ぼっち・ざ・ソリスト!   作:マイケルみつお

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9話 バースト!

 「明日か......」

 

明日は「結束バンド」のライブの日。ヒモはオーディションで彼女達の演奏を聞いたが本番のライブも楽しみに思っている。ヒモは彼女の演奏に魅入られている。

「結束バンド」はCDを出していない。動画もアップロードしていない。つまりひとりの演奏を聞く事ができる機会はライブしかない。

ヒモは後藤ひとりを推しているのだが彼女が「ギターヒーロー」である事を知らない。だから動画投稿サイトで彼女の演奏を聞ける事を知らない。

それもあって、ヒモは明日のライブをより楽しみにしているのだ。ただ......

 

「台風が近づいているらしいんだよね......」

 

今、テレビの天気予報で報じられているのは接近中の台風の情報。台風は進路を急激に変え、ライブが行われる明日には関東を直撃するとされている。

 

「チケットノルマ、皆達成したらしいけど......大雨が降って強風が吹き荒れる中、どれだけの人が来てくれるのかな......」

 

ライブはヒモやひとりがやっているような動画配信とは違って目の前の観客に向けて演奏を行うもの。

すぐ目の前に自分達の演奏を聞いている観客の姿があり、観客の細かい表情から仕草まではっきりと見えてしまう。演者は観客の「つまらない」といった暗黙のメッセージから目を逸らす事を許されない。

観客の雰囲気が演者のテンションに直接作用するのだ。「結束バンド」のようにまだライブに慣れていないバンドなら特に。

 

ライブをするにあたって一番キツい事は......客席がガラガラな事。仮に観客が演奏に無関心だったとしても箱物に人さえ入っていてばテンションは誤魔化す事ができる。

観客が演奏に対して無関心な事もキツいが、演奏次第で心を振り向かせる事はできる。つまり希望があるのだ。しかしそもそも観客がいなければ振り向かせる心すらない。希望すらないのだ。

 

ヒモは客席がガラガラになるであろう明日のライブを想像してみる。

 

 

──ヒモの妄想──

 

「初めまして結束バンドです。本日はお足元が悪い中お越し頂き誠にありがとうございます......」

 

「あっはっはは......喜多ちゃんロックバンドなのに礼儀正しすぎー」

 

台本を棒読みで読むだけのMCに客は愛想笑いを浮かべる事しかできない。

大雨の影響かSTARRYに入る客は数えるほど。ひとりが路上ライブをした時にファンになってくれた二人以外、他のバンドを目当てに集まった客である。

他のメンバーが集めた客はこの雨の影響で来ていない。だからだろうか、会場に集まった数少ない客も全く結束バンドの方を見ていない。

MCを務めた虹夏と郁代はひとりと違ってコミュ障ではないが、それが返って災いする。このライブハウスの雰囲気に完全に迎合してしまっている。もしかすると場の雰囲気を()()()気にしないリョウの方が今回に限っては向いていたのかもしれない。

 

「じゃ、じゃあ早速一曲目いきます」

 

演奏が始まった。郁代は普段みたいに自信を持って歌う事ができていない。どこか申し訳なさそうな、声量もなければ音程もところどころ外れている。そして歌の緊張と連動してか、練習では弾けていたギターもミスばかり。

リズム隊の虹夏もテンポが合わない。心の動揺がそのままドラムにも乗り移っている。

リョウは二人ほどいつもと変わらないが......しかし慌てている虹夏と全くと言っていいほど噛み合っていない。ベース隊は壊滅状態。

ひとりはこの状態では言わずもがな。

 

「やっぱ全然パッとしないやー」

 

「早く来るんじゃなかったねー」

 

「「「「............ッ!」」」」

 

観客の小さな呟きでさえはっきりと聞こえる。この至近距離で無関心をぶつけられたメンバーは心に大きな傷を負った。

 

「......ライブ、全然ダメだったね」

 

この出来事がメンバーのトラウマになり......

 

「短い間だったけどありがとね」

 

「結束バンド」解散。郁代はギターを再び手に取る事はなく音楽とは無縁の人生を歩み、虹夏もその後、バンドを再開する事はなく普通に大学に進学する。......リョウは楽器を買わなくなり金欠問題が解決した。そして......

 

「お母さん、最近ハロワ行けって言わなくなったなー。ふたりがもうママだからなー。酒をいくら飲んでも最近酔えないんだよね......」

 

ヒモがファンになった、ソロに関しては現在でも卓越した技術を持つひとりはギターを握るとあの日のライブがフラッシュバックするようになってしまった。次第にギターを見るだけで拒否反応が出るようになってしまい、中学から始めてきたギターを引退。

全ての希望を失ったひとりは正気を失い学校を休みがちになってしまい高校を中退。その後社会に適応できるはずもなく毎日酒に入り浸り自室に引き篭もるニートに......

