赤い林檎を蹴飛ばしたら   作:d1199

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四話

そして数日が経ち、ルヴィアとヘルメスの定期デートの日となった。エルメロイ教室のソファーに腰掛ける真也はそわそわして待っていた。窓から見える空は紅から藍に変わりつつある。じき日没だ。この時間にルヴィアが帰ってくれば破綻。遅くなるもしくは、万が一“今日は帰りません”という連絡があれば一発大逆転だ。ジョナサンはすっと紅茶を出した。

 

「気もそぞろですね。トオサカさんが急いても事態は何も変わりません。貴方はすべき事をした。後は結果を待つのみです。人事を尽くして天命を待つ、日本の格言でしたね」

「中国だよ」

 

そうしたら近くに居たグレイがこう言った。

 

「トオサカさんはレディ=エーデルフェルトに入れ込みすぎな気がします」

「そう?」

「そうです。身内でもないのにオカシイです。金銭関係なんですよね?」

「また身も蓋もない事を言う。他人に注ぐ力の量は個人差があるって事で納めてくれ」

 

どこか刺々しいグレイを不可解に思いつつ、真也がルヴィアを待っていると、何の前触れもなく彼女が現れた。扉の取っ手を握る彼女は、既に見慣れたロイヤルブルーのドレスだったが、いつも以上に気合いを入れた事が良く分かった。何時もの不遜な表情だが、その漂わす気配に元気が無い。彼女にとってもその結果は複雑であったのだろう。

 

(確定、か)

 

なんと言っていいのか分らない。真也は主を迎えんとゆっくりと立ち上がった。ルヴィアのその声は冷ややかだった。

 

「暫く暇を与えます。おって連絡するまで待機なさい」

 

真也は答えた。

 

「ゆっくり休んで下さい」

「その見透かした表情、不愉快ですわ」

 

そう言い残すと踵〈きびす〉を返し、彼女は部屋を出て行った。真也は己の髪をクシャリと掻いた。やるせなさと憤りを、その指に籠めていた。“もっと上手い方法はなかったのか”と言う悔しさも混じっていた。空調機の音のみが響くエルメロイ教室の、その静寂を破ったのはジョナサンである。

 

「レディ=エーデルフェルトも混乱しているのでしょう。だからあんな事を」

「分ってるよ。でも俺が終わらせた様な物だ」

「それは考えすぎです。二人とも魔道の当主である以上、いつかはこの日が来た。次を考えれば早いほうが良い。早ければ早い程傷は浅いですから。トオサカさんは浅い内に終わらせる事が出来た、そう考えるべきでしょう。貴方は主を守った」

「スコットさんは良い人だね」

 

真也はそう言うと鞄を手に取った。

 

「どちらへ?」

「もやもやするから、家に帰って酒飲んでふて寝する」

「付き合いましょうか?」

「気持ちだけ貰っておく」

 

真也はルヴィアと同じ様にその部屋を出た。グレイがその様子をじっと見ていた。一通の手紙が真也の元に届いたのは、その翌日だった。“時計塔の最外殻、古城跡地に一人で来られたし”そう書かれていた。つまりは体育館裏に来い、という意味だ。真也はクシャリとその手紙を握りつぶした。

 

 

◆◆◆

 

 

そこには城があった。城と言えばノイシュヴァンシュタイン城の様な、王侯貴族が住まう煌びやかさモノが一般的だ。だがそれには尖った屋根もなく、白い壁も無い。その城は中世において騎士たちが詰めた要塞だった。

 

石積みで作られたそれを例えるなら無骨。その無骨でさえ数百年という時の流れには勝てず瓦解していた。朽ちた門をくぐれば、中も朽ちていた。多目的用途の主塔〈ベルクフリート〉は崩れ形を成していない。在ったであろう居館〈バラス〉、礼拝堂〈カペレ〉は石壁が僅かに残るのみだ。ただ外殻塔は崩れながらもその機能を残していた。

 

