「それじゃあ後藤さんの家に行ったのは......」
「人命救助のため、かな? 今になって思えばクローンじゃなくて別人の姉妹に決まっているじゃん! 馬鹿馬鹿しい! ってなるけどその時は本気でクローンを疑っていたから」
「(じゃあヒモ先輩は本当に後藤さんとおうちデートをした訳じゃないのね)」
後藤家からの帰り道、ヒモと郁代は
「でも先輩、後藤さんの事が心配で神奈川まで飛んでくるなんて凄いですね。......東京から結構遠いですよ」
尚、郁代はヒモに対して、「ここまで散歩で来た」と説明している。
「いや、今日は横浜にいたから」
「今日が横浜のお爺様のお家に遊びに行く日だったんですね!」
ヒモが横浜の祖父母の家に遊びに行く事は「結束バンド」のライブ打ち上げの時に話した内容で、当然郁代の脳内に一言一句そのままにインプットされている。
だがいつ行くのか、その情報を郁代は持っていなかった。
しかし郁代にとって何時、という情報は肝要。なぜなら......
「(横浜に行かれる日はヒモ先輩をデートに誘えませんから!)」
郁代とて夏休みは暇じゃない。色んな予定が入っている。クラスメイトとの遊びの予定や他のバンドの勉強など。当然、その中には「結束バンド」の練習も入っている。
多忙なスケジュールを抱える郁代にとって、ヒモが誘いを受けてくれる日を知る事は何よりも肝要だ。
無論、郁代にとって夏休みの最優先目的はAkiであるヒモとの距離を縮める事であるためその気になれば他の予定を断る事もできるのだが、友達関係を大切にする郁代にとってそれはあまり採りたくない、いわば最終手段だった。
「(先輩は今日横浜のお爺様の家に行かれた。ヒモ先輩は以前、横浜に行かれるのは週に一回程度って言ってたわ......。それなら! 明日は必ず空いているはず!)」
そして郁代も明日は何も予定が入っていなかった(消し去った)。
「ヒモ先輩......その、明日は何か予定あったりしますか?」
ひとりと違ってその言葉を捻り出すのに、郁代は一日単位の時間を必要としない。
「もしよければ明日、どこか行きませんか?」
計画は順調。ヒモは祖父母の家を訪れる以外は原則として暇だという事を郁代は聞き出している。夏休みの宿題も既に終わらせ、課題を理由に断られる事もない。郁代の勝利は確実!
「ごめん明日、ちょっと予定あるんだ」
「え......でも、横浜には週に一回って......」
郁代の論理には大きな見落としが存在した。
「明日は箱根の祖父母の家に行くんだ」
母方の祖父母に対する検証を行っていなかった。
「(あ、あはははは。そうですよね。なんか分かってました。そんな気は......していました)」
片道2時間以上はかかる道のりを移動し、数時間単位でひとりの家の近くで潜伏し、ようやく目的を達成できると思い込んでいたのにこの仕打ち。
「(私、何やってるんだろう......)」
郁代は自らの行動を振り返り──ひとりのような発作に襲われかけていた。
だが、神は可愛い郁代を見捨てない。
「もし良かったら、箱根に来る?」
ぼっち・ざ・ソリスト! 箱根編、開幕!
──────
「〜〜〜〜!!」
郁代は自室のベッドに寝転がり、鼻歌を歌いながら上機嫌にスマホを両手に大切に抱えていた。
「(もうすぐ、ですかね?)」
話は電車の中に立ち戻る。
「え、良いんですか!?」
ヒモとのデートを諦めかけていたその時、救いの手は差し伸べられた。
「うん。手伝いと言っても一日中拘束される訳じゃないからね。あと母さんの影響で防音室もあるからギターを持ってくれば練習もできると思う」
郁代は数少ない、「結束バンド」の中では唯一ヒモの正体を知る者である。必然的にヒモがギターを弾ける事も知っている。虹夏達には内緒で郁代のギターをみた事もあった。
「結束バンド」の実力が上がる事は、彼が推している後藤ひとりがより輝くという事を意味していたから。ヒモは依然として後藤ひとりの正体が「ギターヒーロー」である事を知らない。
「箱根だから当然温泉もあるし、楽しめると思うよ」
「温泉!?」
郁代は目をキターン! と輝かせて前のめりになり、ヒモの提案に首を縦に振る。
「(温泉なんて! 良いじゃない! ヒモ先輩のお婆様の家に泊まれば......更に先輩と仲良くなれる! それに......先輩の家族の方とも仲良くなりたい!)」
ヒモの脳内では日帰り前提だったがいつの間にか郁代の頭の中では宿泊に変換されていた。
「そろそろ降りる駅だ」
そうしている内にヒモの最寄駅に電車は到着する。
「本当ですね! あっという間でした!」
郁代の最寄駅は数駅先なため、ここで二人は別れる事になる。
「住所とかその他諸々は帰ってからロインするよ」
「分かりました! それでは待っていますね!」
その後郁代はスキップしながら帰宅し、勢いそのままにベッドにダイブ──現在に至る。
「(早くロイン来ないかしら......)」
ベッドの上でヒモとの個別ロインの画面を見ているものの、依然としてメッセージは届かない。
「(待つのって結構不安になるのね......)」
何れくるその時を、郁代は今か今かと待っていた。そしてどれほど待った後か、郁代の待ち望んだ瞬間は到来する。
「来た!」
それはヒモからのロインを受信した事を知らせる通知音であり、即座に郁代はロインを開いてみたのだが......
