◇◆◇
……浮かび上がる数多の仮想ディスプレイに、空の映像が映し出されている。
「…前方、異常なーし。」
誰かがその映像をザッと眺めながら、呟いた。
「了解。…進路このまま。」
「ラジャー!」
別の誰かがソレに答え、仮想ディスプレイが部屋のあちこちへ散っていく。
…ソコは、まるで船の操縦室の様な場所だった。
ズラリと並べられた幾つもの計測器や、操舵輪。室内に居る人達も、皆ピシッとした青っぽい隊服の様な物を着ている。
………ここは、〈オーステルン 中枢部 移動要塞操縦室〉。
万を超える人命を乗せ、〈星の
そんな部屋の真ん中に、一際目立つ格好をした白髪の男が堂々と鎮座していた。
彼の傍らにあるのは大きな操舵輪。…彼が被る帽子には、〈艦長〉の2文字。その帽子の上にはサングラス。
……彼の名は〈ゼウス〉。
移動要塞都市〈オーステルン〉の全権を握る、事実上のトップである。
「ーーーー!!……ゼウス艦長!!」
操作室にいる1人が、彼に声をかけた。
「…お?なんだ??どうかしたか?」
首を傾げた彼の前に、仮想ディスプレイのウィンドウが開く。
……オレンジに点滅するソレは、外部から何かしらの通信が〈オーステルン〉に向かって送られている事を示していた。
「……不明信号…発信源は?」
「南西に20キロ。……地上からです。」
「…ほぉ?ーーーなら、遭難信号の可能性が高いな。…どっかの航空艇が不時着したって感じか。」
髭の生えた顎をさすりながら、ゼウスは呟く。彼の部下の1人が口を開いた。
「…信号の発信源近くには、高濃度の〈星のセラム〉が滞留しています。ーーー我々では、接近が困難です。」
ゼウスはため息をついた。
「…ああ、そうだな。まったく……旧人類にとっては、生き難い世界になったモンだ。じゃあーーー…」
…ピロリン♬ーーーその時ゼウスの服の中から、携帯の鳴る音が聞こえて来た。ゼウスの顔がビクッとなる。
「げ、
(((……束縛強い嫁持つと大変だな。)))
若干冷や汗をかきながら携帯を忙しく弄り始めるゼウスを見て、誰しもがそう思った。
◇◆◇
星暦XXXX年 10月 2日
場所:〈オーステルン〉 繁華街郊外〈イースター本部〉
その日、〈イースター本部〉にとある人物が訪れていた。
「バサラせんぱーい。……こんにちは〜〜。居ますか〜??」
本部一階にて、幼い少女の声が響いている。
ソレに答えるはバサラのダルそうな声。
「あぁ。…居るぞ、此処にな。ーーーーーーー何の用だサテライト。」
階段の上で、頭だけを突き出したバサラが、訪問客……サテライトの方を見て呟いた。サテライトは小さく笑って階段へ足を踏み入れる。
「あ、居たーー。えへへ…別に、特に何も無いけどさー。暇だったから遊びに来たの。」
バサラがため息をつく。
「…はぁ。…此処にはお前の暇潰しになる様なモノなんて、何も無いぞ?」
…そう言いつつも、バサラはサテライトが2階に上がるのを止めはしなかった。
「別に良いよ〜。ずっとカノープスのトコ居るのも健康に悪いから。」
バサラの脳裏にカノープスの薄暗い、ピザの箱が散乱した汚部屋が過ぎる。
「…あぁ、確かにな。」
否定はせずに、バサラは呟いた。……此処だって、綺麗かと問われれば微妙なラインだが、アッチよりかはマシだろう。
「お邪魔しま〜す。」
サテライトが足を踏み入れた2階の大部屋には、ニュウとカノンが居た。後からバサラが入って来て、コレで〈イースター〉組は3人になる。
「あれ〜?アミダ先輩とかは?」
「アミダ達なら繁華街に行ってるぞ。……ネオは知らんが。」
バサラが床に腰を下ろしながらサテライトに告げた。
「ふーん。…なんか1人初めて見る人が居るけど……誰ですか?」
ーーーサテライトにそう訊かれたニュウは、頭を下げた。
「こんにちは。俺はニュウって言います。…大体一ヶ月ほど前に此処に来ました。……貴方はーーー…もしかして、サテライトさん?」
少女ーーーサテライトは、頷いた。
「そうだよ〜。私のこと知ってるの?」
「…名前だけですがね。」
「ふーーん。そうなんだ。……ニュウ先輩ね。覚えとく!」
「ありがとうございます。」
ニュウは再び頭をピシッと下げた。……サテライトがバサラにササッと近付くと、耳元で囁く。
