負完全ウマ娘   作:Minus-4

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ターボ星5にしてやった。
後悔はしていない。
生まれ変わったらターボになりたいな。

あとUA 50,000ありがとうございます。
ここまで続けられたのもひとえに皆様と、素晴らしい原作と、西尾先生のおかげです。本当にありがとうございます。

ちなみに趣味回です。


第−16箱『精々足掻こうか』

今日も今日とてウオッカによる地獄(筋トレ)を終えたスペシャルウィークとスクリプト(球磨川)は、他のチームメンバーに少し遅れて部室に入った。

 

するとそこには、『祝!模擬レース決定!スペシャルウィーク&スクリプトロンガーvsタイキシャトル(短距離最強ウマ娘)』の文字が、ホワイトボードに大きく書かれていた。

 

『沖野ちゃん、まさかとは思うが…()()タイキシャトルじゃあないだろうね?』

 

「ところがどっこい、()()タイキシャトルだ。ていうかお前分かってて聞いてんだろ」

 

最近のスクリプト(球磨川)のブームは敢えて愚か者の振りをすることらしい。いや、これが振りかどうかは分からないのだが。

 

「どうしていきなり…?」

 

「そりゃあお前ら2人の成長のためさ。あいつは短距離でお前らは中距離という違いはあるが…それでも学ぶことは多い。だから一回明確な格上相手と走ってみろ」

 

確か去年のG1は2勝…はいっ!肩を借りるつもりで頑張ります!」

 

「借りるのは胸でしょ、スペ先輩?」

 

「それじゃあおんぶに抱っこっすよ…」

 

正しい日本語を正しく使いこなすというのは、中々難しいものだ。だからまあ、今の間違いはギリギリ許容範囲と言ったところか。何となく意味も通じるし。

 

『スズカちゃん、何か言いたいことでも?何か言いてえなら早めに言っておかないと後悔するぜ。』

 

「ええ、そうね。それじゃあ遠慮なく言わせてもらうけれど絶対にタイキより私の方が速いわ

 

『…ああ、成程。まだスズカちゃんとは一回も並走してねえのに、他の娘と模擬レースされるのが気に食わないのか。』

 

普段の態度からはクール系にしか見えないスズカだが、案外寂しがりやだったりするのだ。もっとも、無意識ではあるのだが。

 

「まあこのレースは2人にとっては厳しいものだ。恐らくは勝てないだろうな」

 

『え?おいおいおいおい沖野ちゃん、まさか、この期に及んで僕の性格を理解していないっていうのかい?どんな時でも負けに負けて負け続けた負け犬のこの『負完全(マイナス)』が、『負けそうだ』って理由で諦めるとでも?』

 

「そうですよトレーナーさん!模擬レースとはいえ、格上とはいえ、私たちはそんな事で諦めたりしません!今回も当然、勝ち気に勝つ気で行きますよ!私の夢は『日本一』なんですから、こんなところでくよくよしていられません!」

 

「…そうだな。確かに最初から負けること考えるなんて〈スピカ〉らしく無えか!」

 

やはりスクリプト(球磨川)による『負完全(マイナス)』流精神矯正法は、スペシャルウィークに良い結果だけをもたらした様だ。

 

まったく、本当に運のいい奴だぜ。

 

「2人ともよく言った!よーっし、じゃあこのゴルシ様が良い子の2人にプレゼントを差し上げよう!」

 

「プレゼント…ですか?いきなり?」

 

『えっなになに、また変なことしてんの?』

 

「おう!この前リポグラムやったじゃん。あれを今度はこの人を殴り倒せそうなほど分厚い小説、『悲鳴──」

 

次の瞬間、ゴルシの肩がスペシャルウィークによって押さえつけられた。文字通りに瞬きの間に動いたのだ。

 

スペシャルウィークとゴルシの間には、3人のウマ娘がいたというのに。

 

『──ゴルシさん。』

 

「すみませんでしたぁっ!!」

 

「うわあ、ゴルシって土下座上手いんだね」

 

「テイオー、やめてやれ…」

 

『……これは、やっちまったかなぁ…。』

 

「スペちゃん…髪の色が…?」

 

