負完全ウマ娘   作:Minus-4

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西尾先生原作の漫画に「真蟲犇」とかいう訳の分からない苗字が出て来ましたが、これを見た瞬間にふと思いつきました。
「蝸牛が3匹いるみたいでかわいいな」って。
そう思いません?




第−2箱『また勝てなかった』

 

 

東府中駅から東京レース場まで走ったスクリプト(球磨川)とスペシャルウィーク。人間の頃であれば走って5分かかる程度の距離ではあるが、スクリプト(球磨川)はウマ娘である。1分も走れば東京レース場までたどり着くだろう。

 

『安心院さんから聞いてはいたが、まさか自分が車より速くなっているとはね。今ならめだかちゃんともそこそこやり合えそうだぜ。』

 

「地元のお友達ですか?」

 

『まあ友達っつーか腐れ縁っつーか、切っても切れないくらいの関係かな。』

 

本当は黒神めだかのことは妹くらいには想っているが、そこを言ってしまうと追求されて面倒くさいことになるだろう。失言の撤回も慣れたものである。

 

『さっ、さっさと中に入って暇つぶしがてらレースを見に行こうぜ。どうせ待ち合わせまでは時間が空くだろう?』

 

「そうですね!私、お友達とレース一緒に見るの初めてです!」

 

『おっと、いつの間にか友達になってたかぁ。まぁ仲良くやろうか、もしかしたらいつか、同じレースで走るのかもしれないぜ。』

 

「わぁっ、楽しみです!恥ずかしながら友達と一緒に走ったこともない、というか、友達ができたことがなかったので……すいません、そんなの普通じゃないですよね……」

 

ちょうど2人はスタンドにたどり着く。

スペシャルウィークは1人で東京に上京した不安、早速知り合いができた安堵などから、他人に話さなくても良いことまで話してしまう。

が、相手は光をも飲み込むスクリプト(球磨川)

この程度の悩みならいとも容易く受け止めてしまう。

曲がりなりにも、元箱庭学園生徒会副会長としての最低限の誇りは持っている。

これもまた、黒神めだかと長く関わった影響、もとい弊害である。

 

『別に、普通(ノーマル)である必要なんてないさ。負完全(マイナス)である僕が断言しよう。自慢じゃねーが、僕は今までの人生で一度だって勝ったことがない不幸な奴なんだぜ。じゃんけんでもしてみるかい?』

 

「一回も、ですか?」

 

『うん。一回も。じゃあいくぜ、じゃんけんぽん。』

 

スクリプト(球磨川)はスペシャルウィークがパーを咄嗟に出してしまう、と考えてのチョキを出した。

スペシャルウィークはじゃんけんといえば最初はグーなのでグーを出した。

 

『……な?また勝てなかった。』

 

「本当に勝ったことないんですね、ふふっ……」

 

『これは僕の持論なんだけどね、女の子ってのは笑ってる時が1番だと思うんだ。だからほら、僕もずっとヘラヘラ笑ってるだろう?笑顔は自分を強く見せるんだ。だから、ほら。笑えよ、主人公(スペシャルウィーク)。』

 

「…はいっ!」

 

スペシャルウィークを笑顔にする事はできたが、

当然真っ赤な嘘である。

ただ、昔のように弱った心に付け入って、自分と同じ立場に引き摺り下ろそうとしないあたり、絶対値は小さくなっていると言えるだろう。

腐り切った性根が改善されているのであれば(球磨川)もまた、『主人公』となり得るのかもしれない。

 

 

──────────

 

 

場所は移り変わり、ここはパドック。

出走前のウマ娘の調子をここで見ることができる。

まぁレース前の調子とレース中の調子はまるで別物になったりするのであまり信憑性はないが。ファンとして五輪よろしく声援を送ることができる場所くらいに考えた方がいいだろう。

ちなみに、この世界にも五輪は存在するらしい。

 

『ふーん、あの娘の足いいね。』

 

「ひと目見て分かるんですね、すごいです!」

 

『うん、ほら見てよあの足!すごい太くない?何食ったらああいう仕上がりになんのかなあ。』

 

「確かに、私やスクリプトさんと比べても太い……ような気がしますね。なるほど、仕上がってる……」

 

『でしょ?まぁでも、魅力的なのは足だけじゃないと思うけどね。』

 

「あぁ、こういう時は尻尾とか耳とかにも注目しろーって言いますもんね」

 

スクリプト(球磨川)は決して競馬の知識があるわけではない。

別に、我が物顔で知ったかぶっているわけでもない。

じゃあ、なぜこんなに自信満々に語るのか?

