「おはようヒモ。ご飯食べに来たよー」
「おー、いらっしゃい。今から作るとこだけど何食べたい? 今日はカレーの予定だけど大丈夫?」
「じゃあそれに加えてカツ揚げて」
「うん分かったちょっと待って......
いや何でだよっ!」
使い古されたノリツッコミ。リョウが最初にヒモの家を訪れてから数日が経った。その間......リョウはヒモの家に毎日遊びに行って......皆勤賞を達成していた。
「(なんか山田がいるのを自然な事だと受け入れている自分に恐怖を感じる......)」
最初の内は律儀にインターフォンを鳴らしてヒモが文句を言い、結果として明海が扉を開けるという流れだった。だがいつの間にか、明海とリョウが意気投合してリョウに対して合い鍵を渡してしまいこうして彼女は我が物顔でヒモの家に入ってきているのである。尚、これまで毎回アポ無し訪問である。
「ヒモの連絡先知らないから」
「あ、そういえばそうか。なんかいつもいるから忘れてた」
「そんな事言って煽てても食べる品が一品増えるだけ」
「煽ててないから。あとそれ言うとしても立場逆だから。それだとただ図々しい奴なだけだから。いや、それは何も間違ってないんだけど」
本当、どっちがヒモだよ......と呟きながらヒモはパン粉などをまぶした豚肉を油に投入した。
「で、今日の練習はもう終わったのか?」
今日は日曜日。サザ○さんの次回予告が丁度流れる中、ヒモが食卓に二人分の
「うん。昼からだったから。あ、じゃんけん勝った」
「遅くなったら後藤さんも帰り大変だしね。ちぇ、負けた」
ヒモは哀愁こもった目で握りしめた自らの右手を睨んだ。
「ヒモはどうだったの? 昨日来たけどヒモいなかったから。箱根の旅館に行ってたんでしょ?」
ヒモは週末。母方の祖父母が経営している箱根の温泉旅館の手伝いに行く。土日どちらか一日の週もあれば今週みたいに土日両日の時もある。両日の時は一々帰る時間も勿体無いため旅館に泊まる事になる。昨日、ヒモがいないのにやって来たリョウは......明海と話したりして普通に楽しんで帰って行った。
「どうって......。いつも通りで特に変わった事はないけど」
「そうやって一日一日を何も感じないようにして過ごし始めたらおじさんの始まり。非日常を感じないと」
「同い年だからね? 君。じゃあ山田、帰れ。さっきお前がいつもいるって話してたし。それが非日常になる」
「ヒモ。おかわり頂戴」
「全然話聞いてねぇ......。本当、どっちがヒモだよ......」
「ご馳走様でした」
「お粗末さまでした」
リョウはおかわりを繰り返し、今日もヒモより遥かに食べていた。ヒモが何も言わなければ明海の分まで食していたかもしれない。
「なんか今日、初日の時ぶりに食べる量多かったよね」
「昨日ヒモが家にいなかったから。私は昨日を草を食べて過ごした」
「......」
「(実家で食べればいいのでは......?)」
ヒモはリョウの家庭環境については何も知らなかった。
「じゃあさっきも言ったけどヒモ、ロイン交換しよ」
断る理由が見つからなかったヒモはスマホを取り出した。QRコードを利用してヒモとリョウがお互いの連絡先を交換したその時......
「ん? 電話鳴ってるよ」
「虹夏からだ」
リョウのスマホが虹夏からの電話がかかってきた事を示す画面に変わる。
「......っていうか何その着信音?」
聞き慣れない......いや、それはよく聞く声だった。
「私の鼻唄」
リョウは受話器が上がった方の画面をタップして虹夏からの電話を始める。
「どうしたの虹夏」
『今、ヒモ君と一緒にいたの? いきなりリョウが「結束バンド」のグループに追加したからビックリして』
リョウはヒモを友達に追加した時に「結束バンド」のグループにも彼を追加した。
「うん。今ヒモの家にいる。代わろうか?」
『!? ......お願い』
虹夏は友人が知人男性の家にいる事に驚いたが平静を取り戻してリョウの申し出を受ける。
「はいヒモ。虹夏が話したいって」
ヒモはリョウからスマホを受け取る。
「電話変わりました」
『あ、ヒモ君? この前ぶりだね! 久しぶり! その......リョウがヒモ君の家にいるって聞いたんだけど......もしかして押しかけてご飯食べに来てる感じ?』
「そうです。......よく分かりましたね」
『この前ヒモ君がお姉ちゃんにお弁当持ってきた時があったでしょ? あの後、リョウがずっとお弁当の事ばっかり言ってたから。あの調子じゃずっと言い続けるはずなのに翌日から全く言わなくなったからちょっと引っ掛かってたんだよね』
ヒモは思った。これは友人を家に連れ込むような奴に対する嫌悪でリョウと縁を切れという事なのかと。虹夏は自分に対して敵意を持っているのかと。
『リョウ、無理やり押しかけてきてない? もし断れないとかだったら私が連れ帰ろうか?』
