら、キレ無かった。それをあいつは、何と言った?貧乏である事を馬鹿にした……戸髙と共に挙がったタイのチャンピオンは、戸髙が統一戦を行う予定があったチャンピオンである。彼はその日生きるのも辛い貧乏生活の中、チャンピオンに上がった偉人だ、戸髙自身もリスペクトしていた。そんな人間を辱しめるかのように、〔首洗って待ってろ?〕戸髙は、生まれて初めて、キレた。

 

『白井君、もし、戦うのなら、僕は何時でもいいよ?ゲーノンラシの事を馬鹿にした事、負けたら謝ってね?』

 

戸髙は初めて、煽るような言葉を使った。

 

 

白井の言葉から二週間後、戸髙はWBAスーパー王座ゲーノンラシとの統一戦をタイで行った。40戦37勝3分と言う輝かしい戦績のゲーノンラシ、現在ボクシング界最強の一人と目される偉大なチャンピオンを相手に、戸髙は胸を借りるつもりで戦う。戦えば苦戦必至、相手はムエタイ上がりの気骨に溢れた王座だから。タイのボクサーはムエタイから転向した者が多く、高い耐久力を持つ。ムエタイ選手はチャンピオンになっても貧しい生活である事が殆どであり、国際的スポーツたるボクシングのチャンピオンは一攫千金のチャンスでもあった。WBA王座を既に12回も防衛した彼は国民的英雄になっていた。ライト級以上の階級になると、欧州や欧米の選手が目立ち始める。注目度も上がり、ファイトマネーも上がりはじめる。ただし、ある程度の名前が売れていればだが。

 

ゲーノンラシはムエタイ上がりで国内での知名度が高かったので高配当のファイトマネーを手にしていたが、戸髙は国内無名、同時期にミドル級の日本王座が存在していた関係から注目されていなかったのでファイトマネーは雲泥の差があった。しかしここで戸髙が彼に勝利すれば、注目度は増し、ファイトマネーがアップするだろう。そしてここで統一王座となれば、日本で圧倒的知名度を持つ白井との試合も見えてくる。戸髙は様々な事を考えつつも、目の前のチャンピオンたるゲーノンラシとの戦いに集中する事にした。

 

結果だけを言うと、12R引き分け……互いに激しいインファイトで戦いながらも有効な手を出せず、引き分けとなった。だがこの引き分けにより、戸髙は日本国内でもある程度の知名度を獲得する事が出来た。マスコミが煽ってくれた事も合わさり、白井との戦いが現実味を帯びて来たのだ。

 

『ゲーノンラシとの戦いは改めてベストな時期に行いたいですね。それよりも、日本のみんなが今見てみたいのは、白井君との試合だと思うんですよね。僕ですか?ええ勿論、彼がやるって言ってくれたら何時でもやりますよ。』

 

試合後の戸髙は、そのようにコメントした。日本に帰国後は何時ものようにトレーニングを行っていくのみ。戸髙は平常運転である。しかし、帰国から数日後、スポーツニュースでは白井がまたビッグマウス発言をしていた。

 

『この前の戸髙だっけ?試合見たよ?美しく無いね、四回戦ボクサーの方がマシに見えるよ。あんなんでチャンピオンなんて品位が落ちるって。だから戸髙?だっけか、対戦してやるよ。』

 

あくまでも上から目線の白井の言葉、スポーツ紙はこぞって話題にする。元々甘いマスクを持つ白井はテレビ受けする顔であり、彼が話題を作るのは簡単であった。その様を見た戸髙は、フッと微笑んだ。

 

『話題を有り難う、白井君。エリートを倒すのは難しいのはゲーノンラシとの戦いで痛感したけど、知名度のある君が話を広げてくれたお陰でやる気が満ちて来たよ。』

 

戸髙はファイトマネーや名声にはそれほど興味が無い。あるのは、自分より注目されてきたエリートと戦える喜び、ただそれだけである。無名の素人から、コツコツと這い上がって来た自分の集大成、戦うならば勝ちに行くが、きっと負けても自分は満足しているだろう。戸髙はサンドバッグを打つ力をより高め、その日が訪れるまでひたすらにトレーニングに励んだ。

 