 

スクリプト(球磨川)は調子を見るために足を見ているのではなく、これ以上ないくらい、シンプルに女性に対してセクハラしているだけである!!

 

負完全(マイナス)たる彼は元の世界(めだかボックス)では高校を卒業までしているのにまだ行き遅れのメルヘン童貞だったので、自らの欲求を満たすためだけに真剣にパドックを見ているだけにすぎなかった。

 

 

──────────

 

 

『つまんねーなぁ、どいつもこいつも揃いも揃って平凡(ノーマル)だ。1人くらい異常(アブノーマル)な奴がいてもいいってのにさ。』

 

「ちょっと、スクリプトさん!?ダメですよ他の人にそんなこと言っちゃ!」

 

『えー、だって本当にみんな同じに見えるし…。』

 

スクリプト(球磨川)ははっきり言って飽きていた。

彼の目に映るウマ娘たちは正直言って弱い……わけではない。というか、スクリプト(球磨川)を基準としなくても、彼女らはあまりに強い『競争欲』を持っている。真剣に競技に取り組んでいる以上、たとえ途中で心が折れてしまったとしても、彼女らは『強い』と言えるだろう。

 

だが、スクリプト(球磨川)の目は黒神めだかを始めとする超人達によって灼かれてしまっている。さながら、少年漫画の『主人公』に憧れる純粋な少年のように。

自然と異常(アブノーマル)な存在を求めてしまうのは、仕方ない、のかもしれない。

 

 

「そんなに見たいなら、見せてやるぜ。」

 

 

「えっ?スクリプトさん何か言いました?」

 

『…いいや?僕は何も言ってないさ。』

 

「次は、このウマ娘!8枠12番……」

 

 

その次の瞬間、パドックに姿を表したのは。

スクリプト(球磨川)の目に映ったのは。

緑色の耳当てをつけた、『最速』を体現したかのような、そのウマ娘の名は──

 

 

 

 

 

──異次元の逃亡者──

サイレンススズカ

 

 

 

 

 

さっと身を翻し、舞台裏に隠れてしまったが、その姿はスクリプト(球磨川)の心を揺さぶるのに十分だった。

 

『──なんだ、ちゃんといるじゃん。異常(アブノーマル)がよ。』

 

「あのー、アブノーマルって…?」

 

『ああいや、要するに“特別”って言いたいのさ。スペちゃん、このレース、今の娘が勝つぜ。』

 

「おぉ!一目見ただけでそこまで分かるなんて……っ!?」

 

『あれ、どうしたんだいスペちゃん。急に固まっちゃって……ん?』

 

スペシャルウィークが見ている方向を見るとそこには。

なんかぶつぶつ言いながらウマ娘の脚を触る──まあ有体に言えば、変態がいた。

 

さて、ここでひとつ、

『安心院さんのこれで安心!ウマ娘を学ぼう!』

のコーナーだ。

そもそも『ウマ娘』ってのは現実世界でいうところの『馬』と同義ってのはどんな愚か者でも分かることだとは思うが、馬の後ろに立って、いきなり脚を触るなんてしたら、だ。どうなるかは、まあ分かるよな。

 

「なっなな、何するんですかぁ!!」

 

「へぶっ!!」

 

そりゃあ蹴られるよな、ってわけだ。

この件から学ぶべき事は1つ。

『ウマ娘には後ろから近づかないこと』だ。

以上、『安心院さんのこれで安心!ウマ娘を学ぼう!』

のコーナーでした。じゃあまたね。

 

『おー、この白昼の下堂々と痴漢行為に及ぶとは中々カモが座ってるね。そんなん風に後先考えないと満員電車とかで良い肝にされるぜ?』

 

「スクリプトさん、逆です、逆……それより、この状況でギャグですか!?私いきなり痴漢されたんですよ!?」

 

スクリプト(球磨川)からすれば痴漢なんて緊急事態でもなんでもない。むしろ普段は痴漢──セクハラする側なので蹴り飛ばされた男に親近感すら感じている。『こいつには負完全(マイナス)となる素質がある』とも思っている。

 

