赤い林檎を蹴飛ばしたら   作:d1199

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十話

スタドリコンスタブルでのロンギヌスの槍争奪戦に於いて、エリザーベト・バートリを倒したのはルヴィアだ、そう予想していたJ.C.はその脅威を除去しようと、最大戦力のラ・ヴォワザンを投入したが失敗。予定を変更し他の参加者を襲う事にした。戦力を整える為である。手始めはアーシアであった。シエルが街を離れた為それは容易であった。錬金の魔術師エミーリア・フォン・アウフレヒトの場合は先の通りである。

 

その街の5時の位置にある建築物は相応の高さがあるビルだった。ロンドン市外で見られる様な一面ガラス張りではなく、窓毎に凹みのある作りだった。郵便の仕分台を思い浮べれば良いだろう。周囲に高層建築物は無くその景観に於いて際立っていた。招待状の導きに応じ、其の場に現れたのは占星術師クレトス・メルクーリである。

 

時刻は午後11時。そのビルに連なる窓に、明りは無く、人影も無く、ただ黙している。彼には集合墓地に見えた。勿論一つ一つの窓が納骨堂と言う訳だ。そのビルを見上げるクレトスは警戒を隠さない。招待状はそのビルを指していたが、ビルの根元にある広場に誰も居なく、何も無い。つまり試合会場は聳えるビルの屋内以外無い。試合会場は屋上だ、彼はそう直感付けた。だがそれは逃場が無い事も意味していた。どうする、クレトスは己に問いかけた。逃げるばかりでは埒が明かない。だが敢えて穴倉に手を突っ込み噛まれるのも面白くはない。妹のタリーアが見上げていた。その端正な表情は不安を隠さない。彼は三つ目の選択肢を作る事にした。

 

「タリーア。飲物と簡単な食べ物を買ってきてちょうだい。何かあれば暗示を使いなさい。良いわね?」

「お兄様?」

「持久戦よ。試合会場がこのビルの何階かは分らないけれど、先客なら待ちくたびれて出てくるでしょ。私たちが先客ならお相手はここを通るはず。敢えて不利な状況に甘んじる理由は無いわ」

「流石ですわお兄様」

「それ止めて。なんというかこそばゆいから。私はココアとスコーンを御願いね。タリーアは好きにしなさい」

「では私もそうします」

 

彼の妹は花が咲いた様に笑うと、ビルの敷地にある植木、それ越しに見える小売店へと駆けて行った。兄はため息が出るばかりなり。

 

「まったく。波風立てないと言えば聞こえは良いけれど、自立性が無いのは困ったものね。小さい頃から大人の顔色ばかり窺ってきたから、仕方が無いのだけれど」

 

彼は思わずそう口にした。妹をこの時間に一人にするには不安もあるが、彼女は次期当主だ。独り立ちの訓練は欠かせないのである。

 

 

◆◆◆

 

 

低層樹の影に身を潜めるクレトスの手にはクロスボウがあった。そびえる高層ビルに視線を走らせれば何かがあった。何時現れたのか。隠れる枝影越しに、中年婦人が揺らぐ様に立っていた。時代錯誤の格好だ。17世紀のフランスに時間移動すればこの様な人物に会えるだろう。その距離10メートル。視線が合った。

 

「まったく。幾ら魔術師が人目を憚る存在とは言えコソコソと、これじゃ盗賊と変わらないね。最近の若いのと来たら本当に根性がないね」

 

耳に障る程にしゃがれた声だった。隠れ場所が知られているなら、隠れていても意味は無い。クレトスは一つ深呼吸。クロスボウを構え立上がった。向けた鏃が鋭く光る。

 

「おばさまは参加者ね?」

「そうだと言ったらどうするんだい?」

「なら招待状を渡して欲しいのだけれど」

 

中年婦人は招待状を手に取り翳した。

 

「欲しいなら力尽くで奪いな」

 

妙だ、クレトスは目の前の中年婦人に違和感を感じていた。まるで大凶星の権化、そう思えてしまう程に禍禍しく、恐ろしかった。勝てないと本能的に悟ったクレトスはボウガンを降ろした。悔しい事この上ないが、死ぬよりマシだ。妹が独り立ちするまでは死ねないのである。