難易度激高トラウマ文字遊びを2度も3度もやらされそうになれば、いくら温厚なスペシャルウィークとはいえ、抵抗の一つや二つくらいする。

 

もっともこの場合問題なのは、スペシャルウィークが抵抗した事などでは無かったのだが。

 

 

──────────

 

 

翌日。

特に雨が降ったりするなどのハプニングもなく、天気は快晴。つまりは、絶好のレース日和だった。

 

現在スペシャルウィークとスクリプト(球磨川)はトレセン学園有するウッドチップコースでウォーミングアップをしていた。その表情にもまた、曇った様子は見受けられない。

 

「うわー…私、ウッドチップって初めてかもです」

 

『生憎なことに僕も初体験だ。芝やダートとはまた違った感覚だし、これもまた一興ってやつかな。何やら興行じみたことにもなっているし。』

 

スペシャルウィークは、スクリプト(球磨川)がちょいちょいと指差した方へ振り向いた。

 

するとそこには目測数百人の客がいた…しかも、大半がウマ娘だという有様だった。ゴルシは何故か焼きそばを売っている始末だった。

 

テイオー、スカーレット、ウオッカの3名から激励を送られ、スズカからは信頼の眼差しを向けられ、スペシャルウィークは上機嫌になった。

 

「こんなに沢山の人が注目してくれるなんて…なおさら、やる気が出てきました!ですよね!スクリプトさん!」

 

オグリちゃん…あんだけ食っててよく太んねえな…ん?ああ、うん。そだね。』

 

この『負完全(マイナス)』、こともあろうに生返事で済ませやがった。仮にも相手は『主人公』だってのによ。

 

そして、スペシャルウィークとスクリプト(球磨川)はレースの相手に視線を向ける。その目に映るは〈短距離最強〉タイキシャトル。人情溢れるBBQマシーンである。

 

普通(ノーマル)』からすれば一応格上…いや、『異常(アブノーマル)』からしても雲の上の存在なのだが、それらは『負完全(マイナス)』にはなんら関係ない。

 

だからスクリプト(球磨川)がいきなり話しかけに行っても特に不自然なことも不審なこともないだろう。

 

『やあタイキちゃん。この前はありがとね。今日は容赦のないレースを期待するぜ。』

 

「オゥ!真心(手心)加えようかと思ってマシタが…逆に亡霊(無礼)というモノでしタか!それじゃあ遠慮なく、さながらピストルのように突っ走りマース!」

 

「スクリプトさん、タイキシャトルさんと知り合いだったんですか?」

 

『うん。この前BBQを一緒にしてね。それからたまにメッセージ送り合う仲。』

 

「ほんと交友関係がやたら広いですね…」

 

言われてみれば確かにそうだ。

特に書き記してはいないが、実は今までに出会ったウマ娘全員と連絡先を交換している。気分はさながらハーレムといったところか。

 

デジタルに言わせれば『百合ハーレム』だろうか。

どちらにせよ、碌でも無いものである事に変わりはない。

 

「よう、お二人さん。昨日はよく眠れたか?」

 

「あっトレーナーさん!はい、ぐっすり眠れました!」

 

『僕も普通に眠ったなあ。眠気を無かったことにしたから今はもうすっかり元気だぜ。』

 

「そいつは重畳。今回の模擬レースは短距離だからな、盗めるものは盗めるうちに盗め。絶対に糧になる」

 

「はいっ!」

 

『沖野ちゃんさあ、異性の頭撫でるとか、今のご時世だとその手の団体が黙ってねえぜ?マジ気をつけなよ。あいつらしつこいんだから。』

 

負完全(マイナス)』とはいえかなり際どい発言だった。

SNSでこんな事言ってみろ、即座に袋叩きだ。

 

「スペシャルウィーク!スクリプトロンガー!そろそろ時間だ」

 

首元から「スタート」と書かれた紙を下げたエアグルーヴが言う。本人は至って真面目なのに、なんだかふざけているみたいでシュールだった。

 

ちなみに「ゴール」はヒシアマゾン。自分から志願したらしい。理由はスクリプト(球磨川)を近くで観察するためらしい。

 

『よっし、じゃあ精々足掻こうか。』

 

「そうですね!頑張りましょう!」

 

