ぼっち・ざ・ソリスト!   作:マイケルみつお

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14話 本懐!

「晶羅。これで何か美味しいものでも食べなさい」

 

父方の祖父母の家を離れる際、いつもヒモは祖父母から封筒を貰う。そして無論、

 

「明海には内緒じゃよ」

 

ヒモは両親からの愛情はあまり受けてこなかったが両祖父母から可愛がられる祖母ちゃんっ子であった。

 

 

 

 

横浜の祖父母の家を出たヒモはいつもの東京方面とは逆の電車に乗った。当然ひとりの家に向かうためである。しかし先ほどからメッセージで連絡しているひとり(ふたり)から家の場所を聞けていない。

 

「(なら知っている人から聞けばいい)」

 

ヒモは先日、「メッセージを送ってきて下さいね!」と言ってきた郁代の連絡先を呼び出す。

 

『こんにちは喜多さん。今、大丈夫だった?』

 

突然のメッセージ送信だったというのに即座に既読がついた。

 

『勿論大丈夫ですよ! 何かありましたか?』

 

郁代はそのコミュニケーションの積み重ねか、文末に質問を投げかける事を忘れない。

 

『この前、虹夏と一緒にぼっちさんの家に遊びに行ったんだよね?』

 

『はい! バンドのTシャツデザインをしに行きました! 尤も後藤さんの家では決まらなくて最終的には伊地知先輩が作ってくれたんですけどね!』

 

そのバンドTシャツはAkiも参加した大盛況のライブで披露され、ヒモも舞台袖から見ていた服であった。

 

『先輩もあのTシャツ欲しかったとかでした?』

 

郁代はヒモの意図を錯覚した。

 

『いや、そうじゃないんだ。今からぼっちさんの家に行くんだけど場所が分からなくて』

 

『ご、後藤さんの家に?』

 

ヒモがひとりの家に遊びに行く。文面からでは分からないが郁代は画面の奥で「もしかしてデート......?」とひとりのような発作に襲われていた。

 

「あれ? 返ってこない」

 

郁代とのメッセージはここで途絶えた。

 

──────

郁代に何度メッセージを送っても返ってこなかった事からヒモは虹夏に事情を説明し、「人命救助」という名目で場所を教えてもらった。ヒモは自分がしている行動がかつてリョウに対して言った「ガバガバセキュリティ」である事に気づいていなかった。

 

「ここがぼっちさんの家か」

 

ヒモはインターホンを鳴らす。前回虹夏と郁代が訪れた時とは違って横断幕はかかっていなかった。

 

「はぁい!」

 

と言った幼い声と共にドタドタと階段を駆け降りる音が聞こえドアが開かれる。ヒモの目の前には──後藤ひとりの面影は見られるものの彼女よりも一回りも二回りも小さな少女。

これを見てヒモも自らの勘違い(人違い)に気づく事だろう。

 

「ぼっちさんこんなに小さくなって......。一体どんなショックを受けたのか......」

 

ヒモは目の前の少女を後藤ひとりの幼児化した人格「ふたり」として認識した。しかし彼を責める事はできない。

後藤ひとりとは自らの身体をバラバラにしたり文字通り蒸発したりと、おおよそこの世の輪廻の理の外にある存在なのだ。

これまでにも神の定めた事象の地平を安易と超えていったひとりであれば、幼児化などむしろできないはずがない。

 

「?」

「クゥン?」

 

そしてヒモのそんな考えをふたりと隣にいるジミヘンが理解できるはずがなく、「この人頭おかしいのかな?」みたいな視線を向けながら首をかしげていた。

 

 

 

 

「おねーちゃんは二階の自分の部屋にいるよー」

 

ひとり(ふたり)に連れられヒモは後藤家の階段を上り、ひとりの部屋に辿り着いた。扉を開けるとそこには──未だ欠損部位は残っているが確かに後藤ひとりが蹲っていた。

これを見てヒモも自らの勘違い(人違い)に気づく事だろう。

 

「ぼっちさんがついにクローンを......」

 

しかしヒモは別人(姉妹)という結論に達する事はできなかった。

そしてむしろヒモは今朝、祖父の家で考えていたクローンによる刑罰の問題を反芻してしまい、ひとりのような発作に陥ってしまった。

 

