「今日もありがとね晶羅。これ、貰っとき。明海やお母さん達には内緒じゃい」
吉川
家を出てから数年経ち、同じバンドマンで、同じように典型的なバンドクズの男と結婚し明海と晶羅が生まれた。クズの部分はしっかりと明海に受け継がれており血の繋がりをはっきりと感じる事ができる。しかし弟の晶羅にはクズの要素があまり見られず祖父母は取り違え子を本気で考えた。
成長するにあたって容姿に両親の面影が見られるようになり疑惑は解消されたが......その話を聞いた両親は「取り違え子ってロックだな!」となぜか喜んでいたという。
両祖父母は「どこで子育てを間違えたのか......」とずっと思っており、そんなところに彗星のようにして現れたヒモを今度こそは絶対に真っ当に育てると決意を固めている。
昼頃に手伝いが終わり、祖父母から周りに内緒で小遣いを貰い(父方の祖父母からも姉達には内緒で多めに貰っている)次の目的地に向かうべく電車に乗り込んだ。
呆然と車窓から外を眺めているとマナーモードに設定していたスマホがポケットの中で振動した。
「ん? 通知だ」
スマホを取り出して確認してみると......結束バンドのグループラインからだった。尤も、親族と結束バンドくらいでしかヒモにロインを送る人間は滅多にいないのだが。
郁代 『お友達結構来てくれるみたいです! よかった〜!!』
リョウ 『なんか売れた』
虹夏 『ぼっちちゃんはどうかな? 今日の自主練くる? 新曲もみんなで合わせたいし』
ヒモは何かを察した。先日、リョウがヒモにチケットを売り渡そうとしていたが、STARRYの店長である星歌が(弁当を食べたいがために)ライブ代を無料にしてくれている。故に最もノルマ達成が困難であろうひとりの役に立つ事もできない。
「ノルマは確か20枚。4人で分けたとして......一人5枚か」
グループチャットの参加人数は5人だが、結束バンドのグループラインに入っているからといって当然ヒモにチケットノルマは課されていない。故に4人。そもそもメンバーですらないのだから(ならどうしてグループに入っているのか)。
グループチャットに最後のメンバー、ひとりからのメッセージはない。ヒモは推測する。これを見たひとりは精神に異常をきたしてしまったのではないか、と。本気でひとりの生命を心配する。
即座にグループチャットの一覧から友達登録して個別チャットで
「君はまだ若い! だから早まるな!」
ヒモと個別チャットをするというひとりの夢は叶った。
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「状況が謎すぎて怖い......」
チケットノルマを達成するにあたって家族に見栄を張ってしまった後藤ひとりはひょんな事から酔っぱらいのバンドマン、廣井きくりと出会い、否定できぬままあれよあれよと身を委ねていると......いつの間にか路上ライブをやる事になっていた。
「あ......スマホ見てない内にロインがきてる......ってヒモさん?!」
つい先日、ヒモと個別チャットをしようと奮戦し、結果失敗したひとりからすればまさに青天の霹靂。
「(うへへ、ヒモさんからのメッセージだ。私と友達になりたいのかな?)」
ひとりは妄想の世界へと旅立った。それは路上ライブという現実からの自己防衛手段であったのかもしれない。人はそれを現実逃避と呼ぶのだが......
ひとりはどんな内容かと期待してメッセージを確認する。
『チケットノルマって聞いたけど大丈夫そう?』
「ウガッ!?」
しかしそこに書かれていたのは彼女を逃避させてくれるような甘美な内容ではなくむしろその逆......しかも連鎖して自分が路上ライブをする事までも再認識してしまった。
『助けて下さい......』
ひとりは待ちに待った個別チャットだというのにそれを返すのが精一杯で......きくりがお願いしたアンプが届くまで屠殺されるのを待つ家畜のような目をしながら自分のギターをいじっていた。
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同じ神奈川県と言っても横浜やひとりが住む金沢八景があるエリアとヒモの祖父母が経営している箱根は離れている。事実、東京からアクセスしようと考えるのならば箱根に行くのと横浜方面では路線も異なる。
「確か......ぼっちさんが住んでいるのは金沢だったっけ?」
そんな事を考えながら呆然とトゥイッターを見ているとある呟きが目に止まった。
『酔ってたところを助けてくれた子とライブするよ〜よかったら来てね〜』
廣井きくりの投稿であった。添付写真にはその「酔ってたところを助けてくれた子」本人は写っていなかったが、しかしヒモは写真の隅にチラッと写っていたギターには見覚えがあった。そんな中......ひとりからロインの返信が届く。それは......SOSであった。ヒモの中でカチッと回路が繋がった。
「今日こそ締める」
若干のキャラ崩壊を起こしつつも、しかし確かな怒気を纏いながらヒモは横浜駅で金沢行きの電車に乗り換えた。
ヒモが抱いていたひとり像とは常に日の当たらないジメジメとした場所に生息し、大勢の視線を受けてしまうとあっという間に蒸発してしまうというもの。そんな彼女が路上ライブなどしてみればどうなってしまうか......「後藤ひとり」のファンのヒモはもっと彼女の演奏が聞きたかった。こんなところで若者の命を奪おうとするきくりの事を絶対に許す事ができなかった。
尚、本当にひとりに対して失礼なのは集団から見られれば間違いなく死を選んでしまうと確信しているヒモの方なのだが......。
が、その心配は杞憂であった。彼女は蒸発も爆発も首吊りもする事なく路上ライブをしていた。知り合いの姿が見えれば緊張するかと思ってヒモは建物に隠れながら聞いていたが......音に若干の緊張はあるものの間違いなくひとりの音であった。最後まで疑っていたが録音音声ではなく正真正銘の生演奏だった。
演奏が終わり、聞いていた女性ファン二人にひとりはチケットを売っていた。彼女達も自分達と同じくひとりのファンになったのだろう。知らない間に後藤ひとりは凄まじい成長を遂げていた。
「あ! ヒモさん!」
ヒモは建物の影に隠れていたが、しかし物陰に隠れる事が習慣のひとりには簡単に見破られる。今のひとりは新しく自分のファンができて、チケットノルマも達成できた事から調子のいい最強モードだ。
「(私のロインを見てヒモさんはわざわざ来てくれたのかな?これはもう友達と言ってもいいのでは?うへへへへ)」
と、にやついた顔を収める事ができない。そんな中、ヒモの登場に反応したのはひとりだけではなく......
