twitterでも書きましたが星歌さんの喜多ちゃんに対する呼び名が分かりませんでした。分かる方がいらっしゃいましたら教えて下さい。
「ファンです! あなたのファンです!」
喜多と名乗った少女、喜多郁代の突然の告白にヒモは硬直した。そんなヒモの混乱を差し置いて郁代の演説は更に続く。
「シールのあの時のライブ、私、生で見てたんです! 明海さんとツインボーカル組んだ時、すっごくかっこよかったです! こう......胸が熱くなるようなライブでした! それからそれから!」
「ちょっと待って喜多ちゃん! ヒモ君、白目! 白目剥いてるから!」
「っていうかヒモ。バンドやってたんだ。何で今まで黙ってたの」
郁代のあまりに大きな声にひとり、虹夏、リョウまでもがヒモの存在に気づいた。
「(ヒモ......? 苗字から取った先輩のあだ名......?)」
「先輩......何でわざわざ苗字を......? 苗字と名前ならどちらかと言うと動画チャンネルと同じようにアキの方が──」
「ちょっと待って。何でそれ知ってるの?」
紐川晶羅は動画チャンネル『Aki』でもある。しかし動画では手元しか映っておらず完全な覆面チャンネル。普通なら郁代が知っている訳が無い。
だがガチファンを嘗めてはいけない。郁代は記憶にこびりついたヒモの指先の情報だけでヒモの正体に辿り着いたのである。ネット上では『Aki』は美少女ピアニストであるという派閥が主流であるが郁代はそんな中、「ヒモは美男子である」と主張するため超少数派かつ異端扱いされている。
一度ヒモが美男子であると呟けば「妄想乙」「現実を見ろ」などの心無い言葉が浴びせられるが、しかし郁代は今日まで自らの信念を貫き闘ってきた。
「(ああ神様。やはりAki様を信じて行動すれば報われるのですね!)」
そう言って天を仰ぐ郁代。が、刹那、もの凄い勢いで口を塞がれる。
「あばばば! ばばばば! ばばば! ばばばばばばば! (強引に口を! ありがとうございます! でもこんな人目のある場所で......! せめて人目のないところで!)」
「ああごめん。とりあえず動画チャンネルの事は内緒でお願い」
「(何言ってるか分からなかったけど)」
初対面の女子の口を突然塞いだ事に、ヒモは自分がした事に遅れて気づき慌てて詫びる。彼は知人に自分が動画投稿をしている事をどうしても悟られたくはなかった。
「(動画チャンネルをやっているなんて恥ずかしくて口が裂けても言えない!)」
尚、彼が推している後藤ひとりは『ギターヒーロー』である。
「そういえば先輩、皆さんからおそらく苗字をとって『ヒモ』って呼ばれてますけど私もそれでいいですか?」
「ああ、うん。もう、それでいいよ」
ヒモはアキさえ回避できればそれでいいとヒモ呼びを承諾した。
「分かりました! じゃあこれからもヒモ先輩、よろしくお願いします!」
「あー、演奏前に集中切らすような事してごめん」
郁代による突撃アタックが一段落し、改めて他のメンバーの邪魔をしてしまったかと思ってヒモは詫びる。
「大丈夫だよヒモ君! むしろ緊張が解れたかも」
「私は緊張してなかったからそもそも問題ない。それにヒモの新たな面も見れた。ライブの件は後で聞く」
動画チャンネルの件は小声だったのでリョウ達には聞こえなかったが、しかしライブの件についてはしっかりと聴こえていた。
「(バンドやってたなら尚更、何でヒモは断ったの......?)」
「後藤さんは......」
「あばばばばばば」
ひとりは一度心のネジを緩めてしまった。再び巻き直す事は彼女にとって容易な話ではない。
「(後藤さん......そう言えばあだ名で呼ばれた時に凄く喜んでたよね)」
「ぼっちさんも大丈夫ですか?」
「ぼぼぼぼぼぼぼっちです!」
「(あだ名で呼んでくれるうへへへ。ヒモさんいい人)」
あだ名を呼ばれてひとりは喜んだ。
「(こっちの方がなんかしっくりくるな)」
ぼっちさんも中々に酷い悪口だと思うが『ヒモ』のせいでヒモの感覚は麻痺していた。
「喜多......さんは何かあだ名とかある?」
「いえ......特には」
「(じゃあ私、喜多さんですら持ってないあだ名を......うへへへへへ)」
皆の視線が郁代に向いていたため、ひとりの顔がとんでもなくにやけて、見るに堪えない事になっている事に誰も気づかなかった。
「そう言えば喜多さんの下の名前は?」
虹夏が紹介しなかった事からヒモは郁代の下の名前を知らなかった。
「わ、私はみょ、苗字で呼んで下さい......」
「いや、そういう訳にはいかないから」
「(苗字で呼ぶのは山田だけの方が面白いし)」
やはりヒモの中で山田の扱いだけ雑であった。
「私もリョウ先輩みたいに苗字で呼んで下さい! リョウ先輩とお揃いがいいです!」
「......ん?」