白井との試合が正式に決まったのは、それから一ヶ月後、試合日程は年末のメインイベントに決まった。試合まで三ヶ月、戸髙は変わらずトレーニングを続けた。一方の白井は、各種テレビ番組に引っ張りだこ、公開スパーリング以外は特に厳しいトレーニングもせずに過ごしていた。互いの試合までの過ごし方は真逆ではあるが、試合本番まで、結果は予想出来ない。戸髙は白井のパフォーマンスは強さへの絶対的自信であり、裏ではしっかりと練習していると予想、試合のビデオを何度もチェックし、相手へ付け入る隙を見逃さぬようリピートする。戸髙に油断は無い、白井の顔が異常な迄に綺麗である事、それは相手の技術が高い事である証明だと悟っているからだ。

 

『アマチュアの戦績が40回以上もあって、プロ戦績も11戦してるのにあの顔だ。故に挑発には乗らず、ひたすらにトレーニング、俺にはそれしか無いからね。』

 

平均的な日本人の見た目であり、派手な生活も浮き名も無い苦労人な戸髙は雑草のサムライボクサーと後にあだ名される。向こうが天才と言われるのと対比されたが、戸髙としては嬉しい誤算があった。防衛記録を重ねても中々発足しなかった後援会が結成、更には地元の中小企業が戸髙の生い立ちに共感してか多数のスポンサーとして付いた。有名な人間が煽る事で足場が固まっていく皮肉、ただしあくまでも戸髙は水産物加工業社員兼ボクサーのままで自らの道を全うするのだ。体が満たされても、心は常に空腹でありたい、それが戸髙の戦う力となるのだ。

 

 

迎えた公開検量の日。この日初めて戸髙は白井と顔を合わせる事になる。白井の第一印象は、テレビで見るのとは違い、傲慢な人間と言うイメージとは異なっていた。

 

『パフォーマンスだけじゃなくボクシングも上手い、天才っているもんだな。』

 

戸髙は検量前にそう白井に賛辞を送る。皮肉でもない正直な言葉、故に白井も戸髙へと言葉を返す。

 

『記者会見じゃちょっと失礼な物言いになりますが、スポンサーサイドがどうも悪いイメージ付けてくれたせいで引くに引けないんで……』

 

戸髙はこれが本来の白井なのだろうと素直に受け取った。天才とは基本的に努力はしているのだ、それに才能が付いてあのような強い力を持つ。故に、戸髙も会見ではやや好戦的な物言いをすると明言した。互いに憂い無く試合を迎え、互いを本当の意味で称えたり罵ったりするのはその後でいいと告げた。

 

無事に検量をパスした二人、改めて戸髙は白井の横に立ちファイティングポーズを取る。身長は170より下、リーチも短いが、小さい分筋肉の鎧を付けれると言う意味では決して不利では無い事は戸髙にも判った。絞られた白井の体はそれこそ盛り上がる所は盛り上がったパワーのありそうな姿をしているのだから、戸髙は尚楽しみが増えた。

 

記者達の前でポーズを取った後、記者会見に入った。白井は対外用の飄々とした表情に変わり、如何にもな態度で記者達の質問に答える。

 

『戸髙選手への挑発とも取れる言葉がありましたが、あれについての理由をお願いします。』

 

『理由?事実だからだよ?俺負けねぇし。』

 

横で聞く戸髙はニコリと笑った。言葉そのものに嘘は無い。勝つ為の身体を作ってきたのだ、ボクシングに限らず、格闘技をやる者が負けに行く為に戦うような事はしない。対外用にアレンジしながらも、白井が自分との対戦を楽しみにしている事を感じた。

 

『えー、戸髙選手、統一戦二回目の挑戦となりますが、白井選手について何か一言ありますか?』

 

『いつも通りの力を出していければ負け無い、白井君の綺麗な顔にダメージを与えたい。』

 

戸髙の言葉に、白井もニコリと笑った。本気で行くし、かつ綺麗な顔と表現した事で、自分自身の強さを認めてくれていると察したのだ。ビッグマウスばかり取り上げられているが、白井がこれまで対戦してきた相手は強い相手ばかりである、逃げと口上だけでチャンピオンに等なっていない事を、戸髙が理解していた、それだけで白井のやる気は上がっていた。

 

