赤い林檎を蹴飛ばしたら 作:d1199
「あーっ! くやしぃっ!」
それが凛の最初の言葉であった。彼女は両手を広げ大の字にベッドの上で顔をしかめていた。そしたら、むくりと起き上がり枕を捩り始めた。エアーキャップを雑巾絞りしている、といえば分りやすかろう。当然凛のそれは癇癪であり、八つ当りである。その彼女を生暖かい目で見るのはグレイとルヴィアであった。
「はしたないですわよ」
そうは言うルヴィアであったが彼女も不機嫌さを隠さない。凛は“がーっ”と熱り立つ。威嚇する猫のようだ。
「こんな屈辱初めてだわ!」
先の戦闘を簡単に説明すれば罠を仕掛けようとし、仕掛けられたのである。招待状はレーダーなどではなく誘導体だった。ルヴィア達はそれを逆手に取ろうとしたが、相手が一枚上手だったと言うことだ。吐出すモノを吐けば落着いたのか、凛は胡坐をかいた。抱えた大きな枕に顔を埋めれば、ルヴィアとグレイはソファーに腰掛け紅茶を啜っていた。
「ミス・トオサカ。招待状のキルマークが増えましたわ。これで5つ目です」
「だから何よ」
「いえ、別に」
キャスターの存在を見透かした様なルヴィアの発言に、嫌みを籠めて睨めば、彼女は右手甲に刻んだ呪符に念を籠めた。
(キャスター、真也を襲った二人の魔術師の足取りは追えた?)
(お待ち下さい……死亡しています。場所ですが、退魔師は12時の方向にあるスーパーの屋上です。糸使いは10時の、マスターがメルクーリ兄妹と遭遇した幽霊屋敷です。退魔師は斬殺、糸使いは餓死の様です)
(それに至るプロセスは分る?)
(あの森でマスターを襲った二人の魔術師は捕われ、その直後に姿をくらましました)
(ラ・ヴォワザンね)
(はい。推測ですが麻痺させた状態で指定の場所に運び、呪詛により殺害したかと思われます)
(やっぱり場所、殺し方に意味があるって事か)
「新情報はありまして?」
「本当に性格がわる、」
「リンさん、ルヴィアさん、話を続けてください」
グレイのタイミングは匠の技だ。彼女は凛とルヴィアのコツを掴みつつあったのである。嫌みを返すタイミングを、キャンセルされた凛は、憮然とするのみである。
「ねぇ、この殺し方にどんな意味があると思う?」
凛が暫定同居人二人にそう言えば、答えたのはルヴィアであった。
「そうですわね。何かに準えている、と見るべきですわね」
「教会、橋、スーパー。建築物自体に意味は無さそうだけれど、色々な場所で魔術師が殺されてる。冬木の聖杯システムを流用したとしても、巨大な霊脈は無いから魔術師たちを生け贄にする事にした」
「殺害した場所に魂を捕らえ、どこかに転送する術式がある、と言う事かしら」
「たぶんね」
二人の会話を聞いていたグレイは何を思い至ったのか、地図を持ちだした。それはホテル備えつけの、オルレアンの観光地図だった。フードの奥にあるグレイの瞳が鋭く光る。
「これ七教会に似てる気がします。トルコにある七教会は円形配置じゃないですけれど、右回りに辿ると聖母マリアの家があったエフェソとシスター・アーシアが殺された教会は8時の方向と似てます」
グレイが地図に殺害現場に印を付ければ、それは円形であった。規則性があったと言う事だ。
「どうかしていましたわね。こんな事を見落すなんて」
「7教会……エフェソス、スミルナ、ペルガモン、ティアティラ、サルディス、フィラデルフィア、ラオディキア、これらに掛けていたのか」
七教会とはヨハネ黙示録に登場する7つの教会である。ヨハネはそれらの教会に手紙を送ったが、魔術殺害はその手紙の内容に準えていた、と言う訳だ。凛は続けた。
「エフェソスには聖母マリアの家があった。だからシスター・アーシアは子宮を抉られた」
次はルヴィアである。
「スミルナはローマ帝国に迫害され、貧困に喘いでいた。レオナルド・ルチアーノの家は破産していますから、餓死の呪詛で殺された」
「ペルガモン。エフェソ6章17節に聖堂教の彼は“・・・霊の剣、すなわち神の言葉を取りなさい”とあるわ。聖堂教の敵なら異教徒。剣だから慈誠は斬殺された」
「ティアティラ。存在した女性預言者は性的に放蕩だったと言われています。ですからエミーリア・フォン・アウフレヒトの死因は性病、梅毒で殺された」
「フィラデルフィア。これはギリシャ語で兄妹を意味する。メルクーリ兄妹ね」
凛は意地の悪そうな顔でルヴィアを見た。
「栄誉あるラオディキアはルヴィアね。ラオディキアは経済的繁栄があった、つまりお金持ち。ヨハネ曰く“そこで、あなたに勧める。裕福になるように火で精錬された金をわたしから買うがよい”だってさ」
「つまり私の殺され方は私は焼死、という事かしら」
「外面だけ美しい金張りの鉛の外套に身を包み、ひたすら歩くってのはどう?」
ダンテ・アリギエーリというイタリアの詩人がいるが、神曲とはその人物が書いた叙事詩である。著者である彼自身が地獄、煉獄、天国を旅するのだが、凛はその地獄篇に書かれる地獄の罰の事を言っていた。彼女は身形は立派だが中身が成っていない、とルヴィアをからかったのである。