 

「おや、どうしたんだい」

「分って聞いているなら嫌みも極みだね。降参よ、招待状は渡すわ」

「潔い判断というべきか、腰抜けと言おうか迷うが。まぁ、殺しきれない中途半端よりはマシかね」

「誰のこと?」

「こちらの話さ。でもそう言う訳にはいかなくてね。申し訳無いが死んで貰うよ」

 

何時取出したのか、中年女性の両手に短刀が握られていた。教会で殺されたシスターの姿が脳裏に浮かぶ。殺すことが趣味なのか、殺すことが必要なのか。理由はどちらでも構わないが絶体絶命だ。だが生憎と彼は死を甘んじて受入れられる立場でも無かったし、性分でも無かった。攻撃すると見せ掛け、それに乗じて離脱。彼はそれに賭けるより他なかった。今この場に妹が居ない事が幸運だ。だが彼に運は向いていなかった。

 

「お兄様?」

 

中年女性の視線がクレトスを通り過ぎ、背後に投げられる。タリーアが戻って来てしまっていた。

 

「妹に用は無かったんだけどね、見てしまったのなら仕方が無い」

 

見知らぬ中年婦人に睨まれタリーアは怯えるのみだ。

 

「何の事ですか? お兄様。この方はどなたですか」

「こういう事さね」

 

中年婦人の右手がブレたかと思うと、妹の前に兄が立っていた。だがどうした事か、向き合う兄の様子がおかしい。いつも微笑んでくれる端正な表情が歪んでいた。口から血も吐いていた。脂汗も吹出している。どうして死にそうな程つらい顔をするのか。その兄の背中には短刀が突き立てられていた。彼は妹の盾となったのだ。彼女の兄は精一杯の笑みを浮かべ、こう告げた。

 

「タリーア。俺がほんの少し時間を作るからその隙に逃げろ。今の時間なら金牛宮(タウルス)か獅子宮(レオ)、そして天秤宮(リブラ)が吉星だ。タリーアの星空に良い星が輝きます様に」

「お、に、いさま?」

 

何が何だか分らない。まるで今生の別れの様な言葉はなんなのか。その兄は渾身の力を揮い、クロスボウを持上げ、振り返り、そして妹に背を向けた。背に突刺さる二本の短刀が、堕とされた天使の翼に見えた。そしてそれが生きている兄の最後であった。心臓に短刀を突き立てられ兄は事切れた。タリーアは呆然と立尽していた。理解が追いつかないのである。

 

その中年女性の物言いは兄の死に全く動じず、気にも止めていなかった。それどころか意味の無い介入をした主に、不満をありありとぶつけていた。

 

「ご主人様よ、それは意味が無い行動だね。余計な御世話と言う奴だ」

 

何時現れたのか。プラチナブロンドの人物が、中年女性の背後に立っていた。その手にあるのは黒鍵である。クレトスが命と引き替えに放った矢は、その黒鍵によって打ち落されていた。それはアーシアの技だ。

 

「申し訳ありません、ミセス。ただ得たスキルの試験はしておくべきですよ」

「ま、試し打ちには悪くない、か。どうだい力の具合は」

 

その人物は右手を数度握り直すと最後にきつく手を結んだ。その手に宿るのは羨望し、一時は諦め、渇望した、己の意思を形にできるエネルギー、力である。

 

「人生とは詰まるところ他者との折衝、この連続です。己の考えを主張する事、己の望みを成し遂げる事、弱ければ拉がれ潰える。力がこれほど素晴しい物とは。50年、地を這っていた苦渋が嘘の様だ。ミセス。力とは恐ろしい物ですね。不謹慎ながらも心が躍る。自制しなくてはならないというのに、その自制が疎ましい。私は今狂おしい程に高揚している」

「この程度で満足して貰っちゃ困るんだがね」

「ええ。分っています。我が父、リチャード・クロムウェルの復活こそが我等の悲願」

(父、ねぇ。牙の呪いとは言え、その掏り替えに疑いすらしないとは滑稽だ。だがそうでないと困る)

