赤い林檎を蹴飛ばしたら   作:d1199

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十三話 突入

人里離れた街の北東部。ジョナサンの指定したその場所には横穴があった。それなりに大きく、セスナが優に収まる程だ。火星を彷彿とさせる赤褐色の岩肌で、その奥に門があった。木材で作られていただろうそれは砕かれ、そこいら辺に散っていた。

 

「溶岩洞のようだな」

 

エルメロイの観察に、驚いたのはグレイである。

 

「フランスに火山があるんですか?」

「カンタル火山、モンドール火山、多くはないが存在はする。大半は役目を終えた死火山だが、ここもその一つのようだ」

 

門の成れの果てである木片。真也が足で引っ繰り返せば、とあるシンボルが刻まれていた。

 

「教授。これを見てください」

「クロスか。つまりここは地下教会、いや違うな。隠す必要があったと言う事は地下納骨堂(カタコンベ)か」

「それなりの規模のようですが、こんなところにカタコンベですか」

「教会が死者を賄いきれなくなるのは中世によくあった話だからな。ここもその一つなのだろう」

「歪みの地、と言う訳ですね」

「その通りだが、それはそれとしてトオサカシンヤ。それを足で扱うのは止めた方が良い。彼女が睨んでいる」

 

真也の背後に立つのはシエルである。彼女の表情は笑っていたが、漂う気配は怒りの形相に他ならない。十字を足蹴にされては無理もなかろう。

 

「失敬」

 

それはともかく戦闘準備だ。この奥にジョナサンとラ・ヴォワザンが控えている事は確実である。エルメロイは使い魔を放ち、溶岩洞内を偵察する事にした。そこは円形の大きな空洞が三つあり、それらを洞窟が繋げる構造だが、彼らは知る由も無い。ストレッチをする真也はぼやくようである。

 

「また洞窟か。人目を憚るなら当然なんだけれど」

「それはどういう意味ですか?」

 

そう問うたのはグレイであった。

 

「冬木の聖杯も洞窟にあってね。それよりグレイさん。言いたい事があったら言ってくれ」

「どうしてです」

「言いたい事があるけれど、言うべきか迷う、その仕草は妹とそっくりだ」

 

暫く押し黙っていたグレイは意を決しこう聞いた。

 

「シンヤさんの優先順位を教えてください。でなくては拙の行動が決め難いです」

「教授を見捨てようとした昨夜のこと根に持ってるな」

「レディ、今して良い問では無い」

 

エルメロイの配慮に、真也はあっけらかんとしたものだ。

 

「いいよ、答える。ジョナサン・スコット、ルヴィア、教授。この順番」

「ルヴィアさんが2番目なんですか? それは酷くないですか?」

「ジョナサン・スコットの目的は教授と俺だ。俺がここに来た時点でルヴィアに興味は無くなる」

「なんか釈然としません」

「忘れた? 俺は彼を救いに来た。ジョナサン・スコットをモレクから救出する、これで全て片が付く」

「そんなんだからお姉さんを怒らせたんですよ」

「グレイさんは時々辛辣だな。誰か一人だけを想う、それが許されれば良かったんだけれどね。生憎とそうじゃない」

 

真也はポケットからスキットルを取り出すとウィスキーを一口飲んだ。

 

「教授も如何ですか」

「頂こうか」

 

彼もまた同じように一口飲んだ。呆れを隠さないのはシエルである。

 

「これから一仕事だというのに」

「気付けです。シエルさんもどうですか?」

「遠慮しておきます。回し飲みはしたくありませんし。それがアルコールなら尚更です」

 

真也がちらとグレイを見れば彼女は目を逸らした。目は口ほどにものを言う、と言う事だ。彼は肩を竦めるより他はない。エルメロイは言う。

 

「洞窟を進むと大きな空間がある。下級悪魔、 “Ukobach(ウコバク)”と“Olivier(オリヴィエル)”の魔窟だ。使い魔はそこで仕留められた」

 