「第八圏 悪意者の地獄。第六の嚢 偽善者? 生憎とダンテは嫌いですの。自分の作品に己を登場させ、その作品の中で復讐を成すなど陰湿ですわ」
「魔術師7人を生け贄に地獄の門を開き、堕天使を堕ろす。神に対する侮辱って事ね。確かに陰湿だわ。サルディスは?」
「サルディスは没落した都市(者)だった。没落した、つまり力を持たぬ者と、残った者という意味がありますわ」
「力を失う、つまり教授は手か足を切り落とされるのね。そしてエルメロイ2世は第4次聖杯戦争に於いて唯一生き残った一人」
「こじつけ感が拭いきれませんが、宗教解釈はこんなものでしょう。7教会はそもそもトルコ地方ですし。フランスという時点で無理がありますから。ただ黙示録に準えた程度では十分とは思えませんわね。なによりここが歪みの地ではない事が気に掛かりますわ。オルレアンと言えば聖女ジャンヌダルク。旗を持ち戦場を駆けた地ですけれど歪みとしては弱いですもの」
「すっきりしないわね」
それは二人の話を聞いていたグレイが「確証は無いんですけれど、あの人たちの動き方に二つの意思がある気がします」と言えば凛は「ラ・ヴォワザンの他に誰か居るって事? そんなの決ってるじゃ無い。連中は組織なんだから」と突っ込んだ。そしたらグレイは少しムキに成り「いえ、ラ・ヴォワザンって昔の魔女です。ならその退魔師と呪詛使いを普通に呼出し襲うと思うんです」と反論した。応じたのはルヴィアである。
「敢えて罠を仕掛け、シンヤを狙ったのは個人的な判断であり、ラ・ヴォワザンと同等、もしくは目上の存在がいると言う事かしら。クロムウェルの関係者とは断定できませんが、ラ・ヴォワザンと異なる方針を持つ人物が居る、そう考えるべきですわね」
凛ははっとした表情だ。
「ちょっと待った人数が合わない。グレイと占星術師の妹タリーア・メルクーリを除外して……ルヴィア、教授、占星術師クレトス・メルクーリ、シスター・アーシア、錬金術師エミーリア・フォン・アウフレヒト、退魔師慈誠、呪詛師レオナルド・ルチアーノ。これで7人だけれど8人目が居る。その8人目が、クロムウェルの関係者?」
「なるほど。暗躍するには持って来いの役職ですわね」
「陰湿な性格だわ。賭けてもいい」
グレイはぽつりと呟いた。
「聖杯に解決方法を聞ければ楽ですけれど」
一拍。凛とルヴィアは笑いあった。
「拙は何かおかしな事を言ったんですか?」
グレイは憮然とした表情だ。
「いえ、発想が素晴しいと。なかなか考え付く事ではありませんわよ」
ルヴィアは年相応の表情で笑い、凛が目尻に浮んだ涙を拭えばこう言った。
「ルヴィアは招待状を捨てておきなさいよ。それを持っているとこちらの動きが筒抜け、今後は教授の招待状で一本化するんだから」
言われずとも、と招待状を取出せばルヴィアはそれをじっと見ていた。
「どうしたのよ」
「いえ。随分な騒動に成ったものだと」
ルヴィアの放出した方向性のある魔力を受けたそれは炭化し塵と成った。
(凛様、マスターが目を覚ましました)
◆◆◆
凛の義弟が小聖杯であった桜の魔力供給を受けていたときの事。彼はセイバーを上回る再生力を有していたが、今ではその恩恵もなく数ランク落ちている。欠損の再生は部位によるが、怪我程度であれば騒ぐ必要は無い。ただ部分的であったが火傷は3度にまで至っていたので、また痛みはあった。3度の火傷とは炭化を意味する。
凛がホテルの屋上に至ると、その義弟は包帯まみれで寝っ転がっていた。彼は左腕を以て腕枕とし、右手を空に向けていた。浮かぶ星を掴もうと藻掻いていた。掴もうとしているものは、なんなのか。彼女の持った印象は呆れである。
「何よそれ、思春期みたいじゃない」
「ここはよく星が見える」
彼女も見上げれば、確かに星が瞬いていた。
「冬木は曇空が多かったな」
「日本海だから」
星がよく見える冬は雲が多いのである。彼女は義弟の横にぺたりと座った。彼は姉を一瞥する事もなく、空を見たまま呟いた。
「快活、奔放、神経質、温和。憐れみ、慈愛、貞潔、善行、謙虚、知恵。星の一つ一つが人のパーソナリティとすると、それがより集まって形づくる星座ってのは人そのものだな。俺にはどんな星があって、姉さんにはどんな星があるのか。重なってる星はあるかな」
「なにそれ。口説いてるの?」
指摘され気がついた。彼は苦笑するより他はない。
「はは、姉に言う言葉にしてはクサ過ぎるか」
「どっちよ」
「言える訳ないだろ。そういう関係じゃないんだから」
「ならどういう関係よ」
「姉弟」
「確かにそうね。戸籍上そうなってる。ねえ、どうして“そんな訳ない”じゃなくて、“言える訳ない”な訳?」
「そういう話はもうしない、そう取り決めたろ。俺らが姉弟なる前の夜に、俺ら3人がきょうだいになるからって、最後だから、けじめだからってわざわざあんな事までしたんだ。そう切り出したのは姉さんだぞ」
「真也がそう言う態度だからじゃない」
「言ったろ。俺の事は気にしなくて良い。良い奴を見つけてくれ」