そして3人がスタート地点に立った。模擬レースとはいえ、その緊張感は本番と一切変わりはないように見えた。

 

「それではこれから、スペシャルウィーク対スクリプトロンガー対タイキシャトルの模擬レースを始める!」

 

エアグルーヴは比較的大きな声でそう宣言し、続く「用意!」の声に合わせフラッグを頭上に掲げた。

 

意識が縛られる。

視界が狭まる。

誰よりも速い自分を想像する。

誰よりも強い自分を創造する。

 

(私は、弱い)

 

だから、相手を糧にする。

参考にするのではなく、その血肉を喰らう。

猿真似のためではなく、己が魂に刻み込むために。

 

もう、自身も自信も失わない。

向かうべき場所はすでに見えた。

目指すべき場所は磁針が指し示した。

 

ならば後は、持ち前のガッツでひた走るだけだ。

 

「始めッ!」

 

エアグルーヴがフラッグを振り下ろすと同時に、3人が揃って飛び出した。先頭は当然タイキシャトルである。

 

スペシャルウィークはその後ろにピッタリと付けて空気抵抗を減らす。スクリプトはスペシャルウィークの後ろに付けた。要するに無難な形に固まった。

 

(やっぱり速い!けど、思ってたよりは速くない…?成程、これが『負完全(マイナス)』になった弊害!)

 

つまり、一度『負完全(マイナス)』へと堕ちたスペシャルウィークは、『負完全(マイナス)』の自分を基準にして他人を測ったわけだ。そのせいでタイキシャトルを必要以上に高く定義した。

 

もっともこれは、自信を失ったわけでも自身を見失ったわけでもない。それどころか、格上相手であれば、寧ろ有利に働きかける。

 

(どちらにせよ、私は私の走りをする!そしてこのレースを糧にして這い上がるんだ!)

 

ポジティブになることはあってもネガティブになることはない。つまりは思い切りが出て、普段以上の走りをする可能性すらあり得る。

 

つまりスペシャルウィークは『負完全(マイナス)』に堕ちたくせに、『負完全(マイナス)』のいいところだけ持って帰ってきたのだ。

 

(この距離でタイキシャトルさんについていけば、スリップストリームで多少の楽ができる!それに、空気の壁は少しのズレで再び襲いかかるから…)

 

「スクリプトさん、辛いんじゃないですか?」

 

『…驚いたぜ。ここまでっ、計算済みかい?』

 

「考えるっ、時間はあったので!」

 

もうスクリプト(球磨川)にもたれかかるのはやめたらしい。

決別の意味も込めて、ここでスクリプト(球磨川)を叩きのめそうという魂胆だ。なかなか彼女もやるらしい。

 

そして、ここからは上り坂に差し掛かる。

 

少し補足説明をさせてもらうが、先の皐月賞でスペシャルウィークが負けた理由は、別に『領域』の不発ではない。キングヘイローの威圧によって動揺したからでもない。

 

では、何が原因か?

 

答えはこの()()()だ。スペシャルウィークは平地、上り坂、下り坂の全てで同じ走りをしていた。足を大きく使う『ストライド走法』だ。平地では確かにスピードは出るが、上り坂は登りづらい事この上無い。

 

だからもう一つの走法、足を細かく回す『ピッチ走法』を使う必要がある。いや、必ずしも必要というわけではないが…こちらの方が圧倒的に上りやすく、またスピードも落ちづらい。

 

つまり何が言いてえかっつーと、今でもスペシャルウィークがストライドで走っていたなら勝ち目は無かったんだが…どうやら例のウオッカの筋トレが功を奏したらしく、素晴らしいピッチ走法を見せていた。

 

それはスクリプト(球磨川)も同じ事である。

元々はかなり大きめのストライドだったが、坂に入った途端に細かいピッチに走りが変わった。

 

要するに変わり身、つまりは『手のひら孵し(ハンドレットガントレット)』が早い。

どうだろう、中々上手いことが言えたと思うんだが。

 

……いや、つまんねーなこれは。

忘れといてくれ。

以上、安心院さんの補足説明兼駄洒落コーナーでした。

 

(少しでも離れれば空気の壁が私にも襲いかかる…今ここで、離されるわけにはいかない!)

