赤い林檎を蹴飛ばしたら   作:d1199

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九話

ルヴィアの招待状に刻まれた7つの十字マーク、その二つ目が血に濡れた様に赤くなった。キャスターの連絡を受けた凛がルヴィアを引き連れ、町を中心に2時の位置にある釣橋に向かえば、一層下の人目の付かない場所に二つの遺体があった。それは釣り下げられていたエミーリアと、道で蹲り息絶えていたヘルマである。真也が運んだのだった。

 

二人を覆っていたシートをルヴィアが剥ぐと二人は顔をしかめた。ヘルマは眠る様に死んでいたが、エミーリアの状態は酷かった。皮膚や筋肉、骨などにゴムの様な腫瘍があったのだ。美しいと評して良い容貌も見る影もない。キャスターから事前に聞いていた凛に、ルヴィア程の心理的負荷は無かった。だもので凛の発言は医師の様である。

 

「酷いわね、この姿」

「心当たりがありますの?」

「症状だけ見れば梅毒に似てる。感染後3~10年経った第3期の症状ね」

「ならば呪詛の類いですわね。治癒できる筈ですし、末期の魔術師を派遣するとは考えにくいですから」

「コイツも問題か」

 

凛はメイドの遺体をじっと見た。

 

「アインツベルンのメイド服に見えますわね」

「多分その通りよ。銀の髪、紅い瞳、アインツベルンのホムンクルスだわ。武器を持っているなら恐らく戦闘型」

「何故断言が出来るのかしら」

「見た事があるから」

 

ルヴィアはしゃがむと、エミーリアの手にある指輪を見た。

 

「アウフレヒト家の紋章ですわね。ドイツで有名な錬金術の家です。この方の死因は呪詛によるものでしょう」

「メイドはなんだろ。肩に刀傷があるけれど、この程度で死ぬとは考えにくいわ」

 

ルヴィアがカルサイトを取出すとメイドの遺体に翳した。その光を浴びて微かに浮び上るのは呪いの痕跡である。

 

「呪詛ですわね。抗魔力を持つ魔術師に成功する程の、それもかなり強力なもの」

「二人に違う呪詛を使った。意味がある、ってことか」

「シスター・アーシアは子宮を抜かれた。この方は性病。引っ掛りますわね」

 

ルヴィアは右手薬指にある指輪を抜くと立上がった。

 

「ミス・トオサカ。彼女の魔術刻印を回収します。協力しなさい」

「分かってるわよ。遺体は燃やすしかないか」

 

ルヴィアが人避けの結界を張ると、凛は火属性の鉱石を取出した。人を完全に燃やし尽くすには相応の手間が掛かるのだ。それはローズクォーツ、愛と美の女神アフロディーテに縁のある石である。ただ燃やすのも気の毒だろうという、凛なりの気遣いという意味だ。徐々に灰になる二人を弔えば二人の瞳に炎が揺らぐ。暫く黙し、口を開いたのはルヴィアであった。

 

「ところでミス・トオサカ。何故この場所が分かったのかしら」

「真也から連絡あったのよ。町の偵察中に偶然、参加者の遺体を見つけたってね」

「相変わらずの歪み具合ですこと。死に対する知覚が並外れていますわ」

「死神の様な扱いは止めてくれる? 不愉快」

「ならシンヤを一人にするのはお止めなさいな」

「勝手に単独行動をしているだけよ」

「それは貴女に原因がある、そう読んでいるのだけれど、どうかしら」

「私に関係ないでしょ」

「シスター・シエルに対してシンヤは冷徹に成り切れなかった。それにもかかわらず続行している貴女に言われたくありませんわね。偶々上手くいったから良い様な物の、分かっているのかしら。ミス・トオサカ。貴女はシンヤを追い込んでいる。それを覚えておきなさい」

「アンタに関係ないわ」

「ありますわ。死んで欲しくない、そう思っていますもの。貴女はどう思っているかは知りませんけれど」

「本気で言っているなら、この場でケリ付けるわよ」

「望むところ、と言いたいのですが。そう言われたくないならば態度で示しなさいな」

 

凛は黙し、火葬を見詰めるままだ。ルヴィアもそれ以上言わなかった。

 

(参加者は教授と、レディ・エーデルフェルト。クレトス・メルクーリに正体不明のプラチナブロンド。死んだシスター・アーシアとアウフレヒトの魔術師。あと1人、か……キャスター、イリヤに確認をしてくれる? ヒキコモリのアインツベルンがクロムウェルに興味を持ったというのも不可解だわ)

(畏まりました。国際電話の許可を申請します)

(手短にね。真也の居場所は?)

