出国ゲートを抜けるとそこは荒野だった。
レユニオン兵が追ってきてもいいようにある程度走り距離を取る。岩の陰に隠れゲートの方を見ると追っては来ないようだった。
「ミーシャさん怪我とかしてない?」
「えぇ大丈夫よ」
ミーシャも特に怪我などはないようだった。杉元は岩に腰掛けると深く息を吐く。
「ミーシャさん出来ればここから離れたい。ヤツらがいつ門を開けて追ってくるかわからないし、追われながら龍門までの行くのは避けたい」
「わかったわ」
そう言うとミーシャは膝についた砂埃を払い立ち上がる。
「さぁ行きましょう、スギモトさん」
「よし、行こうか!!」
「スギモトさんお母さんに貰った地図は持ってる?」
「あぁ一番大切な物だからな…食糧の入った袋と一緒に…あれ?」
杉元は辺りを見渡すとミーシャの方を見る。
「ミーシャさん出かけるときにマーシャさんからもらった袋知らない?」
「えっ…スギモトさんが重いから俺が持つよって…まさか!?」
「どうしよ…さっきの門のところに忘れてきちゃった…。」
「えー!!!」
「どうしよう…地図もだけど食糧とか水とかほとんどあっちに置いてきちゃった。」
「どうしようじゃないわよ…えっ地図なし食糧なしで歩くの?一週間ぐらいにかかるのに?」
杉元は今さっき脱出してきたチェルノボーグ市を見るとダッシュで戻ろうとする。
それを見てミーシャは慌てて杉元を掴んで引き止める。
「スギモトさんまさか戻るつもり!?都市のゲートは内側からしか開けれないはずだし、まだレユニオンがうろうろしてるのよ!!」
「でも戻らないと地図と食糧が…」
「それに戻ったってあのレユニオンがゲートを開けてくれるはずないじゃない!!」
「外から叩いたら開けてくれるかもしれないじゃないか!」
「それで本当に開けられたらどうするのよ!!」
ミーシャの言葉に杉元はヘナヘナと腰を落とす。
「すまない…任せろと言っといてこのザマだ…。」
「いいわよ…元はと言えば私が急に走り出したのがいけないんだし。私に追いつくためにゲートの所に荷物を置いといたんでしょ…。」
「ミーシャさん…。」
杉元は背負っていた背嚢を下ろすと荷物を広げ始める。
「何をしているの?」
「今持ってる荷物を確認しないと…ミーシャさんもやっといた方が良いよ。」
ミーシャは頷くと杉元の隣でリュックを下ろし荷物を出し始めた。
「缶詰が二個で乾燥野菜が一袋と水、最後に味噌か…ミーシャさんは?」
「私はほとんど食べ物とかは預けてたから…でもほらっ飴とかなら少しは…」
「面目ない…」
「あぁ!!もう謝らないで!!スギモトさんのせいじゃないしこれからどうするか考えましょう」
杉元は広げた荷物を見て
「やっぱり地図が無いのが致命的だな…」
やっぱり一度戻らないと駄目かと考えていると
「キィッ!!」
インポちゃんが突然立ち上がったと思うと杉元の左胸の辺りをバシバシと前脚で叩き始める。
「えぇ?何どうしたのいきなり…そんなに動くとすぐお腹減るよ?」
それでもインポちゃんは杉元の左胸を叩き続ける。
「ちょっと…こんな大変な時に、いい加減にしないと怒るよ」
杉元が立ち上がると同時に左胸の内ポケットから何かが滑り落ちた。
「何だコレ?」
よく見るとマーシャが出かける直前に杉元に手渡した黒いガラス張りの板だった。
「これは…マーシャさんがくれた…。」
使い方も聞かずに受け取ったのは失敗だったと思いながら拾おうとする杉元。
杉元が黒い板に手が触れた瞬間板が光り始め杉元の顔を照らす。
『Please Login』
「うおおおっ!!板が喋った!!」
『Please Login』
「どうしよ…止まんねぇぞコレ…」
杉元は喋り続ける板を手に取りいじり始める。
『Please Login』
「どうやって使うんだ?」
『Please Login』
「もう…わかったって。」
『Please Login』
「………。」
『Please Login』
「キッ…ウキッ…ウキキキキッ!!」
『Please Login』
「ウッキー!!!」
杉元は光る板をバンバン叩き始める。
「スギモトさん何してるの?」
「ウキッ?」
「それ暗証番号入れないと使えないよ」
「えっそうなの?」
「貸してみて…ほらここに数字を打ち込むの」
「なんの数字入れるか知ってるの?」
「えっスギモトさんお母さんから教えてもらってないの?」
「うん」