 

スペシャルウィークは必死に追い縋る。

相手が短距離のプロフェッショナルであることを加味すれば、それはまさしく『異常(アブノーマル)』なことだった。

 

半分過ぎたあたりで、スペシャルウィークが前進を開始する。短距離走なので、十分にスパート圏内だ。得意の末脚でタイキシャトルを追い詰め、並びかけ、追い抜く──。

 

 

「そうはいきません!」

 

 

事をあのタイキシャトルが許すはずもなく、再びスペシャルウィークが少しだけ離された。しかし今のスペシャルウィークがその程度で諦めるはずもなく、再び前に出る。タイキシャトルが阻止する。前に出る、阻止する、前に出る、阻止する、前に出る、阻止する…。

 

タイキシャトル有利に見えるが、その有利は薄氷の上に成り立っている。一つのミスで逆転されかねない。

 

しかし、そこで失敗しないのがタイキシャトルだ。勝負勘は冴え渡りまくっている。結局最後まで、スペシャルウィークがタイキシャトルの前に出ることは無かった。

 

が、横には並んだ。

 

「おいおい、エアグルーヴ…今の、どっちが先着だ?」

 

「いや…どちらも同時だ。正確に機械で測定できない以上…『同着』だろうな」

 

瞬間、スタンドからわあっと歓声が上がる。まさか、まさかまさか、あのタイキシャトルにクラシックの娘があそこまで競り合うとは誰も予想していなかった。しかも『惜敗』ではなく『同着』と来た。そこに夢を見るのは、間違ってはいないだろう。

 

少なくとも、本人たち以外は。

 

スペシャルウィークは絶対に負けていた。側から見たらわからないが、やはり自分の強みはいとも容易く封じられてしまったからだ。試合には引き分けた。勝負にも引き分けた。ただ、格の違いを見せつけられたのだ。

 

「…次は、負けないっ!」

 

それでも、学ぶことはあった。後ろから迫る相手の潰し方や、後ろに張り付く相手のいなし方、ストライドとピッチの入れ替え方。たとえ負けたとはいえ、一矢報いて微量の血肉を喰らったのだ。この経験はスペシャルウィークの中で生きる。

 

来たる日本ダービーに向け、スペシャルウィークはより一層覚悟を決めたのだった。

 

 

『…ここまでフォーカスされないのは流石に僕といえど心が痛いなあ。そう言えば僕って、負けてばっかの人生なんだった。まさか注目も勝ち取れないとはね。』

 

言っておくが、別に絶望的に遅かったとか、そういうわけではない。『同着』のインパクトが大き過ぎたせいで、半バ身が大きく見えるだけだった。

 

ちなみに、レース後スズカが慰めてくれたらしい。

 

 

──────────

 

 

『いやあ、それにしてもエルちゃんまでダービーに来るとはね。ま、想像はできてたけどさ。』

 

「これでダービーには6強と呼ばれるうちの5人が出走することになるわね」

 

「私、スカイさん、キングちゃん、エルちゃん、スクリプトさんの5人…ですね」

 

エルコンドルパサーはなんとNHKマイルC後のインタビューで日本ダービー出走を宣言。当然、優勝候補筆頭に躍り出た。

 

ちなみに今は早朝5時。授業が休みなので、朝からトレーニングと相成った。トレーニングメンバーはスズカ、スペシャルウィーク、スクリプト(球磨川)の3人だ。

 

春とは言え、朝は肌寒い。少しだけ身震いしながら、3人はひとまずウォーミングアップを始めた。

 

たっぷり30分使ってアップを終え、スズカの元へ集合する。今日のトレーニングはスズカ主催だからだ。

 

「それじゃあ…まずは、私とのトレーニングを今まで禁止していた理由から話すわね」

 

と言い、スズカは話し始めた。

どうやら禁止していたのには何か事情があるらしかった。

 

「すっごく簡単に言うと…スクリプトはともかく、スペちゃんの心が折れちゃうと思ったからなの」

 

「私の…心が、ですか?」

 

「ええ。だから、好きなものを封印して、つらい筋トレをして、ダンスの練習もしっかりこなして、自分を正しく再認識して、格上の娘と走って…それで心が折れなかったら大丈夫って判断して、並走していいってトレーナーさんに言われてたの」