「私、このバンドに入って本当に良かったです! バンドって友達よりも第二の家族って感じじゃないですか! 私......私! ヒモ先輩とリョウ先輩の娘になりたいんです! 友達よりも! 深く!」
ヒモは何かを察した。
「あー、うん。喜多さんって呼ぶからよろしく」
「(山田と同じでいっか)」
ヒモの郁代に対する好感度が下がった。
──────
「さっきは災難だったな晶羅君」
「そう思うなら助けて欲しかったです店長」
あの後もハイテンションで捲し立てる郁代を虹夏が引きずっていってステージに上がっていった。郁代のあまりにあんまりな姿に完全に毒気を抜かれたのか、誰一人緊張している様子は見られない。......あのひとりでさえも。
「まさかあのライブにあいつがいたとはな」
それはSTARRYで開かれたライブ。その時の事は当然星歌もしっかりと覚えていた。
「虹夏はあの時のライブを見てなくて勿体無いなと思ったが......アレを見させられると見なくて良かったとも言える」
星歌の視線の先。アレとは言わずもがな郁代の事である。
「なあ、どうしてバンドを組もうとは思わないんだ? 虹夏達にも誘われてるんだろ?」
ヒモはひとりと同じくネット上で技術を評価されているがひとりとは違ってバンドを組もうとは考えていない。
「姉ちゃんと組むだけで満足ですから」
「シスコンだな」
「あなたにだけは言われたくありません」
ギロリとヒモを睨む星歌。シスコンである事は間違いないのだが、他人からをそれを指摘されるのは嫌らしい。
「虹夏やリョウとは最近仲良くできてるようじゃないか。ぼっちちゃんだってお前が最初から注目してる通り、あのアガリ性さえなくなればどこまで伸びるか分からない。喜多は......あんなだけどそれでも伸び代は感じられるはずだ」
「......別に仲がどう、とかそういう事じゃないですよ。何か大層な理由があるとか、そういう訳じゃありません」
最初の頃とは違って、ヒモがバンド入りを拒む理由はメンバーとの親密度に最早ない。
「(みんな、それぞれバンドで成し遂げたい目標がある。......喜多さんは知らないけど)」
大なり小なり、結束バンドのメンバーは音楽を通して、バンドを通して何をやりたいかの目標がきちんとある。
「(......けれども僕にはそれがない)」
紐川晶羅は優れた演奏技術を持っている。しかし将来音楽で食べていくつもりもなければ音楽で何かを成し遂げたいなどといった目標もない。ただひたすら楽器を弾く事が好きなだけ。音楽を奏でる事に一時の快楽を求めるだけ。
大きな舞台に立ちたいという気持ちもなければオリジナル曲を皆に評価してもらいたいという欲求もない。強いて言うのなら演奏を聞いて貰いたいというだけ。評価も感想も別にいらない。だがしかしそれは動画投稿サイトで満たされている。
バンドに参加すれば、他のメンバーが列記とした目標を持つ中でただ目の前の演奏だけで満足してしまう自分が場違いに思えてしまう。だからこそ、仮にバンドを組むとしてもそのような余計な事を考えなくていい姉の明海としかヒモは組めないのだ。
「......そっか。まあ無理させてまで演奏させる訳にもいかないからな」
それは星歌の本心からの言葉だった。
「でもバンドの演奏自体に抵抗がある訳ではないんだろ? じゃないとここには来ない」
「............」
準備が終わったのだろう、照明が明るくなるステージを見て星歌は尋ねる。
「結束バンドです!」
MCの虹夏が挨拶を始めた。
「(......あれ? 何か視線を感じる)」
MCの虹夏から、ベースのリョウから、「Aki」の熱狂的ファンの郁代から、そしてギターのひとりまでもの視線をヒモは感じた。
「(聞く側が僕と店長くらいしかいないから当然か)」
しかしヒモはその事について深く考えなかった。
──────
「(前とは違う。ぼっちさんのギターのための演奏ではなくきちんと一つのバンドとしての演奏になっている)」
それはすなわち前回のバンドからお互いのバンドメンバーの事を理解し、お互いのために演奏する事を始めたという事。完成度で言えばまだそこまで高いという訳ではないが星歌の言う通り可能性は十二分に感じられる演奏だった。その演奏を形作っているのは......
「(バンドメンバーの意志の強さ、かな)」
演奏が始まると気持ちを直接ぶつけられるような、そんな衝撃を受けた。ヒモは、話は聞いていないがひとりや郁代もベクトルは違っても大きな想いがあるのだと感じる。
「(それは......僕にはないもので)」
後ろから来てあっという間に追いつかれ追い越され、そして遠い先にまで行ってしまったかのような。......自分はいつまでもそこから動け出せないというのに。興奮という熱気とどこか冷めたような気持ちがヒモを支配していた。