霊刀のチェックをしていた真也は納刀。パチンと音がする。

 

「シエルさんと俺で露払いします。教授はここで待っていてください。グレイさんは教授の護衛」

「トオサカシンヤ。知っての通りジョナサンのモットーはフェイルセーフだ。二重三重の予防線を張っている事は間違いない。捕らえる余裕などはない。ジョナサンを殺せ」

「ご心配なく。捕らえる必要なんてありません。この眼を用い堕天使の呪いを殺す、一刺しで済みます」

「それすら勘定に入れている筈だ。だからこそこの場所を明かした」

「伊達に何度も死に掛ってないですよ」

「刺違えるつもりか」

「まさか。命を懸けるに値する、って事です」

「ジョナサンは一人で済む筈の占星術師2名を喰らっている。十二分に注意しろ」

 

 

◆◆◆

 

 

洞窟に入り5分も歩けば、出入り口は背後の彼方である。直に全ては暗闇に閉ざされるだろう。それでもモノが見えるのは、シエルの魔術であり真也の夜目だった。真也の右隣を歩くシエルは、何時もの修道服とは事なり随分と軽装だ。強いて言うならエジプシャンブルーのチアリーダーである。ミニスカートにニーソックス、ハイネックのノースリーブ。露出が際どく、目のやり場に困る。それよりも気になるのが彼女の担ぐ大型の兵装である。彼女はモノともしていないが、見るからに重量感たっぷりだ。思わせ振りな真也の視線に気づいたシエルはこう言った。

 

「第七聖典です」

「武器なのに聖典なんですか」

「詳しくは話せませんが転生体に強い効果を持ちます」

「なるほど、魔術によって生れ変った死徒に効果は抜群ですか。頼りにしています」

「私は頼れませんけれど」

「なんですか、それ」

「向いていない、そう言っています。あの橋で真也君と戦った後に気が付いたのですが、私が子持と分った途端に割切れなくなった。違いますか?」

「聖堂教会の人に心配されるとは凹みます」

「出来ない人が無理をして成そうとするならば歪みが生じます」

「生憎とこういう騒動に巻きこまれる体質です。なら手持のカードでやりくりするしか無いでしょう」

「歪みが騒動の元凶だと気付きなさい。家に帰って武器を置いて別の生き方を捜すべきだと言っています」

「帰る家はありません。作るにしてもまだまだ時間が掛かりそうです。第一、それを言うならシエルさんもですよ。子供には親が必要なんですから、叶うならこれを最後に引退してください」

 

真也の発言に二の句を失うシエルである。ため息も出た。

 

「魔眼も身体能力も生れ付きでしたか」

「はい」

「力を持って生れた人が、どうしてこの様な性格になったのか、不思議で成りません」

「前はイケてたんですよ。これでも」

「昔はやんちゃだった、そう自慢する困った中年男性の様に聞えます」

「例えが80年代風です」

「……私が中年だと?」

「そんな事言ってませんってば」

 

そこは第一の間である。洞窟は完全な暗闇であったが、二人の眼には意味が無い。事実、夥しい数の下級悪魔が視認できた。暗闇に浮かぶ二つの赤い双眸、それが大地、壁面、天井にと無数に存在すればプラネタリウムである。但し全てが凶星となれば悪趣味だ。真也が黙って抜刀すると、シエルは第七聖典を背負ったまま黒鍵を取り出した。火葬式典付与。そして戦いの幕は今切って降ろされた。

 

 

◆◆◆

 

 

敵は空舞う“Ukobach(ウコバク)”と、地を走る“Olivier(オリヴィエル)”の群れである。真也が突入すれば白刃が閃いた。地を這うオリヴィエルは相応な体格を持つ故に、その首を狙った。斬り落とされた首が飛んでいった。空を舞うウコバクは飛翔型のため華奢である。上半身と下半身が泣き別れになった。

 