 

──「ぼっち・ざ・ソリスト!」完──

 

 

「......未来は僕に託された!」

 

時計の針は既に12を回っていた。

 

──────

 ヒモの妄想は長く、そして妄想が終わった後、後藤ひとりのような発作に襲われたために妄想を始めてから実に数十分が経過していた。

明日......いや、日にちが変わったため今日のライブについて考えなければならない。外を見てみれば先ほどよりも雨は激しさを増している。

客を増やすためにはどうすればいいか? 真っ先に考えた事は人気バンドを出演させる事だ。......が、この暴風雨の中、当日に告知をして客を十分に集められるバンドの伝手などない。姉の『シール』もきくりでさえもこの二つの条件を満たす事はできない。

残る選択肢は......もう一つしかない。ヒモは自分の中で覚悟を固めた後、深夜であるにも関わらずスマホで電話をかけた。

 

「こんな非常識な時間にすみません。少し、話があるんですが......」

 

交渉は成功し、次の段階へ。ヒモはリビングを飛び出し階段を駆け上がって......明海の部屋のドアをノックする。明海はまだ起きていた。

 

「姉ちゃん、ちょっと頼みがあるんだけど」

 

「Aki」の動画の編集から告知までの全てを担っている明海に協力を求めた。雨は......激しさを増していく。

 

──────

 「お客さん......どうだろ?」

 

虹夏達「結束バンド」はSTARRYが開場するより前からバックヤードでリハを行っていたため客席に()()()()()()()()()()()()()()知らない。

 

「雨、結構酷かったですからね......。昨日の時点で私の友達も全員来れないと連絡がきました......」

 

「ちょっと会場見てみよっか! 心の準備もできるし!」

 

虹夏はバックヤードの袖から会場の様子を見てみる。この雨だ。おそらく会場には数人しかいないだろう。分かりきっている事だが、いざライブが始まった時に動揺しないよう今のうちに下見を、と。

......だが会場の様子は虹夏が想像したものとはかけ離れていた。

 

「えっ......」

 

虹夏は会場の様子を見ると......言葉を失った。

 

「虹夏どうしたの? ......ってうわっ」

 

そんな虹夏の様子にリョウは疑問を抱き、彼女の後ろから首をちょこんと出して見てみる。リョウも虹夏と同様言葉を失った。

柄にもなく狼狽えた後、何かを確かめに行くようにリョウはバックヤードを出て受付の方に向かった。虹夏は依然として呆然としている。

それもそのはず。虹夏はSTARRYがオープンしてから客席にこれだけ多くのお客さんが入っているのを見た事がなかったから。

 

「ええええええええええぇぇぇぇぇっっ!!」

 

「どしたの喜多ちゃん?!」

 

虹夏の動揺は郁代の突然の奇声によって収まった。声のした方を振り返ってみると......郁代がスマホを両手で抱えたまま震えていた。

 

「う、嘘......」

 

郁代は人生初のライブに緊張しまくったせいで今日起きてからスマホを開いてすらいなかった。これは郁代がスマホを親に買ってもらってから初めての事であったが、だからこそ今の今までsnsをチェックする事ができていなかった。

郁代は()の新着投稿の通知をオンにしていたというのに今の今まで彼の告知に気づく事ができなかった。

 

「な、何があったの喜多ちゃん......」

 

しかし側から見てみれば日頃のひとりのように無言で何かを考え続けている様子。虹夏は郁代が何を考えているのか分からず少し不気味に思えた。

 

「A......Akiがここでライブするらしい」

 

「「え?」」

 

虹夏の疑問に答えたのは受付で星歌に確認してきたリョウである。まだ狼狽えている。そしてリョウの言葉に虹夏と、そして今の今まで一言も発していなかったひとりも反応した。

「Aki」それは動画投稿サイトで活動する言わずとしれたビックネーム。音楽をする者なら、いや音楽と関わりがない者でもほとんどがその名前を知っている。

Akiは動画で顔を絶対に出さず、そして()()()ライブに出演した事がない。唯一動画で映る指先が細くしなやかであるため「美少女ピアニスト」と呼ばれているあの「Aki」だ。

 

「......お姉ちゃん、どんな魔法を......」

 

そんなAkiがSTARRYで電撃的にSTARRYでライブを行うとSNSで告知をしたため、STARRYの会場は超満員になっているのである。虹夏達のみならずネット上でもAkiの真意が全く分からないらしく......現在トレンドは1位となっており議論を呼んでいた。そんな中......