敷地内に生える草は伸び放題だ。蜘蛛の巣もあった。侵入者に気がつき、飛んでいったコウモリはきっと魔女の使い魔だろう。どこかの主に報告しに行ったに違いない。静かだった。風一つ無かった。静かすぎて、朽ちた石たちの歌声が聞こえてきそうだ。見上げれば月があった。あと数日で満ちるだろう、その月下にヘルメスが立っていた。従者だろうか、屈強な男が彼の背後に一人控えていた。真也は呟いた。

 

「どうしてこう成ったんかな。やっぱり手を出すべきではなかったんだろうか。閣下はどう思いますか?」

「この行為に意味が無い事は分っている。だが、収まりがつかないのだ。ルヴィアの言っていることは本当かもしれない。だが俺は信じられない。君が唆したのではないか、そう考えずにはいられない。例えそうでないとしても、引っ込みは付かないのだ。はいそうですか、と引っ込める程俺は冷静では無い。俺はルヴィアに入れ込んでいる。自分でも驚いている程だ。これ程誰かを求めた事は今までに無い。そのルヴィアに俺は拒絶され、君はルヴィアの隣りに居る。許してくれトオサカシンヤ。俺は君に嫉妬している」

 

一拍。真也は静かに目を開けヘルメスを見定めた。

 

「閣下。仰って下さい。私に何をお望みです」

「男子同士の決着方法と言えば古来より決まっている」

「決闘とは血の気が荒い」

「おかしくは無いだろう。我々魔術師は未来に向かって生きつつも過去を遡る者だ。作曲家のヘンデル、詩人バイロン、画家エドゥアール=マネ、彼ら芸術家もその定めには抗えなかった」

「よろしい。その申し出お受けします。閣下もそこの兵士も我慢出来ないようですし」

「手加減はしない」

「当然です。でなくては閣下も収まりが付かないでしょうから。それでは始めましょうか」

 

ヘルメスの背後に控えていた人影が、消えたかと思うと真也の周囲の岩盤が鋭利に抉られた。まるで大きな金槌で殴ったかの様だ。その一回で終わらず、右が抉られ、左が抉られ。また右、今度は前だ。続けて抉られるそれは、埋め込まれた小規模の火薬が爆発したかの様である。真也は黙って右を天高く掲げると、そのまま打ち下ろした。すると一際大きな音が炸裂した。大砲の玉が強固な巨石に衝突した音か、はたまた落雷音か。事実真也の右舷には飛竜が墜落したの様な鋭い土煙が昇っていた。見れば人影が埋まっていた。

 

その人影が右手に持っていただろうウアス丈は、ひん曲がり、空を舞い、岩の床に落ちた。カランと軽い音がした。左に持っていたケペシュという刃物は折れていた。真也に叩き落されたその人影は、東方風の刺繍〈プリンジ〉が付いた腰布を捲いていた。顔はマスクで覆われ見えなかった。そのマスクで覆われた顔は山犬の様だ。それはセト〈嵐と暴風の神〉の姿を模しただけの戦闘型ホムンクルスだった。空に舞い上がった、岩盤の破片や砂、小石がパラパラと落ちる。真也の右腕が軋みの音を立てていた。腕に籠められた力は破裂しかねない程だ。

 

「ですが閣下は準備が足りておりません。この程度では、聖杯戦争を勝ち抜けませんよ」

 

ヘルメスの表情は驚愕と屈辱だ。だが一時も待たず笑みに変わった。それは獰猛な笑みだった。

 

「なるほど。ルヴィアが目を付けただけの事はある。こう来なくてはな。この程度で倒せる相手に、出し抜かれた事になってしまう。よかろう。三日後の二二時。ロンドン北部にあるエンフィールドの邸宅にて最高の符陣で待ち受ける」

 

そう言うとヘルメスは闇夜に消えた。

 

「宣戦布告としては上々か。さてと。こちらも準備しますかね」

 

ヘルメスの始祖、ヘルメス=トリスメギストスはヘルメースとも言う。それはギリシャ神話における十二柱の一柱だ。つまり彼は神の末裔。

 