「いや、いやです! お兄様! 目を開けてください! 開けて!」

 

異国の妹は兄の躯に縋り付いていた。だがどれ程呼掛けようと、揺さ振ろうと、その兄が妹の名を呼ぶ事は無かった。ラ・ヴォワザンは顎を小さく振り促した。

 

「そら、ご主人様。ぼやぼやしていると占星術師の魂が抜けちまうよ」

「分っています」

 

J.C.が歩み寄ると兄妹に影を落とした。涙に濡れる妹が見上げれば、プラチナブロンドの瞳は碧と朱だった。

 

 

◆◆◆

 

 

父、リチャード・クロムウェルの遺産である堕天使召喚の儀式から考えれば、タリーアは勘定外である。フィラデルフィア(アラシェヒル)が司るのは兄妹なのだ。どちらか一人で良い。彼の目的は儀式の再現ではなく、あくまで堕天使の復活なのだ。だが父の遺産である儀式は極力尊重しなくてはならない。タリーアは予備として確保し、兄の遺体は儀式に則って高層ビルの屋上に捧げた。

 

残る参加者は密教退魔師である“慈誠”と呪詛の魔術師“レオナルド・ルチアーノ”この2名。J.C.は計画に基づきこの参加者らに手を付けようとして止めた。ラ・ヴォワザンが呼んだ慈誠の実力はルヴィア、凛に匹敵する。彼は一計を講じる事にした。戦術的な意味を見出だす事は可能だが、士官学校なら落第点だ。それでも実行したのは、真也に対する個人的な感傷だった。倒せれば好都合、そうでなくとも一泡吹かせれば良い。俗な言い方をすれば、一発カマす。J.C.は真也に怒りを覚えていたのである。

 

J.C.が慈誠とレオナルド・ルチアーノに接触出来たのは簡単である。招待状の導きはレーダーなどではなく、ラ・ヴォワザンの誘導だったのだ。ルヴィアがラ・ヴォワザンと遭遇した様に、全ては初めから仕組まれていた。

 

町を時計と見立て10時の方向にある建築物は幽霊屋敷である。メルクーリ兄妹と真也が遭遇した場所だ。その荒れ果てた庭に二人の男が対峙していた。一人は黒の法衣を纏っていた。法衣と言っても聖堂教の聖職者ではなく仏教徒である。その証として白の袈裟を肩に掛けていた。長身だったが法衣越しにも鍛え抜かれた肉体が覗える。短めではあったが頭髪は伸び、顎と鼻下に髭を生やせば、僧侶と言うより破戒僧に見える。法名を慈誠といい、彼は正規の僧侶だ。但し表舞台には現れない高野山を御山とする密教真言宗の退魔師である。それに対峙するイタリア人の男は軽薄な笑みを浮かべていた。

 

「漸く参加者とお目に掛かったと思えば、髭面オヤジとはツイてないぜ」

 

その男はレオナルド・ルチアーノと言い、呪詛を専門にする魔術師だ。イタリア人らしく背はそれほど高くなかったが、無駄の無い体付きであった。彼が纏うスーツはジャケット、パンツともグレーがかったベージュだ。白を基調とし紺のチェックが入るシャツは胸元を大きく見せていた。鍛えた胸板と胸毛があれば紳士的であり、ワイルド的である。ブラウンの革靴が輝けば清潔感もバッチリだ。嘲笑にも挑発にも見えるレオナルドの態度に慈誠は眉一つ動かさない。

 

「おい、おっさん。何か言ったらどうだ」

「話すのは苦手でな」

 

二人とも相応に低い声だったが、抑揚口調が異なれば随分と印象が事なった。二人は共に30歳であったが、互いが互いに同い年だとは夢にも思うまい。慈誠は懐に手を入れると招待状と独鈷杵を取出した。レオナルドの瞳が鋭く光る。

 

「それは礼装だな? 見た事がある。たしか古代インドの武器だ」

「正確には“煩悩を滅ぼし菩提心を得る”この想念を形にしたものだ。最も、お前の言うとおり俺らは敵を打倒す武器として扱う」

 