 

「(Aki様......いいえ、ありがとうございますヒモ先輩!)」

 

Akiの正体を唯一知る、()の真意に唯一気づいた熱狂的ファンの郁代はヒモに対して感謝していた。

 

「とにかく! お姉ちゃんがどんな魔法を使ったのか分からないけどたくさんの人が私達の演奏を聞いてくれるって事だよね! これはチャンスだよ!」

 

先ほどまで観客がほとんどいない状態を想像していたため虹夏と郁代はこの観客の多さに興奮していた。「絶対にライブを成功してやる!」とやる気が高まっていく。

 

「あばばばばば」

 

尚、ひとりには逆効果だったようである。

 

──────

 「本日はお集まり頂きありがとうございます。最初は「結束バンド」です」

 

ライブの時間になった。アナウンスが流れ、結束バンドがステージに出てきて準備をする。

 

「(こんな多い人の前で演奏するのは初めて)」

 

結束バンド以前も別のバンドで活動していたリョウであってもこれだけのお客さんの前で演奏をするのは初めての事らしい。

 

「(ヒモ先輩のお膳立て! Aki様の期待に応えたい!)」

 

郁代はリョウと違って初めてのライブだが、プレッシャーに押し潰される事はなく、この状況を作ってくれた彼に応える演奏をする事しか頭にない。加えて彼女は多くの人から視線を向けられる事には慣れていた。

 

「(客席は見えないけど......頑張るぞ!)」

 

ステージに上がる前、客席に先日路上ライブをした時にチケットを直接渡した二人がこの雨の中、ライブハウスに足を運んでくれた事を確認したひとりは身が引き締まる思いでいた。尤も、客席が()()()()ひとりは今二人がどこにいるのか見つけられなかったが。

 

「(ヒモ君は......流石にこの人混みから見つけるのは難しいか。来てくれていると嬉しいな)」

 

ヒモは自分の準備のため客席からではない別の場所からライブを見ているのだが......虹夏はヒモを見つけられないのを圧倒的な観客の数のせいだと結論づけた。

 

「結束バンド? 知らないな?」

 

「Aki様まだー?」

 

メンバーがそれぞれチケットノルマで呼んでいたクラスの友達はこの雨で来ておらず(メンバーに行けない事を連絡した後にAkiのライブを知ったが一度断ってしまった以上やっぱり行きますとは言いにくかった)ひとりが呼んだ二人以外は別のバンド目当て......というよりAki目当てで来ている。中にはAkiの登場まで興味がないと言うばかりにスマホをいじる人達も散見される。

 

──が、そんな事は想定内──

 

ライブが始まる前から彼女達はこの状況を予見していた。予測していたのなら......対策も打てる。

 

 

「多分最初は誰も聞いてくれないと思う。でも......私達の演奏で振り向かせよう!」

 

 

楽屋で虹夏はメンバーに向けてそう告げた。

ライブの最初は挨拶と、相場で決まっている。が、郁代と虹夏がマイクを握る様子はない。MCとは相手に聞く気があった場合に限って初めて場を盛り上げる事ができるもの。聞く気のない観客の心を掴む事はできない。

音楽を聞きにきた観客の心を掴むのは......音楽しかない。

求めるのはインパクト。場の掴みに「結束バンド」が持つ最大の切り札は......

 

「「「............ッ!!」」」

 

後藤ひとり(ギターヒーロー)のギターソロである。

 

──────

 結論から言えば「結束バンド」のライブは大成功に終わった。

バンドのメンバーの一員として、周りと合わせる技術はまだ未熟なひとりだがソロギターとしてなら話は別。その事はヒモも加わった最初のライブの時、メンバー全員が知った事。尤も、ひとりがギターヒーローである事は虹夏以外気づかなかったが。

後藤ひとりとはヒモがここまで大掛かりなお膳立てをするほどにお気に入りなのだ。彼女の演奏によってこの会場にいる、無関心な観客の耳と心がステージに奪われる事は至極当たり前の話であった。

 

そして観客がこちらを見てさえしてくれればもう勝利は決まったも同然。湧き上がるボルテージに「結束バンド」の演奏も釣られてよくなり......最後まで駆け抜けた。

虹夏やリョウはともかくひとりは会場のボルテージが高まれば逆効果なのでは? と思う人もいるかもしれない。が、ヒモはその事についてもアイデアがあった。

 

前回のライブでひとりは観客が()()見えないサングラスを着用していた。STARRYにたまたまあったサングラスである。

したがって観客の歓声が大きくなれば聴覚から観客の存在に意識が向き、意識を向ければ観客の視線を認識してしまい前回は失敗してしまった。

ヒモは前回のライブから学習し、客席が()()()()()()()()()濃いサングラスを買ってきた。

いくら歓声が聞こえても観客が全く見えないのであれば......それはいないも同然である。

ひとりは中学の頃から「ライブで輝く自分」を妄想するために押入れの中でライブ歓声をヘッドフォンで流しながら演奏を何回もしてきた。「うへへ」と不気味な笑みを浮かべながら。

観客の視線にはまだ弱いが......歓声だけならば......ひとりはもう慣れている! 