「げっ......」
廣井きくりであった。
「お姉さん?!」
きくりの顔は青ざめて、夥しいほどの冷や汗をかいている。先ほどまで泥酔して笑い転げている顔しか見てこなかったひとりにとっては......まさに驚愕そのものであった。
「こ、こんにちは晶羅......くん......」
さっきまでの人と本当に同一人物かと本気で疑うひとり。それほどまでに今のきくりは塩らしくなっていた。
ヒモときくりはこれが初対面ではなかった。姉の明海を通して出会った事があったのだ。事件はきくりがヒモの家にやってきた時に起こった。
「あ、ヒモくん〜お酒持ってきて〜」
「おつまみ持ってきて〜」
「肩揉んで〜」
「お酒美味しいよ〜ほれほれ〜まずは一杯〜」
リョウが霞んで見えるほどのきくりのバンドクズっぷりに......
堪忍袋の緒が切れた。
この後のヒモがあまりに怖すぎてきくりのトラウマ筆頭は塗り替え更新された。ヒモの顔を見てしまうと一瞬で酔いが覚めて素面になってしまうほどに。酒による幸せスパイラルでも打ち消せないほどにきくりの心に残っている。
この事件はヒモがバンドマンに対して悪印象を抱き、優しさと甘さを分けなければ......この人種に甘さを見せればどこまでも食い尽くされるという事を学んだ大きなきっかけであった。
尚、未成年飲酒強要以外は同じような事をしていた姉、明海に対して雷は落ちなかった。
──────
「なるほど。昨日のライブの打ち上げで飲みすぎて前後不覚になりその後の事は覚えていないと」
「ハイ」
「打ち上げをした新宿からここまでかなりの距離がありますよね。電車の中で色んな人に迷惑をかけたんじゃないんですか?」
「スミマセン、ワカリマセン」
「そして泥酔してぶっ倒れているところ、たまたま出会ったぼっちさんに水としじみの味噌汁などを強請ったと」
「ハイ。スミマセン」
「............」
「反省シテマス。ヒトリチャンカラ借リタお金は必ズ返しマス」
更なる片言の日本語できくりは答える。推しているひとりが断れない事を利用したきくりの手口にヒモの視線が一層鋭くなる。となれば次の出来事に対してもヒモから強い追及を受ける事は間違いないだろう。
「ヒトリチャンを強引にライブに出してゴメンナサイ」
「いえ、それは大丈夫です」
「エッ?!」
ヒモは考える。
「(多分ぼっちさんのこの成長は強引に彼女を引っ張るような......そんな人がいなかったら......)」
ヒモは自分がひとりの人物像を固定し、思考停止に陥っていたのではないかと反省する。あがり症で人見知りのひとり。確かに自分から何か行動するのは難しいかもしれない。しかしそうではない誰かが引っ張ってくれればいくらでも進化する事ができる。考えてみればバンドを始めたのも虹夏が強引に引っ張ったからだった。廣井きくりの奔放さがなければ今回の成長はなかっただろう。
彼女の事を真に考えるのならば停滞よりも前進を目指すべきであった。
「凄くいいライブでした。知り合いがいると分かったら緊張するかもと思って建物の陰から見ていましたが......途中から音が変わったような気がして......」
自分と理由こそは異なるが個では光るものの集団で合わせる事は苦手なひとり。そんな彼女がどんどん周りの音を聞く事が上手になっていく。どんどんバンドのメンバーとして成長していっている。
「
「え?」
ここ数年、頭を下げるのはいつもきくりの方だった。頭頂部を見るのはいつもヒモの方であった。もしかするとヒモの頭頂部をきくりが見るのは初めてかもしれない。それを考えるとどこか、酒を飲んでいるような......きくりのテンションが高鳴っていく。
「じゃあさ〜! 今から一緒に飲みに行こうよ〜勿論晶羅くんの奢りね〜」
「あまり調子に乗らないで下さい」
「アッハイ」
テンションは一瞬で鎮火された。
「ぼっちさんも──」
「調子乗ってすみません!」
ひとりもきくりほどではないが脳内でヒモを相手に妄想を繰り広げていた。当然それはヒモには伝わっていないがきくりを詰めるヒモがひとりには凄く怖く映った。
「えっ......?」
そして推していたひとりからそのような目で見られた事でヒモは大ダメージを受ける。
結果、各々が心に傷を受けながら帰宅した。
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