「あはは! このお兄ちゃんもお姉ちゃんみたいな顔してる! 変なのー!!」

 

ふたりとジミヘンは、来訪してきた少年の顔が見慣れた姉の顔になったためか、それまで多少抱いていた警戒を完全に解いた。

 

「お兄ちゃん......ヒモさん!?」

 

ふたりのその笑い声が契機となったのか、ひとりは復活を果たした。

 

「ヒモさん......ヒモさんっ!? どうしてここに!?」

 

ヒモは復活したひとりとふたりの間を視線で往復し、ただただ混乱するばかりだった。

 

「ただ肉体があるだけでなく意識まで......。ぼっちさん、君はついに分身の術を──」

「い、妹です! ヒ、ヒモさん! 落ち着いて下さいっ! ふたりは私の妹ですぅぅぅ!!!」

 

ひとりの魂の訴えによってヒモの誤解はついに解けた。

 

「ごめん。ちょっと混乱してた」

 

「いえ、いいんです。それにしてもどうしてヒモさんがここに?」

 

「ぼっちさんから届いたメールに返信したらふたりちゃんから──」

「グワァッ! フラッシュバックゥゥゥゥ!!」

 

ひとりに今朝できた自らの黒歴史を整理する余裕などなかった。だってずっと蒸発していたから。

ひとりは今朝の出来事がフラッシュバックしてしまい──再び呻き声をあげながら蒸発した。

 

──────

ひとりの様子は、普通であれば人々の動揺を誘うものであったがここにいるのは彼女の妹と先輩。ひとりの醜態など日頃から見ており慣れている。

 

「そういえばお兄ちゃん、楽器できるんでしょ?」

 

斃れ呻くひとりを全く気にせずふたりとヒモは会話する。

 

「ドラムとかできる?」

 

ふたりはドラムスティックを二本握っていた。

 

「一応できない......事もないけど」

 

姉の明海に付き合わされ、ヒモは鍵盤以外の楽器も少なからず奏でる事ができるようになった。鍵盤ほどの練度はないものの、上手いと言えるほどであろう。

 

「じゃあちょっと教えてよ!」

 

ヒモの手を取り、ふたりは走り出した。

 

 

 

 

ふたりに連れられた先には──簡易的なドラムの練習器具が揃っていた。ふたりは実際に椅子に腰掛け叩いてみる。──最初の方はいいが暫くすると動きがぎこちなくなり、リズムのノリにのれていない。

 

「途中から上手くいかないんだー」

 

そのぎこちなさをふたり自身、自覚しているのかお手上げのようなポーズをとる。

 

「お兄ちゃん、お手本見せて?」

 

周りにドラムを叩ける人がいない中、ふたりが手本を求めるのはある種当たり前な話だった。ヒモはふたりから椅子を譲られ、高さを調節してからドラムを叩く。

鍵盤のようにプロレベル、には一歩届かないが──

 

「す、凄いよ!」

 

ふたりの胸を輝かせる演奏はできたようである。

 

 

 

 

「どうしてドラムしようと思ったの?」

 

ヒモが抱いた、素朴な疑問だった。姉は勿論、彼女達の父親もギタリストだったと聞く。楽器に興味を持つとしたら──この家の中ではギターだと思っていたから。

 

「この前おねーちゃんの友達が遊びに来たんだけどね? 喜多ちゃんと虹夏ちゃん」

 

先ほど郁代とのメッセージで交わした内容だ。当然その事はヒモも知っている。しかしそれなら尚更疑問だ。虹夏はドラマーだが郁代はギタリスト。やはりギターに興味を持つとしか思えない。

 

「ギターは──お姉ちゃんだから!」

 

屈託のない笑顔でふたりはそう言った。

 

 

 

 

「ほら、曲聞いてると自然に身体動くでしょ?」

 

ヒモは、人が最もノリを感じる曲の一つとされている洋楽を再生する。曲を聴いていると次第にふたりは無意識に身体でビートを刻み始めた。

 

「頭で考えるよりさ、こうやって自然と身体が揺れ動くと思うからそれに任せて叩いてみたら?」

 

