負完全ウマ娘   作:Minus-4

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スクリプトロンガーの秘密①
実は、奢り癖があるのでいつも金欠。




第−18箱『初めて会った時みたいにさ』

『さて、マックイーンちゃん。そろそろ折れてくれねえと折らないといけないからさ、早く決めておくれ。』

 

「スクリプトさんあなた…頭の中に法律という概念が存在しないのですか?これは十分に脅迫の条件を満たしていると思いますわよ!」

 

授業間の休み時間に、スクリプト(球磨川)メジロマックイーンの勧誘に来ていた。何故沖野はこいつを勧誘係にしてしまったのだろう。

 

『残念だったねマックイーンちゃん。僕はどこを折るかなんて言ってないから白寄りの白だ。白黒付けようってんなら乗ってやってもいいぜ。オセロとか好き?』

 

「見た目から腹の底まで真っ黒の暗闇なくせして、そんな戯言をよくもまあ抜け抜けと…ちょっと待ってください、そのオセロ板は一体どこにしまっていたんですの!?」

 

『なあに、『過負荷(マイナス)』の応用さ。』

 

「どうしましょう、全く意味が分かりませんわ…」

 

生まれてこの方勝ちウマ(プラス)であったマックイーンに負け犬(マイナス)の言動など到底分かるまい。スクリプト(球磨川)からすれば、ここまで面白い奴を揶揄わないわけにはいかなかった。

 

『一応言っておくとさ、僕だって心苦しいんだぜ?君とテイオーちゃんがライバル関係にあるってことは知ってるからさ。』

 

「それを知っていて何故わたくしをスピカに勧誘しているのですか?明確に理由を説明して頂けませんと、わたくしテコでも動きませんわよ」

 

『へえ、そりゃあいい!ちょうど実験したかったんだ。テコでも動かないって言う奴は、一体何をどこまでやれば動くのかっていう実験をね。まずは手始めに…そうだな、君の祖父母あたりから攻め崩そうか。』

 

「お婆さまが負けるなどあり得ません。もっと他のやり方を用意するべきですわね」

 

『スピカではトレーナーのお金で甘味食べたい放題。』

 

「入部届はどちらに?」

 

『冷静にバカデカい声出すのやめてくんない?』

 

あまりにも不自然な音量で声が響いたせいか、教室内の視線は全て2人に集中していた。

 

こちらを向いていないのは日直をサボろうとして壁向きに縫い付けられているスカーレットと、日直業務を全て押し付けられたウオッカだけである。

 

「と、いうのは冗談…いえ、冗談(キディング)ですわ。流石にスイーツ如きで人生を左右させるわけにはいきません」

 

『良かった。こんな適当な謳い文句や誘い文句で釣れるようだったら、僕はきっと君を「なかったこと」にしていたと思う。いやあ本当によかったぜ。』

 

「あなたが言うとお洒落な事でも洒落にはならなそうですわね…」

 

『まさか今のは『事』と『(こと)』を掛けてるのかい?だとしたら才能ないけど。』

 

「違います!ただの偶然ですわ!ふざけてないで勧誘に来た本当の理由を仰ってください!」

 

珍しくツッコんで欲しい所にツッコミを入れてくれる娘だったからか、調子に乗りすぎてしまったか。人の心に土足で入り込むスクリプト(球磨川)からすれば、こんなのはまだ序の口もいいところなのだが。

 

『失敬失敬。いやまあ、誰かを敬った事なんて一度たりともありはしないが。それじゃあ話そうかな。君を勧誘しにきた本当の理由を。』

 

「言うなら早くしてください。この後もトレーニングが控えていますの。はい、どうぞ。あっそうそう、せっかくなのでリポグラムをしましょう。"あ"と"う"の横列以外禁止で」

 

『変わった奴だから。『つまらなくは無くなる』がまた頭から(くだ)ったからかな。…誰からリポグラムの事を聞いたんだい?まあ予想は容易に付けられるけれど、二が一間違ってちゃあいけないからね。』

 

「変わった奴ってあなた…いえ、それは今どうでもいいですわね。お察しの通り、内通者はゴールドシップさんですわ。『スクリプトはこれが大好きだからやらせてみ!』とだけ言って颯爽と去っていきましたけれど」