「気を入れないと狩られる」

 

 

◆◆◆

 

 

翌日。ルヴィアは妙な違和感を感じていた。ヘルメスが寮に戻っていないという話を聞いたのだ。何かがあったに違いない、その何かとは己の従者以外心当たりが無い。昨日の今日で多少の気まずさを感じながらも、ルヴィアがエルメロイ教室の扉を開ければ、がらんとしていた。人の気配はあるものの希薄だ。何時もと異なる状況にルヴィアが戸惑っていると。

 

「おはようございます、レディ=エーデルフェルト」

 

出迎えたのはグレイであった。フードを目深に被り、いつも通り表情を隠す彼女は、ソファーに腰掛け書物を読んでいた。呪詛に関する書物だ。グレイの意図が気になったがルヴィアは敢えて見過ごした。グレイが言う。

 

「どうしたんですか。カールが少し乱れています」

「つむじ風ですわ。全く、今朝の二時間が台無しです」

「宜しければ解きますが」

「お気遣いだけ頂きますわ。それよりミス=グレイ。今日は随分と物静かですわね」

 

「トオサカさんとスコットさんが居ませんから」

「それがどのような理由になりますの」

「二人はムードメーカーだった、と言う事です」

 

グレイの無言の促しに、ルヴィアがパーティッションの向こう側にある研究室を覗くと、生徒は居たが皆のテンションは低かった。皆が皆黙々と机に向かっている。存在感がとても薄い。真也はともかく少女めいた男性がムードメーカーとは、エルメロイも頭が痛いだろう。

 

「ミス=グレイ。シンヤの居場所をご存じないかしら」

「トオサカさんより預かっています」

 

グレイが差し出したカードには手書きでこう書かれていた。

 

“ルヴィア様へ。カルサイトお借りしました”

 

そのメッセージを頭の中で反芻する事四回。彼女は恐る恐る右手を髪の中に差し入れた。そして弄った。カールを捲いた髪の房、つまりクルクルドリルの右一番。その付け根にある筈の鉱石が一個無い。

 

「い、いつの間に」

 

つむじ風は真也のしでかしであった。かすめ取ったのである。

 

「トリスメギストス様も行方不明。また何か企んでいますわね」

 

ルヴィアは踵を返す。

 

「どちらに行くのですか」

「シンヤの自宅に行きます」

「それなら居ませんよ。先程スコットさんと共に出かけましたから」

「何処へ向かうと?」

 

「秘密だそうです」

「主である私を蔑ろにするなど、罰を与えねば」

「レディ=エーデルフェルトは、昨日暫く休暇を与えるとトオサカさんに伝えています。それを忘れたんですか?」

「ミス=グレイ。本日は何時になく雄弁ですわね。言いたい事があるなら明瞭におっしゃったら如何?」

 

グレイはすくっと立ち上がった。“それでは遠慮無く”と言っている様に見えた。

 

「仮初めでも交際している人が居るのに、男の人を手元に置いた浅慮さが発端です。あまつさえ最後まで味方だったトオサカさんに“その見透かした表情、不愉快ですわ”あんな事言うから逃げられたしまったのだと思います」

「ミス=グレイ。私たちの間には相互不理解の溝があるようですわ。お時間頂けるかしら」

 

グレイはほんの僅かに笑うと、背後の棚から茶葉の入った金物容器を取り出した。

 

「ライネスさんから頂いた“JING Tea〈ジン ティー:高級茶葉〉”です」

「結構」

 

奥に居た生徒たちが一人、また一人と逃げる様に退室する中、二人は冷え冷えする笑みを浮かべていた。言うまでも無くグレイのそれは道義的な義侠的なものである。けしてエルメロイに相手にされていないグレイが、二人の男を弄んだルヴィアに嫉妬した訳では無いのだ。もちろん交際相手とは別に尽くしてくれる男の子が欲しいと妬んだ事などあり得ないのである。

 

 

◆◆◆

 

 