(お答えできません)

(キャスター、アンタの意見を聞きたいのだけれど)

(凛様の欲求はありふれた当然のものです。ですが正しい行動が正しい結果を生むとは限らない、これだけはお忘れなき様)

(どっちの味方よ)

(マスターに決っています)

(ふん。二人は真也の味方ってこと。モテるじゃない、あの愚弟は)

(私は女ではなく従者の立場ですので)

(分ってるわよ)

(今ひとつ。マスターは凛様の味方です。でなければルヴィア様に応じていたでしょうから)

 

 

◆◆◆

 

 

凛たちが居るフランスから東へ向かうこと約9600キロ。そこは冬木市の武家屋敷、衛宮邸である。家主であり当主である士郎は、この危機をどのように回避するか、心底追い詰められていた。見慣れた和式の居間。彼が向かうちゃぶ台は黙して語らず、質実剛健なモノだ。沈黙は美徳なり、だが生憎と彼の義姉はドイツ出身であった。士郎は胡坐を掻き、右手には湯呑み。左腕に傅くのはその義姉である。

 

初めて会った頃、10代前半の姿だった義姉は3年も経てば相応である。出るところは出てきた、と言う意味だ。ちらと見ればフレッシュピンクの唇が、雪の様な白い肌に浮んでいた。濡れ、しっとりと輝いていた。白銀の髪の一雫が、その唇に含まれれば妖艶である。義姉の友人、もちろん彼より年下だが彼女ら曰く“エロすぎるJc”。

 

それは好ましくないと思う彼であったが、義姉のパーソナリティを否定する事も良くないと強く言い出せない。遠回しに言及すれば、姉が大人っぽいのは当然だと取合わなかった。微妙に論点が異なると彼は感じたが義姉には頭が上がらないのである。

 

その義姉は横座りで身じろぎした。長袖で丈は踝まである薄手のワンピースは、乳白色を基調とし、コーラルピンクの横ストライプが入っていた。肢体を強調している、見せ付けんばかりだ。頬、顎、喉元のラインは無駄がない。胸から腹部、腰、股の谷間に連なるラインは洗練されていたが、目眩のしそうな柔らかみがあった。その薄い一枚に隠されているものを妄想させるには十分だった。義姉はすまし顔であったが臨戦態勢である。そして予言者の様でもあった。

 

「シロウ。セイバーばかりじゃ無くておねえちゃんも可愛がりなさい。いつもセイバーばかりなんだから」

 

彼はまたこの会話かとうんざりした。勿論おくびにも出さない。ただむっすりとお茶を飲むだけである。もちろんその心意は困惑だ。

 

「俺は十分に大事にしてる」

「口先だけなんてそんな子に育てた覚えは無いわ。あの男の様になるわよ」

「姉さん。言って良い事と悪い事がある」

「なら良いわよね」

「良くない。どういう理屈だよ、それ」

「ほら。見なさい」

 

イリヤは髪をかき上げた。

 

「湯浴みも十分だし髪も肌の艶も完璧。もうカラダは14歳相当。不満も無いわよね」

「不満とかそういう問題じゃなくて」

「知っているかしら。世の中にはjs,jc,jk,jd,OL,人妻色々居るけれどjcが一番人気なの」

「どこの俗世間だ」

「理解した? したなら今からわたしの部屋に行くわよ。イチローも兄妹が欲しいってきっと言うわ」

「俺の話を聞いてくれ」

「いつものドレスがいい? セーラー服もあるし、お望みならヴァイオレットカラーのコートも出すけれど?」

 

裸コートなのか、そう言い掛けた口を噤んだ。二人が居る場所は衛宮家の居間である。廊下と仕切る壁のその影に正妻の気配があった。直視できないが確実に存在した。口では言い表せない気配である。強いて言うならエクスカリバーを喉元に突付けられている、が適当か。彼女は義姉との契約により干渉できないのだ。結婚に同意した事もそうだが、“どこかの騎士王様は姉と子作りしたわよね”と言われれば言い返しようも無い。士郎のこめかみに、汗が一雫。

 

「よく分からないけれど、それをすると俺はピンチ。なんていうか、社会的に、友人的に。正妻的に。制裁が」

「リーゼリットとセラ、シロウがあの二人と懇意にしてるってわたし知ってるの」

 

