モンスターストライク 〜星ノ呼ビ聲〜   作:犬社長

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81話〈聖戦 Ⅴ 〜カノン:オリジン〜〉

 

 

 

 

ーーーー頭が割れ鐘の様に鳴っている。

 

 

 無秩序な空間歪曲の中に放り出された所為か、三半規管が悲鳴を上げていた。

 

 

(………痛い。)

 

 

そう思った。

 

痛み(pain)。……確かに感じる、近付く死の感覚。

 

(苦しい……そして、冷たい………これが、死???)

 

正直、恐怖は無かった。

 

どちらかと言えば、戸惑いがあった。

 

ーーーー最後に、脳裏にフェルシア(母親)の姿が横切って………

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーーーーッッッ?!」

 

 

 

 

目が覚めた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「……知らない天井。」

 

 

瞳を開いたカノンは、そっと呟いた。

 

 如何やら自分は、硬めのベッドに寝かされているらしい。掛けられている毛布がわりの布切れは薄かったが、人の温かい香りがした。

 

「……此処は…何処…?」

 

 疑問に思って身体を動かそうとしたが、身体が動かない。しかも、酷く痛む。

 

(ーーーーそうか…。壊獣との戦闘ダメージが…まだ体に残ってるんだ。)

 

身体を動かすのは諦めた。

 

 そのかわり、動く頭を使ってカノンは此処が何処か考える事に決める。

 

(グローリーの医務室じゃない…。医務室はもっと…ツンした匂いのする場所だし、こんなにベッドも硬くない。…それにーーーー)

 

 カノンは首を巡らして、自分が寝かされている部屋を見渡す。

 

 

ーーーとても生活感のある小部屋だった。…医務室の無機質な感じは全くしない。

 見ていく内にカノンは、壁に写真が複数飾られているのに気付いた。…なんの写真なのかは、ベッドからでは分からない。

 

 ま、なんでも良いや。ーーーと思って、カノンは反対側…窓の方へ目を向ける。ーーーー外の景色が見れれば良いと思ったのだが、窓には薄いレースのカーテンが掛かっていて、外を見る事は出来なかった。

 

「………何処なんだろう。」

 

 窓の外を見たまま、ポツリとカノンは疑問を再度呟く。その呟きを聞く者は居ないーーーーそう思っていた。

 

 

「ーーーー()()()()()()()()だよ。」

 

 

ーーーーだから、後ろから答える声が聞こえてきた時、カノンは珍しく(…もしかしたら、人生で初めて)驚いて声を上げてしまったのだ。

 

 

「ひゃっ?!」

 

 

 振り返って見ると、1人の少年が部屋の出入り口に立っている。

 

ーーーー何の変哲も無い、人畜無害且つ何処にでも居そうな少年。……しかし警戒したカノンは、思わず動かない筈の上体を起こして戦闘の構えを取っていた。

 

その手にセラムキューブの光が宿りーーーー

 

「わぁ!?タンマタンマ!!……僕は敵じゃ無いよ!?」

 

慌てた少年は両手を振った。

 

 カノンは手を下ろす。セラムキューブの属性光が消え、少年はホッとした様に胸を撫で下ろした。

 

「…あぁ〜、びっくりした。ーーーーでも、結構動けそうで良かったよ。……酷い怪我だからさ…。心配だったんだ。」

 

 ニコッと笑う少年を見て、カノンは自分の体を見下ろした。着ていた服は、少しサイズの大きすぎる白いワンピースに変えられており、腕や肩には包帯が巻かれている。

 

「……アナタが…治療を?」

 

その問いに少年は首を振った。

 

「ーーーー僕は霧の森で倒れてたキミを見つけただけだよ。手伝いはしたけど、治療まではしてない。包帯はお母さんが巻いたんだ。……それに、キミは女の子だし…。僕がするのも…ね…。」

 

 話の最後の方の意味はよく分からなかったが、取り敢えずカノンは自分が置かれた状況を整理する事にした。

 

「…アナタさっき、此処はアステールって言った?」

 

少年は頷く。

 

「うん。ーーーー新人類共同居住区01番〈アステール〉。……連邦によって作られた新人類達のための街だよ。……それがどうかしたの?」

 

彼の説明を聞いて、カノンは少々ホッとした。

…此処が連邦関係の場所であると分かったからだ。

 