 

『よし、じゃあ僕はこれで。今からゴルシちゃんとガチでやり合ってくるから、もしスピカに入るつもりになったら部室に来ておくれ。僕たちチーム〈スピカ〉は、24時間365日、いつでもきみを受け入れるぜ、マックイーンちゃん。』

 

スクリプト(球磨川)はキメ顔でそう言った。

 

「いや、入りませんからね?」

 

『もうちょっと考えてくれてもいいと思うなあ。』

 

現実は思ったよりも非情であった。

 

 

──────────

 

 

その日の夜。

神社の階段を使ったトレーニングを終えたスピカ一行は、やはりいつも通りにヘトヘトにバテていた。

 

当然いつも通りに、スズカとスペシャルウィークとスクリプト(球磨川)は良い汗をかいている。他の面子はちょっとヤバい汗のように見えた。

 

3人は階段の淵に腰をかけ、窓から漏れる光が照らす夜空を見ながら話していた。

 

「──ダービーは9着だったわ。上手く限界を引き出せなくて…」

 

『へぇ、意外と言えば意外だね。』

 

「確かに、今のスズカさんからは想像できませんね…」

 

スズカが己の経験や失敗談を話し、それを聞いたスクリプト(球磨川)とスペシャルウィークは、驚きの感情を隠すことはしなかった。というより、出来なかった。

 

それもそのはず、デビュー後からシニア期前半にかけて、スズカは戦績が全く振るわなかったと言うのだから。

 

やはりスズカのようなウマ娘には、徹底した管理主義であるリギルは向いていなかったという事だろう。それでも重賞で1着を取れるのだから大したものだ。

 

流石は東条ハナである、と言ったところか。

それとも流石はスズカである、と言ってみようか。

まあ極論どちらも正解なのだが。

 

「限界ってどうしたら越えられるんでしょうか?『負完全(マイナス)』方面には突破出来ましたけど、あれだってスクリプトさんの手助けがあったからですし…」

 

「そうね…ゴールに大好きなニンジンを置いておいたら?」

 

「ちょっとスズカさん、真面目に考えてください…」

 

『スズカちゃんも中々言うようになったじゃあないか。最初はそっけなかったヒロインを攻略した時のような達成感があるね。』

 

「あら、それじゃあ私はスクリプトと付き合うの?きっと毎日大変で楽しくなるわね」

 

「ちょっとスズカさん!?スクリプトさんにそういうこと言うと本気にしちゃうんですって!」

 

『いくら僕が『負完全(マイナス)』とはいえ、友達の言ってることが分からないほど愚かでもないさ。そこは安心してくれて良いぜ。』

 

出会った時はぎこちなかった3人も、今ではすっかりちょっとした冗談を言いあえる仲になっていた。

 

「……『日本一のウマ娘』。お母ちゃんと約束した私の夢、ダービーで叶えて、きっと現実にして見せます」

 

「私も、スピカにいることで叶えたい夢ができたわ」

 

どうやら後輩たちに感化され、スズカも自らの未来を考え、そして目指すべき場所を見つけたらしい。スズカはどこか遠くを見ながら、自分の夢を語った。

 

「この先のローテーションは宝塚記念、毎日王冠、秋の天皇賞、ジャパンカップ。その後は…」

 

そこでスズカは言葉を溜め、ほんの少しだけ息を吸い込んだ。そして口を再び開き──。

 

「まだ内緒♪」

 

「『ええーっ!?』」

 

出したのは、茶目っ気だけだった。

昔のスズカであれば、これも考えられないことだっただろう。今ではすっかり学生らしさを手に入れていた。

 

「ずるいですスズカさん!教えてくださいよぉ!」

 

『まったくその通りだ!引き伸ばしが許されるのは昭和の少年漫画だけだっていうのに!』

 

「ふふっ…ダービーに勝ったら教えてあげるわ」

 

「つまり、私たちのどちらかだけが…」

 

『スズカちゃんの進路を聞ける、と…。』

 