『さて、痴漢。ウマ娘に顔面を蹴られるなんて不幸だね。時速70キロメートルで走行可能なウマ娘の足で蹴られちまえばただじゃあ済まないだろうし、ここはひとつ、この僕が治して差し上げようじゃあないか。僕の過負荷(マイナス)である、大嘘憑き(オールフィクション)で!』

 

「ふぅー……いやぁ引き締まっていて良い脚だったぜ!それで、よければ君の脚も触って良いか!?」

 

実際男は、殆ど無傷な上、厚かましくもというか何というか、スペシャルウィークの渾身の蹴りにより頭を打って混乱でもしているのかもしれないが、わざわざ本人に痴漢の許可を取るという行為に出た。誰が見ても、彼は致命的に間違えていた。

 

『……あったまおかしいんじゃねーの、お前……。』

 

 

──────────

 

 

スクリプト(球磨川)は現在、沖野と名乗った男に足を触らせている。

触られているのではなく、触らせている。

スクリプト(球磨川)はなぜこんなとち狂った行動に出てしまったのか。もともととち狂ってはいるが。

 

理由としては単純明快、スクリプト(球磨川)負け組(マイナス)なのでなんとかして他人を支配してみたいという欲求を常に持ち合わせている。あとはまあ、恐らく不完全(マイナス)的側面を持ち合わせているであろう沖野をみすみす犯罪者にしてしまうのは勿体無いので、『こちらから触らせているだけ』という大義名分を与えることによって塀の向こうに行ってしまうのを引き留めて恩を売った……とか、そんなところだろう。分かんねーけど。

なお、触らせ始めてから既に10分経過している。

 

「うーん、なんだこの足……?」

 

『散々人の足を触っておきながら酷い感想だね。僕としては10分以上足を触られるとは思っていなかった訳だけど、長々触ったんだからアドバイスの1つや2つくれても良いとは思わないかい?』

 

「当然触らせてもらった以上僭越ながらアドバイスはさせてもらうが、はっきり言って“異常”だ。本来ウマ娘が保有するべき筋肉量に達していない。こんな足で君は全力で走れるのか?」

 

『僕は生まれつき体が弱いんだ。生まれてこの方真面目に運動に取り組んだ事なんてねえし、本気も出した事がない。出したら大怪我しちゃうからね。ウマ娘という生物の中でも最底辺に位置する最底辺(マイナス)が僕なのさ。』

 

「えっと、それは……本当なのか?」

 

「えっ、でもさっき私と同じくらいのスピードで走ってませんでしたっけ、スクリプトさん?」

 

『走ったね。急がねえとレース開始に間に合わねーかもなって思って、ちょちょっと車を追い越すくらいのスピードで。つーわけでさっきのは嘘だぜ、沖野ちゃん。』

 

「なぜそんな意味の無い嘘を吐いた!?」

 

スクリプト(球磨川)は大嘘吐きなので意味もなく嘘を吐く時があると2人が知るのは、しばらく経ってからである。

 

「実際どうやって走ってんだ?」

 

『さあ?自分の体のことなんて気にしたことないね。真実はWebで、ってやつさ。』

 

「それを言うなら続きだろ……うーん、どうしようか、こっちも……

 

側から見れば1人でぶつぶつ言う沖野は狂っていた。

実際は酔狂と言った方が正しいのだろうが。

 

 

──────────

 

 

『それで沖野ちゃん。もうレース直前な訳だけど、イチオシの娘は誰だい?僕個人としてはあのスズカちゃんとか言うのが良いと思うんだけど。』

 

「あぁ、そうだな。お前の見立て通りだ。俺もサイレンススズカがずば抜けて仕上がっているように感じるな。体重管理も完璧に見える。さすがチームリギル、ウマ娘の管理に関して言えば今現在最強なのはあそこだろう」

 

『やっぱりね、そんな事だろうと思ったんだ。僕みたいなレース初心者でも一目見れば、というか人目を見れば分かるぜ。そもそも注目度が段違いだ。暫く見なかったから僕の目も霞んでるかと思っていたけど、やっぱり異常(アブノーマル)は、なんと言うか一目瞭然だ。案外僕も捨てたもんじゃねーぜ。』

 

「そういえばスクリプト。さっきからちょくちょく会話の中に入り込むアブノーマルとかマイナスってのは…お前なりの評価形式か?俺たち風に言えばAとかSみたいな感じの」

 