レオナルドは右手の指を、ボウリングの球を掴む様に動かすと、糸がたゆたった。一本であったが、首をもたげる毒蛇の様に見える。

 

「東洋の魔術師と遣り合うのは初めてだ。だが分りやすいってのは良い。俺の招待状はジャケットの胸ポケットにあるから欲しけりゃ倒せ。レオナルド・ルチアーノ、アンタは?」

「慈誠」

「ジセイ、か。なら始めようぜ、俺は待ちくたびれた」

 

慈誠は左手に持った独鈷杵に右手を添えた。刀印である。

 

「無口なおっさんだ!」

 

それは二人が後戻りできない直前だった。

 

「お待ち下さい」

 

その唐突な声に二人は同時に飛び退いた。二人の視線の先にプラチナブロンドの人物が立っていた。朽ちた庭に立つ姿は廃墟に咲くスズランに見えた。もちろん毒花という意味だ。J.C.である。3人の位置関係は丁度正三角形となっていた。慈誠は静かにJ.C.を凝視していたが、その表情には不満が見て取れた。水を差されたと言う意味だ。レオナルドは不意な役者の登場に目を剥いたが、直ぐに好印象な笑みを浮かべた。J.C.の容貌を一目見て気に入ったのだ。

 

「こいつはとんだ観客が居たもんだ。美しい御嬢さんはどこから忍び込みましたか? 確かここには人避けの術を掛けた筈なのですが」

 

レオナルドの人を小馬鹿にした様な相好も、礼儀正しくば魅惑的に見えた。大半の女性はひとたまりもないだろう。事実そうでもあった。

 

「私は参加者ではありませんが魔術師です」

 

一転J.C.は深刻そうな表情を見せこう言った。

 

「御二方に折入ってお願いがあります。仇を取って頂けないでしょうか?」

 

慈誠とレオナルドは互いに見合った。その言葉が余りにも予想外だった為である。

 

「とても腕の立つ魔術師が一人居ます」

 

そう言うJ.C.の前には二人の魔術師が居た。慈誠は玄関へと続く数段の階段に腰掛けていた。両膝の上に両肘を置いて前屈み。だがその眼は警戒を隠さない。レオナルドは玄関にある屋根、その柱に腕を組んでもたれ掛かっていた。J.C.が男だと名乗り、愛想の良い態度はどこかに消えた。話を聞いて貰える態度を確認したJ.C.はこう切出した。

 

「参加者であったエミーリア・フォン・アウフレヒトとは恋仲でした。私はその人物のやり方に怒りを覚えています。その強い力を我が物顔で振るい、他者の尊厳を踏みにじっている。私はそれが許せない。ここに招待状があります。これはエミーリアが受取った分と、勝取った分。仇を討ってくださればお渡しします」

 

J.C.の嘘には真実が混じっていた。エミーリアと恋仲である、これは当然虚偽だ。真也が力を我が物顔で奮っている、これはJ.C.から見れば事実であり、真也に対する憤り怒りも本物だった。嘘に真実を混ぜれば真実味を帯びる。二人の魔術師はその動機を疑わなかった。慈誠は身を起こすと背筋を伸ばした。

 

「なぜ、この場所が分かった」

「私は占星術師です」

 

それは嘘では無い。先日その魔術特性を手に入れたのだ。

 

「危険な場所の位置は追えます。確率の話ではありましたが、ツキは向いているようです。あなた方とこうして出会う事が出来たのですから」

 

だがJ.C.が実際にこの場所を突止めたのはラ・ヴォワザンの誘導である。

 

「お疑いなら貴方の吉凶を占いますが」

「所属星座を明かすほど間抜けではない」

「それは残念です」

 

慈誠が「どれ程強い」と低い声で聞けば、J.C.は「戦闘型ホムンクルスを倒す程の腕前です」とコマーシャルの様に答えた。当然反応したのはレオナルドである。

 

「おい、マジかよ」

「ですが、私は占星術をもってその人物の動きを追う事が出来ます」

「奇襲が可能と言う事か。やり方次第だな」

「依頼を受けては頂けないでしょうか」

「魔術師にしては生真面目だが前払いなら受けよう。レオナルド・ルチアーノ、お前はどうする」

「降りる、と言いたいが情報も欲しいし、ここで逃げても埒が明かないしな、いいぜ。付合う。少々格好は付かないが、強いなら数で当たるのが順当だ。乗った」

 