ーーーー因みにカノン自身は、新人類共同居住区の事について全くと言って良いほど知らない。

 精々、フェルシアから『そんなモノが存在している』のだと、ちょろっと聞いた程度であり、あまり興味は無かった。

 

(ーーーー連邦管理下なら安心かな。…直ぐにでも、グローリーに連絡を取って貰おう。)

 

そう思ったカノンは少年に話しかけた。

 

「…ねぇ、連邦関係者は何処に居る??…下級兵でも良い。誰か呼べる??」

「え???」

 

 少年の顔が少し戸惑った様な顔になる。…ややあって、少年は口を開いた。

 

「ぼ、僕たちみたいなのが、そんなおいそれと連邦兵を呼べるわけないじゃん。ーーーーだって、()()()()()()()()??」

「ーーーー!!」

 

 カノンは目を見開いた。…脳裏に、さっきまで(ーーー少なくともカノンの感覚では。)戦っていた新人類達が過ぎる。そして、フェルシアの教えも。

 

「…新人類っ!!」

 

カノンは今度こそ明確に戦闘の構えに入った。

 

 手に生まれたオーバル型のセラムキューブが変形し、翠に煌めく大天使ガブリエルの剣へ変わる。

 

そしてカノンはベッドから立ち上がりーーーーーーー

 

「痛ッ…?!」

 

 そのまま床に倒れ込んだ。……五ツ星級ノーマンのホーミング弾や、至近距離での撃破時の爆発を受けてボロボロになっていた体は、まだ急な動きに耐えられなかったのだ。

 

 セラムキューブから生まれた剣が、フッと消える。カノンは、自分が抱き起こされるのを自覚した。

 

「だ、大丈夫?!急にどうしたの……って言うか、まだ激しく動かない方がいいよ!ーーーーキミ、4日間も気絶してたんだから!」

「…!!」

 

カノンは驚きに目を見開く。

 

 それは、自分がそんなにも長く気絶していた事に対する驚きと、敵である筈の新人類に、今自分が優しく抱きかかえられている事に対する、二重の驚きだった。

 

 一方の少年は、カノンの体がこわばっている事に気付いた。

 

「あ、ごめん…!急にキミが倒れたから…思わずーーーー」

 

 自分がカノンを抱きしめる様に触れた事で、カノンに嫌悪感を抱かせてしまったのだろうと、少年は勘違いした様だ。

 

…実際はそうじゃない。カノンは少年が敵だと思っていたのだ。ーーーーナイフ一本、あれば自分を殺せる位置。でも、少年はそうしなかった。

 

少年の手で、カノンはベッドに戻される。

 

「…今は寝てた方がいいよ。ーーーー食事は持ってくるから、さ。」

 

 カノンは目をパチクリとさせたまま、ベッドの上で固まった。

……この時カノンは、『優しい敵』に初めて出会ったのだ。今まで出会ってきた『敵』は、皆んな此方を憎んでいた。出会うたび、殺し合ってきた。

 

「…なん、で?ーーーーアナタは、私の敵……。私は、アナタの敵……なんでしょ…?」

 

思わず疑問が口から溢れる。

 これを聞いた少年は、かなり困惑した様だ。ーーー無理もない。何故なら………

 

「な、なんでって……キミも、僕達と同じ『新人類』なんだろ?セラムキューブ持ってるし…。」

 

…何も知らない少年からして見れば、カノンも新人類に見えていたからだ。

 

「ーーーーッ?違う!」

 

カノンは反射的に首を振った。

 

ーーーー昔、フェルシアに似た様な事を聞いた気がする。

 

 自分には新人類と同じ力があるが、自分は新人類と一緒なのか?ーーーーと。

 

…その時、フェルシアは違うと言ったのだ。ーーーーーーーだから違う。自分は、世界を乱す敵と同じなんかじゃない。誰かを傷つける者なんかじゃない。

 

「……私は『カノン』。……アナタ達とは違う…。」

 

少年の顔が、ますます怪訝そうな顔になった。

 

「ん??ん???ーーーーじ、自己紹介?…えっと、確かにまだだったね。」

 

 なにか勘違いしたまま、少年は自分の胸に手を当てた。

 

「僕の名前は『──』。……あんまり長い間じゃ無いと思うけど…よろしく。」

 

