Akiの演奏が終わり、STARRYの本日の全ライブが終了した。興奮冷めやらぬまま観客は満足した顔を浮かべてSTARRYを後にする中......
「............」
ヒモが姿を現す事はなかった。客が全員帰宅し、星歌達スタッフがライブハウスの片づけを始めても......出てくる事はなかった。
業を煮やした星歌は大股でバックヤードに向かう。
「晶羅くん!もうみんな......」
帰ったぞ!と言いかけたところで止まった。
「(あれ? 晶羅くんは?)」
いるはずの彼はどこにもいなかったから。
しかし人生経験においてヒモより長いものを持つ星歌は......
「(いや、人の気配はする。この中にいる)」
と気づき、辺りを見渡す。そして......
「(そこだ!)」
星歌はロッカーの扉を勢いよく開ける! ......だがいない。
「(そこか!)」
よくひとりが身を隠しているポリバケツ二つの蓋を勢いよく開ける!......が、いない。
「(まさかこの中に!)」
一度も使われる事なく放置されていた「完熟マンゴー」のダンボールを持ち上げる!......が、中には誰もいなかった。
「ったく、どこにいったんだ」
半ば呆れながらステージに向かった星歌は「掃除をしてれば出てくるだろう」と考え、巻かれていた幕を広げると......
「あ、こんにちは」
先ほどまでAkiとして堂々たる演奏をしていたヒモが出てきた。
「いや、かくれんぼかよ」
──────
「もう虹夏達含めて全員帰ったから出てきていいぞ」
ステージ脇の幕にくるまって一人かくれんぼをしていたヒモに対して星歌はジト目を向ける。
ヒモが隠れる理由。それは当然「Aki」の身バレを防ぐため。Akiの演奏が終わった直後にバックヤードから出てくる人がいれば......十中八九、客にAkiだとバレてしまう。それを恐れてヒモはライブが終わってから十分以上経つというのに
「ったく、奥から出てこないのは分かるがバックヤードの中でまで隠れる必要はないだろ......」
奥にはそもそも関係者以外入ってこないというのに、ヒモは簡単には見つからない幕の内に隠れていた。事実、(途中からちょっと楽しんでいた)星歌もすぐに見つける事ができなかった。
「いや、誰かが入ってくるかもしれないじゃないですか」
「心配しすぎだろ......。ここには私含めスタッフしか入らん。虹夏達、今日のバンドのみんなも演奏終わってんだから。「初めてのライブお疲れ」って名目で今日はあいつらのバイト免除にしてるからな。私とあいつはいるが......スタッフには事情を話して良かったんだろ?」
これまで明海と郁代しか知らなかったが......ライブをするにあたって星歌と
衝立を用意する役割も担う店長の星歌は勿論、ライブ中の音響調節をするにあたってSTARRYの設計上、PAさんからは衝立の奥が見えるようになっていたから。無用な混乱を防ぐためにAkiについて話した。
アルバイトのシフトが入っていた虹夏とリョウは「掃除をしていればAkiを見られるかもしれない!」と考え、最後まで「ここで働かせて下さい!ここで働きたいんです!」と言い張っていたが......全てを知る郁代が二人を説得した。
尚、ひとりは労働がなくなって「うへうへへ」と喜んでいたらしい。
「いきなりでしたけど、ありがとうございました店長」
ヒモが昨日の夜......いや、妄想が長かったために今日の朝、電話をした相手は星歌であった。こんなギリギリだったのにライブを用意してくれた事にヒモは腰を折って感謝する。
「確かに昨日の夜、突然電話がかかってきた時は驚いたが......いい演奏だった。......凄かった。おかげで
「(ぼっちさんがヒキニートENDを回避できたようで本っ当に良かった)」
ヒモはガチで安堵した。未来ある若者の命を一つ、救ったと本気で考えている。
「Akiの正体、私は女の子だと思っていましたが......まさか少数異端者が言っていた事が本当だったとは。驚きました」
同じAkiのファンでも郁代のようなオープンファンではなくPAさんは隠れファンであった。ミーハーも多いAkiのファンを表面上は見下しながらも実は熱狂的なファンであるという厄介なタイプの。年齢からくる自重か、郁代のように突然「ファンです!」と宣言する事はないが、しかし内心のテンションはとんでもない事になっている。
