リョウの家が医者だったのでヒモの祖父母は弁護士にしてみました。
13話 クローン!
結束バンド四人揃っての初ライブは何とか成功を収めた。メンバーは確かな手応えを感じて次のライブに向けて前に進み始める。
「(こうして私たちの夏は終わ──)」
「らなかった」
後藤ひとりはカレンダーをただ呆然と見ていた。
「(まだ夏休みが終わるまで半月以上ある。私の夏はまだまだこれからだ!)」
「って、息巻いたはいいものの家とSTARRYの往復だけ......」
ひとりの夏休みはバンド練習とライブの日に下北沢に向かうだけで、それ以外はずっと家。例年と大きく変わらない。
「(今年は虹夏ちゃんやヒモさん達と出会って楽しい夏休みになると思ってたのに......)」
今のところ、遊びの誘いは届いていない。
「受け身のままじゃダメだ! 私から誘わないと!」
最初にひとりが思い浮かべたのは虹夏だった。
「(虹夏ちゃん、そういえばSTRRYでバイト以外の日は家事で忙しいって言ってたよね......)」
次に思い浮かべたのは郁代だった。
「喜多さんは、毎日予定入ってるみたいなんだよね......」
ひとりは(怖くて直接見る事などできていないが)郁代のイソスタが毎日更新されている事を知っている。
一度、何を血迷ったのか郁代のイソスタを訪れてみたが、キラキラした投稿で溢れていた。無論、その輝きにひとりが耐えられる訳がなくひとりはいつもの発作に襲われたのだが。
残るメンバー、リョウについても考えてみる。
「(リョウさんは、喜多さんとは違う系統だけど夏休みを満喫してるらしいんだよね)」
ひとりは一度、リョウは自分の同類だと錯覚しかけた事がある。自らの錯覚に気づいたきっかけである廃墟探索、古着屋巡り、一人映画鑑賞を彼女は楽しんでいるらしい(バンド練習、バイトの時に聞いた)。
予定があるにも関わらずそれを差し置いて遊びに誘う事などひとりにできるはずがない。
「ヒモさんは......あれ?」
ひとりが誘えるとするならば残りはヒモだけ。結束バンドのメンバーの時と同様、
「(ヒモさんは夏休み、どうやって過ごしてるって言ってたっけ?)」
とひとりは過去の会話を思い出す。
「(ヒモさんは......夏休みの午前中は箱根の旅館に手伝いに行ってたり......
「横浜っ!?」
ひとりが住むのは神奈川県横浜市の金沢八景。虹夏や郁代など、ひとりの知り合いのほとんどは東京在住である。
金沢から下北沢に移動するだけで往復で四時間以上かかるため、ひとりが友人と遊ぶためには一日単位で時間を確保しなければならない。だが、横浜まで来てくれる人がいるならば話は別だ。
「ヒモさんを! 誘うんだ!」
ひとりは強い決意を固めてスマホを取り出した!
──────
「えぇっと......やっぱりこうじゃないよね? これだと失礼......だよね」
しかし後藤ひとり。ヒモにメールを送る! と決意してから既に24時間以上が経過していた。
「ああでもないこうでもない」
と言いながら自分で書いた文を消してはまたひたすら書き直していく。
文面はあまり変わっていないのだが細かい言い回しの部分や句読点の位置などという細かい部分にまで気を配っている。
何十回何百回何千回とこの作業は続いており、単純に打った文字数は10万字を超えているだろう。あのコンクールに応募する事ができる文字数だ。
「で、できた......」
昨日から耳にタコができるほどに聞いた「できた」という声。ひとりは布団を頭まで被って集中し、自らの文章を添削していく。
布団を被って周りの音をシャットアウトしているためドスドスと階段を駆け上がってくる音に気づいていない。その足音はひとりの家の前で止まり、勢いよくドアが開かれる。
「もう! お姉ちゃん!? 何度呼んだら気がつくの!?」
「ふ、ふたり!?」
突然の妹の襲来に驚いたひとりは握りしめていたスマホを放り投げてしまう。投擲されたスマホは空中で弧を描き、スポッという音と共にふたりがキャッチした。
「うわぁ! もう! びっくりさせないでよお姉ちゃん!」
「ご、ごめんなさい。その、どうしたんですか?」
「お母さんがご飯できたからお姉ちゃん呼んできてって。何回呼んでもお姉ちゃん出てこなかったから」
「すす、すみません」
周りの音が聞こえないように布団を被っていた自分が悪いと思い、ひとりは頭を下げる。
「お姉ちゃんはいこれ、スマホ」
「あ、ありがとう」
ひとりは、ふたりからスマホを受け取る。
「(さっきの文、
そう考えながら開かれているロインの画面を見る。
「え?」
なぜかひとりが先ほど打った文章が緑のふき出しに囲まれていた。
「(そういえばさっきふたりがスマホをキャッチした時に送信音に似た音がしたような......)」
「マズい! すぐに送信取消しないと!」
そう考えたひとりが即座に行動を起こそうとするが──遅かった。ひとりが送ったメッセージの隣には既に「既読」という文字が書かれていたのだから。
──────
「できました」
「うム。ではこの件でのXの罪責は何だ?」
「はい。本件では刑法35条の正当防衛が成立するかが問題となります。理由は──」
ヒモは横浜の祖父母の家にいた。母方の箱根で温泉旅館を経営している祖父母ではなく父方の祖父母である。父方の祖父は現在は年齢のため息子(ヒモからみれば叔父)に継承させてはいるが弁護士事務所を経営している。ヒモと明海の家計を支えてくれているのはこの祖父である。