前後から迫るオリヴィエルが豚の様に吠えると、腹を震わせながら真也に飛び掛る。彼はコマのように回転し、前後の首を刎ねた。続いて上空より3体のウコバクが強襲だ。その手にもつシャベルを槍の様に突き立てている。

 

シフトウェイト。真也は綾取りのようにシャベルを躱すと、1体目の首を斬り落とした。2体目は胴、3体目は袈裟斬りである。ウコバク三体分の肉片が地に落ちる間も無く、オリヴィエルが真也の右足に取り付いた。同時にウコバクが迫り来る。

 

彼は左足を軸に、一回転。取り付かれた脚を高く上げ、襲い来るウコバクに脚のオリヴィエル毎叩き付けた。その衝撃でその2体はひしゃげ地を転がった。足元を確保する為、真也が肉塊を足で払えば、無数、これは誇張だがそう思えてしまう程の下級悪魔たちに取り囲まれていた。

 

走り抜ける隙間も、飛び越える空間も無い。幾重にも、緻密なまでに取り囲まれていた。鷹の団、団長が転生した時の状況と言えば適当だろう。羽ばたくウコバクは、ケケケと軽々しく笑う。重鈍なオリヴィエルがゲフゲフと笑えば、肉塊のような腹が揺れる。醜悪であり苛立たしくもある。

 

一斉に踏み込めば真也に為す術はない、そう確信した目であった。確かにそうされれば、少々厄介だ。死ぬ事は無くともダメージは負うかも知れない。この先の展開が読み切れないならば、それは避けるべきである。だがそれは百も承知。真也と“シエル”は敢えてこの状況を作り出した。

 

二人の目的は露払い、つまり殲滅だ。ウコバクにしろ、オリヴィエルにしろ、一体一体は弱いがとにかく数が多い。刀剣を持つ真也に弾切れはないが、シエルには黒鍵の弾数に制限がある。効率よく倒すにはなんとする。そこで二人は、敵を誘き寄せ、纏めて叩く事にした。マップ兵器の運用方法と言えば分りやすいだろう。

 

跳躍し宙を舞うシエルから見れば、下級悪魔たちは真也という撒き餌に誘き寄せられた魚の群れである。彼女はその山の様な群がりに黒鍵を撃ち込んだ。右に4振り、左の3振りは等間隔の軌跡を以て、斬り裂き、そして焼き尽した。

 

50柱以上の悪魔たちが肉片となり、焦げれば異臭を放つ。投網から溢れたのはウコバクだ。半死半焼でのたうち回るそれを、シエルは頑丈なブーツで踏み付けた。頭蓋が割れ、目玉と脳漿を撒き散らした。彼女の背後に立つ人影はもちろん真也である。

 

「見事な囮でした。真也君」

「ありがとうございます。でも出来ればもう少し加減をお願いします」

 

彼に火葬式典の影響は無かったが、真也の装備は別だ。焦げて異臭を放てば眉をひそめた。化学繊維の延焼臭は鼻に付くのである。ところがシエルは気にしない。そんな事は織り込み済みであり、敢えては言わないが彼女は信頼していたのである。

 

「トカゲ型(ウコバク)はダメージが少ないですね」

 

彼は話を聞けよと思ったが言うのを止めた。人使いの荒い上官に従う一般兵の気持ちがよく分る。彼は不貞腐れさを極力隠しつつ。

 

「ウコバクは地獄の鎌炊きとも言われます。火を司る悪魔でもありますので、火属性の魔術は効果が減ります。それでも燃やすシエルさんの魔術は破格ですよ」

「褒めないでください、魔術は仕方無く使っているだけですから」

 

 

◆◆◆

 

 

そして悪魔たちの第2波攻撃である。シエルを狙う5匹のウコバク(トカゲ型)を、真也が跳躍し斬り落とした。真也の着地地点で待構えるオリヴィエル(オーク型)に向けてシエルが黒鍵を撃ち込んだ。二人は互いに跳躍すると、合流。背を向けあい、取り囲む悪魔たちに目を光らした。真也の背後にシエルの気配があった。こてんぱんにされたのはつい先日だが、今となっては頼もしい事この上ない。真也は思わず呟いた。