彼は茶を吹いた。

 

「押し切られたなんて良い訳は聞かないから。あまり駄々をこねると強攻策に訴えるわ」

「それは困る」

「なら。いいわねシロウ」

 

救いの手は意外なところからさしのべられた。廊下であった。それは呼び出し音であった。

 

「……あ、電話だ。ごめん姉さん。この話は今度」

 

彼はそそくさと立上がり、電話のある廊下に出れば、頬を膨らませ拗ねる妻が居た。彼女が腕に抱く長男も非難している、流石にそれは気のせいだろう。

 

 

◆◆◆

 

 

イリヤが次の搦め手を考えていると士郎が居間に戻ってきた。

 

「誤魔化せた積もりなら、甘いんだからね。シロウ?」

 

焦燥を浮べるかと思いきや、彼の表情は固かった。深刻は誇張だが、明らかに懸念の相を浮べていた。

 

「姉さんに電話だ」

「こんな時間に電話を掛ける礼儀知らずに心当たりは無いけれど。美遊(みゆ)? それともクロエ?」

「キャスターだよ」

 

ぴくりとイリヤの眉が動いた。それは警戒の印である。

 

『久し振りね、イリヤスフィール』

 

イリヤが受話器を取れば聞慣れた声だ。嫌悪はしていない。ただキャスターから連絡をする場合は大抵厄介ごとだ。警戒するな、と言う方が難しいだろう。

 

「キャスターがわたしに用件なんて珍しいものね。いまイギリスに居ると聞いたけれど……何かがあった、と言う事かしら」

『ええ。リチャード・クロムウェル、この人物とアインツベルンの関係を教えてくれないかしら?』

 

イリヤはその名前を知っていた。だが思い出すには少々骨の折れる、使用頻度の低い記憶だった。キャスターの要領の良い説明を聞いたイリヤは言葉に詰まった。

 

「あの男はまた厄介ごとに関わったということ。キャスターは相変わらず、あの男の世話を焼いているのね。コルキスのメディアが物好きだわ」

『地獄の底まで供をする、それが主との契約なのよ。雪のお嬢さん』

「いいわ。答えてあげる」

『あら、私の主に優しいのね。意外だわ。実の所、難色を示す物とばかり思っていたのだけれど』

「わたしはあの男に二度も殺されかかった。でも、あの男が居なければ今はなかった。セイバーも受肉せず消えていた。イチローを見る事も無かった。私も小聖杯の運命に従い死んでいた。シロウと和解できていたかも怪しい。これらのプラスがあるなら多少の事は目を瞑れるわ」

 

イリヤは脇に居る衛宮夫妻に向くとこう言った。

 

「二人とも席を外しなさい」

 

もう弟夫婦が関わっていい話では無いのだ。訝しがりながらも立去る二人を見届けるとイリヤはこう告げた。

 

「アウフレヒトはドイツを本拠地とする錬金の魔術師だった筈。キャスターの話を聞く限り、アハトお爺さま、つまり本家の依頼を受けたという事ね。そしてその依頼内容なのだけれど、恐らくクロムウェルの儀式の調査。

 

アインツベルンは悪魔崇拝結社ラ・ヴォワークと取引をしたの。第3回聖杯戦争の前のことよ。冬木市の御三家トップでありながら一回、二回、と勝利が得られなかった私たちは勝利に目がくらみ反英霊に目を付けた。私たちが得たモノはアンリマユの召喚媒体である“偽り写し示す万象(ヴェルグ・アヴェスター)” 彼らに渡した物は第3魔法を除く英霊召喚と令呪の術式。冬木市の聖杯システムの設計図よ」

『つまりこの聖杯戦争は冬木市聖杯の縮小版ということ』

「ええ。でもこれには巨大な霊脈が必要だし、邪法の悪魔崇拝者如きでは再現どころか解析すらできない、そう考えた。背後にクロムウェル家が居ると知っていたら話は別だったでしょうね。

 

実際にクロムウェルは冬木市聖杯システムの解析に完全とまではいかなくとも、応用できるレベルには成功したのだと思うわ。だからこそ第一回の聖杯戦争を、天使の知識を求める儀式だと偽り、開催し魔術師を呼び寄せた。でもどの部分を流用したかまでは分からない。牙だったかしら。それを召喚媒体として使うならば、召喚システムは流用したと言えるわね。魔力源は疑うべきね。冬木の聖杯システムは霊脈から魔力を集め、それを使い7騎の英霊を複写・再現するのだけれど。そこフランスのは違うのでしょ?