 そう言って、少年はそそくさと立ち去っていった。…いまいちカノンと話が噛み合っていないのが、居た堪れなくなったのかもしれない。

 

「……………。」

 

 残されたカノンは、呆然としたままそっと薄い布団を被った。

 

 そして、カノンは自分でも知らない間に、再びの眠りについたのだったーーーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー甘い香りがする。

 

 

 

「………ん。」

 

 カノンは薄っすらと目を開けた。ーーーー如何やら、眠っている間に夜になっていたらしい。暗い部屋を照らす温かなランプの灯りが、目に飛び込んでくる。

 

「……あ。」

 

 カノンは自分の側に誰かが座っているのに気付いた。……その人影は、カノンが目を覚ました事に気付いたのか、此方に笑いかけてくる。

 

「起きたのね。ーーー良かった。……昼食を持って行っても起きなかってあの子が言ったから、心配だったのよ。」

 

 落ち着いた女性らしき声でそう言った人影は、カノンの隣にそっと木の碗を置いた。

甘い香りは、そこから漂ってくる様だ。

 

「…乳粥よ。食べれる?…牛乳アレルギーとか無い?」

「………。」

 

 カノンは黙って甘い香りを放つ碗を見つめていた。

 正直、カノンはあまり食事を必要とはしない。ーーー食事をしなくとも、戦っていける様……言うなれば、兵糧攻めにもし遭ったとしても耐えられる様に、デザインされている為だ。

 

 

…とは言え、食事によるエネルギー補給は身体の傷の回復に必要だろう。今の様な満足に動けない状態では、自分が出来る事に限りがある。

 そう考えたカノンは、自分の側に置かれた碗を手に取った。木のスプーンでそっと掬って口に運ぶ。

 

「ん…。」

 

 食べやすい様に程良く冷まされた乳粥はとても美味しく、カノンは気がつくと茶碗一杯分を空にしていた。

 

「…んふふふ。いい食べっぷりね〜。…とは言っても、4日間もの間何も食べていないんだから、ゆっくり食べないとお腹びっくりするわよ?」

 

 柔らかな笑みを含んだ、暖かくて優しい言葉がけ。

 

カノンは口の中に粥を含んだまま頷いた。

 そして最後の一口を飲み込む。ーーーはぅ、とため息が溢れた。笑う女性の人影。

 

……夜の小部屋に、ふんわりとした不思議な暖かみが広がった気がした。

 

「うんうん。これだけ食べれたら大丈夫ね。良かった良かった。」

 

 そう言って何度も頷く女性に、カノンは静かに問い掛ける。

 

「……あの…。アナタは…?」

 

その女性はニコリと笑った。

 

「私は──の母よ。──には昼ごろに会ったでしょ?……私びっくりしちゃったのよ〜。……あの子、時々森に勝手に出てくのだけど、今日帰って来た時に大怪我を負った貴女を背負ってるのですもの。お医者さんはあーだこーだ言って診てくれないし、困っちゃって。…そう言えば、貴女確か……カノン、って言うお名前だったっけ?合ってる??」

 

 カノンは頷く。少年の母親は手を軽く叩いて合わせた。

 

「ーーーーあ、良かった。私、人の名前す〜ぐ忘れちゃうのよ。…もう歳よね〜……って、こんな事話に来たんじゃないわ。」

 

彼女は手を下ろす。そして、口を開いた。

 

「…ね、カノンちゃんは霧の森で何をしてたの?」

 

「………。」

 

 カノンは床に目を落とす。ーーーーそもそも、霧の森が何処かカノンは分からない。それに何故か本当の事を言うと、この不思議な暖かい温もりが離れて行ってしまう気がして、カノンはどう言えばいいか口籠もってしまった。

 

ーーーー黙ってしまったカノンに、少年の母親がフォローを入れるかの様に横から話しかける。

 

「……あ、話したくないなら…その……全然、話してもらわなくても結構よ…?ーーー私たち新人類には訳アリも多いしね。……悲しい事に。」

 

カノンは、またハッとなって顔を上げた。

 

「…アナタも……新人類…??」

 

少年の母親は当然と言わんばかりに頷く。

 

「もちろんよ。………貴女もそうなんでしょ?ーーーセラム濃度の濃い〈霧の森〉で倒れてるのですもの。旧人類なら死んでるわ。」

 

………カノンは自分の中の『芯』がぐらつくのを感じた。

 

(……私は……新人類…??でも…お母様は違うって……新人類はこの世を乱す者…。抑圧されるべきーーーー脅威…。)

 

 

()()()()()()()()()()()…??