 

「このシチュエーション、憧れていました」

「男の子ですね。漸く五合目(残り半分)と言ったところです」

「このまま押し切りましょう」

「部屋の片付けは手際よくがモットーです。真也君にできますか?」

「確かに掃除は苦手ですが、幾ら何でも子供扱いしすぎです、それ」

 

二人は同時に駆けだした。真也の間合いは近距離である。近付かなければ攻撃出来ないが、この数に捕まられると厄介だ。ある時は敵を斬り、またある時は斬ると見せ掛け、遣り過ごした。敵陣を駆け抜けた。真也の方針はかく乱第一、討伐は二の次だ。それはシエルに集中させない為であったが、下級悪魔も頭を使い始めた。真也という囮を理解し、小賢しくも群団を二つに分けた。シエルと真也の連係を断つ戦術に切替えたのである。真也は跳躍すると、霊刀を大きく奮った。5体のウコバク(飛翔トカゲ)を斬り捨てる。これで何体目か、それが分らなくなった頃に、シエルに向けてウコバクとオリヴィエルの複合部隊が突進していった。

 

シエルの黒鍵は貫通力がある。囲まれ掛ければその威を以て、5匹のオリヴィエルを肉片と化した。作った道を駆け抜けた。跳躍し砲塔回転、180度。彼女の視線の先には、彼女を押し込もうとした下級悪魔の群れがあった。シエルから見ればそれは、餌に群がる害虫である。ならば駆除をするのみだ。着地。黒鍵装填、右に4振り、左に3振り、水葬式典付与。

 

斉射。

 

亜音速で撃ち出されたそれは30柱の悪魔たちを滅ぼした。上空から飛来するウコバクの群れは、渡り鳥の様。大地から押寄せるオリヴィエルは、サバンナを疾走するバッファローだ。

 

「次から次へと!」

 

シエルを貫かんとウコバクがシャベルを構える。シエルを喰らわんとオリヴィエルが唾液で紛れた牙を剥く。シエルは極力引寄せ、殲滅する事にした。放射状に放たれた黒鍵は、距離に比例し、拡散する。ならばその判断は当然である。拡散すれば、黒鍵の隙間を潜り抜ける事も可能となろう。

 

シエルが選んだのは、取り付かれる一歩前。羽ばたくかのように両手を広げ、黒鍵を撃ち出そうとすれば彼女の目の前に、飛来する短剣があった。それは下級悪魔とは比較にならない威を持ったラ・ヴォワザンの脅威である。

 

彼女の身体は既に射出体勢だ。防御も回避もままならない。仕方が無い、中途半端を選ぶよりはそのまま投擲し、目の前の下級悪魔を滅ぼす事にした。前髪の隙間、下級悪魔たちの隙間に、うすら笑みを浮かべる死徒が居た。死にませんように、そう祈りながら黒鍵を撃ち出した。甲高い金属音がする。シエルを狙った短剣は霊刀に弾かれていた。回転しながら、どこかの壁面に突刺さる。黒鍵によって砕かれた悪魔たちを背景に、真也が背を向け立っていた。カチャリと霊刀が音を鳴らす。

 

「夾撃は面白くない。数もだいぶ減らしましたし、あとは俺だけでも大丈夫です。シエルさんはラ・ヴォワザンの討伐をお願いします」

「お願いします」

「お願いされました」

 

シエルはラ・ヴォワザンの後を追い、洞窟に消えた。それは第一の間と第二の間を繋ぐ道であった。下級悪魔の残兵力は2割程。彼は左手に鞘、右手に霊刀を持ち、踏み込んだ。独楽(コマ)のように身体を回し ―回転剣舞― 悪魔たちを斬り刻んだ。

 