 

冬木のシステムとは事なり、構築したシステム以外のソースから魔力を持ってくる。なら魔術師たちの魔力(魂)を利用し堕天使を召喚する、こう考える方が自然だわ。ならばキャスターの言う参加者たちの思わせ振りな死に方にも意味を考えるべきね」

『神に対する侮辱、という事ね』

「もしくは降霊させる堕天使への供物。キャスターの言う神がどの神を指しているのか分からないけれど、堕天使と謳う以上聖堂教の神が妥当ではないかしら。太古の神々を堕としたのは彼らなのだから。招待された魔術師たちは聖杯に目が眩んだ体の良い生け贄と言う事ね。天使の知識は魔術師にとって聖杯に等しいから無理もないけれど。繰返すのだけれど、取引した後それを知った私たちはその儀式を見定める為、そちらの第一回に魔術師を派遣した。今回アウフレヒトを派遣したのは同じ理由だと思うわ」

『リチャード・クロムウェルが召喚しようとしている堕天使の名前を知っているかしら』

「そこまでは知らない。でも気をつけなさい。アザゼルは人間に剣という知識を与えた堕天使の一柱。そしてそれは全ての罪の原因を持つ悪魔。サタンとは魔王たちの総称と言われるけれど、その一つとも言われるわね。7つの大罪である強欲を司る悪魔マンモンもそう。この悪魔は過去と未来の知識を与える堕天使アモン。堕天使の知識とは破滅でもある。清廉は期待しない方が良いわね。話は以上よ」

『有益な情報に感謝するわ。イリヤスフィール』

「ねぇ、キャスター。リチャード・クロムウェルの嫡男であるエドワードは資質に優れ、鍛錬を怠らず、父に従順で、愛し、敬っていた。後継者として申し分なかった。そのエドワードをリチャードは溺愛していたそうよ。実子である筈の次男、三男ですら冷遇されていた。

 

ところが第一次世界大戦でエドワードが死んで、リチャードはそれを痛く嘆いた。リスクの大きい堕天使の知識を求めてまでも、エドワードを蘇らせようとした。こう考えても不思議じゃないわ。でもリチャードと縁を切っていた実子は言う事を聞かず、彼は長年放置していた非嫡出子に手を付けた。魔術刻印を継いだという非嫡出子のジョセフはどんな気持ちだったのかしらね。従った以上、父リチャードに何らかの想いを持っていたとは思うけれど、素直にエドワードの復活を願うのかしら」

(父と子……)

 

キャスターの危惧はイリヤにも伝わる程だった。

 

 

◆◆◆

 

 

真也が居るのは町中のカフェである。キャスターの誘導を受けて、参加者を捜していたエルメロイを捕まえたのであった。キャスターの存在は秘密の為、真也は誤魔化したがエルメロイは何らかの疑問を持った。だが今問うべきことでは無いと不問とした。知ってか知らずか真也は興奮気味だ。一大事、という意味である。

 

「つまり教授。天使ってのは大嘘で、ジョセフの子か孫か分かりませんが、クロムウェルの残党は参加者の魂を狙い堕天使を召喚しようとしている、と言う事です」

「消去法で考えればあの牙は、冬木市聖杯システムの英霊召喚に用いる召喚媒体か」

「危険です。即刻中止し、時計塔に戻り執行者を派遣するべきです」

 

エルメロイは葉巻を一つ吹かした。

 

「それは同感だ。だが槍も放置出来まい。我々が手を切ったところで別の魔術師を呼び、襲えばそれまでだ。根本的に手を打つ必要がある」

「あの槍はこの儀式に関わっている、そうおっしゃる?」

「それだけでは無い。この儀式は聖堂教会も注目している。魔術協会が大々的に動けばどうなるか、それが分らないのか」

「あ」

「いつになく頭の巡りが悪いな。一体何に気をとられている。第一次聖杯戦争はクロムウェル家が首謀だが、ナチスがその儀式に関わっていた。だが失敗しナチスは槍を隠した。悪魔崇拝結社のラ・ヴォワークのトマス・ニルセンはリバプールで槍を探していた。スタドリコンスタブルで槍を発見したのがマリア・アジャーニ。君らが倒したエリーザベト・バートリは槍を追っていた。当然バートリには仲間がいる。その仲間は君らの事を知った、そう考えるべきだろう」