人間の直感、というものはある種馬鹿にはできない。直感とは、脳が過去に得た情報や経験や本能という一種のデータベースから脳が無意識的に導き出す思考プロセスだからだ。その情報処理は人間が意識的に行う情報処理よりも速く規模も大きい。

しかし年齢と共に理性は強くなっていき、直感のままに行動する事は難しくなっていく。逆説的に言えば、まだ5歳であるふたりは──比較的直感に任せて動きやすい。

 

「できた!」

 

先ほどまでの演奏とは雲泥の差。

後藤ふたりは「ギターヒーロー」である後藤ひとりとほぼ同じ遺伝子を受け継いでいるのに加えて──姉よりも圧倒的に要領がいい。

たった少しのコツによって、ふたりの才能は開花した。

 

──────

「お、お帰りなさいふたり、ヒモさん」

 

ふたりの練習が終わり、ふたりとヒモはひとりの部屋に戻ると──彼女はもう復活していた。そして時間が解決してくれたのか、ひとりは黒歴史を整理する事に成功していた。

具体的には記憶を自らの奥底に隠すという作業。あのメールに関連する刺激を受けてフラッシュバックをしない限りひとりはもう大丈夫。

 

「ヒ、ヒモさんもありがとうございます。ふ、ふたりのために」

「(こ、ここでヒモさんを遊びに誘うんだ!)」

 

最終的にヒモを呼んだのはふたりであったが、そもそもひとりはヒモを遊びに誘おうとしていた。これはひとりにとっての絶好の機会だった。

 

「ヒ、ヒモさんっ!」

 

「え、何?」

 

「ご、ごめんなさい自分が思ってたより大きな声で......」

 

ひとりはまるで一世一代の告白をするが如く俯きながら言葉を紡ぎ始める。

 

「そ、その! もし良かったらわ、私と!」

 

ただ友達宣言をする事、遊びに誘うだけなのだがひとりにとってそれは異性に告白するほどに高いハードル。

ヒモはただ何も言わずひとりの言葉を待っている。そんな時、ひとりが言葉を紡ぐよりも先にガチャリと扉が開く音がする。

 

「ガチャリ?」

 

「あ、お父さんとお母さん帰ってきた!」

 

「ふたり?」

 

ふたりは勢いよくひとりの部屋を飛び出し階段を降りていった。

勢いを削がれたひとりであったが緊張をほぐしてくれたとも言えるだろう。ひとりは今度こそ、ヒモを遊びに誘う。

 

「ヒ、ヒモさん! その! 私と! ──」

「おかーさん! おとーさん! お姉ちゃんが男連れ込んでる!」

「ふ、ふたり!?」

 

階下から聞こえる妹の声にひとりは顔を青くさせて家族の誤解を解くために超速度で階段を駆け降りていった。

 

「え、その......僕はどうしたら?」

 

一人残されたヒモはただ意味もなく素数を数え始めた。

 

──────

「それで、君は娘とどういった関係なんだい?」

 

ひとりが階下に降りていってから数分が経ち──こうなった。ヒモはまるで彼女の父親から「娘はやらんぞ!」と詰められているみたいな圧力を感じていた。その原因は──

 

「............」

 

ヒモがひとりの父親、後藤直樹からの問いに答える事ができなかったからである。

最初は冗談めいていた後藤父であったがヒモが答えに詰まった様子を見て冷や汗をかき始めた。答える事ができないという事は、本当に親に言えないような関係かもしれないと思い至ってしまったから。

 

無論誤解である。ならどうしてヒモは即座に答えなかったのか。

 

「(あれ? ぼっちさんと僕ってどんな関係なんだろう? バンドメンバー? いや、僕は「結束バンド」のメンバーじゃないし。学校の先輩? いや、僕とぼっちさんは学校違うし。友達? 友達でいいのかな?)」

 

単純にヒモがひとりとの関係をどう定義づければいいのか分からず答える事ができなかったからである。

 

「その、君はもしかしてバスケ部のエースだったりするのかい......?」

 

「え? バスケ部、ですか? 中学の時はそうでしたけど......」

 

直樹は握りしめていた割り箸を勢いのままへし折った。

 

「ギターヒーロー」にはバスケ部エースの彼氏がいる。言うまでもなく「ギターヒーロー」とはひとりの事である。

家族はそのアカウントの事実を知っていたが、そこに書かれている「ギターヒーロー」の言動を大言壮語な虚言だと頭を抱えていた。

しかし! 実際に今、後藤父の目の前に元バスケ部の男子高校生がいる! 