「えー私も知らないのに…これとか?」
ミーシャは思いついた適当な数字を打ち込んでいく。しかしマーシャから受け取った端末は短い振動と電子音を出すだけでロックが解除されることはなかった。
「違うか…じゃあこれなら」
ミーシャは次の数列を打ち込んでいくが結果は変わらなかった。
「家の住所…電話番号…団地名…郵便番号…」
次々と打ち込んでいくが結果は変わらなかった。
「ミーシャさんもういいよ次に何をするべきか考えよう」
「いいえ、お母さんが役に立つからって言って渡したのよ。何か意味があるはず…」
「ミーシャさん…よしっ最後まで付き合うよ」
ミーシャと杉元は並んで画面を覗き込む。すでに思いつく数字はなく手当たり次第に打ち込んでいる。
ここで杉元が閃いた。
「マーシャさんが好きな物や大切にしていたことに関係あるんじゃないかな?」
「そうよね…」
「…例えばミーシャさんたち家族に関係すること、誕生日とかは?」
「あっ…」
ミーシャは杉元の方を見る。杉元はミーシャの肩に手を置くと
「頼むぜミーシャさんっ!!!」
「うんっ!!!」
杉元は正解に近づくにつれてミーシャたち家族の深い絆を感じてちょっと泣きそうになった。
「まずはお母さん、お父さん、それからアレクセイ…そして」
「行けっ!!開けっ!!」
「最後に私の誕生日…お母さんッ…。」
ミーシャは最後の数字を打ち込む。そしてミーシャに短い電子音と軽い振動が伝わる。
『Please Login』
「「あれっ?」」
思っていたのと違った結末に杉元とミーシャは目を丸くする。
「あっ裏に何か書いてる…」
試しに打ち込んで見るとロックは解除された。
「………」
「ミーシャさん…」
杉元達の周りに気の抜けた空気が漂い始める。
「スギモトさん…これ調べたら龍門までナビゲートできるってさ…」
「あっソウナノ…。」
こうして龍門までの長い長い一週間が始まった。
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二日目になると既に食糧の底が見え始めて後二日もつかもたないかという状態であった。
杉元もミーシャも食糧を切り詰めてはいるがもともとが少ないこともあり余裕は無い。
「(水はまだ大丈夫…。だけど食いもんが足りねぇ…北海道だったら栗鼠や鹿を撃って食えるけどここじゃあ…)」
チェルノボーグを出てからの道のりで生き物に出会うことは無く見渡す限り砂と岩しかなかった。
最初の方は余裕があったミーシャも歩き続けたせいか顔に疲れが見えてきている。
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三日目になると食糧はほぼ無くなり水も目に見えて減ってきている。
杉元はミーシャを岩陰で休ませると銃を持って辺りを探索するがせいぜい枯れ木があるだけで動くものは何もなかった。
三日間飲まず食わずで歩き続けたせいか杉元にも疲労が溜まり、ミーシャも限界が近かった。
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四日目、杉元はミーシャの口に飴玉を一つ入れる。これが最後の食糧だった。ミーシャは自分で歩くのは難しく杉元がおぶりながら歩いていた。
「(そろそろ限界が近い…何か食わないと二人揃って野垂れ死にだ。)」
全行程の半分は過ぎたが龍門まではまだまだ遠く、歩みを止めることはできない。
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状況が動いたのは五日目だった。すでに二人とも水しか口にしていないが、ミーシャはだんだん水も受け付けなくなっていた。
杉元はミーシャを寝かせると枯れ木を集める。集めた枯れ木に火を点けると飯盒で水を沸かした。
「ミーシャさんちょっと行ってくるね…」
杉元はミーシャから離れ岩の陰に入るとそっと胸元からインポちゃんを出した。
インポちゃんは既に呼吸が浅く、目をつぶって震えている。
杉元はインポちゃんを岩の上に寝かせると腰から銃剣を抜いた。
「(骨も内臓もチタタプにしよう。余った皮も毛を炙って残さず食べないと…)」
インポちゃんの首に刃をそっと当てる。苦しませず一気に命を断つ為に勢いよく刃を引こうとした瞬間、杉元は
視界の端で黒くて丸いものが動いたのを見逃さなかった。