 

 

今目の前にいる母親と、さっきの少年。

 

 何方も、カノンの中にあった新人類のイメージと余りにも違いすぎた。

 

ーーーーそれは、カノンに少なくないショックを与える。

 

(…なにこれ……考えた事もないモノ……。分からない。解らない。何なの…??この人達は敵。敵な筈。ーーーこの人達は私の正体を知らないから、きっと表面上は優しくしてくるだけ……。きっとそうだ。そうに決まってる…。知れば、戦う事になる。皆んな敵…お母様がそう教えてくれたんだ……。)

 

……『新人類は敵。』その大前提が揺らぎそうになったカノンは、無意識の内に心の中でフェルシアの教えに縋っていた。

 

 

新人類は敵であり、自分はソレに立ち向かう為だけの存在。

 

 

ーーーーそれはカノンのアイデンティティだった。

 

 だからソレが『優しい新人類』の所為で根本から崩壊しそうになった時、カノンはソレを激しく拒んだ。……何故なら、それは自己の否定であるからだ。

 

(私はこの人達と戦う者。……だから、敵。)

 

 微かに感じていた暖かみを断ち切って、そう心の中で呟いたカノンは、黙って薄い布団に潜り込んだ。

少年の母親が少し驚いた様に口を開く。

 

「あ、また寝るの??えっと………良いの??お粥のおかわりもあるけど……。」

「…私には不要。」

 

 カノンは少し素っ気無く言葉を返すと、何も考えないよう目を閉じた。……今食べた物で、身体の回復は早まるだろう。

 明日にでも、ここから出ていこう。……なんて、カノンは思いながら3度目の眠りについたーーーーーーーー。

 

 

「ちょっと不思議な子ね…。ま、食べて元気になってくれるのなら良いわ。」

 

 眠りに落ちる瞬間、そんな声と共に自分の頭が撫でられるのをカノンは感じたが、それについて何かを思う前に睡魔が襲ってきた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

ーーーー次の日、カノンは驚く程早く起きた。

 

 

 

ベッドの上で静かに起き上がり、床に立ってみる。

 

「………よし。ーーー走れはしないけど……歩きなら、十分出来る。」

 

 そう呟いたカノンは、自分がいた部屋をぐるっと見渡す。

 

 ほんの少しだけ気になっていた壁の写真は、少年の家族のものだった。ーーーー他にも、大きな塔の写真や湖(ーーーーにしては大きすぎる気もする。)の写真。それに、踊りを踊っている人の写真もある様だ。

 

 一部(ーーー特に風景の写真。)は、写真の写真……つまり、もともと写真だった物を、更に写し取ってきた物に見える。……が、そんな事はどうでも良かった。

 

「…ここの人が起き出す前に…ここから出よう。」

 

 まだ仄かに暗い部屋から、明かりも無しにカノンは出て行く。………服の回収は諦めた。何処にあるか分からないからだ。

 

……一応音を立てない様、カノンは忍足で廊下を通り(ーーー隠密行動もカノンの得意とする所だ。)整理の行き届いた広めのリビングを抜けて、玄関へ。

 

 誰も居ないのを確認してから、ドアの鍵とキーチェーンを外して外に滑る様に出る。

 

 外気の冷たさを感じつつ、カノンは辺りを見渡す。周りは閑散とした住宅街で、遠くの方に管理棟らしき大きな鉄筋コンクリートの建物が見えた。

 

…屋根の先端には、まるで威圧するかの様に、丸まった竜のマーク付きの大きな旗が翻っている。

 

 あそこに辿り着けば、連邦とコンタクトが取れるだろう。ーーーーと、安易な発想でカノンは歩き出した。

 

 未だ朝早いが故に、人気の全くない未舗装の道を歩いて行く。

 

 

……しかし思ったより管理棟は遠く、歩き続けているうちに、太陽が完全に登り切ってしまった。

 

 

 徐々に、カノンと同じ道を通る人も増えてくる。…ここにいる人達は皆、新人類なのだ。そう考えると、反射的に体が強張る。

 

(ーーーーあの少年の家族は、私がいない事に気づいた頃かな。)

 

 道を通る新人類となるべく顔を合わせない様にしながら、カノンは頭の中でそう思った。

 

(……もしかして、自分を探してるかな?)