ヒモは法律家、法曹を目指している。法曹になるには司法試験を突破しなければならない。司法試験を受けるためには
ヒモは現在予備試験の勉強をしている。尤も、来年になれば大学受験が始まるので今年合格しなかった場合一旦お休みという形になるが。
ヒモは将来法律家になりたいという気持ちはあるものの別の学問も修めたいと思っているため今年の試験に合格するか否かで来年の願書を提出する学部が変わってくるのだ。
法律はただ条文を解釈するだけではなく倫理や哲学とも深い関わりがある学問である。例えば、クローン技術によって生み出された人間が罪を犯した場合、その罪責は誰が負うのか、などである。
とはいえこの小説は『ぼっち・ざ・ソリスト!』であるためそろそろ話題を移す。
父方の祖父、紐川謙信による指導がひとまず終わった時、ヒモのスマホからメッセージを受信した事を知らせる通知音がした。
「ぼっちさんからだ」
ヒモはメッセージを開封してみる。
「こ、これは......」
それは目を疑う内容だった。
『Hey〜! パイセン元気してるぅぅ〜〜?? バイブスあげてこ〜〜!! ナイトプールでサーフィンしようぜウェェ──イ!! (*≧∀≦*)』
「............」
「(一瞬何か見間違えたような気が。ぼっちさんがあんなパリピみたいなメッセージ送る訳がないし。もう一度確認してみよう)」
ヒモはスマホを再起動してからもう一度メッセージを確認してみる。
『Hey〜! パイセン元気してるぅぅ〜〜?? バイブスあげてこ〜〜!! ナイトプールでサーフィンしようぜウェェ──イ!! (*≧∀≦*)』
見間違いじゃなかった。
「(ぼっちさんってたまに常人の常識を超える事してくるし、いつもの発作が起こってるのかな?)」
しかしヒモの立ち直りは早かった。彼は(失礼な意味で)彼女の事を理解しているのだ。例えひとりが酒に入り浸りニートになっても、人間不信になって引きこもっても、何を血迷ったのか路上で刺青入れてストリートファイトを始めても
『ぼっちさんだからな』
で納得できる自信が彼にはある(失礼)。
「もう既読ついてるし、既読無視する訳にもいかないから返信しよう」
「(何て書けばいいかな? このテンションに触れた方がいいかな? いや、いつもの発作による誤爆だと思うから触れない方がいいね)」
ヒモは正解を引き当てた。事実、ひとりは現在自らの失態を悟り文字通り蒸発している。
『元気だよ。ぼっちさんは夏休みどう過ごしてる?』
送った瞬間に既読が付き、程なくして返信が届いた。
『おねえちゃんはまいにちどこにもいかないでいえでごろごろしてるよ』
届いたメッセージは全てひらがなで構成されており、文面もどこか幼さを感じる。そして極めつけは『おねえちゃん』という言葉。ここから導き出される結論は──
「(ぼっちさんショックのあまり幼児退行してるのかな。しかもイマジナリーフレンドを姉に見立てる危険な状態)」
不正解。
『ふたりはまいにちいそがしいのにおねえちゃんはずっとごろごろしててすごい』
「(ぼっちさんが幼児退行した時は自分の事、『ふたり』って呼んでるのかな?)」
不正解。
『おねえちゃんおもしろいからあそびにきてよ』
そして画面の向こうのひとり(ふたり)からヒモは招待を受けた。
「(ぼっちさんの家は確か金沢だからここから近いけど......)」
問題はあった。
『住所教えて?』
『じゅうしょってなに?』
住所を知らなければ辿り着ける訳がなかった。
ぼっちちゃんが誤送信してしまった時、「ウェーイ!イッキ!イッキ!イッキ!」のテンションで書いたそうです。
明海はいっその事、ヒール役にしてみるか......?
本作で描くキャラの中で誰が好きですか?(活動報告のヒロインアンケートとは別物です)
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ヒモと友達に中々なれないぼっちちゃん
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みんなの虹夏ママ
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ヒモの料理が恋しい山田リョウ
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ガチ熱狂ファン喜多ちゃん
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初期構想じゃクズ設定なんてなかった明海
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ヒモの顔見た瞬間素面に戻る廣井きくり
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弁当恋しい伊地知星歌
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Akiは女性だと信じていたPA
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マウントヨヨコ