今話からは取り敢えず数話しかありませんが、公開途中だった箱根編の最後までを公開したいと思います。
「ついにこの時が来てしまったか......」
「あんた、覚悟を決めるのよ」
暗い密室で声を振るわせながら話し合っているのは老婆と老翁。尚、時間は夜ではなく昼。部屋が暗いのは単純に黒の遮光
「やはり血は争えないのか......」
「あの子の息子だから何れこうなるかもとは思っていましたけど......」
二人は目を合わせ、そして分かりやすいほどに肩を落とす。
「「晶羅がバンドメンバーを連れてくるか......」」
二人の老人の正体はヒモの母方の祖父母の吉川留子と優。ヒモ達「結束バンド」の行き先、箱根旅館を経営している二人である。
「あの子は音楽を始めてからあんな事に......」
「音楽を始めるまではあんなに素直で良い子だったのに......」
そして老人二人はバンド、特にロックに対してとことん否定的だった。
「紐川さんのとこには?」
「勿論知らせとるわい。事務所の仕事、高速で終わらせて向かってくる言うとった」
父方の法律事務所を運営しているヒモの父方の祖父母にも既に連絡は済ませている。
「晶羅にとって、下手したら人生を左右する分岐点かもしれん。そんな時に仕事なんてできんと言われたよ」
紐川家と吉川家の計4人の老人は強い絆で結ばれていた。彼ら、彼女らの息子、娘は
弟のヒモだけでも何とか食い止めたいと思うのは自然な成り行きだ。
「儂らで見極めるんじゃ......!」
「もしもの事があれば......たとえ晶羅に嫌われる事になったとしても......!」
一世一代の大勝負。老人達の知略をかけた頭脳戦が今始まる。
──────
「着いた! 皆お疲れ!」
そんな老人達が謀略を重ねている事など露ほども知らないヒモ達は、まだ時計の短針が頂点を向くより前、午前10時に目的地の箱根旅館に到着した。
「とても趣のある旅館ですね!」
「こういう老舗旅館の出す食事は美味しいと相場で決まっている......!」
手放しにヒモを称賛する郁代と食事の事で脳を犯された通常運転のリョウを放置してヒモは扉に手をかける。
「おお、時間通りじゃな晶羅」
「待っておったぞ晶羅」
母方の祖父母がまるで待ち構えていたかのように玄関に二人並んでいた。そして二人だけでなく......
「おじいちゃん! それにおばあちゃんまで!」
とてもややこしいがヒモの視線はこの場にいるはずがない父方の祖父母に向けられていた。つまりこの場には老人が4人。箱根旅館は空前の老人
「どうしてここに? 事務所の方とか大丈夫なの?」
「儂はもう引退した身じゃからのう。事務所の方は大丈夫じゃ。今日はばあさんと二人で吉川さんのとこでゆっくりしようと思ってのぅ。晶羅が来たので儂らもびっくりしたんじゃ」
「言い忘れていたんじゃ。すまんの紐川さん」
嘘である。この老人達、口から出る言葉全てが嘘である。しかし流石の人生経験。皺の数だけ場数が違う。嘘をついた事などヒモ達に全く悟らせる事ない歴戦の猛者達。
そんな老人とヒモの会話に「結束バンド」の常識担当、虹夏が一礼で割って入る。
「初めまして。本日はお招きありがとうございます。伊地知虹夏と申します」
「こ、こんにちは。喜多郁代です」
「山田リョ──」
「ご、ごごごごごごご後藤ひとりですぅぅぅぅぅ!!」
虹夏に続き、ヒモの家族と仲良くしたい郁代も挨拶を交わす。その好意的な挨拶に老人達は全員、自らの目を疑った。
「(馬鹿な......バンドをしている者が頭を下げて挨拶をする......じゃと......!?)」
「(それに服装も普通じゃないか! ......一人
「(馬鹿ね! 特攻服着て来るよりマシでしょ!)」
「(刺青入れている子も
「「「(((本当にバンド仲間なのか......!?)))」」」
老人達は「結束バンド」と自分達の子どもが組んでいたバンドメンバーの様子が全然違った事により、良い意味で意表をつかれた。尚、上のやり取りは
「(まだ安心はできねぇ。確かにあの子達をたぶらかせた者達とは違うが......バンドメンバーには変わりないんだ)」
しかしまだ結論は出せない。老人達は「結束バンド」に対してそこまで悪い印象を抱かなかったがまだ結論は下せないとして観察を続ける事を決めた。山田リョウは通常運転だったが──遮ったひとりの
──────
「ここが練習場所。母さんが学生の時に使っていたとこで防音設備も完璧だから安心して」
老人達との顔合わせを終わらせたヒモ達は階段を上り、建物の旅館の部分ではなく普段吉川家が暮らす住居部分、その一角にあるかつてヒモの母が使っていた部屋にやって来た。壁に防音設備が整えられておりまるで
「じゃあ僕はおばあちゃん達の手伝いしてくるから。何かあったら呼んでね」
「結束バンド」の練習に、直接関係のないヒモはそう言い残してから母の部屋から出て行った。
「じゃあ早速練習しようか」
「そうですね! ヒモ先輩がせっかく用意してくれましたから!」
リョウと、そして郁代の呼びかけによってメンバーは準備を開始する。リョウと郁代は早くに背中に背負っていたケースから愛用のギターとベースをそれぞれ取り出し、ひとりもそれに続いた。そんな中......