 

 そう思うと、なんだかしてはいけない事をしている様な、変な気持ちにカノンはなったが、歩みを止める事なく歩き続ける。

 

 

ーーーーーーーそして遂に、カノンは管理棟の前まで辿り着いた。

 

 

「……着いた。管理棟……ーーーーん??」

 

 辿り着いたカノンは、管理棟の前のちょっとした広場になっている所の隅に、何人かの人々が寝転がっているのにカノンは気付く。

 

 地面に段ボールを敷いている人や、何も敷かずに直に寝ている人まで。………まるで丸太の様だ。そしてどの人も、身なりが汚い。

 

(………今通ってきた道にも、同じ様な人が何人も居た…。なんで外に寝てるんだろ??)

 

 『家はこんなに有るんだし、家で寝ればいいのに。』ーーーーと、カノンは頭を軽く傾げながらも、寝転がる彼らの隣を通り抜け、微かな視線を感じながらも管理棟の扉の前までやって来た。

 

 威圧感のある鉄の扉の前には、2人の完全武装した門番が控えている。

 

近付くと、彼等の話し声が耳に入って来た。

 

 

「なぁ…なんか、西の空怪しくね?」

「…あぁ。アレはセラム…じゃなくて、普通の雲か。……朝から雨か、雪になりそうだな。」

「かーッ…。なんでこんな北の端っこに街作ったのかなぁ〜。朝から降られたら、寒くて敵わねぇゃ。」

 

 

 天気について軽く話を交わしているであろう彼等の横を通って、カノンは管理棟の扉を開けようとする。

 

ーーーーだが…………

 

「ーーーーん?おいおい!!ーーーーそのお前!何してる?!扉から離れろ!」

 

 やはりと言うか、門番にあっさりと気付かれた。ーーー自分に銃口が向けられているのをカノンは自覚する。

 

 カノンはくるりと振り向くと、特に焦る事なく口を開いた。……何を焦る必要が有るだろうか?彼等はカノンの味方なのだからーーーー

 

「管理棟の人を呼ぶか、扉を開けてもらえる?…グローリーに連絡が取りたい。」

 

これに困惑したのは門番の方だ。

 

「はぁ??………何言ってんだコイツ?」

「あー、頭おかしくなったんじゃね?…最近、寒いし。」

 

 そんな囁きを交わした後、門番はカノンに銃口を向けたまま近づいて来た。

 

「扉は開けられないな。……第一、お前なんで扉を開けてもらいたいんだ?ーーーーーー新人類は、この先立ち入り禁止だぞ。わかったら、回れ右して出てけ。」

 

「…私はここの新人類じゃない。ーーー私はカノン。所属は教会国家グローリー。作戦行動中にーーーー」

 

 カノンの言葉は、門番に肩を強引に掴まれた事で遮られた。

 

「…え?」

 

 そのまま、乱暴に広場の方に投げ出されるカノン。ーーーー地面に転がって、白いワンピースが汚れる。

 

「…話してる途中。」

 

 静かに文句を口にしたカノンだったが、内心かなり驚いていた。そんな彼女に銃口を突きつけたまま、門番は口を開く。

 

「ーーーー訳わかんねぇ事並べたてたって、騙される訳ねーだろうが。……何が〈教会国家〉所属だよ。ここに来る連邦関係者は、ちゃんとファイリングされて末端の兵士まで情報が来てるんだ。ーーーお前の情報は此処に無い。」

 

もう1人も口を開く。

 

「あぁ。カノンなんて人物は聞いた事が無いな。…撃たれないうちにお家に帰った方が身の為たぞ。それとも、撃たれてみるか?ーーーー新人類が1人この世から減れば、世界は新人類1人分平和になるからな。」

 

 カノンは少し憤りを覚えた。彼女は、一歩前に踏み出す。

 

「……私の帰る場所はグローリーなの。ーーーーだから通してって言ってる。アッチに連絡すれば、全部わかるから。」

 

 門番は、ダメだこりゃーーーと言わんばかりに顔を合わせて、肩を竦めた。

 

「どうやら、マジでイカれてるみたいだぞ?」

「あぁ。悲しいな。ーーーちょっとタイプの見た目なのに。でも、頭がパーじゃあな…。」

 

「…だからーーーー」

 

カノンはまた一歩足を踏み出してーーーー

 

 

……ベキッ!

