〜零視点〜
「すみません、悪ふざけが過ぎました。」
3年生2人の前に達也が歩み出る。
「悪ふざけ?」
「はい。森崎一門の〈クイック・ドロウ〉は有名ですから、後学のために見せてもらうだけのつもりだったのですが、あまりにも真に迫っていたもので、つい手が出てしまいました。」
森崎に驚きの表情が浮かぶ。無理もない、名乗ってもいないのに自分の魔法だけで苗字を言い当てられたのだ。
「では、そこの女子生徒が攻撃性の魔法を発動しようとしていたのはどうしてだ?」
先ほど『ほのか』と呼ばれていた女子生徒が風紀委員長に睨まれ、体を縮こまらせる。
すると達也は風紀委員長に怯むことなく、少し微笑みを浮かべた。
「あれはただの閃光魔法です。威力もかなり抑えられていました。」
……やはり達也は他のやつとは一味違う。いや、一味どころではないな、実力が段違いだ。まさかあの一瞬で起動式を読み取れる奴が俺以外にもいたなんてな。
「ほう、どうやら君は展開された起動式を読み取れるらしいな。」
風紀委員長の言葉に、深雪さんが一瞬反応した。……なにかマズいことでもあるのか?
「実技は苦手ですが、分析は得意です。」
「嘘なら早めに正直になった方が身のためだぞ?」
どうやら風紀委員長は信じていないらしい。……仕方がない、助け舟を出すか。
姉さんの方をチラッと見ると、頷いてくれた。さすが、俺をよく理解してくれてる。
俺は達也の方に歩み寄りながら口を開いた。
「あ〜渡辺委員長?達也の言うことは本当ですよ?」
「何?お前も起動式を読み取れるというのか?」
「ええ、まあ一応。それにそこの女の子は俺たちを止めようとして魔法を発動しようとしたんですよ?攻撃性の魔法だったら火に油を注ぐことになるじゃないですか。」
「……そうか。」
渡辺先輩はそういうと、いつでも魔法が発動できるようにと先程からずっと上げていた右手を下ろした。もちろん、発動しかけでとどめていた魔法もキャンセルしてだ。
「お分かりいただけたようで何よりです。」
「ふん、どうやら君たちは誤魔化すのが得意なようだな。」
…あれ、なんか誤解されてる……。今度は達也が渡辺先輩に切り出した。
「誤魔化すなんてとんでもない。自分はただの二科生です。」
そう言って達也は右手で自分の制服の左肩の部分を指差し、そこに花の紋様がないことをアピールした。
俺たちと渡辺先輩たちの間に緊張が走る。しかしそれも少しの間だけだった。深雪さんが靴のヒールをコツコツと鳴らしながら俺たちの間に駆け寄って来たのだ。
「ちょっとした行き違いだったんです。本当に、申し訳ございません。」
深雪さんが頭を下げると、渡辺先輩は少したじろいでいた。1年生の方も、何も悪くない新入生総代に頭を下げさせてしまったことへの罪悪感から、バツの悪そうな顔をしていた。
「もういいじゃない、摩利。達也君、零君、本当にただの見学だったのよね?」
七草先輩が俺たちと渡辺先輩の間に割り込み、俺と達也に向かってウィンクをしてくる。
そのまま七草先輩は俺たちの後ろにいる1年生(+姉さん)の方に向かって話しかけ始めた。
「生徒同士で教えあうことが禁止されているわけではありませんが、魔法の行使には事細かな制限があります。魔法の発動を伴う実習活動は控えた方がよろしいでしょう。」
先ほどまでのピリピリした雰囲気は一転し、今では今回のことは不問になるような空気になり始めている。
だがここで気が緩むのを良しとしなかったのか、渡辺先輩が咳払いを1つして話し始めた。
「会長がこう仰せられているので、今回の件は不問とします。以後は気を付けるように。」
結局不問にはなったが、その渡辺先輩の真剣な面持ちから、俺以外の生徒は全員先輩方2人に向かってお辞儀をする。勿論姉さんも頭を下げていたが、俺は下げる気がなかった。
(なぜ姉さんが頭を下げなければいけない。納得がいかん。)
俺は頭を下げる代わりに苛立ちを全面的に表に出していた。
「そこの君ももう暴力行為に及ぶことのないように。」
「了解で~す。」
「零、ちゃんと反省しなさい。」
「…はい、姉さん。」
姉さんに言われたら何も言い返せねえよ…。