舞い散る肉片を尻目に真也は思案に暮れていた。ジョナサンの意図が読み切れないのだ。下級悪魔の群れが居てはエルメロイが危険だ。それ故敵兵力を割く意味でも、シエルと真也は殲滅戦を選んだ。問題は何故あのタイミングでラ・ヴォワザンが仕掛けたのか、だ。

 

下級悪魔をけしかけ、隙をうかがっていたならば問題は無い。だが何かが気に掛かる。如何にジョナサンが魔術師たちの魂を喰らい、その力を得たとしてもラ・ヴォワザンがジョナサンの最大戦力である事に変わりは無い。“この前提が正しいならば”その死徒は城壁に他ならない。それを突破すれば玉座に座する王を捕らえるのみ。そしてシエルはその専門家(プロフェッショナル)だ。問題は無い、だが。漠然とした不安を胸にしながら、その数刻後、真也は第一の間を制圧・殲滅した。

 

 

◆◆◆

 

 

シエルが第二の間に到達すれば死徒ラ・ヴォワザンが待ち構えていた。シエルがラ・ヴォワザンと対峙するのは初めてだったが、彼女は膨大な実戦経験に基づき己が優勢だと見通しを立てた。実際にそうであった。

 

ラ・ヴォワザンの(筋力B / 耐久C / 敏捷B)に対し、シエルは(筋力A / 耐久C / 敏捷B)である。だが彼女はこの後を考慮し“福音書”を発動させた。それは聖堂教会が構築した魔術システムであり、真祖とも渡り合える対アンデッド用の強力なものだ。この時シエルのステータスは(筋力A+ / 耐久A / 敏捷A)となる。対価として魔力消費は相応だが、魔術師100名分の魔力量を内包する彼女ならではとも言えよう。

 

つまりシエルが圧倒的に有利だ。数合、投擲しあえばラ・ヴォワザンがそれを悟るに十分であった。彼女は肩に突き立てられた、黒鍵を抜き捨てた。至る所に短剣と黒鍵が突き立てられていた。二人が投擲しあった名残だが、まるで何処ぞの誰かの心象世界である。その死徒は掃き捨てた。

 

「50年前を思い出してしまったよ。全く忌ま忌ましい」

「あの時の埋葬機関(私たち)は見逃しましたが、今度は確実に滅ぼします。ですが一応確認します。七教会に準えた事にどのような意味が?」

「術式自体に意味は無い。ただそうやって生け贄を捧げれば、ご主人様は喜ぶからね」

「少し意外です。ジョナサン・スコットはもっと効率的だと思っていました」

「そのご主人様とはジョナサン・スコットではなく当然モレク様の事さ。でなくば60歳そこそこの若造に頭を下げるもんかい」

 

七とはシエルにとって馴染みの言葉だ。黙示録に登場する七つの門、七つの大罪、七大天使、そして七夜。死徒に紡がれれば不愉快な事この上ない。

 

「その不浄なる口を閉ざせ。滅ぼす」

「我らの罪を許し給え、我らが神の代行者、父と子の聖霊の御名において……滅ぼす。まったく、お前らは揃いも揃って同じ事しか言わないね。50年前もそうだったよ」

「それを永遠不変の教義と言います」

 

シエルが黒鍵を構えればどうした事か。ラ・ヴォワザンはその手にある短剣で己の胴を斬り付けた。

 

「……」

 

理解できない行動に眉を寄せるのはシエルである。目の前の死徒が己にダメージを与えているならば、無理もない。また一つ斬り付けた、そしてまた一つ。4回斬り付ければ、ラ・ヴォワザンの身体が一瞬赤く光った。5回、6回、その赤色光が強くなる。

 

「代行者よ、その疑問に答えてやろうじゃ無いか」

 

そして7回斬り付ければ、それは始まった。7回と言う数字に根拠は無いが、その判定が為された7回目に因果はあったのだろう。ラ・ヴォワザンの狂化スキルが成ったのだ。

 

