「晶羅君はちゃんとお前達のライブ観にきてたぞ。......ってまだ来てないのか?」
話は居酒屋に立ち戻る。虹夏達が飲み物を注文してから少し経った後、星歌とPAも店に到着した。テーブルを見てみるときくりの周りにジョッキがいくつも散らかっており、星歌は一瞬で状況を察した。彼女を抑えるべくきくりの隣に座る。きくりの隣に座っていた郁代は喜んで星歌に席を譲った。
「喜多ちゃんお疲れ〜」
郁代が席を移動した事で学生は学生で、大人は大人で固まるような構図となった。
「す、凄い人でした......」
基本誰とでも仲良くできる陽キャの鬼(ひとり談)の郁代であってもきくりの相手は難しかったようである(そもそも会話が通じなかった)。
「先輩〜ご馳走様です〜」
「お前は奢りじゃないって......虹夏伝えたよな?」
虹夏は姉の問いかけに首を縦に振って答える。
「れも先輩〜今日のライブで懐暖まったれしょ〜」
大人組の方を見てみれば星歌にウザ絡みをするきくりの姿が。
「(店長さん、大変そう......)」
先ほどまであの場所には郁代がいたのだが......きくりのウザさは倍増しているように思えた。
「でも喜多ちゃんもお姉ちゃんもヒモ君見つけたんでしょ〜。私も探してたんだけどな〜......どこにいたの?」
「えっ......!?」
「(ど、どうしよう......私も客席で実際に見た訳では......というより多分ライブの準備で客席にはいなかったでしょうし......。でも伊地知先輩、ライブ中も凄く探してたから適当な場所を言えば「そこ私も探したんだけどなー」ってなる可能性が! ていうか何でヒモ先輩はまだ来てないんですかっ!)」
虹夏の素朴な疑問に郁代は返答に困っていた。話を逸らすかのように横目でリョウをちらっと見てみると......
「美味しい美味しいご飯だ最高」
リョウは並んだ料理をただ無心で食べ続けていた。
「リョ、リョウ先輩どうしたんですか......?」
「久しぶりのご飯だから。食べれる内に食べとかないと」
「ヒ、ヒモ先輩の家で食べてるのでは......?」
「............」
「あー、リョウ、ヒモ君の家に通い過ぎてその......実質的な出禁になっちゃったというか......」
虹夏や郁代もたまにヒモの家に訪れるが、リョウはほぼ毎食やって来ていた。「優しさと甘さは別物」がモットーのヒモにとって、その状況は次第に看過できないようになり......一週間のうち4回目以降は200円を徴収するようになった。虹夏からしてみればそれでも安すぎると感じるのだが......リョウが一食に200円などという大金を使える訳が無い。リョウはサブスクの無料ユーザーのような扱いを受けるようになってしまい、週にその3食以外は再び草を食べる生活に戻ってしまったのだ(リョウの冒険についてはまた今度)。
「リョウはリョウだから。あれ? そういえば私達さっきから3人で話してたけど「結束バンド」って確か4人だったよね......?」
「そういえば先ほどから後藤さん、会話文にもモノローグにも出てきませんね.....」
「って! ぼっちちゃん!?」
虹夏と郁代が辺りを見渡して、ようやくテーブルの隅に見つけたひとりは......白く、そして冷たくなっていた。
「ぼっちちゃん......死んでるね」
「新しいギター、探さないといけませんね」
項垂れて倒れるひとりは......しかしまだヒトの形状を保てている。であるのなら彼女がなぜこうなってしまったのか、確かめる事ができるかもしれない。
「伊地知先輩見て下さい! 後藤さん、スマホを凄い勢いで握りしめていますよ!」
「スマホで何か地雷踏まれちゃったか......? でもぼっちちゃんと連絡する相手って私達か家族くらいだろうし......」
当然ひとりのスマホはロックされているが......そもそも既に事きれた死人とはいえ他人のスマホを勝手に見るのは憚れる。
「ぼっちがショートしてるの、多分これ」
先ほどまで一心不乱に食べ続けていたリョウがおもむろにスマホを取り出して答える。テーブルの上の皿は......既に空になっていた。リョウは虹夏達にトゥイッターの画面を見せる。「世界のYAMADA」と書かれたアカウントでログインした状態で。虹夏はリョウのアカウント名に目を半目にしながらも......表示された呟きに目をやる。