慈誠の黒い瞳が鋭く光る。それは彼の最終確認だ。人物の見定めという意味だ。

 

「決りだな。お前の名前は?」

「ジョナサン・スコットです」

 

 

◆◆◆

 

 

そして翌日の朝である。町の4時の位置にある公園のベンチに座り込むのは真也であった。清々しい朝だというのに気分が優れない。義姉の件もあったが、三つ目のキルマークが問題だ。あの仲睦まじい兄妹の姿が脳裏に浮かぶ。クレトスは頭が良い、上手く切り抜ける筈だ、そうは思うも不安は募る。

 

「キャスターの心配が過剰になるのも無理は無いな、いつから俺はこうなった」

 

決っている。3年前のあの時だ。踏ん反り返り見上げれば、青い空に雲が流れていた。ポツリポツリと浮ぶ様はマンボウである。のんびり、という意味だ。僅かに湿り気を帯びた朝風と共に従者の声がそよぐ。

 

『マスター。ルヴィア様が招待されました。凛様も同行です』

「分かった。位置を教えてくれ。ラ・ヴォワザンが動く筈だから追跡する」

『もう一つ、凶報です。先日のクレトス・メルクーリですが死亡を確認しました』

 

真也は一瞬身体を止めた。

 

『場所は5時に方向にある高層ビルの屋上です』

「遺体の損壊状況は?」

『刀傷があります。恐らくホムンクルスと同じ殺害方法と推測しますが、今までと状況が異なります。クレトスに刀傷が胸と背中に一カ所ずつ、他に目立った呪いは見受けられません』

「猟奇的ではないと言う事か。妹のタリーアは?」

『不明です。マーカーはクレトスに付けていましたので、タリーアの追跡は出来ません』

「分かった。殺され方に意味がある、それが気に掛かるが今は二人が優先だ」

 

凛とルヴィアが招かれた場所は町から離れた森の中であった。足元には踏固められた十字路があった。自動車が辛うじて一台通れる小道だ。虫の気配も、鳥の羽ばたきも無い。ただ静かである。

 

見渡し凛が「なんか、今までと毛色が違うわね。市街地からもすこし外れているし、この場所に意味があるのかしら」と呟けばルヴィアは「逆に、今までの場所に意味があるのかも知れませんわね」と答えた。凛は右手甲に刻まれた符陣に念を籠めた。

 

(キャスター。真也の居場所は?)

(お答えできません)

(ならこう聞くわね。何してる?)

(マスターの居場所、行動を推測できる情報は伝達禁止、そう命じられています)

(私たちの周囲に人は何人居る?)

(凛様、ルヴィア様を除き3人です)

(敵性人数は?)

(……居ません)

(そ)

 

グレイとエルメロイは凛とルヴィアから少し離れた車の中だ。レンタカーである。エルメロイは使い魔で招待場所を監視していた。真也は二人を見下ろせる崖の上に居た。伏せモノスコープを覗き、二人とその周囲を警戒している。奇襲を警戒し霊刀は展開済みだ。並の魔術師ならルヴィアか凛のどちらかで十分だ。一流であっても、片方が目を光らしていれば万が一もあり得まい。問題はもちろんラ・ヴォワザンである。二人にもっと近付くか、真也がそう思った矢先にキャスターの声が聞こえた。

 

『マスター。競合相手の様です』

 

彼がその方向を見れば、凛とルヴィアに続く道を一人の僧が歩いていた。僧は僧でも法衣に袈裟を着た中年男生が表現としては適当だ。もちろん慈誠である。

 

『仏教僧の様です、が。魔術師と言う事でしょうか』

「密教退魔師だ」

『どの様な術者なのですか?』

「冬木市に住む前に一度会った事がある。一時的に古の神々と一体化してその力を振るう、一種の憑依者、シャーマンだ。系統の異なる魔術理論をもつ魔術使いの連中だよ」

 

二人と慈誠が出くわすにはまだ距離があった。

 