「是非ともお願いします」
親友のリョウの事を虹夏は熟知していたようである。
──────
「お待たせヒモ君!」
電話でヒモの住所を教え、程なくして虹夏が到着した。
「あ、虹夏。いらっしゃい。まだご飯食べてないならカレー食べる? 美味しいよ」
「おい山田。なんでお前がここの家の人間のように振る舞ってんだ」
「な、なんか仲良いね......」
数日前はまだヒモとリョウの関係はヒモと虹夏のものと同じであったはず。虹夏はヒモに対して男女の念など抱いていないが一緒にライブをした自分以外の仲間がいつの間にか仲良くなっていれば......ちょっと心がざわついた。
「伊地知さんも、よければ食べて行ってよ」
「(山田......か。私はまだ伊地知さんなのに)」
「ヒモ、私には厳しいのに虹夏には優しい」
「アホ。お前は図々しいんだよ」
悪態をついてはいるが虹夏には二人がとても仲がいいように見えた。そして虹夏はリョウが自分以外の人間に素を見せて、友達のように振る舞っているのを初めて見た。
「(私も加わりたい!)」
「ヒ、ヒモ君さ! お姉ちゃんもいるから伊地知、だとちょっと分かりにくいんだよね。私達同い年なんだし虹夏って呼んでくれない? 苗字で呼ばれ慣れてないってのもあるんだけど」
緊張を孕んだ、しかしそれを悟らせないようにして虹夏は提案した。
「伊地知さんがいいなら別にいいよ、虹夏」
「じゃあ私もリョウで」
「お前は山田だ」
「むぅ」
一瞬の内に呼び名に関しては虹夏がリョウよりもヒモと近しくなった。
「すっごく美味しいよヒモ君!」
「(え? 私のより美味しい......。っていうかカレーなのに何でこんなに違うの?)」
「スパイスから作ってるからね。カレールーとはちょっと違った仕上がりになってると思う。口に合ったなら良かった」
まるで虹夏の心の声が分かったかのようにヒモはネタバラシをした。旅館で培われたヒモの料理技術は虹夏も満足させるものだった。しかしその様子を見たリョウは少し不満気な気持ちになる。
「......私が食べた時にはそんな解説しなかった」
「だってお前、仮に話したところで絶対聞かないじゃん」
明らかにリョウにだけ扱いが雑なヒモであった。
──────
「ご馳走様でした! ヒモ君、すっごく美味しかったよ! もしよければ後でレシピ教えてくれないかな?」
「勿論。全然いいよ」
「......むぅ」
同じご飯を食べたというのにこの扱いの差は一体何だろうか......。リョウは変わりなく不満げな顔をしていた。
「あ、ヒモ君。丁度良い機会なんだけど来週、STARRYでオーディションがあるんだ。新しくボーカルの子も加わったしこの前と違ってギターのための曲じゃなくてちゃんとバンドとして成立してると思うの。もし良かったら来てくれないかな?」
「......」
「(山田の話によれば練習もしっかりしているらしい)」
同じ釜の飯を食べたリョウ、虹夏はヒモにとってみればもう友達だ。それにひとりのギターをバンドの形でまた聞きたいという事も嘘ではない。
「こっちからお願いするよ。詳しい日時を聞いてもいい?」
「ありがと! えっと時間は......」
ヒモは虹夏から開始予定時間を聞く。今回はあくまでライブではなくオーディション。チケット代はいらないだろう。
「あ、来るなら弁当持ってきて」
「(まあ、それくらいならいいかな?)」
「(ヒモ君。リョウに甘いよね......。でも私もお弁当食べたいから......)」
──────
ライブハウスSTARRY。虹夏から教えてもらった時間よりちょっと早いがヒモは到着した。またしても昨日食べにきたリョウと彼女を連れ戻したついでに一緒に食べた虹夏、そしてひとりを遠目に見かけた。が、声をかける事はしなかった。
「(演奏前の集中を邪魔したらダメだしね)」
そしてヒモはもう一人、知らない人がいるのに気づく。
「(あの人が虹夏が言ってたボーカルの人かな?)」
結束バンドにはヒモが知らない赤髪の少女が加わっていた。
「......」
「(なんかずっと見られてるんだけど......)」
ヒモはSTARRYに着いてからずっと赤髪の少女に見られていた。
「(部外者......って思われているのかな? オーディション前の集中してる時だから虹夏達には話しかけてないんだけど......話しかけて怪しい人間じゃないって証明した方がいいかな?)」
「あの......」
思考に沈むヒモに対して赤髪の少女は頬を紅潮させて話しかける。
「もしかして! 『シール』で明海さんと臨時でツインボーカル組んでた人ですか?! あの伝説のライブ! 私見てたんです! それからライブに通ったんですが『シール』には出てませんでしたよね?! あ、すみません申し遅れました! 私、喜多って言います! ファンです! あなたのファンです!!」
突然の告白にヒモは硬直した。