 

 

思いっきり頬を銃底で叩かれた。

 

「かっ…?!」

 

 脳が揺さぶられる衝撃と痛みに、カノンはふらついて地面に再び転がる。

 

「…おぉぅ。結構いったなお前…。」ーーーーと、呟く門番の1人を横に、もう1人の門番の方が、カノンを見下して口を開く。

 

「…お前は精神病棟に行ったほうが良いな。…グローリーにカノンと呼ばれる物の情報は無い。……見えすいた嘘をつくな新人類!…この街から抜け出そうって魂胆かも知れないが、そんな事俺たち連邦がさせるかよ。お前らみたいな悪魔が、この世に解き放たれたらどうなるか……想像は容易いからな。」

 

 

ーーーーそう。門番はカノンの存在を全く知らなかったのだ。

 

 

……()()()()()()()()()()()()が、ここで裏目に出た。

 

 

 カノンの事を、フェルシアは連邦に隠していたのだ。故に、カノンの言葉は何も信用されない。…ただの頭のおかしい新人類だと、彼等は思っているのだ。

 

「……っ?!」

 

 流石にカノンは反抗すべく立ち上がったが、硬い鋲付きの靴で鳩尾を蹴り飛ばされた。

 

「けほッ…!」

 

蹲るカノンに、冷たい銃口が突きつけられる。

 

「…それか、今ここで死んでも良いんだぞ?ーーーー俺達には、常に新人類への射殺許可が降りている。何人殺そうが、気分で殺そうが、お咎めが出る事はない。……だって、()()()をしてるんだからな。」

 

 カノンはふらつく。……蹴られた鳩尾が痛い。ーーーー目の前にいるのは……本当に連邦なんだろうか?新人類と言う『敵』を倒す、正義の味方なんだろうか?

 

 頭の中に過ぎった、自分の介抱をしてくれた『敵』の少年とその母親の姿を思い出し、次に今自分をゴミの様に見下している『味方』の門番2人を見たカノンは、もう何が何だか分からなくなってきた。

 

 そんなカノンの胸中など露知らず、門番は銃の引き金を引こうとしてーーーーーーーー

 

「待てぇえぇぇいッ!!!」

 

…カノンと門番の間に、誰かが割り込んできた。

目を見開くカノン。

 

(ーーーー?!……ろ、老人…??)

 

…割り込んできたのは、なんと老人だったのだ。…着ている服はボロボロで、体はやせ細っている。だが、彼は震えながらも門番の前に立ち塞がっていた。

 

 門番の1人が、銃口の向きを彼に変えてから口を開いた。

 

「なんだよ?ホームレスの爺さん。ーーーーなんで前に出て来た。…そのイカれた子の家族か、知り合いか?」

 

 老人ーーーーついさっきまで、広場の隅にただ転がっているだけだった老人は、呂律のあまりしっかりしていない…しかし、強い意志を感じさせる声で叫んだ。

 

「しょ、そんなモノでは無いッ!!赤の他人じゃ!ーーーーだぎゃ、この若い子が死ななければならぬなど、間違っとる!!撃つなら儂にしろッ!」

 

門番はその老人を一目見て、ため息を吐いた。

 

「ーーーーなんで赤の他人をそんなに庇うんだよ?…他の奴らみたいに、見て見ぬふりすれば良いじゃないか。周りを見てみな爺さん。…みんなそうしてる。」

 

 老人はそれについて、何も言わなかった。ーーーーふと見たカノンの姿が、ずっと昔の自分の娘に重なったからーーーと言う事を。

 

 

しかし、何も言わずとも老人は行動を起こす。

 

 

「ーーーー逃げろ、お嬢ちゃん!」

 

 燻んだ緑色の小さなセラムキューブが、老人の手に宿る。彼がそれを掲げると、風が吹いてカノンを広場の端へと吹き転がしていった。

 

「ーーーー?!」

 

 新人類の能力の一つ『ウィンド』の力だと、カノンは理解する。

 

一方、2人の門番は老人に素早く銃を向けていた。

 

「街中での〈星筐体能力〉使用は、どんなモノであっても即時射殺対象だ。……分かってるよな、爺さん。」

 