『そうさ、御名答。まあ沖野ちゃんみてーな……普通の人間が普通(ノーマル)。あそこにいるスズカちゃんとか、さっきから人混みに混乱してフリーズしてるスペちゃんとかは異常(アブノーマル)だ。』

 

「スペシャルウィークがアブノーマル、か。悪い意味でないとすれば、お前の観察眼は大したもんだぜ、スクリプト。というか、今のスペシャルウィークの素質に気付けてるってだけで驚嘆に値するけどな」

 

『どちらかと言えば賞賛して欲しかったなあ。まだまだ褒められたい年齢なもんでね。それで、過負荷(マイナス)ってのは』

 

『僕みたいな奴のことさ。』

 

スクリプトロンガー(却本家)。何を思ってこんな名前を付けたのか知らねえが、Script writer(脚本家)からwrite(執筆)を抜き出し、それを同音異義語のright(正解)と捉えてから反転させてwrong(誤り)、そこにer(する者)をくっつけたらScript wronger(誤った脚本)とは…随分名付け親は僕のことを嫌いらしい。…とまぁ、こう言った具合に、僕の人格は捻じ(螺子)曲がっているからね。簡単にまとめれば、こういう卑屈でなんの才能もない奴が過負荷(マイナス)ってわけさ。さ、レースが始まってるぜ。僕なんかのことより目の前の異常(アブノーマル)を見た方がよっぽど学ぶ事は多い。スズカちゃんの走りを見ようじゃないの。』

 

スクリプト(球磨川)は沖野が呆気に取られている隙に、一息で言い切った。どうせ暫くしたら別れる赤の他人にこれ以上細かく説明する必要もないと言う考えの元の行動である。

だが、沖野がこんなネガティブな思考を持つ者の前で大人しくそうなんだと引き下がるはずもない。

 

「それは違うんじゃねえのか。確かにお前の全身の仕上がりは今は他のウマ娘より劣っているかもしれない。今目の前で走っている現役のウマ娘に比べれば確かに……wrong(間違い)というのもあながち間違いではないのかもしれねえ。だけどな、少なくとも…俺はそうは思わなかった。というか、そうは思えねえ。お前にははっきりとした()がある。」

 

『僕に芯だって?ないない、それこそありえないぜ!沖野ちゃん。僕はいつだって甘々の抜け抜けのなあなあでやって来たんだ。多少は幼馴染に改心させられたが、努力は無駄だと未だに思っているような人間だぜ?そんな僕のどこに芯が──』

 

「あのな、まだ話は終わってねえぞ、スクリプトロンガー」

 

沖野は先ほどまでの少し抜けている表情を一変させ、スクリプト(球磨川)を見つめている。スクリプトも心なしか、背筋が伸びている……ように見える。なんだかんだ、怒らなそうな奴が怒っているように見えると緊張するものだ。

ちなみにスペシャルウィークはそんな2人を固唾を飲み干す勢いで見つめている。

 

「お前はさっき同音異義語のright(正解)がどうこうとか言ってたが、その理論が成立するならwrong(間違い)についても同じことが言えるだろうが!誰がwrong(間違い)だなんて決めた!?お前がいうwrong(間違い)long(末永く)だと仮定してみろ、お前にはScript longer(末永く続く脚本)という素晴らしい名前があるじゃあないか!俺みたいな奴からすれば、お前だって十分アブノーマル側の仲間みてえに見えるぜ!」

 

『暑苦しいね、沖野ちゃん。まるで一昔前の少年ジャンプの熱血青春スポーツマンガみてえで驚いたぜ。だが誰が何を言おうが、僕は僕だ。それにlong(末永く)なんて僕には似合わない。体力も根気も芯もねーからさ、それに信念もない。短期決戦の方が好きなんだよね。おっ、すげえなスズカちゃん、独走じゃん。

 

沖野渾身の激励も、スクリプト(球磨川)には届かない。

沖野の激励はあくまで沖野の感想でしかなかった。

他人の感想なんて、過負荷(マイナス)たるスクリプト(球磨川)には届かない。

あくまで外面の話でしかないからだ。

 

 

では、内面の話であれば?