『マスター』

(分ってる)

 

真也が野球ボール大の石を掴むと、今まさに真也を襲おうとしていた糸に投げ付けた。石は、切断されたがその軌道を変え風に舞った。凧と切離された糸の様であったが、直ぐさま力を取り戻し引いていった。その様は蛇に他ならない。その糸はジャケットを着た男の腕に沿い回転していた。らせんである。真也はふらりとと立上がれば、忌ま忌ましそうな顔でレオナルドを睨み付けた。ラ・ヴォワザンがどこで目を光らせているのか分らないのである。

 

「糸、紡錘の魔術……運命の糸“モイラ”に基づく魔術か」

「まぁね。付加えれば茨姫を呪ったあの糸だ」

「糸術が呪詛系だとは初めて知った」

「授業料は高いぜ?」

「俺は参加者じゃないが、タダなら受けてやる。そうで無いならどこかに行け」

「確かに、金回りは悪そうだ」

「黙れ。払う金は無いという意味だ。多少ならある」

「抜かしやがるが、世の中タダ程怖いもんはねぇぜ?」

「その呪詛“糸(師)”が何の用だ」

「お前。参加者に紛れて暗躍してるっていうじゃねぇか」

「協力はしているけれど、暗躍とは聞き捨てならないな。そもそも、どこで誰から知った」

「認めたな?」

「だったらどうする」

「殺す」

「どうしても殺りたいと言うなら応じる。けれどイタリア人なら生き急ぐ事も無いだろ。この儀式について伝えたい話がある、それを聞いてからにしたらどうだ」

「俺は気が短い。付加えれば顔色一つ変えず嘘を付く奴は信用ならない」

「いててて」

 

らせんを刻んでいた糸が繰り出された。ミシンの糸車の様だ。真也は踏み込めば、崖下から駆上ってくる誰かの気配がある。

 

『マスター。退魔師がそちらに向かっています』

 

騒ぎに注意を引いたのだろうか、だが問題は無い。それならそれで順繰りに倒すのみだ。レオナルドが繰出した3本の糸。躱した一本目の糸は真也の背後の岩を砕いた。続く二本目の糸は、波打つ糸の腹と節、その節を打ち弾いた。三つ目の糸はレオナルドを守る様に渦巻いている。

 

「腕の一本は覚悟しろ!」

 

真也が吠えれば、反応しきれないレオナルドのその表情は攻撃態勢のままだ。その時分。

 

「ka:n」

 

突如結ばれた発動の呪文と共に、真也の足下に光が起こった。それは円と梵字で構成された魔法陣、曼荼羅だ。強い火属性を持っていた。呪術で強化したのか、崖下を歩いていた慈誠が姿を現していた。“しゃりん”と慈誠は錫杖を曼荼羅に突き立てた。両指を複雑に組み、印契“普賢三昧耶(ふげんさんまいや)”を結ぶ。その低い声が唱えるのは炎の化身への加持祈祷である。

 

(激しい大いなる怒りの相(すがた)を示される不動明王よ。迷いを打ち砕きたまえ)

 

曼荼羅がこの場所に予め描かれていた、真也はその事実を頭の片隅に押し遣った。慈誠が発動させようとしている術の規模は大きい。目の前の退魔師はルヴィアと凛に匹敵する、一流だ。そう瞬時に判断した真也は狙いを慈誠に変え霊刀を翳した。鞘から抜く時間が惜しい、だが詠唱を止めるのみならば問題は無い。鞘打ちで十分、その筈だった。

 

二本の短剣に襲われたのである。ミサイルの様に誘導するそれは真也の右股に突刺さり、もう一刀は左ふくらはぎを抉った。その刀身には真理を意味する“emeth”と刻印されていた。草むらに仕掛けてあった短剣型のゴーレムである。トラップ、と言う意味だ。当然殺意など無い。脚にダメージを受け真也の移動力が落ちる

 

「狙いは俺か!」

「気づくのが遅えよ。たかが魔術師と慢心したか? それとも美女二人に気が取られたか、このスケベ野郎!」

(障りを除きたまえ。所願を成就せしめたまえ!)