「この際だから言っておく。3年間ちゅうぶらりんにされて、分ったんだけど結構つらいのよ。真也はこれからどうしたいのか。私たちとどうなりたいのか、それを教えて。10年後も曖昧な関係は御免被り」
真也が顔を動かせば義姉と目が合った。3年前の彼女は17歳だった。あの時の義姉は大人では無かったが子供でも無かった。だがその面持ちと雰囲気は大人の領分に入りつつある。彼女の浅葱色の瞳は安心が欲しいと言っていた。具体的な行動で記述を示すなら、凛、桜、綾子、3人の誰かを選べ、そう言っていた。彼は起上るとあぐらを組んだ。向き合った。
「ごめん。俺はこたえを持たない」
「真也が居ない2年間で、衛宮君が結婚して、セイバーが赤ちゃんを産んで家族になって、時間は動いている事を知った。私たちは3年前のあの時から止まったまま。この意味は分るわよね? 真也に3人は縛られて、真也も3人に縛られてる。でも互いが互いにほっぽり出す事が出来ない。
真也がルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトと共にあるならそれはそれで良い。あの娘はまだその気だし、私たちも安心出来るし、真也がお嬢様の下に行ってくれれば、私たちは歩き始める事が出来る。真也、アンタが居ると私たちは何時までも宙ぶらりんなのよ」
「一つ確認したい。姉さんは俺のせいで立ち止まってるんだな?」
「そう」
真也は俯いた。凛の弟であり桜の兄である、その答は3年前に出していた。だが現状に甘えていなかったと言えば嘘になる。彼女らに特定の誰かが出来れば、家に帰ったところで彼は一人だ。どれ程時間が過ぎたのか。測ればものの数分だろう。だが二人には数時間にも、数日にも思えた。真也は口を開いた。ただ見上げる事は出来なかった。
「わかった。その案を受け入れる。俺は姉さんの弟だ。それ以上でもそれ以下でも無い」
「それ、エーデルフェルトに行くって事で理解して良いのよね?」
「そうだ。ただし条件がある。姉さんはもう日本に帰れ」
「その意図は?」
「姉さんの実力、戦力は認める。だが姉さんは遠坂の当主だ。何かあれば本末転倒、姉さんを気に掛けながら戦うなんて出来ない」
「一つだけ聞かせて。真也にとって私ってなんだった?」
「だから姉」
「遠坂に入る前のことよ」
「3年前のあの前後で俺は繋がってない。遠坂に入る前の姉さんは俺の昔だ」
凛は立上がった。
「分った。明日の朝に発つから」
「見送りはしない」
「要らないわよ」
「キャスターはもう少し借りる」
「アンタが連れて行ったら?」
「馬鹿だな。葛木先生の墓は何所にあると思う。それは酷だろ」
「そうね。それじゃ、しっかりやりなさい」
「元気でな」
凛はリボンを解き、ストレートにすると其の場を後にした。彼女を見送ると彼は甲にある符陣に念を籠めた。
「聞いての通りだ、キャスター。こうなった」
『本気ですか。今なら止められます』
「あれから2年経った。俺さ、実は3人に恋人が出来るかもって思っていた。そうでなくとも一人ぐらい。でもそんな事は無くて、3人は俺を待っていた。ところが俺は全員に義理がある。3人への答えを持たない。この関係はあの家に帰っても変わらない、いたずらに彼女たちの時間を無駄に出来ない。台無しにしたくない。なにより俺が遠坂家断絶の原因なんて、目も当てられない。かといって3人ともなんてムリだし、俺が旅先で女を作った、この事実が彼女たちを一歩踏み出せる切っ掛けになるなら、願ったり叶ったりだ。なら、そうするより他ないだろ」
『では本当にルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトの元へ?』
「トリスメギストス様に義理があるから、それはない。この一件が終わり次第、家には戻らずそのまま旅を続ける」
『一つお聞かせ下さい。義理では無くマスターの本心は?』
「それは言えない、口にしてはダメだ」
『今この場にライダーが居ない事を心底悔やみます』
「確かにそうだ。彼女が居れば拳骨落としてでも連れて帰るだろう。でも俺にとっては僥倖だ」
『結局こう成りましたわね。あの時、あの学舎の屋上で、葵様に叱られなければこうなっていたでしょう』
「馬鹿を言うな。同じ時間を生きている、それだけで十分だ」
真也は力無く仰向けになった。降注ぐ星の光は太古の光だ。必然思い出すのも過去である。それは義理の妹の声だった。
“兄さんって姉さんの事好きでしょ”
それは冬木市の聖杯戦争が終結し暫く立った頃のこと。入浴を済ませた彼は、前の家の癖でその髪は滴っていた。適当に拭ったのみである。目聡く見付けたのは彼の妹だ。仕方が無いと言いつつ、自室に連込むと彼女は兄の髪を拭った。10年間そうであったように、彼女は兄の面倒を率先して焼いた。それは遠坂に来ても変わらなかった。髪をもみくちゃにされる彼の声は、妹の力加減に応じて揺れていた。喉を軽く叩きながら話す、その抑揚に似ていた。
“勿論”
“私は?