 

「ちょっ、ちょっと待ってください!ツッコミどころが多いですって!まず一つ目に、ゴルシさんのトレーニングって『自分を正しく再認識する』が目的だったんですか!?」

 

「ええ、そうよ。だってゴルシは私の時、そう言ってたもの。『リポグラムの過程で嫌でも紹介文を何回も何回も見る事になるから、より自分に詳しくなるだろ?』って」

 

どうやらスズカもリポグラム経験済みらしかった。

苦々しい顔をしているので分かる。

 

「じゃあ二つ目…これはスクリプトさんに向けての質問なんですけど、何でトレーニング初日にスズカさんと並走しようとしてたんですか?話を聞く限り、禁止されてて出来なかったみたいなんですけど」

 

『ああ、あれ?そんなの簡単さ。勘違いしてた。』

 

斜に構えて『いいって、休んでなよ。』みたいなこと言っておきながら、勘違いをかまして一人で恥をかいていたというわけだ。これが『負完全(マイナス)』である。

 

「じゃあ話を続けるわね。私のトレーニングの内容は、本当に私と並走するだけよ。私が先頭に立って走るから、一度でも追い越すか、日付が変わったら終了。6時から始めたとして、10分で終われば6時10分。二度寝ができる時間ね」

 

「本当に並走だけでこの時間に集合したんですか?ちょっと早すぎるような…」

 

「これでも最大限遅くしたつもりよ。ああ、そうそう。ダービー前特別トレーニング初日に、『地獄を見せる』って言ったけど、あれは嘘よ」

 

「ですよね?なんていうか、スズカさんが地獄を見せるのはあんまり想像できな」

 

「多分終わる頃には、もう目も開けたくないくらい疲れているはずだから、地獄なんて見れないわ。それに、多分()()()()()()()()()()から」

 

『…と、いうと?』

 

「まあ、走れば分かるはずよ。それじゃあ5分後に始めましょう」

 

そう言うとスズカは、再び入念なストレッチを始めた。

 

「スクリプトさん、もしかして、この時間に集められた理由って…そういうことじゃないですよね?」

 

『いやあ、そういうことだと思うぜ。多分、普通にやったら今日中に終わるか怪しかったんでしょ。』

 

スペシャルウィークは震え上がった。もうそこまで寒くはない時間帯だというのに、その顔は蒼白だった。

ちなみにスクリプト(球磨川)も。

 

そして5分経ち、いよいよ並走が始まる。始まってしまう。ここまで来て、ようやく2人は思い出したのだ。

 

サイレンススズカは、門限すら守らず走り続ける怪物である、ということを。

 

「じゃあ、行くわよ」

 

「『はい…。』」

 

こうなればもうヤケクソだ。

やるだけやってやると、意志を固めたらしい。

一瞬にして真剣な目つきへと変化した。

 

「よーい、スタート」

 

賽は投げられた。

 

 

──────────

 

 

「おかしいっ!おかしいですっ!何であんなに疲れないんですか!?もう3時間走ってますよ!?スクリプトさん『大嘘憑き(オールフィクション)』スズカさんに使ってないですよね!?」

 

『いやいやいやいや使ってないって!マジで!あの娘自前で回復してるだけなんだって!チクショウ速くてスタミナあるとかどんな人外だよ、安心院さんでももう少しやりようはあるぜ!?』

 

「そんなに叫ぶと疲れちゃうわよ…?」

 

「何でこっちを心配する余裕まであるんですか!?最高速度が私たちの末脚より速くてスタミナが私たちよりあって頭が私たちより回る相手にどうやって勝てっていうんですかぁ!!」

 

『いやほんと…『大嘘憑き(オールフィクション)』無しであれはヤバいって。『異常(アブノーマル)』所の騒ぎじゃねえぜまったく。』

 

 

──────────

 

 

「今…何時間走ってますか…?もう12時間くらい走ってませんか…?」

 

『いや、6時間っぽいね。太陽が真上にあるから今は12時かな。『大嘘憑き(オールフィクション)』が無かったらとっくに2人とも死んでるぜ…。』

 

「スズカさん…そろそろその異常なスタミナについて説明してくれませんか…?」

 