 

慈誠の詠唱を背後に、レオナルドの嘲笑と糸が真也に絡む。最初の3本の糸は、攻撃ではなく初めから真也の拘束を狙ったモノだった。

 

「kanma:n」

 

慈誠の祈祷“不動明王火焔大呪”が成就する。一切浄化の炎の化身が顕現すれば、その炎が真也を襲った。彼の対魔力と火焔呪力がせめぎ合い、そして対魔力が作る防壁を突破した。その呪のレベルはランクAだったのである。炎にまみれる真也は、拘束するレオナルドの糸を強引に千切りると、そのまま跳躍し崖下の川に身を投げた。水柱が立上がる。レオナルドと慈誠が急ぎ崖際に駆寄ると、川から這い上る真也の姿があった。全身に強度の火傷だ。動いてはいるがダメージは確認できる。

 

「追撃するべきじゃないのか」

 

レオナルドの言葉に慈誠は首を横に振った。

 

「機会を逸した」

 

凛が真也に駆寄れば、ルヴィアは二人を睨み上げていた。凛は左手に鉱石三つ、ルヴィアは右手に鉱石三つ、臨戦態勢だ。二人が内包する魔力量は甚大、死徒といえども三重の2連撃は流石に避ける攻撃量だ。真也も火傷を負いながら二人を睨み上げていた。無理をすれば戦闘は可能の様だ。

 

「ならどうする」

「機を待つしかない」

「女に待たされるのは我慢できるが、男に待たされるのはごめんだ」

「行くのか」

「俺は降りた。金目の物は欲しいが、あんな化け物の相手はごめんだ。ジセイ、アンタも大概だしな。俺の招待状はやるよ」

 

レオナルドが差出した招待状を慈誠が掴んだ時、しゃがれた声があった。

 

「大の男が揃いに揃って全くだらしがないね」

 

二人が振り向けば中年女性が立っていた。何時現れたのか、まったく気配を感じなかった。その距離は普通自動車3台分だ。尋常では無い、それを悟ったレオナルドは、反射的に離脱を図り、慈誠は手に持つ錫杖を突付けんと踏み込んだ。二人が同時に攻撃していたら、どうなっただろうか。少なくとも意表を突く事は可能であっただろう。二人揃って離脱する事も可能だったかもしれない。だが二人は異なる選択をした。彼女から見れば、迫る慈誠を仕留め、その後にレオナルドを仕留めれば良い簡単な順作業となったのである。

 

彼女の足元に慈誠とレオナルドが横たわっていた。二人には短刀が突き立てられていた。二人を蝕むのは麻痺性の呪詛だ。エーデルフェルトの従者クラウン、戦闘用ホムンクルス、ヘルマを襲った物と同じだ。まだ死んではいない。ここで死なせては折角の贄が無駄になる。腰を曲げ、その腰に両手を添え、二人を見下ろす彼女の仕草は子供を叱り付ける様であった。

 

「せめて戦闘不能にして欲しかったが、ま、それは酷かね。スミルナ(レオナルド)、ペルガモン(慈誠)がまとめて入手できたのだから良しとするか。あわよくば倒させる、倒せなくばダメージを負わす、私が追撃を掛ける機会が無くとも二人の贄が手に入る……フェイル・セーフか。ご主人様の慎重さには頭が下がるが、失敗を前提とする考え方は少々気に入らないね」

 

レオナルドは自由の利かない身体に鞭を打ち頭を上げた。睨み付け、吐捨てでもしなくては気が収まらない。

 

「おい、バーさん。これはどういう事だ」

「おや、流石呪詛の魔術師だ。意外と抵抗力が強いね。これからあんたらをご主人様の下に運び、その後指定した場所に運ぶんだ、温和しくしていておくれよ。少ない人生を精々謳歌しな」

「誰だ、お前。呪詛師である俺を蝕む呪詛なんざ、聞いた事が無い……」

 

レオナルドの頭にかつて学んだ呪詛師の資料が浮ぶ。その姿の特長は瓜二つだ。彼はごくりと唾を飲んだ。ラ・ヴォワザンは瞳が、ぎょろつく程に笑っていた。

 

 

 

 

つづく!

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