“勿論好きさ”
“私と姉さんどっちが大事?”
“両方”
“それずるい”
“姉と妹、どちらが大事かなんて聞いちゃいけません”
“私は姉さんが嫌い”
“なんで”
“私たちだけだったのに割込んできたから”
“そう言う見方もあるか”
“そう言う見方しかないの”
義理の妹の拭い方は荒っぽくもあり丁寧でもあった。10年染付いているならばそれは当り前となる。だが当り前が何時迄も続くものでもない。
“なぁ桜。俺らは間違えた。間違えて取り返しの付かない事をした。失ったモノは戻ってこない。でもそんな中、ほんの一握り残った事がある。この家があって、葵さんが居て、姉さんが居て、俺が居る。またやり直そう。それは都合が良すぎるか? 許せないか? あ、ライダーとキャスターもか”
“ねぇ、兄さん。私たちが離れたらどっちに付く?”
“その質問には、どちらも選ばないという回答をせざるを得ない。二人が嫁いだのを見届けたら二人から離れる。どこかで見守るよ”
“なら私が兄さんの側にずっと居るって言ったら、兄さんはどうする?”
その回答は一度していた。真也にとってはキャスター戦一回目の後、士郎ら他の者にとっては二回目の後。凛に別れを告げた後でもあり、怒りを買った前でもある。その時、その妹は兄の世話を死ぬまで続けると告げた。彼は拒否をした。その後の展開は忘れようがない。彼の妹に聖杯の呪いは最早ない。同じ問いでも状況が違う。同じように答えても良かった。だが同じ回答は出来なかった。
“……桜がそれを望むなら”
彼女は黙って拭いていた。彼はなすがままだ。俯いていた妹は、ベッドの上で腰掛け、本を読む姉にこう聞いた。
“姉さんはどうするの?”
“決まってるでしょ。この馬鹿な弟は私が責任を持って幸せにするから”
それは彼の3年前の記憶だ。あの時はずっと続くとそう思っていた。だが永遠なんてものは無い。
「仕方が無いか、仕方が無い。ま、しようがないよな。他に方法は無い」
真也は両手を星空に向けた。何かを掴もうとする手は宙を切った。
「一番欲しい物は手に入らない、か。サーヴァントの力がこれ程無力とは思わなかった。お袋ももう少し気を利かせてくれれば良いのに。力なんて要らないから、あの時普通の心が欲しかった。いや、普通じゃ駄目か。彼女の横に立てない。ならこの結末は必然だ」
星々は何も語らなかった。ただ瞬くのみである。星座は何も応えない。どれ程問いかけても何も応えはしない。
「なら死人と何が違う。一見綺麗に見える分だけ質が悪い」
星空に向けたその手は何も掴めなかった。物思いに耽る真也は、その人影に気がつかなかった。カールを巻いた金色の髪が流れていた。
◆◆◆
何時になく真剣な様相だ、それがルヴィアを見たエルメロイの率直な感想だった。席を外すようグレイに命じ、ルヴィアをソファーに誘えば、
「チューター。あの二人の関係をご存じかしら」
彼女は座りきる前にそう聞いた。彼はウィスキーグラスを口にするとこう言い捨てた。
「語ることは禁じられている」
「私が調査することは構いませんわね?」
「確かにそうだ。では調査すれば分る範囲を答えよう。あの二人は義姉弟だ」
「偽りの姉弟、ですの?」
「その表現は少し的を外している。トオサカシンヤはもともとアオツキシンヤだった。彼の母アオツキチトセは13年前に一人の子供を引き取った。彼女をサクラと言い、養子に出されたトオサカの次女だ」
「異なる魔道の家だった、と?」
「そうだ」
「では第5時聖杯戦争時。トオサカリンとアオツキサクラ、シンヤは別陣営として参加し、戦ったという事かしら」
「それに関しては答えられない。役所で調べられる事ではないからな。そして聖杯戦争は終結、アオツキはトオサカに取り込まれた。何があったかは魔術協会側も把握していない」
ルヴィアは唇を触り、思案に暮れること約6秒。深いため息を付けば、強い脱力感に襲われた。
「成る程、納得ですわ」
「それがどうかしたか」
「いえ。何でもありません」
「レディ・エーデルフェルト、詳細を話してくれないか。あの姉弟に何かあったのだろう?」
「ええ。ミス・トオサカは帰国するそうです。シンヤは帰らないそうですわ」
エルメロイは能面だったが、面倒くささの雰囲気を放っていた。しぶしぶと重い腰を上げた。
「仲裁は私の務めだ。彼との約束がある。君は手を引いてくれ」
ルヴィアはエルメロイを制止すると立上がり、背を向けた。
「部外者はすっこんでいてくださいな。幾らロードでも手を出しては馬に蹴られましてよ」
「何をするつもりだ」
「棚ぼたは趣味ではありませんの」
翌日は不愉快な程に清々しい朝であった。その街のバスターミナルに立つのは、凛、グレイ、そしてルヴィアである。見送りと言う事だ。凛は旅行鞄のハンドルを握ると、二人にこう告げた。
「ここまでで良いわ」
「ミス・トオサカ。私の2連勝です。次も頂きますわよ」
「馬鹿ね、ここから逆転よ。観客も盛上るってもんだから」
「人々の心に残る戦いというのは、かくあるべきだと思わなくて?」
「そうね。プロレスも満更じゃない、そう思うわよ」
バスが到着し扉が開いた。人々が列を成し乗込んでいく。それにはシャルル・ド・ゴール国際空港行きと表示されていた。凛はルヴィアに向かうと努めて笑った。