倫敦北部の町、エンフィールド。その市街地から少し離れた所にヘルメスの邸宅があった。広大な敷地の中に、ぽつねんと佇むそれは大豪邸である。その建物を真上から見るとVの字形状で、左右対称だ。三階建てで各フロア毎に広大な広間があった。それは円形で、Vの字の付け根に位置する部屋だ。ヤジロベエをひっくり返した形状とも言えよう。その大豪邸から一〇〇メートル離れた森の中に人影が二つあった。言うまでも無くジョナサンと真也である。真也はモノアイの望遠鏡で邸宅を偵察していた。

 

「邸宅の周りは庭園、ていうか公園。一面芝生で煉瓦造りの道が走ってる。真っ直ぐだったり、意味ありげに曲がっていたり。刈り込まれた植木と花壇が点在し、ガス灯の様な電灯が突っ立っている。釣れないと分りつつも、浮きを見つめる釣り師の様だ」

「意味が分りません」

「好きで無くなってしまった趣味を無理矢理続けている虚しさを感じる」

「詩人の真似事は結構ですが、具体的にどうなんですか」

「近づいてみないと何とも言えない。まったく、生徒は寮住まいが規則なのにこんな邸宅を構えるなんて困ったお方だ」

 

周囲の塀から邸宅まで見通しが良く、遮蔽物らしい遮蔽物も無い。目視警戒できる地形だが、望遠鏡を下ろした真也の顔は、クライマックス直前でCMを挟まれた様な顔をしていた。

 

「警戒術式が有っても無くても意味ないな、これ。さーてと、どうするか。閣下が小細工を弄するとは思えないけれど」

 

真也は隣で同じ様に偵察するジョナサンにこう聞いた。彼は視力を強化していた。

 

「スコットさん。この地に意味はあると思う?」

「霊地ではありませんが、昔ここには工廠がありましたから」

「工廠って兵器工場って事?」

「ええ。第二次世界大戦中ドイツ軍に空襲され、相応の死者を出したと聞きます」

 

「歪みの土地って訳ね」

「それはそれとしてトオサカさん。私がここに居る理由を教えて頂きたい」

「だって運転免許も、自動車も持ってないもん」

「貴方は人が良さそうに見えて自分勝手だ」

 

「三重の偉大な者を放っておく訳にも行かないだろ。晩ご飯奢るからそれで手を打ってくれ。てゆーか、スコットさんって夜だと強気だね」

「夜型なんです」

「実は吸血鬼とか」

 

「お望みなら吸いますよ」

「男に吸われる趣味は無い」

「品がありません」

「あらいやだ、スコットさんのエッチ」

 

ジョナサンは深々と溜息を付いた。

 

「使い魔で探りを入れましょう」

「自分を二流って言ってたけれど。出来るのか? そんな事」

「使い魔の使役は初歩です。トオサカさんはそれすらも出来ないんですか?」

「俺は身体強化特化なんだよ。って、その哀れんだ表情とても傷つく」

 

そして真也は呟いた。

 

「怪しいな」

 

ジョナサンは答えた。

 

「怪しいですね」

「企んでるだろうな」

「当然でしょう」

 

二人は邸宅の目の前に居た。玄関の扉は巨大で二メートルはあろうか。これでは玄関と言うより門である。使い魔の調査で罠は無い、と判断し二人はここまで来たのだが、実際に何の妨害も無いとあからさまである。事実真也の顔は優れない。

 

「……」

 

邸宅の周囲は舗装されていた。円形で、その作りはこの邸宅において際立っていた。邸宅と庭園が芸術家の作ったモノなら、この円のみどこかの技術者が後から追加したのではないか、そう疑う程に浮いていた。製作のコンセプトが一致してない、という意味だ。自動車を止める場所と考えればつじつまは合うのだが、真也はそれが気に入らない。

 

「トオサカさん、入りましょう……トオサカさん?」

 

真也はその舗装道路に右手の平を当てて、弄っていた。

 

「あの?」

「何か刻んである。この地の歪みで気がつかなかった」

 

真也はポケットを探ると鉱石を取り出した。それは透明でキューブ状だった。

 