「そんな......」
しかしそのメッセージは郁代を落胆させるものだった。メッセージには郁代の想定通り箱根への行き先と宿の名前などの情報が記載されていたが......
『防音室もあるから
ヒモからのメッセージはヒモとの個別ロインではなく『結束バンド』のグループロインに届けられ、郁代が考えたような二人きりでの箱根旅行は崩壊した事を意味するものだったから。
「今日は誘ってくれてありがとうねヒモ君!」
「私はご飯を食べまくる」
「あ、ありがとうございます......」
「あ、あはは......」
「結束バンド」全員で箱根に出かける事になった。
──────
「誘った僕が言うのも何だけど、バイトとか予定大丈夫だった?」
一同は箱根に行くために、金沢八景行きとは違う路線の電車に乗り込んだ。
「私は今日はSTARRYのバイト入ってなかったからさ! お姉ちゃんの分のご飯も既に作ってきたし!」
虹夏の姉、星歌は虹夏から話を聞いて、自身も行きたそうにしていたがSTARRYがあるため泣く泣く断念した。
「私はご飯が食べられるならそれが最優先だから」
「わ、私も予定はいつも空いて......空けているんです!」
「それなら良かったよ」
無理に誘ったようではないと分かり、ヒモは安堵した。
「そういえば「結束バンド」の皆で夏休み出かけるの初めてだったねー! ってどしたのぼっちちゃん?」
「激しく同意────!!!!」
虹夏の言葉に何か思うところがあったのかひとりは電車の中だというのに激しいヘドバンで共感を十二分に示した。
「止めてぼっちちゃん! 電車! 電車の中だから!」
「すすす、すみません......」
虹夏の必死の問いかけに、そして周囲の奇異な物体を見るかのような視線にひとりはようやく気づき、首はこれまでの振動など無かったかのように硬直し、そして周囲からのクスクスとした笑い声によって文字通り小さくなってしまった。
「ぼっち、こんなに面白いのに学校じゃぼっちなの不思議」
「学校では何というか......変な意味で浮いていると言うか......本人が知らないだけで周りから注目されているとは思いますよ? そもそも周りが制服の中一人ジャージで登校している時点で目立ちますからね」
リョウの疑問に対する郁代の答えは──幸か不幸か気絶していたひとりの耳には入らなかった。
「そういえば二人は同じ学校って言ってたね。っていうかぼっちさん学校でもそのジャージなんだ......。ぼっちさんの他は......?」
「後藤さん以外は全員制服ですね!」
「それは......確かに目立つね......」
基本あまり悪目立ちたくないといつも言っているひとりであるが言動が全く一致していない事にヒモは頭を抱える。
言動が一致していないというより「有名になってチヤホヤされたい」という潜在意識が強く表れただけなのかもしれないが。
「そろそろ着くみたいですね!」
そうしている内に目的地の箱根駅のアナウンスが車内で流れ始める。ひとりも人間の姿に戻り始めていた。
「再生速度が上がっているわね」
ひとりの成長に「結束バンド」の皆が涙を流しながら感動していた。
ログインしていない方でも感想を書けるようにしています。感想を頂くと凄く嬉しいのでよろしくお願いします!
本作で描くキャラの中で誰が好きですか?(活動報告のヒロインアンケートとは別物です)
-
ヒモと友達に中々なれないぼっちちゃん
-
みんなの虹夏ママ
-
ヒモの料理が恋しい山田リョウ
-
ガチ熱狂ファン喜多ちゃん
-
初期構想じゃクズ設定なんてなかった明海
-
ヒモの顔見た瞬間素面に戻る廣井きくり
-
弁当恋しい伊地知星歌
-
Akiは女性だと信じていたPA
-
マウントヨヨコ