基本的に似ているところはあまりないスクリプト(球磨川)とスペシャルウィークではあるが…この時ばかりは、全く同じ事を考えていた。

 

 

面白い。

 

 

「聞きましたかスクリプトさん?」

 

『勿論さ。悪いねスペちゃん。ダービーは僕が勝つから、君はスズカちゃんの進路を聞けないってことになる。』

 

「私だって、先に謝っておきます。スズカさんの進路を聞いて、夢も叶えなきゃいけない…というより、叶えるので!」

 

普段の2人はあまり闘志を散らすタイプではないが…スズカの進路という、何だか変な所で変なスイッチが入ってしまったようだ。

 

古典的な表現をするのであれば、2人の間には火花が散っていた。スクリプト(球磨川)が見上げ、スペシャルウィークが見下ろす形である。

 

お互いに言葉の応酬を至近距離で続ける2人を見て、スズカは『2人がとっても仲良しで私も嬉しいわ』などという少しズレた感想を抱いていた。

 

やはり『異常(アブノーマル)』はどうなろうとも『異常(アブノーマル)』だった。

 

 

──────────

 

 

翌日の夕方、西日で照らされた神社の参道に、マックイーンとテイオー、そしてスクリプト(球磨川)は3人で立ち尽くしていた。

 

「テイオー、スクリプトさん…トレーナーさんは?あなた方の顔を立ててあげたのに」

 

『テイオーちゃん、もしや沖野ちゃんってばまたやらかそうとしてる?』

 

「んー、十中八九そうだと思うよ。マックイーンはこんなのだけど一応メジロ家の大事なご令嬢だし、何かあったらお願い!」

 

「ちょっとテイオー、こんなのって何ですの!?撤回を要求し…ひゃっ!?」

 

突然マックイーンが上擦った悲鳴をあげた。

わざわざ理由は言わなくても良いだろうが、念のために説明しておくと、沖野がマックイーンの足を撫で回していたからである。

 

即座にテイオーとスクリプト(球磨川)が動き出す。

 

「流石はメジロ家の令嬢、均整の取れた神々しい…ぐぁっ!?いってて…っておいなんだこれ!?腕が動かねえぞ!?」

 

『沖野ちゃんの腕の神経を()()()()()()()()()。これで文字通り、君の食指が動くこともない。』

 

「トレーナーさあ、いい加減その癖直したほうがいいって。大人としてとか男としてとかじゃあ無くって、普通に人としてまずいと思うよ?」

 

「なっ何するんですの!?変態!暴漢!痴漢!」

 

腕の神経が無くなった沖野が抵抗できるはずもなく、顔面にモロに蹴りを喰らっていた。もしやこれを一つの芸として生きていくつもりなのだろうか。もしそうなのだとすれば絶対にやめた方がいい。

 

『さて、マックイーンちゃん。昨日の今日で悪いんだが、スピカに入るつもりは…。』

 

「あるわけないでしょう!?誰が自分の足を勝手に触る男の下で学びを得たいと思うんですか!?」

 

「えーっと、それは…」

 

『僕とかスペちゃんとかかな。スペちゃんに至っては本当に無許可で、しかもレース場のど真ん中でやられてるからね。やっぱりあの子も『異常(アブノーマル)』ってことか。』

 

「スペシャルウィークさんは無許可…ってことは、まさかスクリプトさんあなた…!!」

 

「いや違うから落ち着いてマックイーン!違うってスクリプトは痴女でも何でもない普通の厨二病な女の子だから!!」

 

また余計な間違った噂が広まる所だった。

本人としてはそれもまた一興と言った感じなのだろうが、周りからすれば危なっかしくてたまったものではない。

 

と、そんなふうに女3人姦しく話していたところに、もう1人の女がやって来た。これでは2人ずつに分かれて(言い争う)ことになってしまう。当然文字の上だけなので、激しく口論なんてしたりはしないのだが。

 

「2人とも、でかした!」

 

「声でっか」

 

『未だかつてない鼻息の荒さだね。そんなに嬉しいのかい?』

 

「そりゃあ勿論!なんてったってあのメジロマックイーンなんだぜ!?さあさ、早速ここにサインを…」

 

