三杯目   作:亜楽


原作:仁王2
タグ:仁王2 一話完結
ゲーム「仁王2」の二次創作小説です。
短編1話完結。

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石田三成の逸話「三献茶」の再現です。


三杯目

 快晴が続く。今日も鷹狩りに適していた。藤吉郎は供回りを連れて領内を散策する。

 行商人の出自。今や武士であり、さらには城主となる。相棒とともに美濃から尾張に流れ、織田信長に士官した日は、さほど遠い昔話ではない。

 まだ日が高い。長浜城に帰る途中で、一行は寺に立ち寄り休息した。

「このあたりは見て回れたか」

 奥の部屋に通された。藤吉郎は腰をおろす。

「俺達の城に、俺達の街だ。悪くないもんだろ」

 誰よりも偉くなる。

 大きな夢を抱いた。踏み出した一歩で感じる。行けば行くほど苦難の道。ままならない鎖に縛られ、足取りは重くなる。

 今日の鷹狩りは、気晴らしを兼ねた領土の視察だった。手にした成果を見て少し気が軽くなる。望んだ道を歩いている。

「失礼します」

 戸を引く音。少年が座していた。

「お茶をお持ちしました」

「おう、ご苦労」

「どうか、ごゆっくりと」

 少年は部屋を出る。

「できた坊主だな」

 少しの言葉としぐさの中に、知性が宿っていた。常に観察を怠らない藤吉郎には感じられる。

 大ぶりの茶碗を手に取る。外を出回り喉が渇いていた。藤吉郎は一気に茶を飲み干した。

「ん?」

 茶碗を置いてから気付く。二人の客人に対して茶碗が一個しかない。

「なんだあいつ。抜けてやがる」

 藤吉郎は部屋の外に声を張った。

「坊主。おい坊主」

 すぐに少年が現れる。

「お呼びでしょうか」

「見てわからんのか。茶が足りん。なんで一杯しか持ってこないんだよ」

「不要にございます」

「あん?」

 少年は切れ長の目で藤吉郎を見た。

「私は藤吉郎様にお茶を献ずるよう命じられました」

 藤吉郎があきれる。

「あのな。違うだろ。早くしろ。俺ももう飲んじまった。二杯目を持ってこい」

「承知しました」

 少年が部屋を出る。

「馬鹿には見えないんだが。変わった坊主だ」

 藤吉郎達は顔を見合わせた。

 

 ほどなくして再び茶が運ばれた。

「こちらにお持ちしました」

「よし、下がっていいぞ」

 盆に載せられた茶碗を見る。一杯目より器が小さい。また茶からは湯気が立っている。

 藤吉郎が茶を飲む。

「俺が喉が渇いていると踏んで、さっきはわざと、大きめの茶碗にぬるい茶を入れたか」

 一杯目と二杯目で、茶碗の大きさと茶の熱さが違う。少年の気配り。茶の出し方に意思がある。

「言うのは簡単だが、気が利く。……って違うだろ!」

 思わず声が大きくなる。

 盆に茶碗は一個。また藤吉郎だけが飲んでしまった。

「坊主。お前なにを考えている?」

 藤吉郎は立ち上がり、部屋を出た。

 

 少年は廊下に正座していた。

「お茶をご所望でしたら、お呼び頂ければお持ちします」

「違う!」

 立ったまま少年を見下ろす。

「次は熱いお茶がよろしいかと存じます。用意してございますので、お部屋にてお待ち願います」

「出すたびに茶を変えているのな。次の手も読んであるのか。よく考えた。だが違う」

 よどみなく話す少年。藤吉郎はいら立ちながら続ける。

「俺に茶を出すってのは、俺達に出すって意味だ。そうだよな。言ったよな。なんで俺にだけ持ってくるんだよ」

 城主の叱責に体がこわばる。緊張を押して、吐く。

「あやかしに出す茶はございません」

 少年の背後を狐が歩いた。

 飯綱。神の使いとも言われる、霊力を持つ狐。少年に憑いてはいるものの、まだ主とは認めていない様子で、興味なさげに藤吉郎を見た。少年もまた霊感がなく、守護霊に気付いていない。