記者会見後、二人は正面で睨み付ける形になった。勿論、対外用のパフォーマンスではあるのだが、まっすぐ相手と対峙する事で相手のコンディションやウィークポイントを探ると言う意味合いもあるのだ。表情そのものは穏やかながら、二人の視線は戦う直前とでも言うように真剣だった。

 

(宜しく、戸髙゛さん゛)

 

(臨む所だ、白井君)

 

 

試合当日の朝、戸髙は最高の状態で迎えられた。世界戦も数試合経験すると、緊張で眠れなくなる事もさして無くなる。食事もきっちりと取ったので、検量時よりも5kg増え、肌の色ツヤも良くなっている。試合当日は練習メニューを軽いものにし、疲労しない程度にする。後は……万全のまま、試合に臨むだけだ。

 

午後五時半、後楽園ホールに入った。白井も少し遅れて到着した。試合開始は六時半、互いに早めに現地入りし、念入りな準備をする。戸髙は会長を相手にミット打ちをして身体をアップしていく。パンチの音は記者達がオオッと声を上げる程に大きい。対する白井も、後輩のボクサー相手にミット打ちをして身体をアップしていく。こちらのパンチも記者達が感嘆の声を上げる。

 

試合開始の30分前、観客が続々と来場していく。チケットは前日からの販売だったが僅か三時間で完売、テレビ放映権を獲得したテレビ局の煽りVTRが放映される中、戸髙はバンテージを巻き直し、試合で使うグローブをはめる。日本製8オンスグローブ、はめる前に会長が妙なものが入っていない事を確認して装着する。黒いガウンに身を包んで椅子に腰掛けながら、始まりのゴングとレフェリーのアナウンスに耳を傾ける。

 

『只今より、本日のメインイベント、WBA、IBF世界スーパーライト級統一戦を行います!

 

選手入場、始めに、青コーナーから、IBFチャンピオン白井尚弥選手の入場です!』

 

白井がアナウンスの後、入場曲と共に行進する。戸髙とは対照的な白いガウンを身に付け、シャドーはせずに軽くステップを踏みながら入場する。人気選手故か、会場の歓声は熱狂的と言う他無い勢いがあった。白井は不敵な笑みを浮かべながら、リングロープのトップを握ると、軽々と飛び越え、そして大歓声に右拳を高々と挙げて応える。

 

『いよいよ俺の入場か。』

 

『戸髙、気負うな、いつも通りに行け。いつも通りに、最大限のリスペクトを持って……』

 

『そして倒す。会長、行きましょう!』

 

戸髙は入場する花道奥に構え、アナウンスを待つ。

 

『続きまして、赤コーナーより、WBCチャンピオン、戸髙政夫選手の入場です!』

 

戸髙のアナウンスと共に、入場曲が流れる。彼が世界チャンピオンになって以降使い続けている曲は、MJの名曲、beat itだ。音楽会で頂点に立った男の直向きな精神をリスペクトしていた彼にとって、それにあやかり、かつあやかるからには頂点であり続けると言う意思表示を示していた。人気選手たる白井の後だけに歓声や拍手は劣るが、それでも、後楽園ホールに足を運んで試合を観て来たコアなファン達は、彼に惜しみ無い声援を送っていた。後援会と思わしき一団の掲げる雑草魂とサムライの文字、彼の泥臭くも直向きな精神をリスペクトする言葉を見て、戸髙は尚気合いを入れる為シャドーをしながら入場していく。そしてロープを握り、セコンドに開けてもらって潜ると、頭を四方に下げながら静かに微笑みを浮かべた。

 

 

ベルト返上の儀式と国家斉唱を行い、戸髙はガウンを脱いでマウスピースを嵌める。そして白井と正面で向かい合った。はち切れんばかりの筋肉を露にした白井、その目は完全に戦う目へと変わっていた。互いに目を逸らす事なく睨み合いながら、レフェリーの説明を聞く。説明が終わるとどちらからともなくグローブを突き付けた。

 

『ラーウンドゥワーン……』

 

ゴングが鳴った。直ぐに近付き、再び拳を合わせる。

 

『しししっ!』

 

仕掛けたのは白井だった。拳を合わせてから二秒、三発ものジャブとストレートを繰り出す。戸髙はジャブをかわし、ストレートを額で受けて流した。

 