「弟の事を任せた。あんな面倒な奴だけれど根はまじめだから」
彼女の神妙さに対し、ルヴィアのその口調にからかいがあった。
「そうですわね。敵に塩を送られた感が強く、あまり気分は良くありませんが。ですが、まあ。シンヤが本当にエーデルフェルトに来ると言うなら、受入れます」
「なにその言い回し。真也に好意は無いの?」
「ありますわよ。主従関係的な意味ですけれど」
「なによそれ」
「欲しい物は己の手で掴み取る質ですの。与えられたモノに然程興味は持ちませんわ。なにより私は拒絶された、それをお忘れかしら。その事実を無かった事にする程、都合の良い女ではありませんわ。でもまあ、落し所としては妥当な線ではなくて? サーヴァント級の身体能力に直死の魔眼。エーデルフェルトの従者長であるクラウンに匹敵する、或いは上回る従者になるでしょう。なにより見習い従者のアレックスも喜ぶでしょうし」
「ちょっと。召使いにするって事? そんなんなら、」
「理解していないようですので明覚に言いますが。シンヤがトオサカに帰れば皆が不幸。でもエーデルフェルトに来れば皆が歩き出せる。もっとも損のない選択ですわ。ただシンヤが私の何分の一になるだけ。
トオサカリン。貴女は自分の幸せが欲しかった、誰かの何分の一は嫌だった。その感情とその考えは間違っていませんわ。私でもそう判断するでしょう。であるならば、これ以上の問答に意味はありません。早くお行きなさい。お望み通り私は私なりの方法でシンヤを幸せにしますから。乗客の皆様を待たせるものではありませんわ」
非難めいた運転手の視線を浴びながら凛はバスに乗り込んだ。ルヴィアはステップを踏む凛の脚に、僅かな躊躇いがあった事を見逃さなかった。バスはエンジンを震わせれば、そのまま小さくなった。見送り続けるのはグレイである
「これで良かったんでしょうか。言い過ぎだと思いますけれど」
「後は彼女次第ですわね。まったく、この私が選りにも選ってトオサカリンの背を押すなど」
「……え?」
「申上げた事は無かったかしら。価値あるモノとは奪い取るからこそ意味を持つ。私は与えられたモノに満足などしませんわ」
「発破だったんですか? アレがですか? もう少し言い方と言うか、なんと言うか」
「これでトオサカリンと条件は同じ、仕切り直しと言うこと。このまま終りにするなど許すものですか」
◆◆◆
接収されたクロムウェルの屋敷は魔術協会に簒奪され尽された。魔術的な意味で無害化されたあと、競売に掛けられホテルとなったのである。だがそれはキャスターにとっては好都合だ。客を装えば堂々と侵入できるからだ。タクシーを降りた彼女の眼の前に、白い三階建ての建物が在った。白いと言ってもライト・グレイが適当だろうか。いずれにせよ、豪華で洒落たホテルだ。薄暗いイギリスよりは太陽溢れる地中海が相応しい建築物である。
キャスターがカウンターに向かえば40代であろうフロント・クラークが出迎えた。彼はキャスターの容貌に我を忘れたが、生憎とホテルマン人生を送った猛者だ。直ぐさま職務を思い出せばその笑顔は紳士的である。
「ようこそ、ホテル・レンブラントヘ。御客様のお名前をお伺いしても宜しいですかな?」
「予約はしていませんわ」
「これは困りましたな。当ホテルは予約制でして、」
「御気遣いなく。用を済ませればフランスにトンボ返りですから」
「用件、ですかな?」
「ええ。この館の前の持主であったリチャード・クロムウェルの書斎はどちらかしら?」
キャスターは微笑みながら、そのフロント・クラークに暗示を掛けた。クロムウェルの書斎はスウィート・ルームであった。広い空間、豪勢な調度品、見晴らしの良いバルコニー。多少心惹かれたが生憎と御役目があった。キャスターは右手を10時から4時の方向に流すとローブを顕した。その目深に被ったフードは桔梗色、3年ぶりの正装である。続けて取出したのは杖だ。その先端には月を象った細工があった。彼女のマスター曰く、駐車禁止の道路標識、もしくは特大ペロペロキャンディーである。彼女の脳裏にその時の状況が再生された。多少の憤りを感じつつ、彼女は杖をカーペット越しの石床に突き立てた。
万物すべからく霊的な意味を持つが石はその代表でもある。石は土から生まれゆっくりと成長し、時間に抗い永く存在する。その概念は永い成長と存在。その石に死を持たせたのは人だ。太古、人が初めて手にした武器は石である。石は人の墓標となった。生物と石は相転移の関係だ。だからこそメドゥーサの魔眼は人を石に変えられるが、人はそれを死と呼んだ。人は石に死という概念を有史以来与えてきた。何時の頃からか石は、死と言うモノに率先的に関わるようになった。つまり石は人の死に近い。キャスターが杖から手を離し、ボールを抱えるように手を広げれば、杖は自立した。彼女が唱える言葉は石言葉。
石たちよ教えておくれ
ヒトの死について謳っておくれ
その様について語っておくれ
棒に叩かれたのか
火に焙られたのか
毒を盛られたのか
刃を突き立てられたのか
時に押潰されたのか
それとも
お前たち(石)が打ったのか
この地で眠りに就いたのは何処の誰?