 

 

「お前が相当捻くれてるってのは分かったし、それを治す気がねえってのもよく分かった。確かにお前の言う通りだよ、スクリプト。俺が語ったことはあくまで俺自身の一願望に過ぎない。そんなに悲観的になるなと言いたかったところだが、悲観的である事もお前の一部であると、他でもないお前自身が言うならば否定もしない。というか、その点お前は正直なんだろうな」

 

『まだ僕のことについて喋る気かい?君も物好きだね、いい加減僕としては目の前のレースについて解説して欲しいんだけどなー。()()()()()()()。』

 

「なんでお前が俺がトレーナーって事を知ってるのかなんて質問はしねえぞ。俺がトレーナーだって事は見る奴が見れば分かる、というかトレーナー以外にウマ娘の触診が務まるかよって話ではあるが。ともかくだ、スクリプト。お前が正直に物事を伝えて案外隠し事はしないタチだってのは今までのお前の態度で分かった……遠回しに話す癖はあるみたいだけどな。」

 

沖野は腐っても、というか未だ腐ってなどいない日本有数のトレーナーだ。ウマ娘の性質くらいは一目見て看破するだろう。その程度なら朝飯前だ。

スクリプト(球磨川)は内心驚きはしたが、あくまで表面を読み取っているだけだと考えていた。

はっきり言えば、沖野をナメていた。

 

「中央のトレーナーを舐めるなよ、スクリプト。お前が自分を取り繕って偽って、あたかも勝利を諦めてるみたいにクールぶって格好つけているなんて事は分かりきっているんだぜ。というか、スペシャルウィークにだってそんな事は分かるだろうな。だろ?スペ」

 

「えっ!?まあ、スクリプトさんが格好つけてるっていうのは……分かります。言い回しは回りくどい事もあります。今まで一度だって勝ったことが無いって言って私を励ましてくれたのだって、何か打算があったとしても私にとってはすごく嬉しいことでした。だから、そうやって自分と他人の間にプラスとかマイナスとかで壁を作られると悲しいです!スクリプトさんはあんなに良い人なのに!」

 

『まさか、真逆さ。まあ良い人に見えるように努力はしてるぜ?だってその方が味方は増やしやすい、依存させやすい。敵が多いか味方が多いかで言えば敵が多いのが過負荷(マイナス)なんだ。だから僕たちはお前らみたいなプラスが大嫌いで憎んでも憎み足りないくらいに憎悪している。それに、僕は勝負なんてどうでもいいと本気で思ってるんだぜ。これ以上他人の領域に抜け抜けと入り込んで来るようだったらお前らの顔面まとめて引っ剥がしてやっても良かったんだけど、的外れだったからやめておいてあげる。良かったね、スペちゃん、沖野ちゃん。命拾いしたぜ?』

 

スクリプト(球磨川)は威嚇の意味を込めて殺気を滲ませる。

だが、箱庭学園で磨かれて多少丸くなったスクリプト(球磨川)の殺気程度では──スペシャルウィークはともかく──沖野は動じない。怖気付かない、恐れない。

 

「いいや、的外れどころか的中してるさ。ドンピシャでど真ん中、ダーツならブルってとこだろうよ。100歩どころか10000歩くらい譲ったとして、まあお前の言う通り勝負はどうでもいいと、本当に考えてたとしよう。納得は出来ないが理解なら出来る。ただ、それでもしかしお前は自分に嘘をついている。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『……どうしてそう思うんだい?僕の覚えてる限りで、僕が勝ったことなんて一度もねえな。適当言うのも大概に──』

 

 

 

 

「なら、こっちを見て話せよ。」

 

「どうしてレース開始から一度もこっちを見ない?」

 

「どうしてそんなにレースに釘付けなんだ?」

 

 

 

 

『……それは、誰だってそうだろう?自分の目の前で美少女達が汗水垂らして一心不乱に脇目も降らず勝ちに行くって言うのは僕からして見れば実際涎物だからね。教えてやるよ、沖野ちゃん。僕を構成している物質は95gの真摯さと──』

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、スクリプト。本当はとっくに気付いてるんだ。俺も、スペシャルウィークも……お前も。劣等感ってのは裏返せばその実憧れと何ら変わりない。自分の内面をよく見てみろよ。心の声を聴いてみろよ。過去を見返してみろよ」

 

 

「お前はいつだって『勝ちたい』と願っていた筈だ。」

 

 

「違うか?スクリプトロンガー」

 

沖野は語る。それは人生の先輩として、後輩にアドバイスをくれてやるかのように。それは青春スポーツ漫画で、ライバルに発破をかけるように。それは落ち込んでいる弟子を励ます恩師のように。それは。それは。それは……。

 