「…なんでニュウ先輩は私にも敬語なの??…私小学生だよ?逆に調子狂うんだけど??」
「…真面目が服着て歩いてんだ。慣れろ。」
…バサラがそう囁き返した。
◇◆◇
「………しかし、もう随分寒くなったな。なぁサテライト。」
バサラが、机の上に出してある煎餅を齧りつつサテライトに話しかける。
「そうだね。…特に今からはキツくなるよ。…〈オーステルン〉が北側に進路をとるから。」
同じく煎餅を齧りながら、サテライトが返事した。横からコレまた同じ様に煎餅を頬張っているニュウが、口を挟む。
「…なんで今、北に進路をとるんですか?」
バサラが煎餅を噛み砕いてから答える。
「物資の補給だよ。……いかな〈オーステルン〉と言えども、全てを移動都市内で完結させる事が出来る訳じゃねぇ。都市機能の維持には、外部からの補給が必要不可欠なんだ。」
バサラの説明にニュウは納得して頷く。
ーーーーーーーー移動要塞都市内では、なるべく自給自足を行える様、生産システムが構築されている。しかし、全てが都市内だけで賄えるわけでは無い。……資源の潤沢な地ーーー即ち、地上からの定期的な補給が都市の維持には必要なのだ。
…特に石油、鉄鋼、天然ガスなどの地下資源は、高所を行く移動要塞都市では手に入り難い物モノ故、地上からの補給が必要である。
「あぁ、なるほど。…何処の移動要塞都市でもそうですね。…因みに〈オーステルン〉は何処で補給を?」
それに答えたのは、黙って煎餅をちびちび齧っていたカノンだった。
「星屑の街〈アステール〉。……彼処が、私たちの生命線だよ。」
「〈アステール〉か……。」
ニュウは呟いた。
ーーーーーー星屑の街〈アステール〉。…世界で一番最初に、連邦の主導で興された〈新人類共同居住区〉である。
そもそも、〈新人類共同居住区〉とはなんなのか?
ざっくりと言えば、連邦政府が新人類の管理を容易にし、旧人類を遥かに凌ぐ力を持つ彼らをコントロールする為に作り出した街である。
作った理由が理由ゆえ、〈隔離地域〉と言う蔑称で呼ぶ者も多い。今では地上だけで無く、連邦政府管轄の移動要塞都市にも存在する〈新人類共同居住区〉システムは、全て〈アステール〉から始まったのだ。
ただ、現在〈アステール〉は最早連邦の管理下には無い。
約一年前、〈新人類優生思想事件〉によって、〈アステール〉は連邦から解放されたからだ。
…しかし、〈新人類優生思想〉達による〈アステール〉の管理は、長くは続かなかった。連邦による反撃が始まったからである。
結果、〈新人類優生思想〉達は連邦との戦争に敗北し、〈アステール〉は管理者が居なくなった。………もちろん、連邦は直ぐに〈アステール〉を取り戻そうとしたが、その間に割って入った者達が居る。
それが、〈イースター〉であり、移動要塞都市〈オーステルン〉である。
その時、少し連邦との間で一悶着あったが、〈新人類優生思想事件〉によって力が削がれ、疲弊していた連邦政府は、〈アステール〉の管理権を破棄し、退却した。
…こうして星屑の街〈アステール〉は、現在この星にある唯一の新人類の、新人類による、新人類の為の街となっている。
…昔、ニュウも住んでいた事があった。
「…でも、確かあそこって〈星のセラム〉に覆われ始めて存続が危ぶまれていた気がするんですが…。大丈夫なんですか?」
ニュウの疑問に、バサラは煎餅を皿に足しながら頷く。
「ああ……大丈夫さ。ネオが居るからな。」
「ーーーーあ!……なるほど…〈浄化する力〉か…。」
バサラは頷いた。
「その通り。ーーー俺たち〈イースター〉が〈アステール〉に歓迎された理由がソレだ。」
バサラが手に持った煎餅を左右に振りながら、話を続ける。
「確かに〈アステール〉がヤバいのは事実だ。…だが、ネオのセラムを浄化する力は、〈アステール〉が高濃度の〈星のセラム〉に覆われる事態を食い止める事ができる。……アソコのネオ人気はすげぇぞ。…ネオの信者で新興宗教が一個できるな。」
カノンが、横でコクコクと頷いて口を開く。
「……彼等からして見れば、ネオは街の守護者でもあるから。…崇める人も多いよ。」
…そう言えば、〈オーステルン〉にも1人信者がいたなぁ…と、ニュウが思っていると、サテライトの背負っているランドセルから、何やら着信音の様な物が鳴り響いた。
「あれれ??……〈中枢〉からだ。なんだろ?」