「見学してからです!まだ入るなんて一言も言っていませんわよ!」

 

スクリプト(球磨川)もテイオーも、マックイーンが段々と絆され始めている事に気づいていた。感覚からして、入部まではあと二押しと言ったところだろうか。

 

しかしここで押しに出たのは、2人よりゴールドシップの方が早かった。

 

「でっでも、私は、お前と走りたくて……うっ、うっううぅ〜〜…」

 

「ちょっ!?ちょっと、泣かなくてもいいじゃありませんか!っ別に、入らないと言っているわけではないんですから!」

 

『うーん、これが本当の泣き落としかあ。』

 

「マックイーンって案外単純なんだね…」

 

先ほどまで二押しほどと言っていたが、ゴルシがあまりに破天荒すぎたせいか一発で落ちてしまった。この場合、マックイーンがちょろいと言うべきか、それともゴルシが策士だったと言うべきなのか。

 

きっと、どちらも正解なのだろう。

 

 

──────────

 

 

そして、来たる6月7日。

ウマ娘の祭典、日本ダービー当日である。

 

世代最有力候補が5人出走する今年のダービーは、例年に無いほどの盛り上がりを見せていた。観客の数およそ17万人。対して出走する人数は18人。

 

17万人全員が、ターフを駆ける18人に夢を重ね、夢見心地で夢を見る。少女たちの背に預けられた大きな夢は、しかしそれでも彼女らにとって重荷ではない。特に、5番人気までの娘にとっては。

 

1番人気 1枠1番

〈怪鳥〉エルコンドルパサー。

 

2番人気 1枠2番

〈王者〉キングヘイロー。

 

3番人気 6枠12番

〈奇術師〉セイウンスカイ。

 

4番人気 3枠5番

〈狩人〉スペシャルウィーク。

 

5番人気 5枠10番

〈却本家〉スクリプトロンガー(球磨川禊)

 

1着予想投票の大半を、彼女ら5人…通称〈黄金世代〉が独占していた。全員が全員平常心。体重に過不足はなく、その自信に揺らぎはない。

 

レースというのは予想ができないものだ。1番人気が期待通りに圧勝する時もあれば、18番人気がドラマチックな下剋上を起こす時だってある。みんな分かりきっていることだ。

 

しかし。それでもしかし。

今日に限って言えば、1番人気から5番人気が勝つだろうと、誰もが信じて疑っていない。その絶対的な勝ちを疑っているのは6番人気から18番人気の娘と、その関係者だけである。

 

負けてなんかやらない。お前らに目にもの見せてやる。

そう思いながら心を燃やしている。煮え滾るその激情を抑え込んでいる。全てはこの日本ダービーで勝つために。

 

やはりウマ娘というのは、逆境で強くなるものだ。追い込まれれば追い込まれるほどパフォーマンスが良くなる。凡才(ノーマル)──とはいっても、ダービーの舞台にいる以上は天才もいいところなのだが──にとって、実践に勝る経験はない。実戦の中で、彼女らは成長を見せるのだ。

 

 

悲しい事に、それは天才(アブノーマル)にも言える事なのだ。

 

 

積んできた経験は同じ量かもしれない。

学んできた知識は勝っているかもしれない。

 

しかし、元が違う。

というよりそもそも、彼女らは()()()()()()()()()()()

凡才(ノーマル)天才(アブノーマル)に勝つためには、それこそ文字通りに血反吐を吐くようなトレーニングを続け、文字通りに体が壊れるほどの勉強をしなければならない。

 

だから、やはり。

多くの人が分かりきっていた事だとは思うが、今日の日本ダービーは、掲示板を〈黄金世代〉が独占する。これは変えようのない、残酷な現実だ。

 

レースは平等だ。

しかし、公平ではない。

 

 

──────────

 

 

「スペちゃん、スクリプト。心の準備はできた?」

 

「バッチリです。緊張はしていますけど…体は絶好調です!」

 

『僕も概ね好調さ。柄にもなく鼻歌でも歌いたい気分だぜ。』

 

スペシャルウィークとスクリプト(球磨川)が地下バ道に向かうと、そこには見送りに来たチーム〈スピカ〉の面々がいた。

 