それを言い表す言葉は無数にあるだろう。だが、敢えて最も正しく言い表すとすれば、それは。

 

それは、スクリプト(球磨川)にとって、最も暴かれたくない虚構(真実)であり、同時に、誰かに暴いてもらいたいと思っていた真実(虚構)でもあった。

 

こんな捻くれた自分の内面を見透かすことが出来るのは箱庭学園前生徒会長とか、それに与していた甘ちゃん連中くらいのものだと思っていたため、スクリプト(球磨川)はやはり自分の認識の甘さを認め、また、負けを認める他無くなった訳であった。

 

『ちくしょう、全くもってその通りだ。まさか口喧嘩ですらいい年した見知らぬおっさんにも勝てねえとは流石の僕でも落ち込んじまうぜ。あぁ、ちくしょう、また勝てなかった。』

 

「大人舐めんな。それと、必要以上に自分を下げるのはやめた方がいい。まぁお前がレースに出る気があるっていう体で話を進めるとすれば、そういうのって案外走りに影響するもんだぜ。あとは…そうだ、毛並みとかな。毛並みがボサボサになるのは嫌だろう?」

 

『ただでさえ長い髪ってのは手入れが難しいってのにもっと難易度が上がるのは勘弁願いたいね。』

 

そこまで語った所で、スクリプト(球磨川)は目を細め、自分自身を嘲笑うかのように口角を上げた。

 

『それと、確かに君のいう通りさ、沖野ちゃん。僕はいつだって勝利に憧れて、憧れ続けて……最後の最後に、たった一度だけ勝ったことがある。人生で一番勝ちたい相手に、一番勝ちたいタイミングでやっと勝てた。()()()()()()()。正直あの勝利のインパクトがデカすぎて忘れてたんだけど、そう言えば僕はたった一度だけの勝利で人生の勝者になったつもりにはなれないような強欲な奴だったんだ、実際のところね。全く、これじゃあめだかちゃんが激昂して乱神モードで僕を殴り殺しに、嬲り殺しに来ても不思議じゃあない。文句も言えねえよ。と、いう訳でだ!僕は暫く、元の僕らしく振る舞う事にするよ。どうせトレセン学園ってのはたった今、何の描写も無しに、危なげすら無く1着でゴールしちまったスズカちゃんみてえな異常(アブノーマル)がいっぱいいる箱庭学園みたいな所なんだろうさ。だろ?沖野ちゃん。』

 

「おう、保証してやる。なんだったら補助もしてやる。いいじゃねえか、どん底から這い上がって下剋上。流石に今のサイレンススズカ程、とまでは言えないが……我らがトレセン学園に通うウマ娘は全員が全員玉石金剛の光る原石とかいう狂った鉱脈だ。何てったって、どいつもこいつも揃いも揃って気迫に満ち溢れていて切磋琢磨しあっている。日本国内にこれほど『青春』って単語が似合う場所はねえよ」

 

『それを聞いて安心したよ。こう見えても僕は少年ジャンプの愛読者でね、こういう熱い展開は嫌いじゃないぜ。』

 

沖野は口に咥えていたキャンディを噛み砕いてニヤリと笑い、スクリプト(球磨川)もそれを見ていつものヘラヘラとした笑みを浮かべた。そしてその流れでスペシャルウィークに顔をぐいっと近づけて話しかける。

 

『と、いう訳でだ、スペちゃん!僕はめでたくこの初対面は痴漢にしか見えなかった怪しいトレーナーの下に行く訳だが…君はどうするんだい?もし心細いのなら僕と一緒に沖野ちゃんの傘下に』

 

「流石に初対面の人に遠慮なく身体接触を伴う超高圧コミュニケーションをする人に教えを乞うのはちょっと……それに、私スズカさんと同じチームに入るって今さっき決めたので!」

 

『じゃあ僕もそうしよっと。悪いね沖野ちゃん。』

 

「えっ、さっきまでの流れはどうした!?どう考えても俺がお前をトレーニングする感じに話が進んでただろうが!?」

 

『いやだって、僕だって転校したての学校で1人でやっていける自信ないし。』

 

「……まぁそういう事なら…仕方ないか……チャンスだったのに……

 

この過負荷(マイナス)は沖野が思うより自由奔放だった。

 

「ってそうだ!私、トレセンの人と待ち合わせしてて……!どうしよう、大遅刻だぁ!」

 

