ぼっち・ざ・ソリスト!   作:マイケルみつお

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23話 虹夏・は・わっかんないよ!

「あれ、ぼっちちゃんまだかな?」

 

一人浴室に入った虹夏は頭を洗い身体を洗い、さあ大野天風呂に行こうかと思った矢先に──まだひとりが来ていない事に気づいた。

ひとりが、先ほどの虹夏が怖くてリョウと郁代が戻ってくるのを待っている事には──どうやら気づいていないようだ。

 

「ぼっちちゃん? 先行くよ?」

 

そう問いかけても何の返答も返ってこない。自分の声が反響して耳に届いただけ。ただ大きな声で独り言を叫んだだけになってしまった虹夏は少し恥ずかしそうにしながら大野天風呂に繋がる扉に手をかける。

今虹夏がいたところは内湯ゾーン。主に洗い場と貸切湯より一回り大きいだけの内湯があるだけ。ヒモの旅館は温泉と料理を中心に高い評価を受けているが──これだけなら他の温泉旅館と特筆して異なる点はないはずだ。

 

「あれ、重い」

 

大野天風呂に繋がる扉はやや重かったようで華奢な体型の虹夏は少し苦戦してしまう。

 

「よいしょっと!」

 

()()()()()の虹夏でも両手を使えば開けられたようで、今度こそ扉が開かれる。

 

「うわぁ!」

 

扉を開けると、目の前に広がっていたのは──思わず感嘆を漏らしてしまう絶景だった。夕暮れ時とはいえまだ太陽が全て沈みきっていなく、人工の灯無しで遠くまで望む事ができる。

また、この旅館は箱根温泉郷の中心部からやや高い位置に属するため、入浴者は箱根の街並みを俯瞰して眺める事もできる。人一人一人の顔やお店建物一軒一軒は距離があってはっきりと見る事はできないが、ところどころポツポツと橙色の暖色照明がつき始めているのを見ると、数刻後にはどのような景色が広がっているのかと想像は膨らむ。

 

視線を下から前に向けてみる。石灰岩で型取られた楕円形の巨大な浴槽が虹夏の眼前に広がっている。大人十人が入ってもまだまだ余裕はありそうで、まさしく大野天風呂の名に恥じない大きさだ。

竹の筒でできた蛇口から新たな湯が注がれ、注がれた分と同等の湯が石灰石の浴槽の外にへと溢れ出している様は流石ここが著名な温泉地である事を思わせる。

 

浴槽をぐるりと囲むように外縁には、新緑の葉を広がる木々が多々並びながら日本庭園を彷彿とさせる光景が広がっており、自然の雄大さと、眼下に人間の営みという一見矛盾しながらも、しかし見事に調和された空間がそこにはあった。

この自然の雄大さを前にすれば虹夏のちっぽけさなんて大した事のないように思えてくる。虹夏の胸か背中か分からないところを包み込んでいた閉塞感は既に消えていた。

 

「はぁ......」

 

「(あれ?)」

 

そんな中、虹夏は自分の物ではない声を耳にする。後ろを振り返ってみてもひとり達が到着した様子は見えない。というよりその声は衝立の向こうから聞こえたような気がした。そしてその声に虹夏は聞き覚えがあった。虹夏は気取られぬように意識を聴覚に集中してみる。

 

「やっぱり上手くいかなかったなぁ。最初は譜面以上のものをって思ってたのが今じゃあ馬鹿馬鹿しく思える」

 

「ヒモ君?」

 

その聞き覚えのある声は──ヒモのものだった。

 

「......その声、もしかして虹夏?」

 

「う、うん」

「(ど、どうしよう......声かけちゃった......)」

 

何やらヒモは先のライブに関して何かを言おうとしていた。ちょっとだけ気になる彼の本音。盗み聞きを悪いと分かってはいても──彼女は声をかけなければ良かったと後悔した。

 

「そ、そっちは......一人?」

 

「う、うん。今日は昼言ったようにおばあちゃん達の影響でお客さん、ほとんど知ってる人だったから。夜には帰らないといけないからもう皆入っちゃったんだと思うよ」

 

「こっちの事は聞かないの?」

 

「そ、それこそセ、セクハラみたいじゃないか!」

 

「そこまで気にしないでいいのに。ヒモ君って変なところでぼっちちゃんみたいだよね。......ちなみにリョウ達はまだ来てないからここにいるのは私だけだよ」

 

「......何も聞いてないよ」

 