「それならよかったわ。楽しく走れるのが1番だもの。だから2人とも、精一杯楽しんできてね」

 

「はいっ!」 『そうするよ。』

 

「そうだ、スペ先輩とスクリプト先輩これどうぞ」

 

そう言うとウオッカは四葉のクローバーを挟んだ栞を2枚取り出し、スペシャルウィークとスクリプト(球磨川)に向かって放り投げた。

 

「これ、四葉のクローバー?」

 

「はい!みんなで探したんですよ!」

 

「ダービーは幸運なウマ娘が勝つんですよね?」

 

「中々見つからなくって結局…」

 

「マックイーンが見つけたんだよな」

 

『へえ、マックイーンちゃんが。あんなにスピカは嫌だって言ってたのに、もしかして君ってばツンデレ枠?スカーレットちゃんとキャラ被ってるぜ。』

 

「思わず目に止まっただけです!それに、努力は報われるべきだと思ったので…」

 

「とにかく、これで運も2人の味方ね」

 

どうやら気づかないうちに、2人のために験担ぎをしてくれていたらしい。スペシャルウィークは心強さと頼もしさ、そして感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。この案には必ず報いねばなるまい。

 

しかしスクリプト(球磨川)は対照的に、心苦しそうな顔をしてから話し始めた。

 

『あー、みんな。申し訳ないんだが、僕はこういうのはいいかな。』

 

「「「なっ!?」」」

 

当然、皆驚愕した。特にウオッカとスカーレット、そしてマックイーンは。

 

「スクリプト、理由を聞いてもいいかしら?」

 

『いや、本当に申し訳ないとは思ってるんだぜ。友達や後輩が力を合わせて見つけてきてくれたものを返すっていうのはさ。だけどそれでも、僕は物に頼るわけにはいかない。』

 

そして、少しだけ言うかどうか迷って…スクリプト(球磨川)は本音を晒す事にした。

 

 

「僕は、僕のままで勝ちたいんだ」

 

「誰かの力や、物に頼るんじゃなくて」

 

「自分だけの力で勝ちたい」

 

「誰にも文句を言わせない勝ち方がしたい」

 

「その時僕は初めて胸を張って言えると思うんだ」

 

 

「『やっと勝てた』って。」

 

 

『……だから、これはスズカちゃんが預かっておいてくれ。勘違いしないで欲しいんだが、レースでは持たないってだけで学校とかでは常日頃持ち歩くからさ。』

 

「そう。そういうことなら…私が預かっておくわ。それにしても…ビックリしたわ。まさかあんなに真っ直ぐ物事が言えるだなんて」

 

「いやほんとビビりましたよ…まさかスクリプト先輩が『不気味じゃない』って事が一番不気味に感じるとは」

 

『たまには本音も言わないとね。幼馴染と可愛い後輩たちが僕に教えてくれたことの一つさ。』

 

一通り話し終わると、スペシャルウィークがスクリプト(球磨川)に向かって手を差し伸べていた。

 

「さ、行きましょうスクリプトさん!今度こそ、全力を見せますからね!今日は私が背中を見せる番です!」

 

『……ああ、そうだね。僕だって、目にもの見せてやるぜ。だからちゃんと着いてきなよ?初めて会った時みたいにさ。』

 

スクリプト(球磨川)はスペシャルウィークの手を取り、本バ場へと向かっていった。

 

輝かしい大舞台まで、あと十数分。

 

 

──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、一体こんなところで何をしているのだろう。

同期のみんなは東京優駿という一世一代の大舞台で、今から鎬を削ろうとしているのに、1人きりでテレビと向かい合っている。

 

画面の向こうには芝の上で観客に向かって笑いかける同期達がいて、こんな暗い部屋で私はそれを見ている。これを滑稽と言わずして何と言おうか。自嘲の笑みが止まらない。というより止められない。頭で考えている通りに体が動いてくれない。

 

思い通りに動かないのは足だけで十分だというのに。

 

いけない、心が弱くなっている。なまじG1で勝ててしまったせいか、走れないということが苦痛でしかない。きっとこれはウマ娘の本能とかではなく、私自身の性質だ。走りたい。皆と一緒に、思う存分本気を出して走りたい。