「あぁ、それ俺。何でも有望株2人と東京レース場で落ち合うっておハナさんが言ってたから仕事ぶん取って俺がここに来たって訳だ。最近仕事しすぎだしな。だからまあ落ち着け。門限までには寮に送ってやるし……それに、レースはまだ終わってねえぞ?」

 

『いやいや、待ちなよ沖野ちゃん。どう見てもレースは終わっているだろう?まるで二回戦があるみてえな言い方は紛らわしいからやめてほしいなあ。』

 

「ところがどっこい、人によっては後の方がメインってやつもいるんだぜ。まぁ騙されたと思って騙されてみろよ。特にスクリプトはああいうの好きだと思うぞ?」

 

沖野は2本目のキャンディを口に咥えながらそう言った。

スペシャルウィークはこんな変態がトレセン側から正式な使者として送られて来たことが信じられないようで、口をあんぐりと開けていた。

 

 

──────────

 

 

『これは……何?』

 

「何ってウイニングライブだよ。レースが終わったら特設ステージの上で歌って踊るんだ。まあファンサービスだよ」

 

「うわぁ……!すごく綺麗……!」

 

『まあ僕もその点に関しては概ね同意だ。さっきまで着ていた体操服から感じられる少女達の快活さとは一変してステージ用の衣装を見に纏った彼女達からはどことなく大人の魅力が感じられるので僕としては興奮しているさ。まるで袋とじを開けているときみてえな何とも形容し難いワクワク感すら感じているとも。』

 

「おぉっ、貴女、解っていますねえ!いやーやはりウマ娘ちゃんたちとはこうあるべきです!!普段のほんわかした少女らしい一面、レース中に見せる猛獣のような獰猛な一面、そしてウイニングライブで見せる可憐な一面ッ!!ああそう言えば沖野さんが言っていましたが噂の『有望株』さん達も一目見てみたい!一体どんな可憐な御姿をされているのか……!想像だけでご飯いけます!……じゅるり

 

突然現れた、早口でウマ娘について語るウマ娘に当の『有望株』は呆気に取られていた。多少身に恐怖を覚えるくらいに。

 

『……で、沖野ちゃん。この娘もどうやら異常(アブノーマル)のように見えるんだけど…彼女は一体何なのかな?』

 

「ああ……こいつはアグネスデジタル。ウマ娘オタクのウマ娘で……芝とダートどっちもいけるオールラウンダーの変態。どこから聞いたのか知らねえが、俺が『有望株』に会いに行くと聞いて勝手について来た。まあ気にすんな、慣れる。そのうちな」

 

『そっか。』

 

こんな奴前にしてスクリプト(球磨川)が悪戯しないわけない。

いつものように思い切り顔を近づけて話し始めた。

 

『それで、君はその『有望株』を前にして一体何を思う……』

 

「そりゃあ決まっているでしょう!私のこの秘蔵のウマ娘ちゃんデータベースハンディタイプ完全版(初回限定版)に身長体重その他全てのデータ、ってまさか貴女は『有望株』のうちの1人スクリプトロンガーさんではありませんか!?ああぁ、気づかないうちに推しに気軽に話しかけてさらには触れてしまうなんてなんたる失態!申し訳ありませんスクリプトさん!!今すぐ舌を噛んで……!」

 

「ええっ、ダメですよ!?そんなことしちゃダメです!!」

 

「うっひょ〜!?『有望株』のスペシャルウィークさんん!?まさかお二人にこんな至近距離で出会えるなんてっアッコレムリタエラレナイ…

 

そういうと顔を真っ赤にしたアグネスデジタルは倒れてしまった。

結構な勢いで頭も強打している。

 

『えっこれ大丈夫?いざとなったら僕が治すけど……。』

 

「大丈夫だ。そいつウマ娘のこと好きすぎて興奮するとすぐぶっ倒れるから」

 

「それは、大丈夫じゃないと思いますよ?」

 

ウイニングライブのことなんてすっかり頭の中から吹き飛んでしまい、3人はアグネスデジタルを車に放り込んでトレセン学園の寮へと向かったのであった。

 

 

 






合計20,000文字弱も書いておきながらアニメ1話Aパート分しか終わっていないウマ娘小説が読めるのはここだけ!
相変わらず口調の再現に自信はありませんので「こうしてみたら?」があれば遠慮なく言ってみてください。検討します。よろしくお願いします。

感想・評価よろしくね。

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