『Akiのライブ行ったらその前に「結束バンド」ってバンドがライブやってて......最初のギターソロが凄かったんだがあれはww』
『ニヤついたサングラスギターほんま草』
『ギター凄いのに滲み出る陰キャ臭ww』
「Akiのライブで見てた人も多かったからか、注目度も高くてバズってる」
それらひとりを笑う投稿は......バズっていた。Akiのライブによって「結束バンド」の知名度はネット上で急上昇していた。......話題のほとんどがひとりの珍妙さによるもので有名と言っても「悪い方で」という枕詞が必要ではあるが。
「デジタル......タトゥー......」
「後藤さん......? 後藤さぁぁぁぁぁぁん!!!!」
ひとりは最後にそれだけ言い残し......四散した。
──────
「喜多ちゃん、ぼっちちゃんは?」
ロインを開きながらひとりの様子を見守り続けていた郁代に虹夏が尋ねる。
「後藤さんでしたら散らばった破片が一箇所に集まっています! もうすぐまた後藤さんの形に戻ると思いますよ!」
激しいストレスを受けたせいか、ひとりの身体はミンチのように弾け飛んだ。が、その破片が一箇所に集まり始める兆候を確認したためメンバーは食事に戻った。ひとりが四散した事は一度や二度ではなかったからメンバーは慣れていたのだ。
早速ひとりの頭の部分が元に戻った。
「でもみんな〜初めてのライブだったというのに大成功だったね〜会場の皆、凄く盛り上がってたよ〜!」
「結束バンド」は最初のライブだったが、会場中の観客を見事に沸かせる演奏を披露した。トップバッターとしては完璧の結果を残した。
「だよね〜! 私も凄く興奮したよ!」
「私も。凄かった」
「この調子ならすぐにメジャーデビューできそうだね!」
「メジャーデビュー!? 高校中退!?」
「メジャーデビュー」という虹夏が発した単語でひとりは蘇生した。
「(メジャーデビューってうへへ。たくさんのペンライトが振られているうへへ)」
「(物販して! 売り切れて! グッズもどんどん開発して!)」
ひとりと虹夏の脳内で自分達の輝かしい未来が次々と彩られていく。
「まだ甘い。今日は晶──Akiのおかげで人が集まり、ぼっちちゃんのギターソロで盛り上げたようなもんだ。次からは「結束バンド」で人をたくさん集めて、ぼっちちゃんだけに頼らずバンドの演奏で盛り上げていかないとな。明日からまた練習して、ライブを積み重ねていけばいつか」
「お姉ちゃん......!」
「ノルマは払えよー」
「それがなかったら完璧なのに」
「最後の一言さえなければ......」と虹夏は姉の言動に頬を膨らませた。
──────
「すみません、遅くなりました」
「道にでも迷ってたか? 晶羅くん」
星歌達が到着してからしばらく経った後、いつの間にか席を立っていた郁代に連れられてヒモも店に到着した。
「いえその......道に迷ったというか......契約を交わしたというか、狂犬を自称するチワワに噛まれたというか......」
「いや何だよそれ......」
ヒモはあれからヨヨコとの間でAkiの正体を守る事を約束した後、連絡先を交換して解散した。
「ヒッ!」
そしてヒモが到着した事によって居酒屋の雰囲気は大きく一変した。ヒモの顔を見た瞬間、誰よりも大声で騒いでいたきくりが押し黙ったからだ。
「(そういえばお姉さん、ヒモさんの事苦手にしてたよね......)」
酒に酔って紅潮した頬はみるみる青くなっていき、高らかな笑い声は喉からわずかに漏れる苦笑いに変わる。
「おい! こいつどうしたんだ!?」
きくりが酒を覚えてからの知り合いの星歌であっても彼女のこんな様子は見た事がない。あれだけ酒を飲んでいたというのに既に彼女の中の幸せスパイラルは崩壊している。
「なんだか......いつも見慣れた、馴染みのある顔になってきましたね」
PAの言う通り、きくりの顔は日頃見慣れた「ひとりのような顔」になっていた。
「こいつ! ぼっちちゃんの!」
「あの顔、伝染するんですね〜」
初めて見るきくりの発作に最初は驚いたが、しかしその顔は見慣れた、実家のような安心感を覚える味のある表情に落ち着いた事で一同は冷静さを取り戻した。