「そうね…それじゃあ種明かししようかしら。これは私の『領域』の効果ね。『先頭の景色は譲らない』っていう私の心を表した『領域』。レース以外のところでわざと『領域』を使うと効果が変わるのは有名な話だけれど…私の場合もそう。すごく使い所が限られているけどね」

 

どうやらレース以外で意図的に『領域』を使用すると効果が変わるらしい。それは逆もまた然りで、例えばゴルシであれば、レース中に本当に錨を出すことはできない。あれはあくまでイメージ映像だ。

 

「私の場合、レース中の『領域』は『レース後半に差を付けて先頭にいるとさらなる脚を使って、速度を上げる』効果」

 

そこで一度、スズカは息を入れた。今まで一度も入れていなかったが、ここに来てようやく隙らしい隙を見せた。これはチャンスだと思ったのも束の間、次の発言で希望は砕かれた。

 

「けれど、レース以外で使った場合、全く別の効果になるわ。ちなみに今使っているのはそっちの方ね」

 

 

「私の『領域』は『先頭に存在し続ける領域』よ」

 

 

「そういう事だから…頑張って?」

 

スズカは微笑しながらそう言った。

確かに目を覆いたくなるほど、残酷な現実だった。

 

 

──────────

 

 

日は落ち、鳥は巣に帰り、周囲の家から良い香りがし始める時間帯…つまりは夜になっても並走は終わっていなかった。

 

『………。』

 

『スペちゃんさ、もしかして『負完全(マイナス)』になる癖ついてない?』

 

『ついてますよ。』

 

要するに、黒神めだかで言うところの廃神モードのようなものだろうか。今なったところであまり意味はない気がするが。

 

『いやなんか、苦痛を誤魔化そうとしたらこうなりました。程よく無駄な力も抜けて、これがなかなか良い感じなんですよね。』

 

『ああ、そういえばめだかちゃんも『手加減のモード』って言ってたなあ。懐かしい事思い出しちまった。』

 

『お母ちゃん…お母ちゃんのにんじん食べたあい…スクリプトさん、スズカさんにあのマイナス螺子刺しちゃいましょうよー。多分それで終わりますよ?』

 

『あんまり使いたくねえんだよな、あれ。使いすぎるとつまんねえ駄作になっちまうし。』

 

『ふーん、そういうものなんですね。』

 

『そういうものさ。』

 

 

──────────

 

 

そして並走…というより、一方的な蹂躙は終わり。

 

「『お疲れ様です……。』」

 

「私と並走して最後まで着いてくるなんて…こんな事初めて…!ダービーが終わったらまた一緒に走りましょうね!」

 

「『はい…。』」

 

根性は確かについただろうし、スクリプト(球磨川)が即座に治療できる以上、確かに悪いトレーニングでは無かったと思う。

 

ただ、それに伴う肉体的苦痛と精神的苦痛が大きすぎた。

真のランニングジャンキー以外には到底お勧めできない。

 

スクリプト(球磨川)は度重なる『過負荷(マイナス)』の使用で疲労困憊していたし、スペシャルウィークはシンプルにご飯を食べていないので憔悴していた。だから、再びスズカと並走の約束をしてしまったことに、2人とも気づいていなかった。

 

スズカは感無量だった。

今まで自分について来れる人など1人もいなかったのに、編入してきた2人の後輩は、なんと2人とも自分と共に並走してくれる心優しい後輩だったからだ。

 

自分は仲間と共に気持ちよく走れる。

スペちゃんたちはトレーニングになる。

なんて素晴らしい循環!

そうだ、月一で並走をお願いしてみようかしら。

スクリプトたちならきっと了承してくれるはず。

 

 

(ああ、これが私の…私たちの景色…!)

 

 

どうやら18時間ぶっ通しで走ったせいで、テンションがおかしくなっているようだった。頭の中は次のレースと並走の事…つまりは走る事で埋め尽くされていた。

そんなんだから『先頭狂』などと呼ばれるのだ。

 

ちなみに、スクリプト(球磨川)とスペシャルウィークは寮の玄関前で気絶した。スズカが沖野とフジキセキに本気で怒られたのは言うまでもない事だろう。




バイアリータークさん好きです。
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