『フッ!』

 

受け流しながら戸髙はボディブローを見舞うが、白井は最小限の動きでそれをかわし、再び攻勢に出る。ワンツー、その後視界の外から来るようにフックを当てに行く。戸髙もワンツーに合わせるよう突き出した左手でジャブを繰り出しつつ、フックと交錯するようにストレートを放つ。だが互いにそれらはヒットせずに空を切る。戸髙はアウトボクシング、白井はミドルレンジ気味のインファイトと、スタイルは違うが、アウトボクシングの戸髙も非常に積極的であり、受け身ではない。

 

(白井君は速いな、視界と真逆に攻撃が正確に飛んでくる。故に読みやすいが!)

 

戸髙は左ジャブを放ちつつも距離を取らずむしろグイグイと白井へと迫る。白井もそれに応えるが如くジャブをかわしつつアッパーやフックで返して行く。四回戦ボクサーならばこの攻防で息切れするのではと言う程に激しい打ち合いとかわし合いを繰り広げているが、互いに殆ど消耗無く応酬が続き、あっという間に第1ラウンドが終了した。

 

 

『白井の動きは速いが、お前の動きも負けて無いぞ!ボディに気を付けながらあのガードを抉じ開けるんだ!』

 

『うす、会長。』

 

会長の励ましを聞きながら、インターバルを終え、再び立ち上がる。第2ラウンド、今度は戸髙の方から攻撃を仕掛けた。左ジャブからの攻撃と見せ掛けた右ストレート、からの左フック、白井は驚異的な反射神経で両方をかわす。戸髙は安定したステップで白井に迫りながら、コンビネーションを織り混ぜて放つ。7発のパンチを巧みにダッキングでかわし、最後のジャブにカウンターで返す。戸髙はカウンターを頬をかすらせるようにして受け流し、至近距離からのレバーブローを当てた。白井は少ししゃがむようにしてレバー部の直撃を外し、返しに鳩尾へとアッパーを打つが、戸髙は身体を逸らす事で胸筋の方で受け、左ジャブを右胸付近に当てて距離を取った。

 

(今のボディは危なかった……肉薄しても距離を取っても強い!)

 

ポイント的には互角と言っていい戦いだが、戸髙は白井のセンスにやや呑まれそうになっていた。視線外からの攻撃を巧みに繰り出しつつ、自らは防御を最小限にかわす、綺麗な顔でいられる訳だと戸髙は感じた。

 

だからこそ、戸髙はスタイルを変えた。インファイトで肉薄する道を選んだ。これは会長にも伝達済みであった。元々戸髙はどちらかと言えばインファイトが得意なのであったが、白井のリーチを鑑みてアウトボクシングで戦おうと思っていた。しかし白井はアマチュア時代、アウトボクシング殺しと一部のコアなファンから呼ばれる程の人間で、このまま戦えば白井のペースになると悟ったのだ。勿論、白井のアウトボクシング殺し等は戸髙の耳には入っていないのだが、本能的に危険を感じた。

 

インファイトに変えてから、白井の猛攻をある程度被弾覚悟で掻い潜り、戸髙は右フックを白井のテンプルへと当てた。白井は若干顔をしかめるが、懐に深く潜り込んだので今度は右フックをボディの浅い所に貰った。互いにぐらつくが体勢を立て直し、近付き過ぎず離れ過ぎず、互いの有効打を当てて行く。戸髙は顔に四発程有効打を貰った、対する白井はテンプルの一発のみ、しかしボディへのダメージは戸髙が三発に対し白井が五発、ポイント的には白井が若干リード位で、見る側的には互角だった。

 

『はぁっ、はぁ……』

 

『白井、ボディをくらい過ぎだ!顔面へのヒットに拘るな!打たせて倒す向こうのスタイルに付き合うんじゃない!』

 

『ああ……分かってんだけどさ……あの人は付き合うどうののレベルじゃない。見極めながら行くよ。』

 

 

一進一退の攻防を繰り広げて、試合は第10ラウンドに突入していた。オープンスコアリングでは白井が僅かにリードしているものの、戸髙に焦りは無い。むしろ、今までまともな有効打を受けて来なかった白井の方が見た目以上にダメージを受けていた。白井はデビュー戦から、長期ラウンドにもつれ込んだ試合を経験していない。対して戸髙は、四回戦時代は判定決着までもつれ込む事が多く、世界戦挑戦まで第5ラウンド以上と言う戦いもざらで、体力のペース配分も頭に入っていた。

 

(白井君はとにかく顔にヒットさせるのは難しい、かと言ってボディばかり狙えば意図を瞬時に悟られる。いつも通りのスタイルを、いつも以上に!)