「それはなんですか?」

「ルヴィア様からお借りした鉱石」

「よく許可が下りましたね」

「任意の許可」

「それは無断借用と言いませんか」

「この際堅い事は言いっこ無しだ」

 

真也はかつて義姉から教わった様に、その鉱石〈いし〉右手で優しく掴んだ。五つの右指の隙間から顔を覗かせるその石は、“おひなまき”そのものである。意識を集中させ念じ、魔力に形を持たせる容器を構築する。それは彼が先天的に有していたモノでは無く、後天的に身につけたスキルであった。義姉が物は試しだと無理矢理仕込んだのであった。

 

“堅いが脆い、大胆の様に見えて繊細、ちゃんと構ってあげないと直ぐ機嫌が悪くなる。けれど正しく扱えば、その石はちゃんと応えるから。そうね、女の子の様に優しく扱う事。こう言えば真也には分りやすいんじゃない?”

 

彼の記憶にある義姉は笑っていた。真也は練った魔力を鉱石に注ぎ込む。ジョナサンは固唾を呑んで見守っていた。遠坂家は鉱石魔術の一門と言う事を聞き及んでいた。ルヴィアから真也は不出来だと言われていた。

 

(できるのかそれを。貴方は鉱石魔術を行使する事が出来るのか)

 

鉱石魔術は鉱石が持つ特性を活用する。異なる特性の鉱石を組み合わせる事により、更にその特性を広げる事が出来る。攻撃、防御、幸運を呼び込む、身体強化と多岐に渡り、実用という意味において他学部の追従を許さない。鉱石魔術の特性を持つこと自体、将来を約束された様なものだ。

 

身体強化と鉱石の特性を持つのか、私と同じ二流ではなかったのか、それでは話が違う。腹心の部下に裏切られた様な心持ちで、ジョナサンが凝視するその鉱石は沈黙していた。真也はこう呟いた。

 

「むぅ」

「……あの」

 

真也はカルサイトに満遍なく魔力を籠めてみた、発動しない。脈動的に籠めた、発動しない。強めに籠める、発動しない。その鉱石はウンともスンとも言わなかった。真也は、探し続けたジグソーパズルの、最後の一ピースをあきらめた様なな顔だった。

 

「あの、トオサカさん?」

「やっぱり駄目か。鉱石魔術の属性無いもんな俺」

 

かつて真也は大量の魔力を籠めれば何とかなると、サファイヤを木っ端微塵にした事がある。もちろん怒られた。もちろん義姉にである。因みにサファイヤはダイヤモンドに継ぐ硬度をもっている。その籠めた魔力量は如何ほどのものか。

 

「あの」

「いいんです。某主人公みたく何の脈絡もなくレベルアップしないかな、とか。淡い期待を抱いただけです。現実って厳しいです」

「はあ」

「俺の同級生でバカシロって奴が居るんですけれど。そいつ素人から二週間で前線に立てる位になったんです。俺だって十年以上訓練したのにやってられないです」

「はあ」

 

真也は玄関に向かう階段を登ると玄関前に広がる床、つまりエントランスデッキに魔法陣を描き始めた。グルリとアウターリングを描く。各シンボルの内訳は以下の通り。

 

・宣言:魔法陣である事を宣言する

・受容:術者からの魔力を受け入れる

・送力:指定した鉱石に魔力を籠める。

・概念:その鉱石から引き出す概念を指定する。この場合は隠れた魔をあぶり出す複屈折となる。

 

基点となるのは注いだ魔力を、鉱石に適合させる変換式だ。

 

「えーと、カルサイトだから炭酸塩鉱物〈carbonate〉のシンボルか」

 

炭酸塩鉱物にはカルサイトの他、アラゴナイト、パール、コーラル、ロードクロサイト、マカライトがこれに類する。真也が描いたのは適正が無い者でも、鉱石魔術を発動させる為の簡易的な術式だ。真也が発案し、キャスターが組み立てた。ただし結晶構造、組成純度、カット形状、サイズなど。鉱石毎の個性、特性に対応出来ないので魔力効率はそれなりだ。無論、ルヴィアと凛には及ばない。