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何かいい匂いがする。そう思いミーシャは薄く目を開けると杉元が火のそばで何かをかき混ぜてるのが見えた。
杉元はミーシャの意識が戻ったのを見ると飯盒の蓋にその何かをよそって駆け寄ってきた。
ミーシャは温かいものが口に流れ込んでくるのを感じるとゆっくりと飲み込んだ。
「……おい…しい……」
飯盒の蓋を受け取るとあっという間に平らげる。それは何かのスープだった。
ミーシャは辺りを見渡しインポちゃんの姿がないことに気づく、まさかさっき食べたのはと思い顔が真っ青になる。
「スギモトさん…イ、インポちゃんはどこに…」
「急に起きて大丈夫なの?おかわりならたくさんあるから休んでていいよ。」
振り返った杉元は瑞々しい白い何かブヨブヨしたものを手に持ちそれを銃剣で一口サイズに刻むと飯盒に追加した。
さっきとは違う意味で真っ青になるミーシャ。
「…スギモトさん、さっき私が食べたの何?」
杉元は無言で少し離れた暗がりを指差す。そこには大小様々な棘の付いた黒い殻のようなものが転がっていた。
「あっ…」
ミーシャは昔の出来事を思い出す。まだ小さかった頃父の膝の上に乗り一緒に本を読んだこと。
研究者である父の書斎には難しい本がたくさん並んでいたがその中で特にお気に入りだった生物図鑑。
その最初のページに載っていた生き物、それがオリジムシ。
「スギモトさん!!!えっ食べていいのコレ!?食べて大丈夫なの!?ってすごい食べてる!!!」
杉元はミーシャが狼狽えている間にもどんどん煮てどんどん口に運ぶ。辺りには食べられたオリジムシの殻が散乱しちょっとした地獄絵図だった。
「食べないの?無くなっちゃうよ」
やはり空腹には逆らえないのかミーシャは杉元の隣に座ると恐る恐るオリジムシ煮に手を付ける。
「(あっ結構おいしい)」
初めての食べたオリジムシは歯応えがあり噛めば噛むほどオリジムシの旨味が出てきた。
「(図鑑には味まで書いてなかったからなぁ…)」
「う〜ん煮るだけじゃ飽きちゃうな…」
そう言うと杉元は近くにあったオリジムシの殻を直接火にかける。
味噌を取り出すと火にかけた殻の中に入れさっきまで食べていたオリジムシのスープで味噌を溶かす。
辺りに香ばしい匂いが広がっていく。
「スギモトさん何をしているの?」
「俺が前行ったことがある弘前って所の郷土料理で貝味噌焼きってのがあるんだ。本当は卵でとじるんだけど…よしっ!!」
杉元はオリジムシに火が通った事を確認すると乾燥野菜の屑を入れてひと煮立ちさせる。
「スギモトゴハンッ!!!オリ味噌焼き!!!」
杉元はミーシャの分を飯盒の蓋によそうとバクバクと食べ始めた。
「美味いっ!!噛めば噛むほどオリジムシの味がする。オリジムシの出汁と味噌が合わさってすごく美味しい!!!
ヒンナヒンナ!!!」
「…スギモトさん、そのヒンナヒンナって何?」
「食事に感謝する言葉だよ。アイヌの人達は食べながら言うんだ。」
「へーヒンナか…」
「そうヒンナヒンナ」
「ヒンナヒンナ」
「上手上手、まだあるから沢山食べてね」
「ヒンナ…」
こうして五日目の夜は過ぎていった。
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六日目は残ったオリジムシを齧りながら歩いた。ミーシャもたくさん食べたからか自分の足で歩けるまで回復していた。
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そして七日目の夜、ついに地平線の向こうからぽつぽつと人工の光が見えてくる。近づくにつれて光は増えていきやがてそこだけが真昼のような明るさを持つ都市の全容が見えてきた。
杉元一行がチェルノボーグから出発して七日ついに炎国最大の経済都市『龍門』に辿り着いた。
『オリ味噌焼き』
オリジムシ 100グラム
味噌 大さじ一杯
葱 50グラム
鶏卵 1個
水 50cc
【味噌を水で溶いてひと煮立ちさせたところにオリジム
シを入れます。オリジムシに火が通ったら上から葱を
乗せて、溶かした玉子を上から被せましょう。】
※味噌を沸騰させすぎると雑味が増え香りを損なうので
注意してください。
※オリジムシはホタテでも代用できます。
【挿絵表示】