 

ああ、喉が渇く。ここ最近は以前に増して水分補給が増えた気がする。大した運動もしていないというのに、喉が渇いて腹が減るこの体が憎らしい。憎たらしい。原因は分からない。いや分かってはいる。きっと渇いているのは心の方だ。早く走りたい。速く走りたい。

 

テレビにはエルが写り、観客の大歓声が若干の音割れを伴って私の耳に到達する。耳触りがいい。この歓声を一身に浴びる事ができるなら、きっと私は何だってできるだろう。文字通り、何でも。悪魔にでも天使にでも怪物にでも何にでもなれるだろう。文字通り何にでも。

 

うるさい。うるさい。うるさい。

歓声が耳障りだ。

 

無性に腹が立つ。私が走れないのに楽しそうに走る友人に、ではない。楽しそうに走っている友人たちを見て「私だったらこう走る」と頭の中で机上の空論を繰り広げる己に腹が立つ。否、机上ですらない。これは空論というより寧ろ空想だ。

 

おや、ついに腕まで動かせなくなったか?テレビの音量は下がるどころか上がっている。ふふ、これはいい。臨場感溢れる音声を響き渡らせるテレビは、さながら貸し切り状態のシアターだ。

 

惜しむらくは、ここが私1人だけが取り残された世界だという事だろうか。もし怪我をしていなかったら。あの時無理をしなければ。たらればの話をするのはこれが生まれて初めてかもしれない。だからなんだという話ではあるのだけれど。

 

スペちゃん、どうやら吹っ切れたみたい。きっと今の彼女なら、間違いなく上位に入り込むだろう。きっと最後はエルとの競り合いだ。動けない分勉強だけはしたから、見れば大体の展開は分かる。

 

唯一分からないことがあるとすれば、やはりスクリプトか。いつ見ても、どこで見ても分からない。理解不能だ。どう見ても本気で走れる体ではない。それこそ昔の私のように、脚を怪我して長期休養に入るハメになる。

 

ああいや、確か彼女の『領域』は『何か一つをなかったことにする』という効果だったのだっけ。掲示板で心優しい方々が教えてくれた。スペちゃんはシンプルな自己加速型だと言っていたな。

 

それにしても、『領域』を有しているウマ娘が6人いる世代とは…世間で言われている通り、〈黄金世代〉と言って差し支えないかもしれない。そこに私が含まれていないのは、いくら割り切ろうとしても割り切れることではないけれど。

 

悔しい。不甲斐ない。こんな無様を晒して、どの面下げて彼女たちと話す?たかだか一回G1を勝っただけで、対等だと思い込んで、それでまた気を使わせて一人反省会を開くのか。

 

浅ましい。

 

結局どれほど自分を責めようと、どれほど他人を羨もうと、私は私でしかないということか。そうだとすれば、これまでの思考は全て戯言か?いいや、全てが事実である以上、私にとって実感が籠った言葉である以上、やはりそれは戯言とは言い難い。

 

──うん、何を言ってもしょうがない。過去を悔やんで怪我の治癒が早くなるわけでもないのだから。後ろを振り返るのではなく、前を向いて進め。そこに道がないように見えても、一見して暗闇のようであっても、そこにはきっと道がある。未知故に不可視なだけだ。

 

 

恐れるな。

 

怖気付くな。

 

人事を尽くせ。

 

暗闇に身を投じろ。

 

全てを呑み込む混沌であれ。

 

道を開拓(ひら)くのは、いつだって愚か者だ。

 

〈愚者〉だなんて、私にピッタリじゃないか。

 

 

そこまで頭の中で考えて、再びテレビの画面に体を寄せた。今の私にできることは、色々なレースを見て知識を蓄えることだけだから。

 

待っていて、皆。いつかきっと追いついてみせるから。

 

追いついたらその時には。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の背中を見せてあげるから。

 




次回はダービー。
ようやくここまできた感がありますね。
それとUA60,000ありがとうございます。まだまだ頑張ります。
あと文字数が200,000文字を超えました。まさかこんなに書けるとは。

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