 

「あの、それは」

「カンペみたいなもの。トオサカ魔術の秘密でもあるから詳細はノーコメント」

 

お盆と同じ大きさの魔法陣の中心にカルサイトを置くと真也は「invocationem〈発動〉」と術式起動を意味する、音声振動と魔力をその魔法陣に与えた。鉱石がランタンと同程度の光を放つ。発動成功だ。彼は身を屈め、その手にある光で舗装された区域を照らすと、力を意味するシンボルが浮かび上がった。真也は魔法陣かと呟いた。応えたのは当然ジョナサンであった。

 

「このシンボルはホロスコープにも似ています」

「ホロスコープって占星術のあれか。にしても大きいな。この邸宅がすっぽり収まる程だ。閣下が勝敗を占っただなんて考えにくいけれど、気になる」

「このシンボルを見て下さい。セムヤザ、アザゼル、コカベル、サリエル、バラキヤル、人間に占星術をもたらした堕天使たちですよ。占星術とは元来天界魔術を意味します。天体が万物に影響を与える、これを司る術式でした。ですが万物に影響を与える力は神のみぞ持つ、これを前提とする聖堂教会がこれに噛み付いた。そこで彼らは敵対を避けるため運命を予測する、つまり占い程度の存在となった。しかし、トオサカさん。これは潰えた筈の古式占星術だ」

 

真也は黙って聞いていた。

 

「それだけではありません。クロートー、ラケシス、アトロポス、運命の三女神。そしてペルセポネ、ヘルメス、“ヘカテー”、これらは冥界の神々です。見えませんが渡し守カロンのシンボルもあるでしょう。これはエリクトの降霊術式です」

「つまり閣下は霊地では無いから占星術を使って、星の魔力〈世界霊魂:アニマ・ムンディ〉を収集し、エリクトの降霊術にぶち込んだ。降霊術式と占星術式のハイブリッド魔法陣、か。三重に偉大な者のなせる技だな。そして何かを降霊したと。ペルセポネとか、クロートーとかのシンボルを見る限り、正直回れ右して帰りたい所だけど。それにしてもエリクトの術式にヘブライ語の術式が混じっているのが気になる。ま、霊体が待ち受けている事だけは分った」

「それにしてもトオサカさんは運が無い。この時期は白羊宮つまり火星だ。火星は戦争や災害を表すマレフィック〈凶星〉。それが最大の力を発揮する季節です」

「この術式壊しちゃおうか」

 

「今日は金曜日、火星の照応時間は午後八時。現時刻は十時です」

「壊しても意味が無いって事ね」

「どうするんですか?」

「もちろん突っ込む」

 

「あのヘルメス=トリスメギストスの血を引く魔術師ですよ? 本当に戦うつもりですか」

「もちろん知ってる」

「もっと穏やかな性格だと思っていました」

「トオサカは実は武闘派でね。ここは攻め時だ」

 

「私はどうしましょうか」

「サポートを頼みたかったけれど危険だな。スコットさんは二時間後に迎えに来てくれ。その頃には決着は付いてるだろ」

「一人で戦うんですか」

「スコットさんが手伝ってくれたから、その表現は正しくない。ここからは俺の担当って事だ」

 

僅かな躊躇いのあと彼は。

 

「ご武運を」

 

そう言い残し去って行った。友人では無いが人付き合いの良い知人が闇夜に消えた、真也はこう呟いた。

 

「スコットさん。男同士の連帯感ってのもあるんだけどさ。空にはまん丸お月様。月の化身である三重のヘカテーを仰ぐ者がここまでお膳立てされて、三重に偉大な者〈ヘルメース〉相手に退く訳にはいかないだろ」

 

キャスターに刻まれた冥界神のシンボルが疼いた。

 

「そうしろと囁くのよ。私の守護神〈ヘカテー〉が……なーんちて」

 

 

 

 

つづく!


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