私はメディア
太陽神ヘーリオスに連なる者
石たちが語る言葉は、捨てられつつも父を求めた子であった。第2次世界大戦末期。一回目の堕天使召喚の儀式を失敗し、聖堂教会の代行者に追われたリチャード・クロムウェルは妾の子であったジョセフを呼び寄せた。
彼はリチャードがフランス人メイドとの間に儲けた子供である。当時の彼は15歳、髪は茶色がかった黒で、肌は赤みを帯び、両の瞳は碧かった。眼、鼻、口、各部位は整っていたが、全体としてバランスが取れていなかった。美形では無かったが醜悪でもなかった。取立てて特徴の無い顔立ちだった。体力健康は並だ。
彼は魔術回路を持っていたが、生成量は少なく基礎術を扱うのが精一杯だ。リチャードにとって、エドワードに大きく劣るジョセフは執着するに値しなかった。ただどこから聞付けたのかジョセフは手紙をリチャードに送り続けた。目を通したのは最初の一通目のみだ。毎年一回、復活祭の時に送られてきたがリチャードは無視をした。内容など分っている。父を慕い、請う文面だ。
最初は自己紹介だった。母親とフランスで暮らしていると彼は書いた。町の事、学校の事、友人の事、彼は自分の事を書き続けた。知って貰いたいという願望である。そして会いたいと書き続けた。そして時は経ち、彼が14歳の頃である。彼の母が心労で倒れ、それを契機にジョセフは手紙を書くのを止めた。
身を寄せた祖父母には父を嫌悪していると答えたが、その実報われない想いを持ち続ける事が辛くなったのだ。何より。待ち焦がれた父からの手紙が、断絶の言葉であったならば悲しみ所の話ではない。ならばいっそこのまま忘れよう、彼はそう思ったのである。
それから一年後。リチャードから一通の手紙が届けられた。彼は眼を疑った。開封を恐れもしたし、期待に胸も膨らませた。それには面会に応じる文言があった。彼は歓喜の声を上げ、舞い踊った。
ジョセフが渇望した父は中年期を迎えていたが、背が高く強靭な肉体を持っていた。髪は黒く、混じり気の無い程にまっすぐだ。眼光鋭く、全ては威圧する物と言わんばかりである。ジョセフが望んだ最初の父の言葉は、彼自身に関してではなかった。それどころかエドワードの事のみであった。リチャードは牙をジョセフに渡すと、嫡男であったエドワードを復活させること、エドワードに尽し家を再興させる事を命じた。牙を握り締め見上げる父は軍隊の教官そのものである。
「お父様。お願いがございます。我が子と呼んで頂けないでしょうか。成し遂げた暁には、クロムウェルを名乗っても構わないでしょうか」
「つけあがるな。お前如きがこの家名を名乗れるとでも思ったか。所詮、端女の血を引く2流の出来損ないよ。クロムウェル再興の礎となれるだけ光栄だと思え」
代行者に追われているリチャードはジョセフを追い払うとそのまま自害した。己を囮にした訳だが、それはジョセフの為ではない。ジョセフの存在が聖堂教会に知られるとエドワード復活の道が閉ざされる、ただそれだけだ。
父の躯は異母兄弟であるエドワードとジョセフの違いを見せ付ける権化でもあった。その父はエドワードの為だけにあった、と言う意味だ。父に見放されたジョセフは、頬を涙で濡らしながらその牙を己の心臓に突き立てた。身体に喰い進むそれは彼を作り替えた。
髪は白銀に、瞳の色はちぐはぐに。その容貌は少女のようだ。事実、男でも無くなった。その牙と縁のある“イザヤ書”の第56章には“あなたがた女魔法使いの子よ”と記されているが、これは巫女を示唆している。つまり依り代は女でなくてはならないのだ。
その瞬間にジョセフという存在は消え、彼はジョナサン・スコットとなった。彼はヒトですら無くなった。半世紀に及ぶ長い旅の始まりである。牙の影響を受けた彼は、何時しか父と堕天使の区別が付かなくなった。その親子を見ていたキャスターは嘆息のみだ。
「そういうこと。本当に血の繋がりというのは厄介なもの。親離れできていない子は分っていても親に背けない。マスターに伝えるのは気が引けるわね。ジョナサン・スコットに入れ込まなければ良いのだけれど……いえ、入れ込むに決っているわね」
彼女は沈痛な面持ちでフランスに居る主を呼び出した。
「マスター」
◆◆◆
ルヴィアと共に召喚魔法陣の調査に赴いた真也は、エルメロイにその報告をした。ソファーに腰掛け、エルメロイが噴かす煙草の煙には、苛立ちもあったが、首謀者の用心深さに感嘆すらしていた。
「そうか。召喚術式は欺瞞と言う事か」
「はい。この町の中心、つまり各参加者たちが殺された場所の中心には何もありませんでした。魔法陣の中心は重要な意味を持つ。力の集まる場所に何も無いとはあり得ません」
「チューター、私たちは前提を間違えていますわね。敵の術中に嵌まっていた、と言う訳ですわ。忌ま忌ましい」
「こうなると敵の出方を待つしか無いな」
「消極的なのは好みません」
「レディ・エーデルフェルト。君は好戦的すぎるが確かに先手は打ちたいところだ」
真也はローテーブル越しのエルメロイにこう言った。
「教授。情報があります」