ひとりは怪しい笑みを浮かべながらも最高のコンディションでライブを行う事ができた。

 

無論、ライブの後SNSで「サングラスをかけたやべーギター」という書き込みが前回ライブ時の比にならない量で書き込まれ、拡散される事になるのはまた別の話である。

 

──────

 「結束バンド」の後、いくつかのライブもそのテンションのまま順調に終え、そして最後のライブ。真打(Aki)登場。

 

「ヒモ君、結局見つけられなかったねー。せっかくAkiのライブなのに見てないなんて事あるのかなー?」

 

「(というよりヒモ先輩のライブなんですけどね......)」

 

勿論「結束バンド」も観客側に立って観戦している。彼女達がステージを見てみれば......星歌達が衝立を用意しているところだ。ヒモのお願いで顔バレには細心の注意を払っている。

観客にはスマホのカメラを向けている人も少なくなく、STARRYが小規模のライブハウスだと言ってもここで顔を晒す事は世界に顔を晒す事と同義だからだ。ネットを嘗めると大火傷しちゃいます。

尚、ライブ告知の時に「衝立等を使用します」と書かれていたためにAkiが素顔を晒さない事に不満の声が漏れる事はなかった。

 

衝立等、全ての準備が整うと......突然演奏が始まった。「結束バンド」とは違って観客は「Aki」を聞きに集まっている。観客の心を掴むために挨拶を省略して演奏を始めた「結束バンド」のようにMCを省略する必要性は感じられない。が、勿論これにも理由はある。ヒモはライブをするにあたって、明海から絶対に声を出すなと言われている。

 

──Akiは美少女ピアニストというイメージを守るためである──

 

声を出してしまえば性別がバレてしまう。明海は女性と勘違いされ続けた方が人気は高くなると考えた。世の中にはネカマというものがあって......(以下略)

 

尚この時、初めて「Aki」をエゴサしたヒモはひとりのような顔をしていたという。

 

客席からは衝立に邪魔されて、そもそもステージに立っているのが本当にAkiなのか確かめる事はできない。

 

が、演奏が始まってしまえば衝立の向こうに立っているのは本物の「Aki」であると演奏が雄弁に語っていた。

 

「Aki」の演奏が何よりの証明だ。これが録音ではなくこの衝立の向こうで正真正銘の生演奏が行われている事に疑いを持つ観客は誰一人としていなかった。

 

ここまでライブを行ってきたのはいづれも複数人による演奏であったがトリを飾る「Aki」はソロライブである。

ヒモは様々な理由により生粋のソリストであり、ソロでなければ得意のピアノ、キーボードでさえ霞んでしまう。

が、唯一明海となら全力で合わせる事ができる。郁代が見たライブと同様、姉での演奏も可能だ。だが隣に明海はいない。その理由は至極単純。

 

本気のヒモの演奏には明海ですら着いていく事ができないからだ! 

 

「「ッッ!!」」

 

演奏が始まってから10秒も経たずして会場の雰囲気は最高潮を超えたボルテージに至る。

 

「(これがAki様の......ライブってこんなに盛り上がるものなんだ。私達も!)」

 

郁代含め、結束バンドのメンバーは早くもこの雰囲気に触発された。「自分達も会場をこれだけ湧かしてみたい!」 と。

 

元々クラシックが専門のヒモであるが今日演奏しているのはいづれもロックの曲のアレンジ。当たり前だ。今回ヒモがライブをするのは郁代しか気づいていないが「結束バンド」のためだから。

クラシックが好きなファンを集めた場合、「結束バンド」がいい演奏をしても聞いてくれない可能性が高い。だからこそここには......ロックファンを集めたのだ。

 

自分の専門とは違うジャンルであってもここまで客を集める事ができるのは流石「Aki」といったものかもしれない。

 

Akiの演奏は大きな問題もなく圧巻の完成度で走り抜け、大歓声で幕を閉じた。




原作ではひとりは「あのバンド」に入る前にギターソロで覚醒しますがヒモはそこまでは予想できませんでした。前話に引き続き、何だかんだでひとりに失礼なのはヒモです。ライブを失敗するとひとりが引きこもりニートになると本気で思っています。

「絶望した顔」、「動揺した顔」を「ひとりのような顔」で表現できるの執筆界の革命だと思う(戯言)。

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