「音戯アルト」名義でゲーム実況も行っている彼女は希少種の一員ではなくむしろその逆。別垢を作って希少種に対して「妄想乙」「現実を見ろ」などと幾度となく書き込むような人種である。
PAさん(以後、地の文からも「さん付け」が消えるかもしれない)の匿名アカウントは希少種を嘲笑う人達のシンボルのような存在であった。本垢よりもフォロワー数が圧倒的に多い状況に
お互い匿名垢なので気づく事は永遠にないだろうがネット上で郁代とPAは壮絶なレスバを繰り広げた事すらある。だが真実を知ってしまったため本日をもってそのアカウントは消滅するだろう。ある界隈で大騒ぎになる事はまた別の話である。
話をPAから星歌に戻そう。
「な、なあ晶羅くん。たまにでいいからまたここでライブしてはくれないか?」
ライブが終わり虹夏達も帰ってからヒモを見つけるまでの数分間、星歌は本日の売り上げ結果を見て軽く意識が飛んでいた。今まで見た事がないような金額がそこには書かれており、この一日だけで一ヶ月以上に相当する売り上げを記録した事を意味していたから。
下世話な話であるかもしれないが、経営者としては当然の誘いである。
「そもそも今まであまりライブが好きじゃなかったですからね......。でも本気で演奏して、衝立越しではありますけど初めてAkiに対する歓声が聞こえて......楽しかったです。今まではカメラに向けてのみの演奏でしたから」
「ヒモ」としてではなく「Aki」として初めて人の前で演奏して......柄にもなく興奮した。
「もしまたライブをするとしたなら......是非STARRYで」
この男、姉を通してこの世界に足をつっこんで長いというのに......相変わらずバンドやライブハウスに対して苦手意識を持っている。新しいライブハウスを訪れるとしたら......それ相応の覚悟が必要になる。姉も世話になっているSTARRYはヒモが安心して過ごせる数少ない
星歌はきくりに感謝しなければならない。
「そっか、ありがと。あ、もうお客さん全員帰ったみたいだぞ。もう
「分かりました。ありがとうございます」
ヒモは星歌に一礼してからその場を後にする。
「な、何で紐川がここにいるの?!」
バックヤードから出るその瞬間を一人の少女に見られながら。
──────
ヒモがバックヤードを出たのはライブが終わってから三十分近く経った時だった。会場には誰も残っておらず星歌も全員帰宅したと勘違いした。STARRYでは最後にトイレ掃除を行うため、先ほどまでトイレに籠っていたこの少女を見逃してしまったのだ。
少女は「Aki」のライブを聞いて、強いインスピレーションを受けた。トイレ自体はとうに終わっていたのだが、このアイデアを忘れないよう、籠ったままスマホでメモをしていた。彼女は集中していると時間を早く感じてしまう。
「(さ、三十分も経ってる......!)」
自らを狂犬だと思っているチワワのような彼女は......
「(ライブが終わったのにずっと居続けたら怒られる!)」
と思い、急いでトイレを抜け出してライブハウスから出ようとした時に......丁度奥から出てくる顔見知りを見つけた。
「な、何で紐川がここにいるの?!」
ヒモと同じ中学出身であった彼女はヒモの事を知っていた。
「それもバックヤードから......」
少女は初めての場所に訪れる時はいつも綿密な調査を行う。......初対面の相手と会話する時は緊張するから。
「(でも紐川がバイトしてるなんて書いてなかったし......何よりライブ中見た事なかった......)」
バックヤードから出てくる人物といえばスタッフか演者くらい。少女は最初の「結束バンド」からライブを見ていたが......ヒモがステージに上がってライブをした記憶などない。消去法で考えると残すは
「あ、貴方が!」
Akiの身元、一瞬でバレる。それは危惧すべき事なのだがヒモは別の悩みを抱いていた。
この少女、確かに「紐川」と言った。つまり少女はAkiだけではなくヒモについても知っているのだ。
「(......誰?)」
が、ヒモは少女の事を知らなかった。
原作読まれた方なら多分最後の人が誰か分かると思いますが......口調が違ったりしたら教えて下さい。作者はキャラの口調を声、というか聴覚のイメージで把握しています。まだアニメで出ていないキャラは漫画で読んでも把握が難しいんです(なら出すなよ、は禁句です)。