門番の冷たい声に、老人は頷く。

 

「あぁ……。どうせ、大災害から自分だけ謎の力を持って生き残ってしまった身。ーーーー先は長く無い。あの力を最後に()()()に使えたなら……本望じゃ!!!!」

「そうか。………アンタに免じて、あの子は見逃す。良い爺さんだったと、記憶しておいてやるよ。」

「………へっ。」

 

老人は微かに笑った。

 

 

 

 目を見開いたまま唖然とするカノンの前で、老人はカノンの代わりに銃弾をその身に受けたのだったーーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

ーーーーーーーー

 

 

ーーーーーーーーーーーー雨が降って来た。

 

 

…氷の混じった、酷く冷たい雨が。

 

 

 カノンはソレに全身を打たれながら、トボトボと歩いていた。

 

 管理棟の前の道路とは違って、舗装されていない土の道はとてもじゃないが歩き難い。

 

 一歩歩くたび、べちゃりと音を立てて泥が飛び、自分の脚とワンピースの裾を汚す。

 

 嗅ぎ慣れたはずの硝煙の匂いが、ずっと鼻に残っていた。

 

 

 

自分を庇って、倒れていった新人類の老人。

 

銃を撃った連邦兵と、その冷たい眼差しに態度。

 

自分を助けてくれた少年の家族。

 

頭に響く、連邦兵の声。

 

 

 

 グローリーにいた時には、思いもしなかったリアルが其処にあった。

 

 

「痛い………。」

 

 

 カノンはぬかるんだ地面に膝を突く。グチャッと泥に膝が沈んだが、そんな事はどうでも良かった。

 

 

「痛いよ………。」

 

 

 カノンは震える手で胸を押さえる。ーーーーいま痛むのは、傷じゃ無い。

 

 

ーーーー胸だ。

 

 

(苦しい……辛い…そして冷たい…。でも、怪我じゃ無い。……コレは…なに????)

 

 

痛み(pain)。…確かに感じる、知り得ない感情。

 

 

(コレは……『感動』じゃない。『ウツクシク』ない。………ただただ苦しいモノ……。)

 

 

 フェルシアに教えてもらった感情は、今のどれにも当てはまらなかった。

 

 

「………………ぁ。」

 

 

ふと、顔を上げるカノン。

 

 気がつくと、カノンはあの場所ーーーーー少年の家の前に戻って来ていた。…知らず知らずのうちに、来た道を戻っていたらしい。

 

そこに有る暖かさに、一刻も早く触れたかった。

 

 体がずぶ濡れになったせいでも、怪我した体に追い打ちをかけられたせいでも無い、胸が芯から割れる様な痛みを一刻も早く消し去りたかった。

 

 ここなら、ソレをしてくれる。……そうカノンは思ったのだ。

 しかし、何故かカノンは立ちすくんだまま動けなかった。

 

 

ーーーーと、その時。

 

 

「カ、カノン?!」

 

 後ろから、少年の声が聞こえた。振り返ると、雨ガッパを着て傘を差した少年が、ボロボロでグショグショのカノンを見て驚愕の表情を浮かべている。

 

「………………。」

 

 カノンが何も言えずに突っ立っていると、少年が焦った様に駆け寄って来た。

 

「カノン!!急に居なくなって、どうしたのさ?!……僕達、()()()()()()()()()()()、あちこち探してたんだよ!?……と言うか、なんで汚れて…あ、いや、血が出てる!?ーーーと、取り敢えず、早く家の中ーーーーーー」

 

 傘をカノンの上に差して、少し冷静さを欠いた様に捲し立てる少年。カノンは自分の顔が歪むのを自覚した。

 

そして、カノンはーーーーーーー

 

 

「うぅ………うあぁああああああああぁああぁぁぁぁあぁぁあああ……っっ!!」

 

 

人生で初めて、泣きながら彼の体に縋るのだったーーーーーーーー。

 

 

 

 







まさか、過去話が前回と今回で終わらないとはッ。

次回に過去話の一部を持ち越します。…次回で過去回想は終われる筈。
てか、こんな話になるとは思わなんだ。…この所為(?)で、一章のカノンに関する言及と、この過去話の間で矛盾が発生しております。
……大した矛盾じゃないけどね。

…………てか、カノンだけよく酷い目に遭ってない??

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