 

「(最初は「娘はやらんぞ!」的なムーブしたかっただけなのに......! どうしてこうなった!)」

 

後藤父はかつてない程動揺していた。

 

「(なんでぼっちさんのお父さんはさっきからこんなにピリピリ......あ、そういう事か!)」

 

後藤父のある種、異常とも言える態度からヒモも感じる部分があったようで──

 

「その、自分とぼっちさんはそういう関係ではありませんよ? 言葉に詰まったのはその、何て言えば分からなかっただけで」

 

何も疾しい事などない。ヒモはなぜ答えに詰まったのか含めて全て話した。

 

 

 

 

「そういえば自己紹介が遅れていましたね、すみません。僕は紐川晶羅って言います」

 

「紐川って......もしかして君があの「ヒモさん」君かい!?」

 

「え、あ、はい。そうですけど」

 

誤解が解けて後藤父からの視線も穏やかなものになった後、ヒモは自己紹介をしたがどうやらヒモの事をひとりの両親は知っていたようである。

 

「(お父さん! 分かってるわね!?)」

 

「(勿論だ! 娘の将来がかかってるからね!)」

 

ヒモの名前を聞いた瞬間、後藤父と後藤母は無言のままアイキャッチで意思疎通をしていた。

これまで友達がいなかったひとりは「結束バンド」のメンバーの事やヒモの事を楽しそうに家族に話していた。よってヒモがどういった人であるかという情報は家族全員で共有されていた。

成績優秀、家事万能、将来性あり。後藤両親はひとりの将来を深く案じていた。しかし! 彼といい関係を築いていれば! 老後の心配筆頭が消えてくれるのだ。

無論、全てひとりの妄言の可能性もあったのだが、先日虹夏と郁代がひとりの家に遊びに行った時に、その話が嘘ではない事を確かめる事ができた。

 

「娘と、これからも仲良くしてあげてね」

 

「は、はい? わ、分かりました」

 

突然の後藤父の発言にヒモは意味を理解する事ができなかったが──とりあえず頷いた。言質を取られた。

 

──────

「お邪魔しました!」

 

「ま、またお願いしますヒ、ヒモさん」

 

「またね! 晶羅くん!」

 

「また来てねお兄ちゃん!」

 

あれから、後藤家で映画を見たり、ふたりのドラムにもう一回付き合ったりして楽しんだ後、ヒモは後藤家を後にした。既に外は太陽が落ちかけており空は夕焼けが支配している。

 

「(ぼっちさんの両親もどこか変だったけど、でもいい人だったな)」

 

ヒモは両祖父母から十分な愛情を受けているとはいえ、彼に両親の良い記憶はあまりない。ひとりの事を、少し羨ましく思った。

自宅に帰るため、ひとりの家から近い最寄りの駅に向かう。

 

「あれ? 喜多さん?」

 

「ヒモ先輩!?」

 

駅に向かう途中、というよりひとりの家から50m歩いて路地を曲がったところに、知り合いがいた。それは今朝、途中で連絡が途絶えた郁代であった。

 

「どうしたの? こんなところで」

 

「え? あ、その! ちょ、ちょっと散歩してたらこんなとこまで......。き、奇遇ですねヒモ先輩!」

 

「(散歩って......ここ神奈川なんだけど)」

 

明らかに郁代は嘘をついている様子だったが、ツッコむ事はやめた。郁代の顔がひとりのような顔になりかけていたから。

 

「い、今から帰るんですか? も、もしよければ一緒に帰りません!?」

 

ここから東京に帰るとすれば使う電車は同じ。ヒモからしても特に断る理由はない。

 

「いいよ」

 

「ありがとうございます! それでは帰りましょう!!」

 

数時間単位でひとりの家の近くにいた郁代の望みは叶った。




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