「あ、これが漫画でよく見るドラマー孤独問題か......」
虹夏は何も篭らない虚空の目で、何も持たない自らの手をただただ見つめていた。ギターやベースと違ってドラムは持ち運ぶ事ができない。いや、世の中には持ち運び用ドラムというものも存在するが生憎虹夏は持っていなかった。そしてこの部屋には備え付けのドラムもない。
「ちょ、ちょっと私
その空気に耐えられなくなった虹夏は「あ、逃げた」というリョウの言葉を背中に受けながら部屋を出て行った。
「(どうしようかな......)」
「(多分練習はあと数時間はするよね......)」
流石にそれだけの時間を「
「(そういえばヒモ君は何やっているんだろう? さっきお手伝いとか言ってたよね?)」
虹夏は階段を降り、ヒモを探してみる事にした。
「あ、いた」
ヒモは簡単に見つかった。階段を降りたすぐそこにいたから。重そうな荷物を一人で抱えている。
「凄く忙しそうだねヒモ君」
即座にヒモの荷物運搬に手を貸す虹夏。
「ありがと虹夏。なんか団体のお客さんが急に来たみたいで──なんか凄いてんやわんやしているんだよ」
「(満室の時でもこんなに忙しくなかったのに......おかしいなぁ)」
虹夏が手伝ってくれたおかげでヒモは
「ありがと虹夏。そういえば練習はどうしたの?」
「えっと......ほら、皆と違ってドラムは持ち運びできないからさ」
つまるところ、楽器がないため練習のしようがないという事である。
「ドラムならあるよ?」
「え?」
「あれ、出してなかったっけ......。あの部屋の押し入れの中にあると思うよ」
「(そう言えば出し忘れていたかも......)」
虹夏が他の人と違って楽器を持ち運べない事にヒモは気づいていた。彼は一人だけ練習できない事を分かっていながらメンバー全員を呼ぶような鬼畜ではない。
ともあれ、これで虹夏もバンド練習に加わる事ができるようになった。だが......
「ありがと。でもヒモ君忙しそうだし──手伝わせてよ!」
伊地知虹夏は人が、それもほんの少し最近気になっている男の子が忙しそうにしている姿を見て見ぬフリできるような女の子ではなかった。
「でも虹夏はお客さんだし」
「お客さん、って言っても私達はお金を払っている訳じゃないし。とにかく! ここまでお世話になっているのに何もしないなんてできないから!」
そこまで言われてしまえば最早ヒモに続ける言葉はない。
「じゃあ、よろしくね」
「うん!」
ヒモは虹夏の提案を受け入れた。
本作で描くキャラの中で誰が好きですか?(活動報告のヒロインアンケートとは別物です)
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ヒモと友達に中々なれないぼっちちゃん
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みんなの虹夏ママ
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ヒモの料理が恋しい山田リョウ
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ガチ熱狂ファン喜多ちゃん
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初期構想じゃクズ設定なんてなかった明海
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ヒモの顔見た瞬間素面に戻る廣井きくり
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弁当恋しい伊地知星歌
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Akiは女性だと信じていたPA
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マウントヨヨコ