先ほどから衝立越しに聞こえるヒモの声には──やや照れが混ざっている。普段朴念仁のようにしている彼とて年頃の男子という事だ。

 

「(ヒモ君、何考えるんだろ。......ちょっと私も照れちゃうけど)」

 

そしてそれは虹夏とて同様。彼女もまた年頃の女子だ。最近ちょっと気になってる男の子と衝立越しにではあるが一糸纏わず対峙するこの状況は──少々刺激的だ。

 

「さっきの話さ」

 

「......やっぱり聞こえてたんだね」

 

「あれって......ライブの事?」

 

ヒモがライブの事で実は苦しんでいたのが発覚したなら──郁代だけでなく虹夏にも発作が起こる余地はある。なぜならヒモをやや強引な形でライブに誘ったのは虹夏だったから。

 

「そうだけど......。別に気にしてなんかは──」

「私に遠慮なんてしないでよ。私は......ヒモ君の本心が知りたいの」

 

「............」

 

それは嘘をつく事を許さない、虹夏の意志の強さを感じる言葉だった。

 

「演奏者にとっては、どんな形だとしてもやっぱり自分が思った演奏ができないのは苦痛だよ」

 

「......うん」

 

虹夏にとって、その気持ちは痛いほどに分かるものだ。彼女は──お世辞にもドラムが上手いとは言えない。バンドの中ではリョウは勿論、ギターヒーローの顔を持つひとりにも及ばない。初心者ながら劇的な成長を続ける郁代にもいつか抜かされるかもしれない。

 

「......でもね、気にしてないってのも嘘じゃないんだ」

 

「......え?」

 

「僕は中学までピアノをしてたんだ。クラシック音楽をね。連弾曲も中にはあるけど基本僕が引いてたのは自分一人で完結する曲。ショパンにモーツァルトにリスト。高校受験を機に教室には行かなくなったけどそれでも家でたまに弾いてたんだ」

 

動画チャンネルの事は隠した。恥ずかしかったから(尚、彼の推しの後藤ひとりはギターヒーロー)。

 

「昔から僕の演奏は一人で完結してたからね。ぼっちさんみたいにバンドに入りたい! なんて理由はないんだ。だから──自分が思った演奏ができなくて悔しいけど気にしてないってのも嘘じゃないんだ」

 

「......皆と演奏したい、って思わないの?」

「(私は......ヒモ君ともバンドを組んで演奏したいのに......!)」

 

「さっきも言ったでしょ? 僕は将来バンドで食べていくつもりも覚悟もない」

 

「分からないよ! 何でバンドを組む事で一々将来がどうかなんて考えないといけないの? 将来を考えないと何もできないの?」

 

「......虹夏は、どうしてバンドをやってるの?」

 

「......え?」

 

「知りたいんだ。虹夏がバンドをする理由を」

 

おちゃらけた様子はない。衝立越しのヒモは真剣に、理由を聞こうとしている。虹夏のその理由は今のところひとりしか知らない。それは単純に恥ずかしいから。普段は全然姉の星歌に対してシスコンめいた感情を見せていない(と本人は思っている)から。

 

「(でも、私がヒモ君に本心が聞きたいって言ったからね。私だけ隠すのは──フェアじゃないね)」

 

尚、ヒモは自身が「Aki」である事を隠している。

 

「私ね......昔、音楽の事が......バンドの事が大嫌いだったんだ。私とお姉ちゃん、年離れてるでしょ? だから私が小さい時にはお姉ちゃん、もうバンドを組んでて。私、小さい時はお姉ちゃんにあまり構ってもらえなかったんだ。お姉ちゃんを奪った音楽を許さない! って。

 

でも、ある日お母さんが交通事故で死んじゃって......お姉ちゃんはバンドを辞めちゃった。お父さんは普段お仕事が忙しくて家にいなくて──多分一人になっちゃう私のためだったんだと思う」

 

ああ見えてツンデレさんだからさ! お姉ちゃんは、とやや照れながら虹夏は言った。最初は母親代わりをしようと思っていた星歌だったが──一切何もできず家事のほとんどを結局虹夏が担当するようになった事は内緒だ。

 

「それでお姉ちゃんはライブハウスを作ったんだ。STARRYね。だから私は「結束バンド」をもっと有名にして、STARRYを! お姉ちゃんのライブハウスをもっと大きくしたいの! 