「何時もの誰かからの情報だな」
真也は苦笑いするより他はない。
「あの牙には二つの使い方があったんです。一つは召喚媒体、もう一つは任意の誰かを依り代にする予備媒体。どこかの誰かは儀式に見せかけ、魂を抜き喰らっていた。7人の魔術師はその贄だったんですよ。つまり彼自身が堕天使となる」
「勿体振るな。彼と言っている以上、目星を付けているのだろう」
「首謀者はリチャード・クロムウェルの妾の子、ジョセフ・アッカーソン。この儀式の8人目にして、俺らの知るジョナサン・スコットです。偽名だったと言う訳です」
「腑に落ちんな。ジョナサンが依り代となるのはいい。だがアインツベルンの術式を使わないのであれば令呪に相当するもの、つまり制御方法がない。堕天使を復活させればそれどころではあるまい」
「はい。それどころではありません」
「堕天使の正体を掴んだのか」
「彼らが召喚しようとしている堕天使はモレクです。アンモン人の神ではなく、聖堂教のモレクです」
「不味いな」
「マズイです」
エルメロイは平静を装っていたがその声はいつも以上に固かった。ルヴィアも言葉を失っている。ベッドの端に腰掛けているグレイが問うた。
「師匠。アンモン人と聖堂教でそのモレクはどう異なるんですか?」
「アンモン人のモレクは、生け贄と引換えに豊作や利益を守る神だ。聖堂教はそれを堕天使に堕とした。旧約聖書のレビ記18章21節に“自分の子を一人たりとも火の中を通らせてモレク神にささげ、あなたの神の名を汚してはならない。わたしは主である”とある。この時モレクは悪魔となった。問題はここからだ。ミルトンの失楽園には“彼こそは、天において戦った天使のうち最も強く、最も獰猛な者であった”とある。この天使とは4大天使のガブリエルだ」
天使には九つの階級があるが、ガブリエルとはその最上位“熾天使”に属する天使である。最も神に近いとされ、他にミカエル、ラファエル、ウリエルが存在する。つまり天使の中でもっとも強い。
「……ガブリエルと匹敵する堕天使と言うことですか?」
継いだのは真也だ。
「ミルトンはイギリスの詩人で失楽園とは彼の著作。楽園を追放された堕天使たちが主神ヤハウェに対し蜂起する叙事詩だ。モレクは天使たちと戦った堕天使の一柱で、この時に初めてガブリエルに匹敵するとされた。この失楽園は17世紀に書かれて、信仰期間が浅く本来であれば無視をしても良いのだけれど、聖堂教の悪魔(堕天使)を支える信者は世界に20億居ると言われる。正直無視できない」
「トオサカさんは信者が悪魔を信仰するって言ってるんですか?」
「逆説的になるんだけれど、神の強い善を信じるには、それに相応する悪が必要なんだ。散らかっている部屋が存在するからこそ、整理整頓された部屋が栄える事と同じ。彼らの信仰力を受け、受肉したモレクがどの程度の脅威なのかは想像できない」
「言いたい事は分るが、もう少しまともな例えは無いのか」
「シンヤの部屋は散らかっていますのね」
「少しだけだよ」
「ところでトオサカシンヤ。予想は付くが何故シスター・シエルがいる」
「偶然鉢合わせた、そう言ったら信じて貰えますか?」
シエルがホテルを捜し当て、待ち伏せしていただけである。壁の華となっていた彼女は一歩踏み出すと満面の笑み。
「そう警戒しないでくださいロード・エルメロイ2世。別に取って食べたりはしませんから」
「私としては大砲を突きつけられている気分だ」
「このメンバーの中なら、真也君は私よりロードが優先ですから不安がる必要はありません」
「用件をお伺いしようか。シスター・シエル」
「取引の契約に来ました。槍を渡してください。その代わり私という戦力をお貸しします」
「共闘、と言う事か」
エルメロイは異を唱えない若輩たちの同意を確認するとこう言った。
「条件をそれに一つ付加えたい。この件で起こった事は全て貴女の内に仕舞って頂きたい。レディとトオサカシンヤに関しては特にだ」
「分りました」
「随分と物わかりが良いが、それは何故だ」
「カードが無いと言う事です。まったくロードの教え子さんたちは優秀ですね。情報を引換えに有利な条件をと思っていたのですが自力で、そこまで辿り付かれては台無しです」
「我々が知らない情報をお持ちなら頂きたいが」
「私が話せる情報はおまけです。大戦末期に彼らの企みを察知し私たちは武力介入をした。魔術師が戦争で死んだというのは、もちろん欺瞞です。埋葬機関(私たち)が殺しました。ラ・ヴォワークを壊滅させたのもそう。ラ・ヴォワザンとエリザーベト・バートリ、2体の死徒を取り逃がしたのは失策でした。片手落ち、と言う意味です。ジョセフ・アッカーソンを見落したのは彼が非嫡出子であったからです。槍も追ったのですが見失いました。ドイツ国防軍は優秀だったと言う事ですよ」
真也の口調には慰労と呆れがあった。
「シエルさんたちは半世紀以上も槍を探していた、と言う訳ですか」
「そしてナチス経由で槍を渡したのも私たちです」
「……は?」