サテライトはランドセルの中から携帯を取り出すと、通話に出た。
「…もしもし〜。サテライトでーす。」
〈中枢〉ってなんだ……?と、ニュウが思っている間にも、話は進んで行く。
「うん。…うんうん。ーーーなるほど。…りょーかい、今〈イースター〉のトコに居るから、お願いしてみまーす。」
ピッ…とサテライトが通話を切ったタイミングで、バサラが口を開いた。
「〈中枢〉……ゼウスの爺さんから頼みか?」
「うん。ーーー地上から救難信号を受信したから、救助に向かって欲しいって。」
バサラが片眉を上げた。
「ーーーーーほぉ?地上かぁ。…なら、助けに行ってやらねぇとな。〈ノーマン〉や、地上の動物達にヤられる前にな。」
そう言って、彼は立ち上がる。
「……行くぞ。ニュウ、カノン。いきなりだが、救助任務だ。行けるか?」
ニュウは手についた煎餅の粉を払い落として立ち上がる。カノンも後に続いた。
「了解です。…行きましょうか。」
「…私も行ける。」
「オッケー。なら、私はここに残って、皆んなのサポートするね。」
そうサテライトが言って、ランドセルの蓋を開く。
ーーーすると、中から小さな丸いドローンが飛び立ち、ニュウ達の周りを回り始めた。
「おお。……これって、ドローン???」
「その通りだよ。ニュウ先輩。」
…いつの間にか、ランドセルの中からPCを取り出していたサテライトが、皆に説明を始める。
「…コレは私の目。先立って地上の情報を集めて、バサラ先輩達の携帯端末に送っとくから、救助者探しに役立ててね〜。」
バサラは強く頷いた。
「あぁ。…頼んだ。ーーーーーー行くぞ。」
「頼まれた〜!じゃ、いってらっしゃ〜い。」
手を振るサテライトに見送られながら、ニュウ達は外へと向かったーーーーーーーーー……
◇◆◇
外ーーー〈イースター本部 駐車場〉にて。
「…バサラさん。一つ疑問が。」
眩しい真昼の光に照らされ、目を細めながら、ニュウが先を行くバサラに問い掛ける。
「お?どうしたニュウ?」
「目指すのは地上ですよね?どうやって行くんです?…航空機とか無いのに……。」
ーーーニュウの疑問とは、どうやって地上に行くか…と言う物だった。移動要塞都市は高所に存在する。…一応、〈脚〉を伝って下に降りれなくも無いが、時間が掛かるし、危険だ。
普通、こういう時はもっぱら飛行機などが役に立つが〈イースター〉が航空機を所持している様には、ニュウには思えなかった。
ーーーーー故の疑問だったのだが、バサラはニヤリと笑って人差し指を立てそれに答えた。
「ふっ。良い質問だな。……良いもん見せてやる、ニュウ。」
「……??」
首を傾げるニュウに、バサラは両手を広げて無駄に広い駐車場を指し示す。
「なぁ、何でこんなに駐車場が広いと思う?ーーー俺たちは誰も、車なんて持ってないのに。」
ーーーーーーーーーゴゴゴゴゴゴ……
ふと何処からか、地鳴りの様な音が聞こえて来た。…まるで、何かが下から迫り上がって来る様な……。
「…え。ーーーまさか……!」
「そこは危ないかもなニュウ。……一歩下がりな。」
ニュウはサッと一歩後ずさった。
彼の前で、だだっ広い駐車場が左右に音を立てながらスライドして行く。
……やがて駐車場の中心に、大きな四角い空間が生じた。そしてその空間の下から、何かが迫り上がって来る。
「うそぉ………。」
唖然とするニュウの前で、ソレは姿を現した…
ーーーーーーー赤く点滅する警戒灯に、照らし出されて鎮座する鋼鉄製の機体。ニュウはソレがなんなのか、知っていた。コレは…………
「………オ、オスプレイ??…こんな物が駐車場の地下に格納されてたのか?!」
ニュウの驚愕の表情を見たバサラが、満足げに笑って言う。
「その通り。ーーーコイツの名前は〈イースター号〉。俺達が所有する、唯一の大型航空輸送機だ。……あぁ、名前のセンスは気にするな。」
最後の一言を小さく呟いたバサラは、ニュウに手招きした。
「乗りな。……地上まで連れてってやる。」
移動要塞都市が都市として機能している以上、トップと言うかリーダーと言うか、指導者は必要だと思ってましたが、誰にするかは最後まで決めかねてました。
……結局、トップなら最高神さまでいっか、って言う結論に至りましたとさ。
……絶対名前負けしてるよ。