「狐……」

「よく言われます」

 少年が返す。確かに狐を思わせる目つき。そして態度だった。

 藤吉郎は床に座り、あぐらをかいた。

「坊主。名前は?」

「佐吉と申します」

 のちの石田三成。佐和山の狐と呼ばれる。猿と狐が出会う。

「いいか、佐吉」

 同じ目線で、名前を呼び、言葉を交わす。

「あいつは確かにあやかしだ。だが、俺の相棒だ」

「あやかしは、あやかしにございます。人ではございません」

 寺の廊下で問答する。僧と弟子のように。

「俺は下賤の行商人だった。お前も寺の小坊主だ。このまま終わるつもりがないから、小細工で俺に取り入ろうとしたんだろ」

「ご慧眼の通りです」

 包み隠さず答える。佐吉は藤吉郎が訪問すると聞き、接待係を申し出た。自分を売り込もうとした。

「相手をよく見る目は、大切だ。お前にはそれがある」

 人は常に人を見なくてはならない。味方に協力する時。敵に勝利する時。敵味方を見分けられなくては、戦う相手すらわからない。

 そして今、藤吉郎は佐吉の才気を見た。

「よく見たら、考えろ。生まれでは決まらない。そいつが何者なのか、考えて、どうするかを考えろ」

 生まれでは決まらない。

 腹から出た声が、藤吉郎の耳に届き、頭に響く。

 顔をしかめた。

「藤吉郎様?」

 様子を見た佐吉が動揺する。

「いや……すまん。大丈夫だ」

 あやかしと知って相棒にした。友と認め合った。ならば言ってはいけない、言うはずのない言葉がある。

「あやかしだから。なんて思うな。世が小さくなる」

 佐吉は押し黙る。

「納得できてない顔だな。まあいい。今はいい。ひとまず茶を持ってこい。二杯だぞ」

「……はい」

 二人は立ち上がる。

 

 千利休の茶室。

 飾り立て、威風を見せる藤吉郎とは違い、質素な作りに風流を見出だせる。石田三成は、遠い日を思い返していた。

「いかがさなれました」

 利休の声で我に返る。

「いや、なんでもない」

「なつかしんでいるような、穏やかな顔をされてはりました」

「なんでもないと言っている」

 三成は利休に向き直る。

「お前はまた、藤吉郎様に、いらない戯言を吐いたそうだな」

 少年、佐吉は藤吉郎に認められ、家来になる。見出された才能を発揮し、藤吉郎の右腕となるまでに、時間はかからなかった。

 千利休は茶道の大家。藤吉郎に取り立てられ、強い発言力を持つようになりながら、昨今は藤吉郎とたびたび対立していた。

「お前はもうなにも言うな。茶人は茶を点てればいいのだ」

「三成はんも、わかっているのではおまへんか」

 利休は静かに言う。大樹を思わせる、揺るぎない言葉。

「いったい、藤吉郎はんはどうしてしまったのか。すっかり人が変わってしまった」

 藤吉郎は破竹の勢いで勢力を伸ばし、今では天下人と呼ばれる。三成は藤吉郎の天下を乱世の終息と信じていた。

 諸国の戦乱は収まりつつある。代わって訪れた世は、野心をあらわにした藤吉郎の支配だった。民は苦しみ、国は荒れていく。

「藤吉郎様の夢は、私の夢だ」

 内心に渦巻く疑念を抑え込む。

 出会った時の藤吉郎から、いつしかなにかが失われたかのようだった。欠けているとしたらそれは。

 考えないようにしている。

 かき乱される思いの中、藤吉郎への忠義だけは変わらない。忠義心により、三成は支えられ、動かされていた。

「また茶会をご一緒したいものですわ」

「お前はすぐに余計な話を始める。藤吉郎様と軽々しく口を利くな」

 利休は茶碗を手にした。

 茶室の静寂が三成を鎮める。不意に口をついて出た。

「利休は、あやかしに茶の味がわかると思うか?」

 顔を見合わせる。少しの沈黙を置いた。

「あやかしの客人をお迎えした時があります。飲んで頂けませんでしたわ」

 茶会を思い出し、少し笑った。

「私も小僧のころに茶を出した。毒を入れておいたんだが」

「どく、毒?」

「冗談だ」

 利休が驚く。三成は不機嫌な顔に戻る。

「飲まなかったのか。毒では死なないのか」

 利休は細く息を吐いた。

「つまらない冗談はおやめなはれ」

「つまらないのはお前の話だ」

 茶の湯は変わらなくとも、時は流れ移り変わる。縁を結んだ茶道に迷い人はもう戻れない。思い出にだけ残る姿は、香りのように立ち消えた。




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