中年女性だった身体は膨れあがった。それは筋肉の膨張である。袖は破け、丸太のような腕があらわになる。顔面に血管が浮かび上がり脈動する。丸まった背筋が伸び、威圧すら醸し出す。巨躯を支えんと、踏み締めた脚は岩盤を砕いた。筋力、耐久、敏捷がワンランク上がる。その姿は正しく狂戦士(バーサーカー)、赤く光る全身がその証である。

 

「――!」

 

魔獣のような咆哮が空洞内に響き渡る。その声量は爆発的で、響く木霊は音響兵器のようだ。シエル(筋力A+ / 耐久A / 敏捷A)に対し、ラ・ヴォワザン(筋力A / 耐久B / 敏捷A)だ。ラ・ヴォワザンの姿が消えるとシエルは斜め後ろに黒鍵を放った。右手の4振りはラ・ヴォワザンに追従できず、そのまま暗闇に消えた。敏捷は同格だ。事実シエルが追い付く事は難しくなった。ただし狂化は圧倒が前提である。シエルに対し筋力、耐久が劣れば意味は無い。二人が第二の間を並走するれば、先手はラ・ヴォワザンだった。彼女は短剣を正確に投擲した。理性は失っても技術は身体が覚えていたのである。

 

黒鍵はあくまで刺突型の投擲兵装。短剣、剣のように斬り付け、弾く事は出来ないが迎撃する事は出来る。黒鍵を持ってその短剣を撃墜すれば、死徒が撃つ短剣の威はB相当だと当たりを付けた。ラ・ヴォワザンの筋力はAだが投擲スキルはB、その威は1ランク落ちるのである。耐久Aのシエルはカウンターを狙う事にした。直撃を受けたところでダメージは無い。飛来するラ・ヴォワザンの二本の短剣を敢えて受け、それと同時に7本の黒鍵を撃ち込んだ。シエルの筋力A+、投擲Bが生み出す威力は小銃(ライフル)ではなく砲(カノン)に等しい。ラ・ヴォワザンはカウンターで喰らい、その余剰威力で外壁に叩き付けられた。

 

ラ・ヴォワザンの短剣はシエルの衣類を切り裂いたのみだった。叩き付けられた壁面がガラリ、ガラリと崩れる。土煙が収まれば死徒が磔刑にされていた。首、胸、腹、二本の足と、二本の腕で計7つだ。まだ息がある。実にしぶとい。シエルは背負っていたパイルバンカーを手にし、構えた。ならば完膚無きまでに滅ぼすまでだ。彼女が唱えるのは聖霊賛美の文言である。

 

「天に坐す我らが父よ。御名が崇められ、御国が訪れ、御心の天地にならん事を。日々の糧を与え、人を許す如く」

 

彼女はボルトを引き、パイルバンカーの炸薬を薬室に装填する。

 

「殺害の王子よ、“彼”に道を譲れ。全能の神の前に汝は有罪。神の子の前に有罪。人類の前に有罪。主が汝を追放する。主は火によって生者と死者を裁きたもう」

 

シエルは第七聖典を死徒の心臓に突きつけた。

 

「父と子と聖霊の御名よって。AMEN」

 

彼女が引き金を引くその直前、二本の黒鍵が飛来し彼女は飛び退いた。シエルが其の方を見れば、第三の間へと続く洞窟にジョナサンが立っていた。

 

「或いはと思ったのですが、ミセスの狂化をもってしてもシスター・シエルには敵いませんでしたか。流石、音に聞えし代行者。埋葬機関第七位。弓の称号は伊達では無い。ですが良しとします。段取りが変わるだけですから、都合が良いと言えば都合が良い」

 

その黒鍵はシスター・アーシアの物である。間合、タイミング、投擲の軌跡、瓜二つだ、否。その物だった。まるで彼女が操られている様で、それが非常に腹立たしい。ジョナサンに冷かし、挑発の類いは見受けられなかったが、皮肉、嫌み、嫌がらせにしては度が過ぎる。シエルは無表情なまでに怒り、その形相をジョナサンに叩き付けると黒鍵を構えた。

 

 

 

 

つづく!

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