「魔術協会を探り、教授の金庫に辿り着いた。その仲間とは強固な結界を破るほどの術者……ラ・ヴォワザン?」

「そう考えるのが自然だろうな。つまり主催者はラ・ヴォワークと見るべきだろう」

「ではあの槍の目的は召喚した堕天使の受肉ですか」

「だろうな。リチャード・クロムウェルから見れば知識だけで良かったはずだ。受肉を計画に持ち込んだのは、ラ・ヴォワークとナチスへの取り分だろう。ナチスは堕天使を戦力として、ラ・ヴォワークは降臨自体が目的だった」

「納得ですよ教授。聖堂教会は第1回も今の第2回も槍を追っていた。儀式の参加者としての振る舞いをしていたのは、この儀式の首謀者が所持しているかもしれない、そう考えていた」

「シスター・シエルが君を襲ったのは、彼らが情報を与えたからだろうな。槍を取り返したか、後生大事に持っていると考えた。いや。或いはシスター・シエルと相打ちにしようとしたのかもしれない。それに失敗した以上、ラ・ヴォワザンは別の手を打ってくる筈だ。十二分に気をつけろトオサカシンヤ。おそらく彼らは戦術を変えてくる筈……なんだその眼は」

 

真也は半眼で膨れっ面だ。組んだ腕を後頭部に置いて、そのジェスチャーは“やっていられない”という意味である。エルメロイは葉巻の煙を吐いた。今頃気付いたのか、その煙はそう言っていた。

 

「教授は初めっから、そう踏んでいたんですね。それならそれで何で言わなかったんです」

「そうでも言わなければ君は帰国したかも知れないだろう? 戦力は多い方が不測の事態にでも対処出来る」

 

“こ、このタヌキ……”と言うのが真也の偽りざる心の声である。

 

「教授。謹んで姉弟喧嘩に巻き込みます。責任とってください。グレイさんに呼び止められなかったら、今頃帰国して家族団らんだったんですから」

 

珍しい事にエルメロイは固まっていた。彼にとって真也の発言が余りにも予想外だった為だ。そしてクククと笑い出した。喉も身体も震わしている。余程おかしいのか、能面のエルメロイが相好を大きく崩していた。同席のグレイも同様だ。笑っては悪いと、必死に殺そうとしていた。目深に被ったフードで隠そうともしていたが、隠しきれるものでも無い。益々不愉快になる真也である。

 

「笑うところじゃないですよ」

「20にもなって姉弟喧嘩をし、その仲裁を師に頼むか。ま、直視の魔眼持ちを雇ったと思えば格安だな。いいだろう、できるだけの事はしよう」

 

エルメロイはいつまでも笑っていた。真也は左手甲の呪符に念を籠める。

 

(聞いての通りだ。キャスターは接収されたクロムウェルの屋敷へ行ってくれ。当時なにがあそこであったのか、それを知りたい。タイミングは任せる。石の残留思念を読むのはお手の物だろ?)

(シスター・アーシア、アウフレヒトの錬金術師。既に二人目です)

(そだな)

(マスターは脱落者と立て続けに関わりました。今すぐにでも帰国するべきです)

(またその話か。俺の2年間ずっとこんな感じだ。今更だ)

(マスター。お願い申し上げます。ここで手を引いてください)

(サーヴァント級のラ・ヴォワザンが堕天使の復活の儀式に関わっている。それを知った以上無理だ。ここでアンリマユ復活が再現されるなら阻止する)

(マスターが正義を掲げるのですか)

(そんな大それたモノじゃ無い。教授にグレイさん、そしてルヴィア。ここまで関わったなら最後まで付合うのが人情だ。ランサーならきっとそう言う)

(あの時と違いランサーは居ない、これをお忘れですか。これ以上の英雄まがいの行動はお控えください)

(ここが正念場という事なんだろうな。うまい事やればあの槍兵に手が届くかもしれない)

(クー・フーリンの子、コンラの結末をご存じですか?)

(死ぬほど悔やんだ、そう思ってる。それに歴史上の人物の良いところしか見ないのはお約束だろ?)

(マスター。英雄は非業の死を迎えます。いえ、壮絶な生き方、散り様が英雄の条件でしょう。ランサーの後を追う事、特定の誰かを望む事は相反します。このままあの槍兵の影を追うのであれば、避けえぬ死の選択が訪れましょう)

(メディアの予言、か。今迄キャスターに色々言われたけれど、今程怖いって思った事は無いな)

 

 

 

 

つづく!

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