「ヴァチカンも一枚岩では無いと言う事です。急進派が居て、堕天使を堕ろし、使役し、神の威光を知らしめようとした」
エルメロイが「悪無くして善は無い、か」人間の業に達観していると、真也は「人間は比較しないと評価が出来ませんからね」と身も蓋もない事を言う。そしてグレイを見た。
「教授。こちらの戦力を確認させてください。前から気になっていたんですがグレイさんはどういう人なんですか? 見たところかなり凄そうなんですが」
「例えばラ・ヴォワザンに匹敵するほど、かしら」
ルヴィアと真也の進言にエルメロイはグレイの名を呼んだ。彼女がフードを降ろせば、真也は目を剥いた。瞳、髪の色こそ異なるが士郎の妻そっくりだ。真也の反応を見たエルメロイは、そうなのだなと確信した。
「彼女は先祖返り的にサーヴァント級の能力を有している」
「宝具を持っているんですか?」
「聖槍ロンゴミニアドだ」
「アーサー王が持っていたって、アレですか」
「ただし発動させるには膨大な魔力が必要となる。期待はしない方が良い」
「次から次へと卒倒しそうな事ばかりです」
シエルはそうぼやくと踵を返した。エルメロイが言う。
「可能なら現時点を以て、行動を共にして頂きたいのだが」
「相応な荒事になりそうなので装備を手配しておきました。それを取りに行きます」
真也も言った。
「シエルさん。シスター・アーシアの事なんだけど」
「真也君が気にする必要はありません。神威(しんい)の代行に喜びを感じつつも、天に召される事を望んでいた、彼女はそういう人でしたから」
シエルを見送った真也は紙袋を取り出した。
「装備で思い出しました。教授にこれを渡しておきます」
真也がテーブルに置いたのは、小型の回転式拳銃とその弾が収まった小箱である。
「S&W M36 38口径 チーフスです」
グレイは呆けていた。ルヴィアは目頭を押さえていた。エルメロイは何時ものように真顔だったが、呆れの気配は隠す事はない。
「何故拳銃をを持っている」
「旅の途中にテロリストに拉致られた事があって、脱出するどさくさでガメました。今これが最も必要なのは教授です」
エルメロイが手に取れば、空のシリンダーがスライドされた。再びパチリと収め、空のシリンダーを回転させる。咎め口調であったが、まんざらでも無かった。
「撃った事など無いが、持っているだけで効果はあるか」
「一発撃っておくだけでだいぶ違いますから、人よけ、音を遮断する結界などを使って練習をしてください。セーフティを解除して引き金を引けば弾は出ます。刑事映画みたいに片手打ちなんてダメですよ」
「一言多い。私とてダーティー・ハリーに憧れた事はある」
「古いですね。せめてマーティン・リッグスに」
「それも古い。そもそも君の場合ジョン・マクレーンが適当だな。運という意味だ」
「それ言い過ぎです」
会話について行けないルヴィアが「どなたかしら」と問えば、真也は「刑事物映画の主人公」と答えた。彼女が「シンヤはともかく、チューターにもそう言う一面があるとは」と呆れを隠さずに言えば、真也は「男の根本は幾つになっても大して変わらない」と何故か自慢げだ。エルメロイは同類扱いされたくないと「事実ではあるが、トオサカ弟に言われると複雑な心境だ」とぼやいた。彼がTVゲームに興ずるなど極秘事項だ。
「トオサカシンヤ、ちょうど良い機会だから聞いておこう。君は何故ここまで付合う」
「感傷です。俺はかつて妹の為だけに存在しました。駄目だと分っていつつも抗えなかった。抗う事すら考えなかった。俺は妹の為、彼は親父さんの為、スコットさんはかつての俺と同じです。それに俺も父親を知りませんから。もし俺の父親が目の前に現れて、スコットさんと同じ事を言われたら牙を拒めるか自信がありません」
「そうか」
「狙いはでかく困難に、ランサーもそう言います。俺からも教授に聞きたい事があります。何故スコットさんを弟子にしたんですか? 以前ルヴィアから聞いたのですが、スコット家の情報は殆ど無いとか。それでも調べなかった訳ではないのでしょう?」
エルメロイは葉巻を噴いた。過去を吐き出すようだ。
「初めて会った時のジョナサンの眼はギラ付いていた。己の不甲斐なさに憤り、世の中の何かに憤り、それでもひっくり返してやろうと、そういう眼をしていた。それはかつての私と同じだ。同情はしなかったが、チャンスは与えたいとそう思った」
「ギラつくですか。とてもそうは見えません」
「ジョナサンは日に日に穏やかになっていったからな」
「以前、教授が親父さんに似ていると聞いた事があります。教授の傍に居る事が彼の求めていた事なんでしょう」
「そうだろうな。だからこそ私は動けなかった。ジョナサンの父になど成れはしない。私を責めるか」
「まさか。俺にその権利はありませんし、こうなる結果が分っていれば、きちんと考えて居たのでしょう? ただ気になります。スコットさんの目的は腹違いの兄、エドワード・クロムウェルの復活です。本当にそうなんでしょうか」
「本人に聞きた出すより他あるまい」
「はい。彼を止めないと」
つづく!