 

この前、あの「Aki」がSTARRYでライブしてくれたでしょ? その影響か今、STARRYって結構注目されてるんだ。お姉ちゃんも今までにないくらい忙しくしてる。

STARRYを有名にしてくれて、私、当然顔は知らないけどAkiに感謝してるんだ。でも......醜いよね。感謝してるはずなのに......自分で成し遂げる事ができなかったからかな......。私、Akiに嫉妬してる」

 

「ッ!」

 

衝立越しのヒモの顔は──当然虹夏の知るところではない。

 

「アハハ......ついこんな事まで言っちゃった。ヒモ君が聞いてもどう反応したらいいか分からないよね......」

 

「そんな事は......ないよ.。やっぱり虹夏は凄いなって思った。僕は──多分そこまで他人に自分の本心を打ち明けられないから」

 

事実、もう気軽に話せなくなった状況とはいえまだ! この期に及んで! ヒモは自分がAkiである事を話していない! 

 

「僕には......音楽に対してそんな目標とかないからさ。バンドをする人って虹夏みたいに皆、何かを持っている。少し俗的なものでいえば「お金を稼ぎたい」「もっと有名になりたい」「チヤホヤされたい」とか。そういう欲が自分に全く無いって言ったら嘘になるけど......ただ、僕に音楽で成し遂げたい事なんて──特に無い。良い演奏をして、それを聞いてもらいたいって思いしかない」

「(そしてそれは動画チャンネルで満たされる。この前のライブは──楽しかったけどどちらにせよバンドを組む理由にはならない)」

 

「バンドを組むには、そういう目標がないといけない。姉ちゃんの影響で何個かバンドを見てきたんだけど、その度に自分との熱量さを感じるんだ。僕には──音楽に対してそんな熱い思いはないからさ」

 

「......分からないよ」

 

「えっ......?」

 

「わっかんないよ! バンドをする時ってそういう目的とかが一々ないといけないの? さっきも言ったけど、やっぱりバンドを組むのにそういう将来とか動機とか、そんな理由がないといけない訳がわっかんないよ! 

 

リョウがそんな事考えてると思う? あのリョウだよ? リョウが将来の事とかまともに考えてる訳ないじゃん! 

 

ぼっちちゃんはバンド成功して高校中退したいっていつも言ってるけど、それは将来の事かもしれないけど──絶対熱い思いじゃないでしょ! 学校楽しむ方がよっぽど健全だよ! 

 

喜多ちゃんだって! ヒモ君も知ってるでしょ? 喜多ちゃんがバンドを始めたきっかけ。リョウに憧れて始めたんだよ? あのリョウだよ? もう一回言うけどあのリョウだよ?? 

皆そんな大それた理由なんて持ち合わせてなんかいないよ! 

 

私だって......確かにさっきはそれっぽい事言ったよ? STARRYを大きくしたいって気持ちに嘘なんてない。でもね、それだけがバンドを始めた理由じゃないし、バンドをしてる時いつもそんな事考えてる訳じゃない!」

 

ところどころで「結束バンド」のメンバーに対して流れ弾を飛ばしながら、それでも虹夏は言い放った。ややリョウに対する流れ弾が多い気がするのは──もうしょうがないだろう。

 

「ヒモ君。バンドマンってね、皆かっこつけたがりなんだよ。ヒモ君がどんなバンドマンと出会ってそう思ったのかは分からないけど、でもこれだけは言えるんだ。

何でバンドをするのか? 何だかんだ言ってもその理由は──バンドが楽しいからだよ! 楽器を弾くのが楽しい。音を奏でるのが楽しい。皆と音を重ねるのが楽しい。皆と曲を作っていくのが楽しい! それだけだよ! 

ヒモ君は......私達と二回演奏したけど──楽しくなかったの?」

 

一回目はともかく二回目はヒモは満足のいく演奏をする事はできなかった。しかし楽しかったか楽しくなかったかでいえばそれは当然......

 

「楽し......かったよ......」

 

「ならヒモ君にもバンド、する理由はあるじゃない」

本作で描くキャラの中で誰が好きですか?(活動報告のヒロインアンケートとは別物です)

  • ヒモと友達に中々なれないぼっちちゃん
  • みんなの虹夏ママ
  • ヒモの料理が恋しい山田リョウ
  • ガチ熱狂ファン喜多ちゃん
  • 初期構想じゃクズ設定なんてなかった明海
  • ヒモの顔見た瞬間素面に戻る廣井きくり
  • 弁当恋しい伊地知星歌
  • Akiは女性だと信じていたPA
  • マウントヨヨコ
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