一同はひとりによって脳の常識を司る部分を破壊されていた。ただこの中には「ひとりのような顔」を見た事がない人が一人だけいる。
「(え......私いつもこんななの......?)」
自分の表情を客観視した事がなかったひとりは大ダメージを受けた。
「こいつ来た時晶羅君呼ぶべきか......? いや、声だけでも効果ありそうだな。電話? いや、録音でも十分に効果ありそうだ!」
「僕はなまはげか何かですか......」
これまできくりに対して何の攻撃防御方法も持たなかった星歌は、未知の可能性に胸を躍らせていた。
──────
時は少し遡る。ひとりが蘇生するより前、郁代は四散するひとりを見守りながらロインで彼と連絡をとっていた。
『ヒモ先輩、どうしたんですか? もう店長さん達着きましたよ?』
程なくして既読がついた。
『ちょっと色々あってね......。今解放されたからこれから向かうよ』
『場所分かりますか?』
『行った事ないけど地図アプリ見ながら向かうよ』
『じゃあ私、店先に立ってますね!』
郁代は席を立ち、店の外に足を進めた。
「あ、喜多さん。ありがとね」
ヨヨコから解放され、地図アプリを見ながら歩いていたヒモは店先に立っていた郁代を見つける。
「じゃあ入ろっか」
「......少し、二人でお話しませんか?」
店の引き戸に手をかけようとしたヒモを郁代が静止する。
「ヒモ先輩に私、お礼を言いたくて」
それは「結束バンド」の中では唯一、郁代のみが伝えられる言葉で......
「今日のライブ、伊地知先輩と店長さんも言ってましたけど先輩の助けがなかったら台風の影響で殆ど人が入らなかったと思います。私の友達も、先輩達が誘った人も、皆さん昨日の時点で「行けない」って連絡がありましたから」
事実、メンバーがチケットを売った中でライブハウスに足を運んでくれたのはひとりが誘ったファン1号、2号だけだ。
「多分そんな状態じゃ......私達は今日みたいに実力を発揮する事はできなかったと思うんです」
事実、ヒモはその先を想像し、ひとりのような発作に襲われてしまったために今回のライブを実行した。
「先輩が電撃ライブをしてくれたのって......私達のためですよね? だから、お礼を伝えたくて」
そう言うと郁代は頭を下げた。
「何か私にできる事があれば何でも言って下さいね!」
「わ、分かった」
ヒモは郁代のその言葉に辿々しく答えるしかできなかった。
陽キャ陰キャに関わらず返答に困る言葉ランキング第三位!
「私にできる事があれば何でも言ってね!」
今、絶賛何かに困っている訳ではないが、しかし何も言わないと言うのも角が立つ。そして仮に困っていたとしても本当に言って大丈夫か? といった疑問も残される。言葉だけで相手の気持ちを100%理解する事は不可能だ。もし相手が社交辞令で言ってきている場合、本当に困った事を相談すれば......微妙な空気感になる事は明白であるからだ。
陽キャとして多くの人と接しているからか、郁代はヒモのそんな内心を見透かしたようで......
「すみません、ちょっと困らせる内容でしたね。でも私が先輩に感謝していて、何かで報いたいと思っているのは本当ですからね! 私だって色々先輩にお話したい事あるんですから! 今日みたいにこれからロイン送りますから! ちゃんと返して下さいね!」
「えっ! ちょっと!」
「(いつの間にか立場逆転してない!?)」
郁代の話術によっていつの間にか相談に乗る側と乗られる側という立場が逆転した事に抗議しようとも思ったが......
「(たまにはこういうのも......いいのかな?)」
郁代の溢れるエネルギーに振り回される事も悪くはないなと思うようになった。その後、ヒモは郁代と一緒に居酒屋に入りきくりを発作に追い込むのであった。
本作で描くキャラの中で誰が好きですか?(活動報告のヒロインアンケートとは別物です)
-
ヒモと友達に中々なれないぼっちちゃん
-
みんなの虹夏ママ
-
ヒモの料理が恋しい山田リョウ
-
ガチ熱狂ファン喜多ちゃん
-
初期構想じゃクズ設定なんてなかった明海
-
ヒモの顔見た瞬間素面に戻る廣井きくり
-
弁当恋しい伊地知星歌
-
Akiは女性だと信じていたPA
-
マウントヨヨコ