 

戸髙は残りのラウンドで止まらぬスパートをかける事にした。有効打を当て続ければ勝機が見える、ただし、顔面は着実に腫れ上がっており、視界は残りラウンドで完全に塞がる可能性が高い。戸髙に迷いは無かった。白井のガードは高いままだったが、息が弾んでいるのが目に見えて良く分かる、戸髙は前へ前へと進み出て行く。白井は意図を読んでカウンターを狙い、戸髙が左ジャブを放った瞬間、渾身の右ストレートを戸髙の鼻へとヒットさせた。勝負はついた、普通のボクサーならば。

 

『ヴェアッ!』

 

白井の顔が歪んだ。右ストレートがめり込んだ事で勝ったと思った一瞬、戸髙の右ボディが深々と白井の鳩尾を捉えたのだ。見た目的には鼻を折られた戸髙の方が悲惨だったが、本人達のダメージで見ると、白井の方がエグいダメージを受けた。この間に戸髙は立ったまま、白井は片膝を付いていた。

 

〔ダーウン!!〕

 

場内がその場面を見て騒然とした。顔がボコボコな戸髙がぐらつきもせず立ったまま、綺麗な顔の白井が苦しい表情を浮かべて片膝になっているのだ。白井は何とか8カウントで立ち上がったが、息が非常に荒い。

 

『よし、続けよう、白井君!』

 

戸髙のその声に反応した白井は、パンチを連打する。目に捉えられぬジャブを連発しながら、戸髙の折れた鼻を執拗に攻撃せんとパンチを浴びせたが、戸髙は構わず打たせ、死角からのアッパーを今度はレバーへと叩き込んだ。千鳥足になりながらも白井は戸髙の鼻へとまたパンチを浴びせた。血がかなり流れているため、負傷による判定に持ち込むつもりだ。戸髙は鼻へと吸い込まれるパンチを受け流し、クロスする形で白井の顎へと今日一番の有効打を当てた。

 

『おあ……』

 

信じられないと言う表情のまま、白井はマットに沈んだ。戸髙はと言うと、やはりぐらつきもせず、ただし鼻血が止まらぬ状態のまま、その様を見ていた。ダウンのアナウンスと共に、両陣営からタオルが投げられた。両者のダメージが深刻なものだと悟ったセコンドの判断はほぼ同時だった。

 

『ふふっ……白井、君……決着は出来なかったね……』

 

そう言うと、戸髙は膝を折ってリングに座り込んだ。決着の付かない結末に、静まり返る場内。しかし、白井が立ち上がり、戸髙の止血が済んだ時、両者に割れんばかりの拍手が起こった。この試合は無効試合となったが、試合後の両者がリング上で笑顔のまま握手し、互いの健闘を称えあった時、勝敗等どうでも良くなっていた。

 

『全く、ここまで鼻をへし折られたのは君だけだよ。俺も君もまだ若いし、また強くなってリベンジだな。』

 

『はは、あんな重いパンチ人生で生まれて初めてだよ、今度は負けねぇから、戸髙さんもその間に負けないでよ?』

 

『ああ、勿論。今度こそその綺麗な顔を伊達にしてやるよ!』

 

エリートと叩き上げ、日本人同士の統一戦は、こうして幕を閉じた。

 

 

ボクシングの選手の経歴は様々である。小学生から始めた者から、社会に出てから始めた者まで。しかし、どの選手にも言える事は、リングに上がれば後は拳で語るのみ。彼等の人生の一端を、ボクシングと言う一見すると野蛮な殴り合いで見るのはどうかと言う者もいるだろう。だがそこには、筋書きの無い語りが存在するのだ。健闘した彼等に、ただただ敬意の拍手と歓声を……

 

 

 




拝読、ありがとうございました。

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